45,功夫的強者
グリンピースたちを探し、メケメケ樹海を進んでおると……。
「む、誰か向こうから歩いてくるな」
「グッピー……じゃあ、ないっぽいね」
うむ、グリンピースは髪も服も緑じゃからな。距離があってもすぐわかる。
向こうから歩いてくる人影は……頭を剃り上げ、攻撃的な印象を受けるファイヤーパターンの赤い入れ墨を入れておるな。服装も中々特徴的じゃ。艶々した黒生地で作られた詰襟・長裾のシャツに、くるぶしが見える丈のタイトな黒ズボン。どこぞの民族衣装かのう?
「あの服は……チャイパオだね。大天華帝国の近代民族衣装。チャイパオドレスとかカワイイよね」
大天華……確か、オリエント大陸にある世界で四番目に国土が広く、世界で最も人口が多い超大国じゃったか。
見る限り、前方から来るチャイパオの男は顔が良い。おそらくはイケメン。
そして、武器らしいものは持っておらぬようじゃな。
「……もしあれが大天華出身のイケメンじゃとしたら、厄介じゃな」
大天華帝国と言えば、【四大国家】と称されるほどに強大な軍事力。有名なのは騎馬隊と拳法団じゃ。特に拳法団の戦力は世界最高峰らしい。団員たちが修めておるクンフゥなる特殊武術は強烈の極みで、拳ひとつで山の形を変えるような怪物が雑兵としてウヨウヨしておるとか。
もし、そんな連中の特徴を抽出したイケメンじゃとしたら……下手に武器を持っておるより、徒手空拳の方が脅威的に思える。
「……ほう」
向こうもワシらを視認したらしい。
チャイパオ衣装の男が立ち止まり、ニヤリと笑った。そして首を捻り、ゴキゴキと豪快な音を鳴らす。
「これは良い、運命的僥倖。訳のわからん怪奇的現象に襲われ『こんな気味の悪い所にいられるか。俺は出て行かせてもらうぞ。当然的判断』とイケメン・キャッスルを出てみれば――カカカ。ダンダリィの言っていたおもしろい幼女的魔王に会えるとは。愉快」
「イケメン・キャッスルから出てきた……つまり貴様は」
「美美美美美美が三席、麟・深武。お前の敵だ」
美美美美美美……ダンダリィと同じく、このゲームのラスボスに仕えておると言う六騎士!
「当初の予定では、メケメケ樹海で戦力をすり減らしたお前たちを、イケメン・キャッスル内で各自が持つ戦闘場で各個迎撃する算段だった。だが、知っているだろう。俺たちに何だかすごく恐怖的事件が起きたのを」
「ああ……六騎士の謎の七人目……」
イケメン・スカイサンクチュアリでワシが起きた直後、美美美美美美に起きた怪事件……口ぶりからして、謎が謎のまま解けておらぬようじゃな。
「正直的意見、しばらくイケメン・キャッスルには戻りたくない。と言う訳で、ここで戦ってもらうぞ」
「戦わぬと言う選択肢は?」
「有り得ない。絶対的皆無」
……じゃろうな。
こやつらはイケメンカイザーに限りなく近い連中。ワシらイケメンカイザーに歯向かう者たちを見逃すなぞと言う選択肢はあるまい。
「それじゃあ――先手必勝だね!!」
言うが早いか、フレアが右足を引いた。そして蹴りと共に放つ、シンプルな爆撃!
「強烈蹴撃、【爆炎砲】!!」
ゴールドさんを倒して更にレベルが上がったらしい。より強力になった爆撃がリン・シェンヴに襲いかかる!
「小手先調べ的一手とは余裕だな」
しかし相手は元々トップクラスに強いイケメンだったイケメンが更に強化された強化イケメン!
まるで羽虫を払い退けるような軽い平手打ちで、爆撃を掻き消しおった。
まぁ、それはフレアもワシも折り込み済みじゃ。
「――!」
リン・シェンヴは目で捉えるより一瞬だけ早く気付いたようじゃが、遅い!
既にワシも野菜畑召喚スコップに筋力を纏わせて起動済みじゃ!
巨大キュウリの蔦が地面を砕き、リン・シェンヴを取り囲むように噴出。一斉にあやつの五体を拘束しにかかる。ワシの筋力を帯びた蔦じゃ、そう簡単には振り払えんぞ!
戦意旺盛な性分らしい貴様には悪いが、ガッチガチに拘束してそこらに吊るして終わりにする!
「爆撃は小手先調べではなく、地中から気を逸らすための陽動的一手……目配せのひとつも無く連携できるほどの信頼的関係か。良可」
リン・シェンヴは不敵に笑って軽く手を振るい、ワシが放った蔦のすべてを一発ずつ小突いた。当然、そんなものでワシの筋力を帯びた蔦は退けられぬ――はずじゃった。
まるで針で突かれた風船玉のように、ワシが放った蔦のすべてが爆裂四散する。
「なッ……!?」
「アリスちゃんの十八番が!?」
「『一手一殺、二の手は不要』。紅髪の小娘はともかく、魔王の方は聞き覚えがあるのでは? 無いならば人間の宿敵として浅学的だぞ」
「それは確か……大天華帝国が誇ると言う最強拳法、クンフゥの触れ込みか?」
一応、聞いた事はある。
ワシの回答に、リン・シェンヴは「そうでなくては」と頷いた。
「クンフゥにまつわる噂は世界的に有名だが、仔細は国外秘。詳しくは知るまい? 良い機会だから親切的に教えてやろう」
国外秘を教える、か。
即ち、毛頭、生かして帰す予定は無いと言う宣言。
「万物万象には『そこを穿たれれば崩壊する核』……いわゆる【秘孔】が存在する。であればパワーですべてを磨り潰すより、テクニックで秘孔を穿つ方が手早く確実的――それがクンフゥの基本思想。『致命的な一手で効率的に破壊する』。それだけを突き詰めた的な武術だ」
「……なるほど」
リン・シェンヴは先ほどの軽い小突きで、ワシが召喚した蔦たちが崩壊する秘孔を突いたのか……!
秘孔とやらを察知する特殊感覚だけでも舌を巻くのに、刹那の間でそれらを正確に穿つ技量も脅威的!
「千年筋肉……その情報は得ている。この世界では筋力の使用に圧倒的制限があるようだが、それでも俺の筋力量を遥かに上回っているのを確かに感じる。凄まじい。しかも植物属性のイケメン武装を使いこなし、深い信頼のある仲間まで連れていると来た。ああ、単純な戦力分析では、俺に勝ち目は無いだろうが――」
そう言うと、リン・シェンヴが右足を一歩だけ前へ。それだけで、ズドンッ!! と小さな地震が起きたのかと思うような衝撃が辺りを駆け抜ける。
……今の一歩、筋力の放出はほとんど無かった。おそらく、大地が振動する秘孔を突いたと言う事じゃろう。つまり、暗に「筋力でできる事は、技巧でもできる」と伝えるパフォーマンスか!
そう言えば、クンフゥの触れ込みに「拳ひとつで山の形を変える」と言うのもあったな。
誇大広告……と笑い飛ばせる話ではないようじゃ。
「刮目するが良い、千年筋肉。筋力の差など、我がクンフゥ的技巧を以て華麗に覆してやるぞ」