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幕間:おにぎりを食べなさい。希望はそこにあるのだから。


 ――現実世界、メリアッカ大陸北部。ドミニウォス自治領。

 普段ならば、朝日と共に小鳥たちが囀る頃――空は重い暗雲に覆われて低く、どこか遠くで爆発音が響いている。


 無差別超長距離砲撃に砕かれた廃墟の中で、少女は膝を抱いていた。

 少女の暗い視線の先で、ボロ紙が風に乗って踊る。

 勇者が魔王を封印したという号外記事。昨日の朝までは朗報を伝えるものだったはずのそれが、今になっては悪夢の始まりを告げる凶報だったと言わざるを得ない。


 少女は顔を膝に埋めて、ずずっと鼻をすすった。


「……パパ」


 彼女の父は軍人だ。

 ……もしかしたら、もう「父は立派な軍人だった」と表現するのが正しい状態かも知れない。

 昨晩、いってきますのキスをしてくれた父の唇は震えていた。豪胆な父ですら震えて臨む……それほど絶望的な戦いなのだろうと言う事は、幼い彼女にも理解できてしまった。


 相手は四大国家の一角にしてメリアッカ大陸の八割を占める超大国。かの超大国に比べれば、ドミニウォス自治領など豆粒。ユーロピアン大陸にある本国は、四大国家に次ぐ規模の大国だが……世界的に史上類を見ない恐慌情勢の現状、本国防衛に割けるだけの戦力を割くだろう。救援など望めない。

 孤立したネズミが、ゾウの群れに立ち向かうようなものだ。


「うぅ……うう……………………」


 しばらく泣き震えた後、少女は不意に立ち上がった。涙が枯れたその目に、光は無い。あるのは、理性を焼く怒りと自棄。足裏が切れてしまうのも気にせず瓦礫を踏みしだいて進む。昨日の朝、父が朝食を作るのをお手伝いしたキッチン。空爆の余波でぐしゃまぜにされ、原型はほとんどない。その瓦礫の山を漁って、目的の代物を見つけ出す。


 ピンクの柄にうさぎさんのマークが彫り込まれた――小さな包丁。

 亡き母に似て料理好きな少女の誕生日に、父が買ってきてくれた子供用のファンシー包丁だ。


「おやおや、それはいただけない。どうあっても美味しい展開にはなりませんねぇ」

「ッ……だ、だれ……?」


 いつの間にか少女の背後に立っていたのは、妙に細長いお兄さん。金色の髪が穂先、浅黒い肌が茎に見えて、まるで稲のような見た目だった。身に纏う軍服然とした黒衣の右胸には、御米をモチーフにしているらしい純白楕円形のエンブレム。

 その軍服もエンブレムも、ドミニウォス自治領では見慣れないデザイン……何より――お兄さんの金髪に溺れるように覗く黒い角……そして虚空をゆったり撫でるギザギザ尻尾まで生えている。


「ま、魔族……!?」

「ええ、はい。魔族のお兄さんでございます。見た事ありますぅ? ぴちぴちのナ・マ・マ・ゾ・ク♪」


 茶化すような声。不気味な薄ら笑い。人間ではない事をアピールするように揺れる尻尾。

 少女はきゅうと喉を鳴らし、包丁の柄を強く握りしめたまま固まってしまった。


「うんうん。その反応はよろしい。恐怖で固まるのは賢さの証ですよ。まずは相手を刺激せずに様子を探るが吉。考え無しに飛び掛かるなど論外。機を見ず動くは愚の骨頂。そしてその機は我にあり、っと」

「あッ」


 魔族のお兄さんは少女の隙を突き、ひょいっと包丁を取り上げてしまった。


「ふむ。刃物とは思えぬ可愛らしいデザイン。実にファンシーファニー。魔族は御米しか食べませんので、恥ずかしながらこういった遊びのある調理器具の探求は後進的なんですよねぇ。包丁も使わなくはないのですが、使用頻度が低いので発展の閃きを得る機会も少ないのです」

「か、返して! それはパパがくれた大切な――」

「おや、御父様からのプレゼントでしたか。それは返さざるを得ませんね」


 はいドーゾ、と魔族のお兄さんはあっさり、包丁の柄を少女に向けて返却した。


「え、あ、返してくれるんだ……」

「もちろん。親子の絆を踏みしだくような無粋は働きません。ですが、少々術はかけさせていただきました。もうその刃物で生き物を傷付ける事はできませんよ。ここからは少しお説教ですが、御父様がくれた大切なプレゼントで仇討ちなど考えるものではありません。めッ、でございます」


 魔族のお兄さんはすべてを察していたらしい。


「……でも……悪いのは、攻めてきた奴らで……」

「あらあらまぁまぁ、本日の空模様と瓜二つな御顔。御子様には似合いませんねぇ……どうでしょう。ここは当方謹製の――おにぎりを食べてみませんか?」

「……お、おにぎり?」

「ええ、はい。お・に・ぎ・り♪」


 魔族のお兄さんが羽虫でも捕まえるような動作をした後、握り込んだ拳を少女に差し出す。

 その指が小指から一本ずつ開かれていくと――まるで手品。いつのまにか、その掌にはひとつのおにぎりが。


 暗雲に包まれた薄暗い世界で、白銀の輝きを放つおにぎり――!


「すごく、美味しいんですよ?」

「……そ、そんなの要ら――」

「隙ありモーメンツ☆」

「もぉい」


 魔族のお兄さんは少女が「要らない!」と拒絶の言葉を吐こうとしたその小さな御口に、優しくふわっとおにぎりを押し込んだ!


「はぁ~い、美味しい御米♪ 一気、一気♪ イカしたおにぎり♪ もっと、もっと♪ 魅惑のごはん♪ お腹が限界ぱんぱんぱぱ~ん♪ さぁ、あなたもあいつも米派にしてやろうか~?♪」

「もッ、もあ、もぅ……!」


 少女はもがいて包丁を振り回すが、先ほどの魔族がかけた術とやらか、包丁の刃は魔族に当たる直前でくねくねと不自然な軌道で逸れてしまう。

 優しくリズミカルに押し込まれるおにぎり。少女はもう駄目だと観念し、半ばヤケクソでおにぎりを咀嚼、ごくりと呑み込んだ。


「……あ、これすごく美味しい」

「でしょぉ~~~~~~~~!?」

「わッ……」


 少女の感想に、魔族のお兄さんはものすごく満面の笑み。顔の周りにキラキラのエフェクトが見える。


「やはり当方が作りし御米に、種族の壁など無し! ライス&ピース☆」

「え、えぇと……」

「では、いくつかおにぎりを置いて行きますので。朝昼晩の一食に付き一つをお食べくださいな。美味しいからって食べ過ぎは駄目ですよ? 美味しいからって!! とりあえず三日分で九つにしておきましょう!」

「あ、あの……」

「三日分では量が不安? 大丈夫大丈夫。そろそろ、当方の部下たちがどこぞの無粋な侵略者共を追い返し終えている頃ですので。直に大人たちが返ってきますでしょうし、何なら明日には魔王軍随一と謳われる食糧支援部隊がうかがいますので!!」

「しょ、食糧支援部隊……?」


 ふと、少女はある事に気付いた。

 昨晩からずっとどこか遠くから響いていた爆発音が――止んでいる。


「当方こう見えて、偉い系の魔族でして。師団一つ、任されております」


 床に敷いた綺麗なハンカチにおにぎりを積み上げながら、魔族のお兄さんはニッコリと笑った。


「当方は魔王軍四天王【米王めいおう】エイリズ。大食魔族師団【ヨルムンガンド】を率いて、この国を助けにきちゃったりした系の魔族でございます。そんなお偉い魔族が単独で何を? 大局が決した所で部隊指揮を副官にブン投――おほん。豪快に託し、先んじてせっせと食糧配給作業へ移行していると言う感じです」

「めいおう、えいりず……」

「はぁ~い☆ この国が完全復興するまでは度々縁があると思いますので、是非お見知りおきを。さて、それでは当方、他の逃げ遅れた方々にもおにぎりを配って参ります。名残惜しいですがこれにて」


 炊き立て白米の香りを残して、魔族のお兄さんこと米王エイリズは一瞬で消えてしまった。


「な、なんだったの……今の……」



   ◆



 ――魔王が封印されてからたった半日で、一〇〇〇年近く続いていた仮初の平和は一転した。

 人類と魔族の無秩序な全面戦争が始ま――る事は無く。人類の大国が一斉に人類の小国を侵略し始めるという最悪の事態になったのだ。


 しかして、それから更に一日が過ぎると……事態はもう一転した。


 世界各地で、魔王軍が大国の侵略部隊を次々に撃破。侵略を受けた小国を横取りするような形で植民地化し―――どういう訳か、迅速な復興支援を始めたのである。


 果たして、この混沌とした世界はどうなってしまうのか?



 なんて話はさておき。



 ある小国の少女は無事、魔王軍に保護されておにぎりをもぐもぐしていた父と再会できたのだとか。


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