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35,乱入者のバーゲンセール


 エレジィ・ルチファッテは【悪魔の娘】と呼ばれていた。

 両親のどちらの形質にも似つかぬ白黒半々髪を不気味がられたのは要因のひとつ。加えて、彼女の悪癖が理由として挙げられる。


 彼女には重度の【噛み癖】がある。

 好きなものは、本能的に噛んでしまう。酷い時には噛み切って、食べてしまう。

 最初に食べたのは、ママが初めてくれたお気に入りのぬいぐるみ。

 次は、屋敷で飼育していたウサギの一羽だった。

 庭の花、使用人の指、パンダ柄のクッション、友人の髪……。


 娘の悪癖による奇行を恥じた両親は、彼女を地下室に閉じ込めた。


 地下室は悪魔崇拝に堕ちたとも噂される御先祖様が使っていた部屋で、カビ臭い本がたくさんあったので、エレジィはそれらを読み漁った。中にはいつも残酷な結末を迎える童話集があり、結末こそ残酷ではあるものの、そこに描かれている親子とは素敵なものだった。


 ――ママはわたしをとじこめた。ママはそんなひどいことしないはずだのに。


 悪魔の娘、ああ、そうか。

 あの人間はママじゃあないんだ。


 じゃあ、本当のママはどこ?

 悪魔さんは、どこにいるの?


「お呼びかな?」


 その声はある書物から聞こえてきた。厳重に封をされた重い書物。

 そこには、御先祖様が呼び出した本物の悪魔が封印されていた。


 ――ママだ。


「ああ、そうだママだとも、さぁ、良い子よ。こっちにおいで」


 封印を解いてもらうためだろう。悪魔はエレジィにとても優しくして、好かれようとした。

 まさかエレジィが「好きなものはママだろうが悪魔だろうが食べてしまう悪癖」を持っているだなんて、知りもせずに。







「……ママ、いなくなっちゃった」


 口元のどす黒い液体を拭いながら、エレジィは嗚咽した。


「さびしいよう。ひとりはやだよう。たすけて、ママァ……」



   ◆



「ああああ、あ……た、すけ……て――マ――」

「承知した。すぐに助ける!」


 エレジィとやらの悲痛な声に威勢よく返し、ワシは筋力を右手に全集中させた。

 あやつを操っておる機転は顔の鉄仮面じゃろう。ならばエレジィは一切傷付けずに、それのみを破壊する!


 じゃがあの巨体で暴れられては、仮面を狙った攻撃がズレて体に当たってしまうやも知れぬ。

 まずは筋力でガッチガチに拘束させてもらうぞ! 少々苦しいじゃろうが……すまぬ、すぐに済ますから我慢してくれ!


 右手を振るって溜めた筋力を飛ばし、エレジィの巨体を包み込んで拘束――しようとしたが、弾かれた!


「ぬッ……強めの対筋力防御か!」


 筋力攻撃を防ぐ事のみに特化した防御術式!

 なるほど……ワシへの対策はバッチリ施しておると言う事か、ダンダリィめ!

 時間をかければ筋力ちから押しで突破できなくもない程度じゃが……一分以内にエレジィを解放しダンダリィにチョップを叩き込む必要がある現状はそうもいかぬ!


 であれば魔力……は、残念ながら微塵も戻っておらぬか……じゃが!

 ワシにはこの野菜畑召喚スコップ――ヴィジター・ファムートもあるのじゃ!


術式筋力加工マッスル・パッケージ!」


 対筋力防御は筋力による攻撃を徹底して弾く。

 じゃが、筋力によって強化された魔術の攻撃に対してはまったくの無意味!


 筋力を纏わせ、ヴィジター・ファムートの性能をマッスルに引き上げる!


「あああああああああああああああああ!!」


 体良く、エレジィが咆哮と共にこちらへ突っ込んできた。


「いでよ、アトラス・キュウリ!」


 巨大カボチャとキュウリの品種合成、巨大胡瓜アトラス・キュウリの畑を超促成栽培で出現させる!

 だが、実はつけさせぬ。必要なのは、巨大な実を支える太ましく丈夫な蔦! それに筋力を栄養として吸わせる事で、一層強靭な蔦を生み出す!!


「あの巨大小娘を止めよ!」


 スコップを振りかざして、生やした蔦たちに命じる。

 極太の蔦たちは大蛇のようにのたうちながら吶喊してくるエレジィに絡み着き、その四肢と一二の翼を完全に絡め取った!


「あッ――あああああああああぁあああぁ!?」


 ジタバタともがこうと、無駄じゃ!

 ワシの筋力で強化した蔦、そう簡単に千切れるものか!


 さぁ、その忌まわしき仮面も蔦を絡ませて――締め付け、砕き散らす!


 仮面を剥ぎ取ったその下には……涙を流し苦悶する少女の顔があった。

 しかし、仮面による支配の余韻が失せたのじゃろう。エレジィは小さく笑うと「マ……マ……みつ……けた……」と呻いて、ぐったりと頭を垂らした。気を失ったらしいな。


 すまぬな、後で具合を確認して適切に処置する。しばしそこで眠っておれ。

 次は――


「さぁ、お仕置きの時間じゃ!! 尻を叩いてやるぞ、ダンダリィ!!」

「おっとぉ……まさか、一〇秒ももたねぇとはって話だ。さすがは魔王様って話だな」


 やれやれ、とダンダリィは溜息を零した。焦燥は特に感じられぬ。リスクを愉しむ様子でもない。ちょっとした誤算、予定通りには進まぬ煩わしさに愚痴るような温度。つくづく狂った感性をしておるようじゃなこやつは!


「じゃあ仕方無いって話だ……制限時間は一分と言ったな、あれは嘘だって話」

「なッ、貴様!?」


 ダンダリィの周囲で魔力が……この感じは、転移か!?

 あやつ、自分の言った事をあっさりひっくり返してこのまま逃げ去るつもりか!?


 まずい、間に合――


「悪いが、負けるとは思っていなかったから提案したゲームなんでねって話。バッドエンドは許容範囲だが、ゲームオーバーは嫌いなんだって話さ。だから何事も臨機応変に――」

「オォオオーーーーッホホホホホホホホ!!!!」


 は? と言う疑問の声を漏らす暇すらなかった。

 高らかに響いた咆哮にも似た笑い声の直後――水色の光線が横切った。


 いや、水色の光線と見紛う速度で――水色の巨大蛇龍が、ダンダリィに突っ込んだ!!


「――――!?」


 余りの勢いにダンダリィは声も無く吹っ飛ばされ、遥か向こうにそびえていた黄金の外壁にめり込む!

 奴の手から皆に繋がれていた鎖は蛇龍衝突の衝撃で砕け千切れてしまったようで、皆は無事に済んだようじゃ。良かった……と、胸を撫でおろす場合ではないな!?


「き、貴様は……!」


 ダンダリィを吹き飛ばした水色の巨大蛇龍が、天空で座すようにとぐろを巻く。

 その威容……間違いなく――


「お取込み中に全力で失礼いたしますわァ!!」


 悪龍令嬢、キャパーナ・アクレイジ!!


 昨晩、あれだけの激戦の末に打ち倒したと言うのに、もう復活したのか……!?

 と言うかキャパーナの頭の上……どうやら、かなりトンデモない速度で揺られ続けたらしく既にグロッキー状態で鱗にしがみついておるベジタロウの姿が! 顔色がふやけたナスみたいになっておるぞ!? 大丈夫かあれ!?


 キャパーナはワシにもベジタロウにも構わず、壁にめり込んだダンダリィを睨み付ける。


「そこな闇色イケメン……確かマルクトハンサムの騎士、御兄様の同僚ですわねぇ! ちょっとはしたないと思いませんですのぉ!? この幼女はァ……わたくしが倒すか!! わたくしが倒されるべき相手でしてよォォォ!! 横取りとか!! 横取りとかァァァ!! 全力で許せませんわァァァァ!!」


 何の話をしておるのじゃ、あやつは……!?


「ったく、予想外過ぎる乱入者だって話だ……!」


 かなりダメージが入ったらしく、ダンダリィは少しだけ苦悶の表情を浮かべておった。壁にめり込んだ自身の体を引き抜いて建物の屋根に着地する。そして千切れた鎖に目をやって、溜息。


「あーあー、せっかく捕まえた獲物が……やれやれ。ただの悪役令嬢レディ・ヴィランズならまだしも、最強格のあんたが邪魔に入るとはなって話。しかも状況的に、そこの魔王様も黙って見ててくれる訳は無し……無理ゲー過ぎてやる気無くすわって話だ」


 ダンダリィはふるふると首を振る。無いわ、本当に無いわぁ……と心底から落胆するような表情じゃ。


「さっきも言った通り、クリアした先がバッドエンドしかないクソゲーだろうと楽しめる主義だが……そもそもクリア不可能で詰むしかねぇ無理ゲーはやってらんねぇって話だ。こりゃあもう退くしかねぇって話だな」


 ダンダリィの周囲で、黒い鎖が逆巻き始める。

 鎖はダンダリィを包み隠し――やがて黒い一陣の風となって、消え失せた。


 ……撤退した……か。

 あやつの性根を叩き直せなかったのは惜しいが……仕方無い。

 今は皆を助け出せただけで御の字じゃ。


「ひとまず、礼を言うぞ。キャパーナよ」


 キャパーナが乱入して来なかったら、危うくダンダリィに皆を連れ去られてしまう所じゃった。


「言葉は結構ですわァ。御礼は、全力を以てお返しくださいな」

「……全力?」

「ええ、はい」


 ワシを見下ろすキャパーナの眼が、ぎらりと光る。口角が裂け上がり、粘性の高い唾液がボタボタと………………まさか。


「さぁ、ここで――全力の再戦を!!」


 ええい、嫌な予感に限って当たりよる!


「昨晩ケリを着けたばかりじゃろうに……!」

「昨晩のあれは団体戦! 此度は貴方単品の全力を全力でいただきたァい! そうしたァい!! 何故ならわたくしは全力だから!!」

「待て、落ち着くんだ! キャパーナ・アクレイジ!」


 声を上げたのは山吹髪の神イケメン、プロメテス!

 自らを戒めていたダンダリィの黒い鎖を振り払いながら宙へ舞い上がり、キャパーナの前に立ちはだかる。


「アリス……いや、魔王アゼルヴァリウスはこの世界の希望だ、無益な争いは控え――」

「誰だか知りませんがお邪魔でしてよォ!!」


 聞く耳持たず、キャパーナが体を振るった。水色の巨体が鞭の如くしなってプロメテスに直撃!

 プロメテスは「へげぁッ」と間抜けな声をあげ――ワシの目の前の地面に頭から突き刺さった!


「ちょ、プロメテス!? 貴様一応この世界の神じゃろ!?」


 キャパーナは神の末裔らしいが、神そのものがあっさりブッ飛ばされちゃダメじゃろ!?


「す、すまない……ダンダリィの鎖で股間に入ったダメージが……中々、大きくてな……イケメンパワーがほとんど削られてしまったのだ……即ち、もうマジ無理」


 その言葉を最後に、プロメテスは頭を地面にめり込ませたまま気絶した。

 ああ……神とは言えイケメンメンか。それはもう仕方無い。


「これで邪魔するものは何も無し!! 全力でイキますわよォ!!」

「くッ、戦いは好まぬが……こやつ絶対に『戦わない』って選択肢が無いじゃろうしなぁもう!」

「オホホホホ!! わたくしの事を全力で理解してくれているようで、それではァァァアアア!!」




 このあと、五〇回くらい魔王チョップする羽目になった。


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