33,マッスル20%、神を墜とす筋力の刃!
――何故、忘れておったのじゃろう。
ワシは、呪縛を受けたのじゃ。
このゲームの世界に放り込まれたあの時、謎の白い空間にて、謎の声によって。
真名封鎖呪縛――呪詛を以て名を塗り潰す事で、あらゆる力を奪う最悪の呪縛。ご丁寧に、その呪縛を受けた記憶まで改竄されておった訳か。
そうしてワシは、筋肉無き幼女になった。
じゃが、真名封鎖呪縛は塗り潰された名を思い出す事で解除される。
そして今、勇者がワシの名を呼んだ。
ああ、ワシの名は――
「ワシは――魔王・アゼルヴァリウス!!」
叫び、飛び起きる……が、今の声、幼女ボイスのまんまじゃな。手も可愛らしいお手々のまんまじゃい。
「解けとらん!!」
何でじゃい!!
と、それよりも、ゴールドさんや毛玉になってしまったフレアたちは――
「……おや。精神弱体が解けたようだな」
ん? 何じゃ、あの空に浮いておるイケメンは?
何やらポロポロと泣いておるし、今までのイケメンの中でも群を抜いてイケメンじゃが……って、あのイケメンの足元――まるで絨毯爆撃でもしたかのような更地に、白眼を剥いたフレアとグリンピースが!? あの二人、丸焦げなんじゃが!? 大丈夫かあれ!?
まさか、あの上空のイケメンにやられて……!
「魔王!」
「うおッ、ビックリした」
突然、勇者ユシアが噛みつかんばかりの勢いでワシの両頬をむいっと掴んだ。
「魔王……! 魔王ッ!!」
「お、おう……魔王じゃが……」
「……ぅ……」
何じゃ、何故にそんな難しい顔で悩まし気に唸っておるのじゃ、勇者ユシアよ……?
何か言いたげ、でもすごく言いづらそうに睨みつつワシの頬をむにむにしよる。
「くッ……何でこう……もっと怪物っぽい感触じゃないのよ! 完全にただの幼女なぷにほっぺじゃん!! ふざけんなァ!!」
「えぇッ!? ワシ今どういう感情で怒鳴られとるの!?」
ワシの頬が実に幼女らしく柔い事を確かめ、更に顔を険しく……マジで何がしたいのじゃ、こやつ……。
勇者の奇行に困惑しておると、上空のイケメンが体ごとこちらに向いた。
「丁度良い。英雄・アリスよ。我はプロメテス。キミに慈悲を与えにきた。おとなしく誓っておくれ。そしてこちらの頑固な二人にも誓わせておくれ。イケメンカイザーへの抵抗を諦めると」
「……はぁ?」
何を言っとるんじゃ、この空飛ぶイケメン……プロメテスとやら。
ワシは頬を包んでおった勇者ユシアの手をそっと退けて――迷わず、首を横に振る。
「断る。ワシはイケメンカイザーに屈するつもりはない」
必ずや、この世界をイケメンとプレイヤーのどちらにも良き世界にし、ワシとフレアは現実世界に戻る。
唐突に現れたイケメンにとやかく言われて諦める道理なぞ無い。
「と言うか貴様、フレアとグリンピースに何をした? 事の次第によっては――」
「そうか。ではキミもだ。まずは神ドンを受けたまえ」
「ぬぉ……?」
何じゃ、この圧は……確か、グリンピースに壁ドンとやらを喰らった時もこんな感じじゃったな?
じゃがあの時と違い……少し圧を感じるだけじゃ。普通に動ける。
「……?」
平然としておるワシに、プロメテスは涙を流しながら不思議そうな顔をした。
反応から察するに、本来ならあの壁ドンの時のように、指一本すら動かせなくなる圧なのじゃろうか?
「ふむ、なるほどな」
どうやら、真名封鎖呪縛は完全には解けておらぬようじゃが……全く解けておらぬと言う訳でも無いらしい!
「ふんッ!」
少し、前腕に力を込める。
溢れ出した筋力が、ワシに纏わりついていた圧を吹き飛ばす。
「――は?」
「まぁ、大体二割程度……かのう」
うむ。素晴らしい。
二割程度と僅かではあるが……魔王だった頃の筋力を、行使できるようになっておる!
キャパーナとの戦いの時と同じじゃ。
あの時はおそらく、気絶中に昔の夢でも見て、その夢の中で名を呼ばれる等して呪縛が一瞬だけ緩んだのじゃろうな。
じゃが、今は違う点がひとつ。
体こそ幼女・アリスのまんまじゃが――ワシは魔王・アゼルヴァリウス!
そう認識し続ける事で、筋力は絶えずこの小さな体を駆け巡る!
どうやら真名封鎖以外にも八割分、何等かの呪縛が取っ付けられておるようじゃが……これは大きいぞ!
筋力さえ使えるならば、やれる事はたくさんある!
やはり筋力! 筋力はすべてを解決し得るパワー!!
とりあえずまずは、首を戒める忌々しい首輪を引き千切る。
まったく、ただでさえ神々が嵌めた呪縛にうんざりしておったのじゃ。二度とごめんじゃぞ、こんなもの。
「さて、プロメテスと言ったな。察するにイケメンカイザーの配下か」
「…………否」
ワシの筋力に度肝を抜かれておったらしいプロメテスはハッと我に返ると、小さく首を振った。
「我は神イケメン。この世界を内から管理運営する存在。イケメンカイザーなどどうでも良い。我は我の使命を果たすのみ」
神、なぁ……みんな神が好きじゃな……まぁ、そこは仕方無いか。
「イケメンカイザーとは無関係……では何故、イケメンカイザーに屈しろなどと?」
「屈しろとは言っていない。抵抗をやめろと言っているんだ。キミたちの抵抗に意味は無い」
なに……?
「イケメンカイザーの目的が成された時、この世界は地獄の一部になるだろう。しかし……イケメンカイザーの目的が破綻した所で、この世界に未来は無い。どちらに転ぼうと、この世界はもう駄目だ。であればせめて、英雄的なキミたちから少しでも苦しみを取り除く結末を用意する。それが、神の慈悲だ」
何を言いたいのかサッパリじゃが……どうやらこやつ、イケメンカイザーの目的を詳細に知っておるようじゃな。
「詳しく話してもらうぞ、プロメテスとやら」
「神の慈悲に間違いは無い。疑義が介在する事は無い。英雄と言えど衆生の低劣な知恵と愚かな判断を差し込む余地も無い。衆生はただ受け入れるだけで良い」
言い回しはくどいが、要するに「いちいち口答えするな。おとなしく従え」……と。
その理不尽な物言い、まさに神か。忌々しい。天高くから一方的に見下ろしてくる所までも、そっくりじゃ。
不愉快じゃなと眉を顰めておると、くいくいと袖を引っ張られる感触が。勇者ユシアじゃ。
「ねぇ、魔王」
「勇者ユシアよ、すまぬが話は後にしてくれ。まずはあの忌々しい自称神をどうにかしよう」
「……どうにかできんの?」
「してみせる」
使える筋力は二割――相手は神を名乗り、状況を見るにどうやらフレアとグリンピースが為す術なく敗北するほどの相手。じゃが、ワシは進まねばならぬ。
「神イケメン・プロメテス。すべて話し、フレアとグリンピースに詫び、そしておとなしく退くならばワシとて手荒な事はせぬぞ。どうする?」
「問うのは我だ。英雄・アリス。イケメンカイザーへの抵抗をやめると誓うのならば、焼きはしない」
プロメテスが手をもたげると、その背後に太陽のような豪炎が顕現した。
……なるほど。アレで、フレアとグリンフィースを攻撃したのか。神ドンとやらで動きを封じて、一方的に焼いたのか。
腹底を炙られるような感触を覚え、自然と右手が手刀を作る。
「どうする?」
「誓わぬ」
「では焼こう」
プロメテスは逡巡すらせず、手を振り下ろした。
合わせて、太陽が墜落を始める。
「プロメテスとやら。少し、痛い目を見てもらうぞ」
右手の手刀に、筋力を纏わせる。
放とう、二割分の――
「魔王チョップ!!」
手刀を振り抜き、その軌道の延長線上に筋力波の刃を飛ばす。
筋力波の刃――筋力刃は一瞬の拮抗すら許さず太陽を粉砕して直進する。
「なッ……神の火をいとも容易く……!? のわッ!?」
プロメテスは涙の溢れる目を大きく見開き、大慌てで身を捻って筋力刃を回避したが――逃がすか。
振り抜いた手刀を更に捻り、筋力刃の軌道を捻じ曲げる。
「なッ――ぐおァっ!?」
ぐるりと回って返って来た筋力刃が直撃し、プロメテスは一瞬白眼を剥いて崩れかけたが――虚空を強く踏みしめて、持ち直しおった。
「馬鹿な……この神イケメンに一撃を!? それも、こんなにもダメージを……!?」
「丈夫じゃな。神を名乗っておるだけはあるか」
まぁ現実の神と違って、手を伸ばせば届く程度の存在ではあるようじゃな。
そう思えば、連中よりはいくらか可愛げがある。
さて、プロメテスのあの表情……もはやワシをただの幼女とは見くびるまい。
であれば、話も聞いてもらい易くなっておるじゃろう。
「再度、問うぞ。プロメテス――どうする?」
「……ッ……神の火は慈悲! 救いの恩寵! 破ってはならない、無下にしてはならない……!」
……おとなしく従うつもりは無し、か。
プロメテスの背後で、先ほどよりも濃い太陽が形成された。先の一撃は小手先調べじゃったらしい。
まぁ、問題無い。あの程度ならばまだ二割の筋力で対応できる。
しかし……このまま遠距離攻撃の応酬では拉致があかぬな。じゃがワシが飛ぶなど冗談ではない。
ここは……。
「ひとまず、降りて来い」
お手々をプロメテスに向けて――掴む。
遠距離握把。指が届かなくとも、筋力を伸ばせば届く。当たり前の事じゃ。
その程度の高度で、ワシの握力から逃げられる訳が無かろう。
「何だ? 見えない何かが我の腕を掴んで……これは、筋力……?」
さて、優しく引き寄せておる間に暴れられても面倒じゃ。
「すまぬが、少し手荒にする。受け身を取れよ」
プロメテスの体を強く引っ張って、地面に落とす。
「ぬ、おぉおおお!?」
さすがに余裕の構えが解けたか、やや上ずった声を上げながらプロメテスは頭から地面に落ちた。
……受け身を取れと言ったろうに。じゃがまぁ、無事のようじゃな。良かった。神を自称するだけはある。
「あ、有り得ない……神の火を破り、神に一撃を入れ、あまつさえ神イケメンを引きずり墜とす、など! 何なんだ……!? アリス、キミは一体何者だ!?」
「ひとまず顔を上げてから喋ったらどうじゃ?」
まぁ、それだけ混乱しておると言う事か。
仕方無い、説明してやろう。
「ワシは魔王アゼルヴァリウス。現実世界にて筋肉を以て魔族の頂点に君臨する者じゃ」
「ッ、神話等が収録されている現実世界に関するデータベースに記録がある……千年筋肉!? こんなにも幼女だのに……!?」
「この見た目は色々とあってな……混乱する気持ちもわかる。すまぬ」
この幼女ボディに関してワシに非は無いと思うが、一応、謝っておこう。
「……つまり、現実世界において一種族の最高権力者……」
む? どうしたのじゃ。急に、プロメテスから戦意が消えた?
上空の太陽も青空へ溶けるように失せていく。
「であれば……活路は、希望はあるかも知れない」
「よくわからぬが……おとなしくしてくれる気になった、と言う判断で良いか?」
「ああ……むしろキミには、説明しなければならない。この世界の行く末、イケメンカイザーがやろうとしている事を。キミならば、この世界を救えるかも知れないのだ」
ほう……ワシが魔王と知った途端に、随分と掌を返したな?
その理由も、これから説明してもらえるのじゃろう。
「聞いてくれ、魔王アゼルヴァリウスよ。イケメンカイザーは――」
◆
一方、その頃。
西方から南西都市ダーゼットへと続く道の途中。
「……む?」
西の方から何やら筋圧を感じ、元は和装だった全裸イケメン――ベジタロウが片眉をピクリと上げた。
そして筋圧の出所である西方を振り返る。
「この筋圧は……確か」
ベジタロウは覚えがあった。
その筋圧は、今ベジタロウが肩を貸す形で抱えている気絶中の水色悪龍令嬢、キャパーナ・アクレイジと戦ったあのアリスとかいう幼女が、一瞬だけ放ったものによく似ている。
「それに相対するこの圧は炎属性のイケメンパワー……かなり強大でござるな」
こちらは覚えが無い。一体、誰と戦っているのやら。まぁ、今の丸裸の自分が参戦してもどうしようもない。そう判断したベジタロウが踵を返し、ダーゼットへ戻る歩みを進めようとした……その時。
「――全力の気配がしますわ」
彼の耳元で、すごく楽しそうな声が響いた。