03,おもしれー幼女だぜ!
このゲームの世界から早いところ脱出したい……じゃが、魔王チョップも魔術も使えん!
遊戯結界、ゲームならばログアウト――中から外へ出る方法が必ず用意されておるはずじゃ!
四天王のススメでプレイした時は普通に「ゲームを終わりたい」と念じれば、ゲーム終了を確認する板が虚空に現れたのじゃが……いくら念じても出ぬ……!
まぁ封印された訳じゃから当然、普通の手段では出られない細工はされとるか。
他に、何ぞ方法は無いものか……!?
「……一旦、落ち着け」
……焦ってもどうにもならん。むしろ効率が落ちるだけじゃ。急ぎたいのならば焦るな。
まずは、情報を集めるべきじゃろう。
ワシはゲームについての知見が浅すぎる。
ゲームの仕様を把握する事で、何ぞ穴を見つけられるやも知れん。
「……はて。しかし、妙じゃな?」
誰ぞに話を聞こう……と辺りを見回してみたが、街に人の気配が無い。
陽の位置からして朝。人間は大多数が昼行性のはずじゃが……この時間帯にこれほどの街で、この静けさは不自然では?
ゲームの世界じゃからとしても……昔やったゲームは、雑な造りの顔の【エヌピーシー】とやらが闊歩しておったのじゃが……。
「おいおい、空から何か落ちて来やがったと見に来てみれば――とんだエンジェルだぜ」
「うぬ?」
何じゃ、妙に気取った声が頭上から――ッ!?
「ぺ、ペガサス……じゃと……!?」
間違い無い、ワシの頭上に滞空しておるあの生物はペガサスじゃ!
あんな純白の翼を生やした空駆ける白馬、ペガサス以外に有り得ん!
幻想美獣ペガサス……ニンジンのためなら溶岩にすら飛び込み、そして無傷で帰還してみせるほどの強さを持つと言う伝説の存在! 幻想の称号を冠するほどの希少種、初めて見た!
現実ではまず出会えぬアニマル……ゲームって素晴らしいのう!
ちょっと感謝するぞ勇者ァ!
……待て、見間違いか?
あれは――
「ペガサスに……誰か騎乗しておるのか……!?」
あり得ぬ、じゃが、間違いない。
逆光でシルエットしか把握できぬが……ペガサスの背に、何者かが騎乗しておる!?
「貴様……何者じゃ!?」
「ん? 俺は俺だぜ? この世界に来ておいて俺を知らないとは、素っ頓狂な奴だぜ」
騎乗者はフッと笑い、ペガサスの腹を軽く蹴った。
ペガサスは不愉快そうに一鳴きした後、ばさばさと降下を開始。
「俺の名は、グリンフィース・ダーゼットだぜ。グリフと呼んでくれだぜ」
騎乗しておったのは、人間の男。顔立ちが端正、イケメンじゃな。
若草を思わせる緑髪、翡翠の瞳……背が高く、肉付きもほど良し。背筋もピンとしておる。襟の高い緑色の服は軍服のようにも見えるが、装飾が豪奢過ぎる所から察するに、人間の貴族か?
「更に言うと、俺はこの南西都市ダーゼットの統治者だぜ」
最近のゲームはソーシャル術式だったか何だかで、世界中の者たちと協力して遊べるものもあると聞くが……ゲーム内都市の統治者と言う事は、このグリンピース何某はゲームキャラクターなのじゃろう。
ふむ……これは少し驚きじゃな。
ゲームキャラクターとは魔術によって作られ、設定された動作だけを繰り返すだけの虚像……つまり結界に付属する使い魔の類。
だのにこのグリンピース、見てくれや話しておる感じだけじゃと、生身の人間との差がわからぬ。
外見の作り込み具合は圧巻、そして会話が自然に成立しておるように感じるほどの高度な自律稼働術式……手間をかけて良く作っておるのう。
「さぁ、俺は名乗ったんだぜ。そっちも名乗るべきだぜ」
「む? ああ、道理じゃな」
この世の万物――絵画や陶器とて、粗雑に扱って良い道理は無し。
造り物が相手と言えど、礼儀を失するのは道理に反するじゃろう。
「ワシの名はア――ぐぅ……!?」
な、なんじゃ……頭痛が……激しい頭痛が急に……。
ワシの、ワシの名前はア、ア■■――
「ワシの名は……アリスじゃ」
何じゃ、今の頭痛は……?
まるで大事な何かを塗り潰されてしまったような感覚じゃったが、一瞬で治まったな。
「アリス……ふぅん、だぜ。まぁまぁ運命を感じる名前だぜ」
「意味がわからんぞ」
あと、たまに勇者や四天王から「のじゃのじゃうるさい」と言われるワシが言うのもなんなのじゃが、だぜだぜうっさいのう貴様。
「随分と冷静なツッコミなんだぜ……さっきはもっと、俺の美貌にはしゃいでいたはずなんだぜ?」
「いや、ワシが興奮しておったのはペガサスの方じゃ」
「……だぜ?」
「まぁ、確かに貴様の顔も美しい。うむ。立派な出で立ちも相まってとても格好良いと思うぞ」
ただワシに取って人間は動物と言うより、もう人間と言うひとつの分類でな。
どれだけ美しくとも、前かがみで愛でる対象にはならぬと言うか……。
「……へぇ……おまえ――おもしれぇ女だぜ!!」
おぉう……?
何じゃ、いきなり大声を出しおって……びっくりするのう。
「その落ち着きを通り越して素っ気ない反応……この俺に『運命を感じる』と言われて、顔色ひとつ変えず仁王立ちだぜ? 俺が大して気に留められていないんだぜ……幼女相手だのにまるで遥かな高みから見下ろされているような感覚ッ……こんな奇妙な高揚を俺は知らないんだぜ。でもこれは! 俺の中に確かにある扉をこじ開けて出てきた感情なんだぜ!!」
急に元気じゃなー……魔も人も若者っていきなり騒ぎ出す時あるよな。
わんぱくなものじゃと微笑ましいではあるが。
「つまり、アリス! おまえはおもしれぇ女だぜ!!」
「いや、確実に貴様の方がおもしろいと思うのじゃが?」
「俺の魅力に気付いたんだぜ? じゃあ乗れだぜ。俺のペガサスでどこまでだって連れて行ってやるんだぜ」
「ほほう。なんと」
あのペガサスに乗れる……望むべくもない誘いじゃ。
それに、どこまでもときた。この封印を解き、現実世界に戻るためにはこの仮想世界の探索は不可欠。
普通に考えれば断る理由は無い……のじゃが。
……ワシは高所恐怖症なのじゃ。
情けない? は? 地に足ついた生活が大好きなだけじゃが?
「グリンピースとやら。申し出は悪くないのじゃが、遠慮しておくとしよう」
「だぜ? 俺の誘いを断るって言うんだぜ?」
「うむ。そう言ったのじゃ。厚意を無下にしてすまんな」
ワシとてペガサスに乗れぬのは惜しい……じゃが、こればかりはどうしようもないのじゃ。
「………………」
ぬ? 何じゃ……地震か?
レンガ道が小刻みに震えておる。
「……ほんと、おもしれぇ女だぜェェェ!!」
「ッ!?」
ぬおぉ……!?
ワシの周囲のレンガが弾け飛んだ……!?
何かが地の底から噴き出して――
「これは……植物か……!?」
地中からレンガを突き砕いて表出したのは、太い蔦が巻いて円錐形になったもの……緑の杭!
緑の杭が次々に噴き出し――ワシを取り囲んで、柵を……!?
く、油断した! 完全に囲まれたのじゃ!
「人間が、これほどの植物魔術を詠唱も道具も無しに……!」
このグリンピースとか言うイケメン……手練れか!
「アリスゥ、おまえがいけないんだぜぇ……!」
「ぬぅ!? ワシが何をしたと言うのじゃ!?」
まったく解せぬぞ貴様!
ワシに非があると言うのならば言ってみろ!
場合によっては謝る事も辞さぬのじゃ!
「おまえは今、選択肢を間違えたんだぜ」
「選択肢……?」
「ボス・イケメンを相手に選択ミスは、即デッドエンドだって相場がお決まりなんだぜ!!」
「……よくわからぬが、気に入らん奴は即座に殺すと言う事か……!?」
命をなんじゃと思っておるのか……まるで神々のようなクズ!
製作者は何を思って、このイケメンにそんな無粋な行動パターンを設定したのじゃ!?
「だけども・だけど、だぜ。俺はおもしれぇ女にはチャンスを与えると決めているんだぜ!! さぁ……串刺しにされたくなかったら俺のペガサスに乗るんだぜ!! そして――」
何を思ったか、グリンピースはニュッと唇を尖らせると、
「俺とキスをするんだぜ!!」
「………………は?」
「ついばむように! 朝陽が昇るまで! 何度でもだぜ!!」
「貴様は一体、何を言っておるのじゃ……?」
「おまえを、俺の物にするって言っているんだぜ!」
その言い様、まさか……隷属の呪縛か?
肉体的交合、手を繋ぐ行為や接吻には強い呪縛効果がある。婚姻の際には接吻を起点とする事で、一生涯に渡り持続するほどに強烈な【愛の呪縛】なるものを交わすと母上から聞いた事もあるぞ。
つまり……接吻による強烈な呪縛効果を利用して、ワシを完全に隷属させるつもりじゃと?
……ふん、笑わせてくれるわ。
「神々にすら中指を立てるこのワシを、従わせると宣ったか!」
先ほどの命を軽視した発言もあわせて、こやつは倫理観にやや問題があるとみた。
例え遊戯内の虚構存在であろうと、命を尊ばぬ性質は捨て置けぬ。このゲームを遊ぶ者に悪影響をもたらしかねんからな。
教育に悪い、と言う奴じゃ!
「覚悟せよ……貴様はワシが倒す!」
相手が現実の生き物であれば、尻でも叩いて躾けてやる所じゃがのう。
ゲームキャラクターでは、話が変わる。
どれだけ生者に似せて造られていようとも、所詮は使い魔の類。
誠心誠意でぶつかろうと、製作者の設定した性質が変わる事は無いじゃろう。
であれば、打倒以外に道はあるまい!
荒事は嫌いじゃが、やるべき時はやるのじゃ!
平和主義と無抵抗主義の違いを教えてやろう!
悪いイケメンなぞ、この手で退治してくれるわ!
「だーぜっぜっぜっぜッ! ますますおもしれぇ女だぜ! まずはその緑の柵から出てから吠えるべきだぜぇアリィィス!!」
その笑い声は正気か?
いや、それよりワシを誰じゃと思っておるのじゃ?
魔王アリス、この程度の植物魔術で動きを封じられるほどぬるくはない。
どれ、軽い筋力ビームでこんな植物の柵など塵の如く吹き飛ばしてやろうでは――
「……………………」
……指先に筋力が集まらん。まったく。全身から搔き集めても、熱線どころかそよ風すら出せん。
……そう言えば、今のワシってクソザコ幼女じゃったか。
あ、これやばい。