23,討ち破れ、悪龍令嬢!!
「ッ……なるほど、完全にやられましたわ!」
グリンピースのフィールド展開を見て、キャパーナは焦る――どころか、興奮するように息を荒げ、恍惚の表情でごくりと唾を呑み込んだ。
「この全力キュウリの群れは、わたくしの意識を全力で釘付けにするトラップ!! その隙に貴方が全力で川底を目指し――全力でフィールドを!!」
「その通りだぜ龍血ラリ女! さぁ、一気呵成に叩き潰してやるんだぜ!!」
「一気呵成は調子に乗り過ぎでしてよォ!!」
キャパーナは長い体を竜巻のように捩じりながらグリンピースと正面対峙。噴き出した樹木と競うように巨大な水槍が次々に発生する。
「属性の不利があろうと、わたくしのスペックは貴方を遥かに凌ぐ!! せいぜい五分五分の全力勝負ですわァ!!」
「そいつは違うんだぜ!?」
「なんですって!? 全力で詳しく!!」
「必ず勝つと!! マスターに宣言したからだぜェェェェェェ!!」
「それは……全力ですわねェェェェェェ!!」
「当然、全力だぜぇぇぇぇぇぇぇ!!」
グリンピースの全力の叫びに呼応して、樹海の侵食が加速!!
そこかしこから大河の水面を引き裂いて、樹木が出現!!
まるで地平の果てまで樹海で埋め尽くさんとしておるような勢いじゃな……!?
「オホホォ!? こんなにも激しいフィールド展開、わたくしが知るグリンフィースの全力を明らかに越えていますわ!?」
「当たり前だぜ!!」
グリンピースが拳を振り上げた。
あやつの支配下にある樹木たちが一斉に、まるで蛇龍の如く蠢き出す。
「ゲームのシステムだからじゃあない、カイザーの指示で仕方なくでもない――俺自身が、俺の意志で! この世界を作り変えたんだぜ!! ああ、最高の全力が出るに決まっているんだぜ!! 俺が俺として、マスターに、この全力と勝利を捧げるんだぜェェェ!!」
「ッ~~オホホホ!! すンばらしいィィ!! ならばァ!! 全力で受けて立ちますわァァァ!!」
興奮の絶頂。そんな熱を帯びた声でキャパーナが吠えた。
「受けて、立ってられるもんなら立ってみろだぜェェェェ!!」
グリンピースが、拳を振り下ろす。
一帯を埋め尽くしていた樹木が一斉に伸び、うねり、キャパーナへと襲いかかった!!
「術式情熱加工――【森羅万象呑下大侵緑】!!」
「術式筋力加工――【卍絶劫禍・破界嵐噴】!!」
ひと薙ぎで山を削り飛ばせそうなほどに巨大な樹木が、無数に暴れ回る。
音を置き去りにするような勢いで、巨大な水の槍や弾が躍り狂う。
目に見える規模ではキャパーナが操る水の軍勢の方が勝っていたが、相性の問題か、グリンピースの樹木は量的不利を物ともせず薙ぎ払う。しかしてやはり量的有利を取る相手を蹂躙し切る事はできず、樹木も次々と水槍や水弾に砕かれていった。
薙ぎ払い、砕かれ。
砕き、薙ぎ払われ。
樹海と大河の壮絶な喰い合いが始まった。
「……ボクら、完全に蚊帳の外にされちゃったね」
「グリンピースが奮戦してくれておるおかげじゃな」
キャパーナがワシらに水弾ひとつ差し向ける余力すら惜しむ……そうでなくては拮抗し得ないほどの猛攻を仕掛けておるのじゃろう。ああ、見ればわかる。
意志を受けて荒れ狂う樹海と大河の全面衝突。
まるで災害と災害が喰い合っておるような、そんな凄まじい光景。
完全な均衡、同格の殴り合い。
そして、完全な均衡とはネズミのひと噛み程度の出来事で崩壊する。
であれば、そのネズミにワシらがなろう!
「フレア、ヴァーン! もう少し頑張れるか!? グリンピースを信用しておらぬ訳ではないが、先を急ぐ旅じゃ。介入して決着を早めたい!」
「なるなる、時短って奴だに!」
「うむ!」
「合点承知!! ヴァーンもイケるって言ってるっぽい! ……でも正直、あの戦いに首を突っ込める自信はちょっぴりミニマムだよ?」
「安心せい、ワシとてあんなんの渦中に飛び込みたくない!」
あくまでも外からちょいと干渉するだけじゃ!
貴様には爆炎を貸してもらう!
「ヴィジター・ファムート!!」
合成する品種は世界最大南瓜と胡瓜!
そして――イネ科野菜の、玉蜀黍!!
超促成栽培を用い、ワシらの眼前の水面に浮上させる。コーンのごとく葉に包まれた巨塊が一〇あるかないか。三種合成じゃと一挙にこの数が限界か。
「こりゃまた、大きなコーンがいっぱいだに?」
「うむ。フレアよ、爆炎でこれらの葉を燃やしてくれ!」
「……? あー、なるほどおけわか! 派手にいっちゃうよ!! 強烈蹴撃、【爆天幕】!!」
フレアが元気良く頷き、膨大な爆炎を巨塊たちに浴びせた。
よし、葉が燃え始めた……ヴィジター・ファムートもチャージ完了じゃ!
「次じゃ!」
品種合成、世界最大南瓜、そしてコーンと同じくイネ科野菜の――竹!!
ただでさえ成長の早く凄まじい勢いで天を突く竹を、巨大品種と掛け合わせつつ超促成栽培……!
出現地点は――燃え盛る巨塊たちの真下!!
「飛べ!!」
超高速成長する巨大竹で、燃える巨塊たちを上空へ突き飛ばす!!
標的は、無論キャパーナ!!
キャパーナの周囲には水槍や水弾、樹木の群れが嵐の防壁と化しておる。じゃが、完璧にキャパーナを覆い隠しておる訳ではない。隙間がある。あとはその隙間を抜けられるくらい、面攻撃で数をぶつけてやれば良いだけじゃ。
空を駆ける炎の巨塊たちが、キャパーナを包む嵐の壁に衝突する寸前で――弾けた。
爆裂玉蜀黍現象と言う奴じゃ。そして、中身はただのデカいコーンではないぞ。
中にぎっしり詰まっておるのは、未成熟のキュウリじゃ!!
神の皮膚をも裂くとされるトゲを持つキュウリの散弾で形成された緑の壁!
一発くらい、嵐をすり抜けて届くじゃろ! と言うか届け!!
「ッ!?」
よし! 何発か、キャパーナの鱗を掠めた!
神の末裔の鱗じゃろうが、キュウリのトゲの前では紙ぺら同然、切り裂かれていく!
と言っても、薄皮一枚程度の話じゃがな。
じゃが、それで充分。
キャパーナが驚きに剥いた目でこちらを見た。
「ふん、ワシを見ておる場合か?」
良いのか?
ほんの一瞬じゃったが……水の軍勢の統率に乱れが生じたぞ。
均衡が、傾く。
「だぁぁああああぜぇぇぇえええええええ!!!!」
グリンピースの咆哮!
樹木の群れが、余力の限りを出し尽くして一斉に枝葉を伸ばす。
枝槍が、水槍の横腹を食い裂く。放たれた木の実の散弾が、水弾を次々に撃ち墜としていく。
凄まじい勢いで四方八方へ伸びていく枝の様相は、まるで夜空に走る亀裂の様。
空も、水面も、水中も、樹海が、緑の侵食が呑み下していく!!
そして、届く。
おびただしい数の樹木が、枝が、葉が、木の実が!!
キャパーナの巨体に喰らい付いた!!
「よし、これで――」
「まだむぁだですわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「「「!?!!??!?」」」
なッ……この怪物娘、耐え抜くつもりか!?
グリンピースの猛攻を受けて受けて受けまくってなお、歯を食いしばって倒れる気配が無い……!?
このままグリンピースの力が弱まるまで耐久してから立て直し、逆転を狙うと……!?
えぇい……グリンピースもそうじゃったが!
最後の粘りがえげつないな!?
「どうすれば……!」
ワシらが出せる攻撃では、気を逸らす事はできても大したダメージにはならぬ……!
ここはグリンピースの火力に頼るしか……!
であればワシらにできるのは応援のみ!!
「頑張れ! グッピー!!」
フレアも同じ結論じゃったか!
では、ワシも頑張れグリンピース、と――
「頑張れ、グリンッフィッイィイース!!」
あ、ごめん。噛んだ。
「ぅおぉおおお……愛称も良いが、真名で応援されるのもォォォ……気合が入るってもん……だぁああああああぜええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
いつもの? そっち? 何の話……っておおお!?
何じゃかよくわからんが、樹海の勢いが今までに無いほど熾烈に!?
応援の力ってすごいな!?
「ま、だま、づ……ぁきッ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああンンッッッ!!!!!」
緑に埋め尽くされた世界の中心で、キャパーナの悲鳴にも似た嬌声があがった。
――……やがて干潮を迎えた海のように、すべてを呑み込んだ樹海が退いていく。
あとには、月明かりが照らし出す美しいネモフィラ畑が現れた。
そこに立つ全裸のグリンピースと、ネモフィラに包まれて倒れ伏し動かない水色の令嬢。おそらく、キャパーナの人間形態じゃろう。
キャパーナは白目を剥き……満足げな全力の笑みを浮かべて、完全に気絶しておった。
「この勝負……俺たちの、勝ちだぜ……!」