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21,のじゃロリ再起!


 目を覚ましてすぐ、ワシの小さな幼女の体から、筋力が溢れ出すのを感じた。

 現実のワシの二割にも満たん微弱な筋力じゃが……どういう訳か、幼女化弱体の呪縛が薄れておる!!


 しかし、その興奮に浸る間は無い。


 周囲に、全身を酷く圧迫する力が満ちているのを感じた。

 荒々しい、荒れ狂う河川の氾濫めいた筋圧じゃ。

 ワシからすれば大した筋圧ではないが……充分、常軌を逸した圧!


 ――キャパーナ・アクレイジか!!


 顔を上げて、すぐに筋圧の出所に向ける。


 いた。大河の水を巻き上げて、無数の巨大な水槍を形成――ボロボロになったフレアに狙いを定めておる水色の巨大蛇龍!!


 ――「覚醒したら即座に」

 ――「前方の蛇龍のどてっ腹を目掛けて【矢】を放て」


 矢とは何か、理解はできておらんはずじゃった。

 しかし不思議と――操られるように、体が動いた。


 キャパーナに、小さな手を差し向ける。


「――神殺神矢ヴァリスタ


 ワシの知らぬ技の名が、ワシの口から紡がれた。


 溢れ出した筋力を集めて固めて、小さな掌から射出する。

 狙うは、キャパーナのどてっ腹。


「オーッホッホホ――ホ? ほ、げぶあがッ!?!?!??」


 フレアに気を割いていたらしいキャパーナの無防備な蛇腹に、筋力の矢が直撃!!

 さすがに貫通はできなかったが、水面に大きな石を投げこんだような幾重の波紋がキャパーナの全身を抜けていく。キャパーナの体だけでは殺し切れなかった余波で、奴の周囲にあった巨大水槍の群れも弾け飛んだ。


「ア――ぁ、あああ……!?」


 血を吐き散らしながら、キャパーナの巨体はぐらりと揺れて――大河の水面へと落ちた。

 ドッッ……パァァァァンッッッ!! と、激しい水柱が月を突く。


「……は?」


 マヌケな声は、ワシを抱えるグリンピースの口から。


「ま、マスター……? 今の、マスターがやったんだぜ?」

「うむ……よくわからんが、何かできたな」


 先の一撃を放った掌を自分で眺めてみるが……もう筋力はほとんど残っておらんな。

 幼女化弱体の呪縛が緩んだのは、先の一瞬だけじゃったらしい。


 しかし一体、何が……気を失っておる間に、呪縛が緩む条件を満たしたのか?

 夢の中で何かが起きたのか……ぬぅ、思い出せぬ。

 夢の内容って何か起きたら秒で忘れがちよな。生家が出てくる夢じゃった事しか覚えておらぬ……。


 と、頭を捻っておると、


「にゃああああああああああああああああああああ!!」

「ふぎゅむ」


 謎の叫びと共に飛んできた柔らかな胸肉が、ワシの顔面に叩き付けられた。

 今、首がめきょっつった。


「……ふ、フレアか……」


 フレアがすごい勢いで滑空してきて抱き着いたらしいが……首痛ァ……。

 何かうろ覚えじゃが、ついさっきも似たようなダメージを喰らった気がする。


「フレアよ……ボロボロじゃが、大丈夫か……?」

「あちこちじんじん痛いけど平気だよ! それよりもすごいすごいすごいすごごごい!! さっきのアリスちゃんがやったのかにゃ!?」

「ぅ、うむ、ワシが……ッ、ぅ……!?」


 何じゃ……ず、頭痛……?

 この頭痛の感じは前にも……確か、グリンピースに初めて名乗った時に……。


 わからん……理由はまったくわからんのじゃが、【アリス】と言う名に違和感がある……?

 一〇〇〇年以上も付き合ってきた己の名に、何を今さら……?


「おい、マスター!?」

「アリスちゃん!? どうしたの!? もしかしてさっきのすごいの、命を削る系!?」

「い、いや……そんなはずは……ないと思うのじゃが……」


 先の一撃は、封印されておった筋力を放っただけじゃ。元々ワシが有しておる力、それも全力の二割弱じゃぞ? その程度で命が削れるほどの反動が来るなど……いや待てよ。

 今のワシは幼女ボディ。ジジィボディのパワーをそのまま振るおうとしたら、無理が出て当然か……?


「……あれ? って言うか、アリスちゃん……高い所、平気なの?」

「バカを言うな。めちゃくちゃ恐い。じゃが……何だか耐えられる気がするのじゃ」


 本当に、何もかもわからぬ。しかし、理屈ではなく心が理解しておるのじゃ。

 今のワシは、無敵に等しい。高い所でも当然のように冷静でいられる。そんなワシなのじゃと。


 何者かに暗示をかけられた……?

 いやしかし、ワシの高所恐怖症は相当なモンじゃぞ?

 それをどうにかできるほどの暗示なぞ……、ッ……!!


「……この筋圧は……!」


 キャパーナが墜ち、薄れかけていた荒々しい筋圧が……徐々に圧力を取り戻している……!?

 まさか、先の一撃を受けてなお――


「ゥオオオオオーッホッホホホホホホホホアァアアハハハハハハハハホハホハホハハハハハハッハハハハハハハハハハハァァァアアアアアアアアア!!!!!!」


 吐血に濁った笑い声が響き渡る。

 大河全体に大波を起こしながら、キャパーナの巨体が浮上した!!


「ッ……真性の怪物か……!」


 ワシの二割の筋力をモロに食らって原型が残っておるというだけでも、生物としては狂った耐久力じゃろうに……あやつ、まだ戦闘を続けられるような状態じゃと……!?


 ん? と言うか頭の上のベジタロウがおらんな。墜ちた衝撃でどこかへ飛んでいったか。

 まぁ今は構っておる場合ではない。


「なぁぁぁンンですのォォォォ今の素敵な一撃はァァァァ!? 全力を越えた全力を出しつつあったわたくしを!! 全力のはしたない声と共に全力で膝から崩れ落ちさせるほどの衝撃的衝撃!! それも全力には程遠い気配を全力センサーは見逃さなかったァァァ!! せいぜい二割! 全力の二割くらいの一撃でしたわねぇぇええええ!?」


 崩れ落ちる膝も無いじゃろ今の貴様。

 あと全力センサーって何ぞ。


「あぁぁああ……全力センサーがビンビンに反応していますわァ……今の全力の二割程度の一撃を放ったのはそこの可愛らしい貴方ァ!!」


 ぬお……よくわからんが精度はすごいセンサーらしいのう。


「なんて……なんて、おもしろい幼女なのでしょう!! 貴方の全力一〇割を受け止めてしまったらわたくしはどうなってしまうのかぁぁぁ……ワクワクとゾクゾクが止まりませんわァ!! さぁさぁさぁああ残りの八割を引き出すためにィ! わたくしは更に全力を越えていきますわよォォ!!」

「……って、言われてるけど。どうかなアリスちゃん。残りの八割って出せそう?」

「いや、無理じゃな」


 そもそも、さっきの二割もどうして出たかわからぬ。


 ……ふむ。既に筋力コンディションは幼女のそれに戻ってしまった。

 フレアはボロボロ、足元があれではグリンピースの植物魔術は使えぬ。

 そして、何やらキャパーナは先ほどよりも威勢を増しておる。ダメージが入ると元気になるとか変態的じゃな……まったく。


 状況は、絶望の極み。

 じゃが、どうしてじゃろうな……。


 根拠も何も無いはずじゃのに。

 それでも何故じゃか、今のワシなら……いや、ワシたちならば。

 どうにかできてしまいそうな気がするのじゃ。


「フレア! ヴァーン! グリンピース! 力を貸してくれ!」

「オッケイだよ、アリスちゃん!!」

「ああ! 当然だぜ、マスター!!」


 フレアと足鎧ヴァーンが爆炎を噴き上げる。

 グリンピースが強く手綱を引く。


 ワシも、スコップを取り出して構える。


「ワシたちはこんな所では立ち止まれぬ……! 荒事は嫌いじゃが、避けて通れぬのならば! 退かして通るまでじゃ!!」


 イケメンカイザーを倒し、フレアと共に現実に戻り、イケメンたちを納得させる方法を考え、そして魔王としてこれからも生者の営みを守るために!!


「全力を以て退けさせてもらうぞ……キャパーナ・アクレイジ!!」



   ◆



 赤みを帯びた黒髪の魔族、フライアス。現魔王の母にあたる魔族だ。


 慎ましやかな古家の中で、フライアスはただ一点を見つめていた。

 そこにはついさっきまで、息子――と言っても、既に自分の何倍も生きて、更には見た目が幼女になっていたが――とにかく最愛の息子が立っていた場所だ。


「……わたしは、最低だ」


 フライアスは息子との別れ際に、ある言葉を呑み込んだ。


 ――「ごめんね」。


 フライアスは死後、すべてを知った。

 自分の息子がどれほど理不尽で、酷い運命に弄ばれているのかを。


 あの子は優しい。魔王なんて、ちっとも似合わないくらい。

 そしてその優しさ故に、魔王としてみんなを救い守るための戦いを選んだ。

 どれだけ苦しくても拳を握りしめ、嘆き呻きながらでもただ前へ進もうともがき続ける。

 その積み重ねが、母との再会の余韻に浸ろうともせず進み続ける、今のあの子だ。


 一〇〇〇年と言う時間は……『幼い我が子』を『誰かのために消費される魔王システム』へと変えてしまうのに、充分過ぎた。


 そんな変わり果ててしまったあの子と再会して、つい思ってしまったのだ。「こんな事なら、この子は生まれてこない方が幸せだったのではないか」と。そして、口走りかけてしまった。


 ……親として、絶対に言ってはいけない事だ。考える事すら許されざる傲慢だ。


「あの子の戦いから、母親わたしが目を背けてどうするの」


 フライアスは自らの頬を叩き、気合を入れ直す。


「……彼にこの運命を押し付けた側として」「何と謝罪すれば良いかわからない」

「必要無い。わたしは絶対に【あなたたち】を許せないから」

「……そうだな」「当然だ」


 白黒のカラスとオオカミたちはそれぞれ隻眼を伏せる。


「何の言い訳にもならないが」「必要だった事だ」

「このふざけた悪趣味ゲームを」「終わらせるために」

「…………………………」


 フライアスも目を伏せて、祈った。

 祈れる神などいない――ただ一柱を除いて。


 だから、その一柱に祈った。


 そして、目を開ける。


「……頑張ってね、アッちゃん。ママはもう応援しかできないけど……あなたの優しさに救われたみんなが、必ずあなたを助けてくれるから」


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