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20,ママの愛は神を超越しちゃう。


 ワシが魔王に選ばれたあの日……母上と父上は、ワシを魔王城に残して去って行った。


 最初は、捨てられたのじゃと思った。

 勇者に狙われる宿命にある厄介者を遠ざけたのじゃと。


 それから数年間。悲しみに暮れ、嘆き、世を呪い続けた。

 じゃが、ある日ふと不思議な事に気付いたのじゃ。


 勇者が一向に現れぬ。


 数代前の魔王から仕えている古参の重臣たちから聞いた話では、数年に渡って勇者が魔王城に到達しない事など初めてじゃと言う。


 その理由は、やがて判明した。


 魔王城に、瀕死の重傷を負った魔族が運びこまれた。

 もう絶対に助からない、ありとあらゆる手段を尽くしてどうにか延命できているだけ。

 そんな酷い状態の――赤みを帯びた黒髪が特徴的な、魔族の女性。


 ……母上じゃ。


 勇者を討ち果たしたものの深手を負い倒れた母上を、近場に駐屯しておった魔王軍が保護。

 現魔王の母と知り、すぐに連れて来たのじゃと言う。母上と共にいた魔族は既に息絶えており、生前の原型など察しも付かない……誰かに見せられるような状態ではなかったため、すぐに手厚く埋葬したとも言っておった。


 ……母上と父上はワシを捨ててなどいなかった。

 魔王城に――ワシの元に勇者が辿り着かぬよう、何年も、戦い続けてくれていたのじゃ。


 すぐにそう察しはついた。

 それでも、ワシの心に重石を負わせぬように気遣ってか、母上は決して仔細を語らなかった。


 母上は今わの際にワシの頬を撫でて、愛していると言ってくれた。

 そして、悔しそうに顔を歪めて……最期に付け加えた。


 ――「ごめんね」と。


 狂いそうな気分じゃった。

 いや……どうかこのまま狂わせてくれと懇願すらした。


 狂乱のままに、怒りだけに身を任せて、人間への報復を、復讐を。

 血で血を洗う戦乱をもたらしてでも、気が済むまで殺戮の限りを――不意に脳裏を過ぎったのは、悔しそうに泣きながら息を引き取った母上の姿じゃった。


 ワシが誰かを殺そうとすれば、その誰かを守ろうと戦う者が現れる。

 母上と父上がワシを守ろうと戦ってくれたように。


 そんな者たちを、ワシは殺せるのか。

 殺せと命じる事ができるのか。


 想像しただけで、嘔吐が止まらなくなった。


 何故、そんな事をしなければならない?

 どうして神々の遊興ごときのために、あんな悲劇を繰り返さなければならない?

 一体、どんな大義があってそんな事を?

 一体、どんな道理があって繰り返すのか?


 答えは単純じゃ。


 大義など無い。

 道理など無い。


 であれば、あってはならぬ。


 そんな事はしない、させない。

 繰り返したりなどするものか。


 ワシは、この世のすべての悲劇を拒絶する。



   ◆



「……………………」


 眼を覚ませば、随分と懐かしい光景じゃった。


「ワシの家、じゃな」


 魔王城――ではない。

 魔王に選ばれる前に住んでいた、本当の家。

 森の中の美しい湖畔に寄り添った、慎ましい古家じゃ。


「……また、この夢か」


 我ながら、未練がましい。

 夢の中では現実での記憶は曖昧じゃが……何か、嫌な事があったのじゃろうな。


 辛い思いを抱えて眠ると、いつもこの夢を見る。


 じきに、父上が田仕事から帰ってくる。

 母上が縫いたての服を持って奥の部屋から飛び出してきて、盛大にすっころぶ。

 ワシと父上が心配しながら母上に近寄ると、母上はその心配を吹き飛ばすように「ばあ!」とおどけて飛び起きる。


 いつかの日の再現。


 誰かに話せば、虚しいと鼻で笑われるじゃろう。

 それでもワシは、この夢が拠り所になっておる。

 この夢を見る事で、ワシはまた立ち上がる。

 どこかの誰かが大切にしているこの日を守りたいと、心から願い、筋肉を昂らせる事ができる。


 そうやって一〇〇〇年余りの時を、魔王として生き抜いてきた。


「哀れな慰みだな」「だが、重要な事だ」


 聞き慣れぬ声じゃった。

 声が聞こえた方へ視線をやると、窓辺に二羽のカラスがおった。

 片方は黒羽で右目が潰れており、もう片方は白羽で左目が潰れておる。

 どちらも寒そうに震えて……確かこの夢の時期は冬じゃしな。カラスには殊さら寒かろう。


「貴様らは……」


 ……ワシはこのカラスたちを知っておる。

 むかしから時折、魔王になってからも幾度か、姿を見る事があった。

 黒羽の方はともかく、白羽の方は珍しく印象深い。

 夢の中に現れたのと、声を聞いたのは初めてじゃが。


「この記憶があるからこそ、キミはできあがった」「ヴァリの名を持ち、あたたかな日常を守りたいと願うキミが必要だった」


 二羽のカラスが交互に言葉を繋いでいく。どちらも同じく、しゃがれた老人の声。

 おそらく、カラス自体が喋っておる訳ではないな。この二羽は誰ぞの使い魔で、その誰ぞの声を中継しておるだけじゃろう。


「貴様は一体……?」

「仔細は明かせない。明かせばキミは」「私の言葉に決して耳を貸さない」


 同じくしゃがれた声が、今度は背後から聞こえた。

 そこには、右目が潰れた黒オオカミと、左目が潰れた白オオカミ。

 黒オオカミは釜戸に薪をくべ、白オオカミは筒を使って息を吹きこんでおる。


「……何をしておるんじゃ?」

「いかんせん、この世界は寒い」「キミの心の温度がモロに現れているのだろう」


 ……暖を取ろうと火を起こすオオカミって、何かシュールじゃな。

 それにしても器用に前脚を使っておる。


「話を戻そう」「ひとまず、私の事はグッドなオッディと呼んでくれ」

「……そのグッドなオッディとやらが、何の用じゃ?」


 今回の夢は、何かおかしいな。

 グッドなオッディなんぞ……ワシは知らんぞ。


 そもそもワシの姿もおかしい。

 何じゃ、この女児に着せるようなフリフリの黒ドレスは……この夢の時、ワシはいつも母上が造ってくれた服を着ておったはずじゃ。


「何の用か」「私の目的はキミを目覚めさせる事だ」

「ワシを、目覚めさせる……?」

「ささやかな楽しみを奪うようで申し訳ないが、キミには急いで覚醒してもらう必要がある」「私はそう長くこの世界に干渉できない。バレてしまうと事だ」

「フーの馬鹿タレは何を考えているのか、小規模とは言え軽率に【権能】を使いやがったようだが」「まぁ、そのおかげで、私はこうして仮想結界内のキミを補足できた」

「それにしても、フーはまだ」「キミの正体に気付いていないらしい」

「偶然とは実に」「ミラクルだな」

「…………何の話をしておるのじゃ?」


 あと、喋る口はひとつにまとめてくれんかのう……逐一あっちを見たりこっちを見たりで面倒じゃ。


「今、現実のキミは」「と言っても、ゲーム内のようだが」

「ともかく夢の外のキミは窮地にある」「特にキミと行動を共にしている仲間たちは、もう長くもたない」

「行動を共にしておる仲間……? ……ッ……!」


 そうじゃ……ワシは確か、勇者に乙女ゲーに封印されて……顔に触れて思い出す。現実のワシが今、どういう状況なのかを。

 つまり今、フレアとグリンピースが危ないと言う事か!?


「夢を見ておる場合じゃないな!?」

「うん」「だから起こしに来た訳だ」

「親切じゃなグッドなオッディ!! 助かる!!」


 どうしてそんな世話を焼いてくれるのかは知らんが、まぁ好都合じゃから今は目をつぶろう!!


「だけどぶっちゃけ」「今そのままキミを起こしても」

「すぐにここに」「戻ってくるだろう」

「……ああ、確かに」


 おそらく、夢の外ではまだワシは飛んでおるのじゃろう。

 目を覚ました瞬間ゲボ吐きながら気を失うのは不可避。


「だから」「策を用意した」

「策?」

「私の権能を少しだけ」「みんなに内緒で使う」

「ぬ……?」


 グッドなオッディがそう言った直後、静かに戸が開いた。


 父上が田仕事から帰って来た……訳ではなかった。

 入って来たのは、赤みがかった長い黒髪が特徴的な魔族――母上じゃった。


「え……?」


 おかしい、本来この夢で母上は、この冬の新作を掲げて奥の部屋から飛び出してくるはず……。


「久しぶりね、アッちゃん」


 母上の微笑みは、柔らかで……でもどこか、悲し気でもあった。


「……まさか……」

「アッちゃん――きゃわいいいいいいいいい~~~~~~!!!!」


 ちょ、ふぎゅむ。


 いきなり笑顔を爆発させた母上がすんごい勢いで抱き着いてきた。

 腕と胸に挟まれて首が折れるかと。めきょって言ったもん、首の骨。


「は、母上……今のワシ、クソザコ幼女ボディじゃから加減をして欲しいのじゃ……」

「あぁ~ん一人称がワシになってるし、のじゃとか言ったぁ~!! 成長を感じる~!! 尊いぃ……我が子の成長が尊いぃ……側でその成長を見守りたかったなぁ~もー!! ママに無断で大きくなるとか酷くないかなアッちゃん!! でも可愛いから好き~!!」


 ギャグみたいなテンションでさらっと重い事を言いよるな母上。


「アッちゃんは昔っから女の子みたいな顔立ちだなーって思ってたけど、いざ女の子になると本当にもう……しかも何もう柔らかくてぷにぷに頬っぺ~~~~!! この色味はもうチョコ餅なんじゃない? この食べたい系幼女め!! 有罪! 罰としてちょっと食べていい?」

「母上、ごめん。ちょっと一回静かにして再会の余韻とか醸し出させて?」


 たぶんアレじゃよね?

 理屈はわからんが、この母上はいつもの在りし日の記憶を再生しているだけの母上……ではなく。

 本当にどういう訳かわからんが――あの日、ワシと死に別れた母上なんじゃよな?


「まぁ反抗期!? ママが死んでから一〇〇〇年以上は経ったってグッドなオッディさんは言っていたけど反抗期が抜けてないの!? でも嬉しい! だってママってばアッちゃんが反抗期になる前に死んじゃったのすっごい無念だったから……反抗期のアッちゃんを体験できるのすごく良い!!!! グッドなオッディさんありがとう!!」

「楽しそうで」「何よりだな」


 相変わらず発言内容がさらっと重いがのう……。


「パパも素直に来れば良かったのにね~。パパったらいっつもあなたの事を心配しているくせに、今回いざ会えるってなったら『息子を守れなかった男が、父親面なんてできる訳ないだろう』って……本当に頑固で淡泊気取りなんだから!! でもそう言う所がツボで結婚したのよぉ~。ツンデレ良くない? ママは大好きです☆」

「ねぇ母上。本当にさっきからそんな陽気なテンションで垂れ流して良い発言の数々じゃないと思うのワシ」


 父上の複雑な心境に思いを馳せさせて?


「積もる話があるのもわかるが」「程々にして」

「そろそろ本題に移ってくれ」「ミセス・フライアス」


 程々どころか、積もる話が微塵もできとらんのじゃが?


「そう言えば時間が無いんだったっけ……や~ん名残惜しいぃ……あの世に連れていきたい……なんつって!! ま、アッちゃんももう一〇〇〇歳を越えてるんでしょ? どんなに頑張ったって普通の魔族の寿命なんて一五〇〇年かそこらだし。焦らなくてもそう遠くない内に会えるもんね!」

「息子の寿命を明るく語り過ぎじゃない?」


 なに? 一回死んだ時にモラルも一緒に死んだの?


「ん~、子供には長生きして欲しいけど、早くこっちに来て欲しい感もあるジレンマだよにー。ここだけの話、ママってばアッちゃんをこっちに引きずり込みた過ぎて一時期ほんのちょっとだけ悪霊になりかけてたんだぞい☆ 母性でギリギリ耐えたけど。頑張ったぞい☆」


 語尾にぞい☆とか付けて話す内容じゃない。


 と、ここでグッドなオッディの使い魔×四が急かすように咳払い。


「おっとっと、いけないいけない。ママってばお喋りお姉さん☆ 本題に入るね、アッちゃん」

「ふむ……?」


 改まって本題とは一体……?


「アッちゃん――がんば☆」


 ……ウインクしながら親指をぐっと立てていきなりどうしたの?

 一回死んでから頭がパーなのかな母上。いや、生前から割とこんな感じじゃった気もするけど。


「グッドなオッディさんがね、アッちゃんはここが頑張り所だから応援してやれって! がんばれ☆ がんばれ☆ アッちゃん! おー!!」

「……グッドなオッディとやら」

「何だ?」「どうした?」

「これがさっき言っていた『策』か?」


 ……ああ、頷きおったぞこのカラスとオオカミたち。

 いくら母上の応援を受けたからって、それだけで高い所を克服できるほどワシは単純ではないぞ……。


「あ、アッちゃん今ママの応援を過小評価したね!?」

「いや、過小評価と言うか、気合でどうにかなる話ではないというか……」

「気合じゃないもん! ママの応援は愛だもん!!」

「あ、愛……?」

「愛! そう、この世に存在するあらゆるエネルギーの上位互換!!」

「え……愛ってそんな感じのものじゃっけ?」

「そうだよ!! ママ、嘘、ツカナイ」


 じゃあ何でカタコトになった?


「いい? アッちゃん! ママはアッちゃんの事をアッちゃんよりよく知っている自信があります! だってママは世界で一番、アッちゃんを愛しているから!!」

「母上……」

「そんなママが保証しちゃう! アッちゃんはママの応援を受けたら無敵になる素直な良い子! はい、復唱して!! アッちゃんはママの応援を受けたら無敵になる!!」

「あ、アッちゃんはママの……」

「アッちゃんはもっと大きな声を出せるよ!!」

「あ、アッちゃんはママの応援を受けたら無敵になる!!」

「ん~~~……まぁオッケイ!!」


 ワシは一体、何を言わされておるのじゃろうか……。


「さ、あと一〇〇回、いってみよー!!」

「えぇ!? 一〇〇!?」

「えぇ!? もしかして一〇〇〇回が良いの!? 歳の数だけいっちゃう感じ!? それもまたオッケイ! ママどこまでも付き合うよ、アッちゃんの事が大好きだから!!」



   ◆



 一〇一回目の復唱で「時間無いって」「言うとるやろがーい!」と言うグッドなオッディのノリノリなツッコミが入り、謎の呪文詠唱時間は終了した。


「どうかなアッちゃん! 何か無敵になれた気がしない!?」

「そんなのする訳……あれ? 嘘、何かワシ無敵になった気がする……」


 マジで何、この根拠皆無だのに「ワシってば何でもできるんじゃね?」感が溢れ出してくる感じ。

 普通に怖いんじゃが。洗脳呪縛メンタルシフトか何か仕込まれた?


「ママの愛は息子を存在レベルで改変します。いえい☆」

「存在改変って神々級の呪縛では……」

「子供のためなら神くらい超えるよ、ママだもの。さて、グッドなオッディさん。これでわたしの出番はおしまい?」

「ああ」「協力に感謝する」


 母上は「どいたま~」と軽いテンションで返すと、改めてワシの方を見た。

 その表情は、最初に見せたどこか悲し気な微笑じゃった。


「……アッちゃん」


 母上は何か続けて言いかけて、口を開けたまま止まる。


「……? 母上?」

「…………………………」


 母上は何かを迷った末、ただ口を閉じてニッコリと笑った。


「……続きは、彼の寿命が尽きた後に」「やってくれ」

「必要だったとは言え」「時間を使い過ぎた」

「だってさ。アッちゃん、頑張ってね。気を付けて……いってらっしゃい」

「……すまぬ、母上。そしてありがとう。いってきます」


 積もる話は少しもできておらぬが……グッドなオッディの言う通り、今は時間が無いのじゃろう。


 ……母上をないがしろにするのは心苦しい。

 じゃが、この一〇〇〇年余り、続けてきた事じゃ。


 例え呪われようと、死者の冥福より生者の幸福を優先する。


 ワシはこの夢の中で立ち止まれぬ。


「さぁ今すぐにキミを覚醒させるぞ」「準備は良いか?」


 準備、と言われても何をどうするのかサッパリじゃが……それを問いただす猶予も無かろう。


「ああ」


 頷いて返すと、グッドなオッディの使い魔たちがワシを囲むように集まった。


「おそらくこの夢の内容を、キミはほとんど覚えていられないだろう」「夢とはただでさえうつつならざる世界。そこに私のようなものまで介入したのだ」

「だから覚醒したら即座」「前方の蛇龍のどてっ腹を目掛けて【矢】を放て」

「案ずるな。ヴァリ(キミ)の【矢】は必ず」「キミが望むものだけを撃ち抜く」

「そのために」「キミを選んだ」


 矢とは一体……ちょいちょい何か意味深げな事を言うのう、グッドなオッディ。

 何が何だかサッパリなのじゃが……。


「さぁ」「思い出せ」

「今は封じられし」「キミの真名を」

「ワシの真名……?」


 グッドなオッディの使い魔たちは息を揃えて、その名を口にした。



 ――「アゼルヴァリウス」、と。


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