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02,のじゃがロリって失われし筋肉


 魔族と人間は、古の時代から争っている。

 その理由は、もはや定かではない。


 歴史と言えば聞こえが良いそれは、惰性で嵩を増していく怨嗟の吹き溜まりだ。


 その中で何時からか【魔王】と【勇者】が神々によって選出されるようになった。

 魔族に味方する神と、人間に味方する神の代理戦争。それが魔王と勇者の決闘。


 勇者は心地好さげに謳う。

 私は「英雄たれ」と言う神の声を聞き、勇者に選ばれたのだ……と。

 きっと勇者となる者たちは、思わず奮えてしまうような謳い文句を囁いてもらえるのだろう。


 幼くして魔王に選ばれたア■■■■リ■スもそうであったなら、きっと救いがあった。

 魔族の未来のため、誇りを以て拳を掲げる事ができただろう。


 しかし、救いなんてなかった。


 ア■■■■リ■スが聞いたのは――神々の嗤い声だったのだから。


『今回の勇者は良い出来だったな。見ていて痛快であった!』


『やはりギルジアの神々は英雄たる勇者を創り慣れていらっしゃる。オリエントの神々が用意した魔王の健闘もあって、最高だった』


『次の勇者担当はクツルフの神々、魔王担当はスカンディナヴァの神々だな』


『スカンディナヴァの連中が手を挙げたのか? 連中は確か……いや、我々はどいつも気まぐれか。心変わりなど今さら珍しくもない』


『既に次回が愉しみで仕方無いぞ……ああ、早く次を始めよう』




『ウフフフ……人間を選び、育て、導き、魔王と戦わせるぅ――最高の遊興ゲームでしょぉ。これぇ』




 手違いか、それとも何者かが意図してか。

 ア■■■■リ■スは神々の下卑た嗤い声とそのやり取りを聞き、真実を知った。


 小さく幼い手で窓の格子を握り締めながら、天を呪った。

 遥かな高みから嘲笑うように響く雷霆らいていに、落涙しながら唇を噛んだ。


 ――何が神だ。貴様らなぞ邪神だ。命を尊ぶ心を持たぬどころか弄んで愉しむ、邪悪の化身だ。


 ……ああ、しかし。

 どれだけ吠えたてようと、逆らえないのだろう。

 どれだけ足掻こうと、決して、くつがえせはしないのだろう。


 ……だとしても、足掻き続けてやる。


 命ある限り、奴らに抗い続ける。

 心ある限り、ふざけるなと叫び続ける。


 例え、憎き輩の首は掴めずとも、天へと手を伸ばす。


 勝って勝って勝ち続けてやる。


 どんな勇者が来ようとも――決して、負けない。

 勇者も被害者だ、殺しはしない。


 連中が望む『魔王と勇者の殺し合い』など、少しだって演じてやるものか。


 負けない。殺さない。


 勝って、生き続ける。


 そんな最強の魔王になってやる。


 そのためには、そう――筋肉が、必要だ。



   ◆



「……ぅむ……?」


 何じゃ……昔の夢を見ておったような……。


 寝ていた……いや、気絶?

 ……えっと、ワシは確か……そうじゃ。勇者によってオトメゲーとやらに封印されて――いきなり大空に放り出されたのじゃ。


 ……むぅ……?

 何か、記憶が抜け落ちておるような……いや、気のせいじゃな。落下中、恐怖のあまり意識がプツンと切れてしまったようじゃし。そのせいで記憶の繋がりに違和感を覚えておるのじゃろう。


「……ッ……ぅ……」


 体を起こしつつまぶたを上げると、周囲には資料で見慣れた街並みがあった。人間の街じゃ。レンガを敷き詰めた大きな道に、脇を固めるようにびっしりと民家や店が並ぶ……それなりの都市じゃのう。


 まぁ、神々の呪縛で魔王城から出られんワシが、人間の街に来られるはずがない。

 これはゲームの世界、仮想現実の光景じゃろう。


「それにしても、何じゃか体が動かしづら――って、はぁ?」


 ……待て。

 待て待て待て。今の、ワシの声か……!?

 まるで幼い女児めいた――ッ!?


「こ、これは――」


 何と言う事じゃろう!

 ワシは齢一〇〇〇を超えてなお筋骨隆々としたボディの剛毛肌黒系魔族じゃったのに……!

 この細く短く滑らかな褐色の指は何じゃ!?

 むにっとしてみにっとしておる……!

 これワシの手……いや、ワシのお手々!?


「い、一体なにがどうなって……!?」


 至急、全身をくまなく確認する。


 身に纏っておるのはふりふりの黒ドレス。

 尻尾は無くなっておるな……頭を触ってみると、角も無くなっておった。

 髪は色合いこそ変わらず闇色じゃが……鉄のくしをもへし曲げる我が剛毛はどこへやら。何かちょっとゴワついてはおるが普通の毛。なんと、手櫛が通る。指がすわぁっと通り抜けおる。

 次は顔を撫でさすってみる。牙は微妙に残っておるし、目は釣り目気味のようじゃが……この感じは、おそらくすごく可愛い系じゃな。自分でなければ飴をやって頭を撫でてやる所じゃい。


 ……何でこやつワシなんじゃ。ワケがわからん。


「もしや……オトメゲーとやらの仕様か……?」


 オトメゲー……なるほど、乙女ゲーか。

 すなわち、乙女にふんしてイケメンと戯れる……そう言う主旨であったと。

 で、ワシはその仕様で幼女にされてしまったのか。黒髪で褐色肌でギザ歯で釣り目な黒ドレスの幼女に……盛り過ぎでは?


「いや、まぁ、今はそんな事はどうでも良いか……」


 結界の効果でワシはキャラ付け濃いめの幼女になった。

 千年筋肉とも呼ばれるワシが嘘じゃろいと叫びたい事ではあるが……万の言葉で否定しても、現実は一事とて変わらぬ。時間の無駄じゃ。


「それよりワシがすべき事は……一刻も早く、現実に戻る事じゃろう」


 長く封印されてしまうと、神々が新たな魔王を用意する可能性がある。


 目の前にちらつく明るい街並み――魔王城から出られぬワシに取って、魅力的な光景じゃ。

 魔王軍の士気に関わるので普段は抑えておるが……実はワシは、三度の御飯より動物が好きじゃ。


 あの建物の陰には野良猫がおるやも知れぬ、野良犬もおるやも知れぬ。人の街ならば探せばきっと牧場もあるじゃろう。そこには一体どんな動物がおるのじゃろうか? 魔族は御米しか食わぬ食性故、家畜系アニマルとは縁が無い。


 虚構ゲームとは言え、魔王城を出られぬワシが魔境外の動物と触れ合える……千載一遇の好機。


 じゃがしかし……ここは我慢じゃ。


「…………はぁ」


 ……溜息も出る。

 魔王なぞ、神々の遊びのために生み出された哀れな道化。

 連中が育てあげた勇者の力量を試すための玩具。

 やり甲斐などあるものか。ふざけろとしか思わん。

 じゃからこそ、この役目を他の誰ぞに押し付けてしまう事には抵抗を覚える。

 このクソったれな宿業は、可能な限りワシが引き受け続けるのじゃ。


 ……さて。

 さっさと魔王チョップで封印を破壊し、現実に戻るとしよう。


「…………………………む?」


 ……右手で手刀を作り、筋力を帯びさせようとしたが……筋力が集まらぬ。

 いや……これ、一応は集まっておるな。じゃが……クッソ弱い。


「ああ……まぁこの幼体では、まともな筋力など使えんか」


 筋力は筋肉が精製するパワー。

 筋肉をがっつり削ぎ落されたこの幼女ボディでは大した出力にならんのも当然。それに、角も尻尾も無いと言う事は魔族ではなく人間基準のボディじゃろうしな。筋肉の質からしてガタ落ちじゃ。


 で、あれば。

 魔力を練り上げて魔術で封印を解除するまでよ。


「………………………………………………」


 ……魔力もほとんど無いぞ、この体。

 そう言えば、人間で魔力を扱えるのはごく一部じゃったっけか……?


「……ふむふむ――あれぇ?」


 筋力が足りぬ以上。

 万象粉砕体術・魔王チョップによる封印破壊は不可能。


 魔力が足りぬ以上。

 魔術による封印解除も不可能。


「……もしかしてワシ、詰んだ?」

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