18,全力! ドラゴン! オホホホ!!
――遊戯結界魔導書は、娯楽を売る商売である。
しかして、世には「娯楽を楽しみたいが時間は余りかけたくない」という需要がある。
故に生まれたのが、課金と言うシステムだ。
イケメン・ニルヴァーナにおいてもそれは例外ではない。
ちまちまとイケメンを攻略していく時間を、省略したい。そんな需要に応えて、現実の通貨と引き換えにゲーム内で使える強力なアイテムを提供する。
そして、そのアイテムがいかなるものか。
商売において販売促進、宣伝は重要な事。
そこで実装されたのが、【悪役令嬢】と呼ばれるエネミー専用のキャラクターたち。彼女たちは総じて、冗談のような強さを誇る。その設定は様々。魔族、改造人間、悪魔へと堕ちた者、神の末裔、何でもござれ。
課金武装のお試しイベントにおいて、まず彼女たちは圧倒的な猛威を振るう。広範囲高火力攻撃をほぼ連射、耐久値も凄まじい。地形変更技すらまるで息をするように放つ。こんな怪物にどうすれば勝てると言うんだ? そんな絶望感をプレイヤーに刷り込む。
そこで【課金誘導妖精ゴールドさん】の登場である。
課金誘導妖精ゴールドさんが悪役令嬢に呪縛をかけ、お試し対象の新規課金アイテムを使えば一撃必殺級のダメージを与えられるようにしてくれる。
災害のような猛威をふるう怪物を、一方的にねじ伏せる事ができる。
わかりやすい超大逆転劇の爽快感。
それを提供する事で、宣伝対象のアイテムに好い印象を抱かせるのだ。
……しかし、いつからか。
プレイヤーたちの間である【遊び】が流行りだす。
悪役令嬢たちを、課金誘導妖精ゴールドさんの力を借りずに攻略する――と言うものだ。
無論、その難度は計り知れない。
だからこそ、と言う話。
そして、悪役令嬢の中でも別格の強さを誇る怪物――【悪龍令嬢】ことキャパーナ・アクレイジは「ラスボスより倒し甲斐がある」と言わしめた。
プレイヤーたちは嘲笑半分、畏敬半分で、彼女をこう呼ぶ。
――【ミス・エンドコンテンツ】と。
◆
「おい、マスターから何か変な音が聞こえたんだぜ!?」
カーペット・オブ・ネモフィラ……だった大河の直上。
頬に汗を浮かべながら、グリンフィースはペガサスの手綱を引く。
後方から聞こえた快音が気になるが……目の前に佇む巨大な蛇龍、キャパーナから目を逸らす訳にもいかない。
「アリスちゃん、目を開いて気絶しちゃった! って、わぁああ!? 口から極太霊魂的なものが出てるーッ!? アリスちゃん意外にも勇士!?」
「えいんへ……!?」
グリンフィースには見えていないが、フレアが抱えている幼女の口からぽわぁ……と霊魂的な物が天へと旅立とうとしている。
「よくわかんねぇが、出ちゃマズいモンが出ているんなら押し込めだぜ!!」
「おけまるきゅーれ!!」
フレアは威勢よく応え、「くらえ我が権能! みんなには内緒だよ――【天国出入禁止措置】!!」と言う謎の叫びと共に霊魂的なものを鷲掴み。幼女の口に押し戻した。
「アリスちゃんはこれでもう二度と死ねないよ!!」
「そりゃあ素敵なおまじないだぜ。俺にもかけて欲しいくらいだぜ」
正直、今は冗談に付き合ってやる余裕など無い。
それでもグリンフィースは笑顔を取り繕って軽口で応えた。
「さすがでござるな、グリフ殿。実にわかっている。現状は絶望的。だからこそ心折れれば微塵の勝機すら取りこぼす……故に余裕を保つ事に努める。戦士として天晴」
蛇龍の頭の上に仁王立ちする和装イケメン、ベジタロウは余裕たっぷり。プレイヤーに向ける無表情とは違う微笑を浮かべている。
「……チッ、だぜ……!」
ベジタロウの言う通り。現状は絶望的だ。
「グッピー……勝算ってありそう?」
「……俺の樹海フィールドを展開できりゃあ、五分五分の勝負には持ち込めるはずだぜ。あの全力バカ令嬢のスペックはボスイケメンよりもかなり上だが、相性的にゃあ俺が圧倒的に有利なんだぜ」
水属性の魔術は、植物属性の魔術に弱い。グリンフィースの術とキャパーナの術がぶつかれば、相性の差でグリンフィースの方が勝ちやすい。更に、キャパーナの河川フィールドの特性は「文明の破壊」に特化している。水害をモチーフにした特殊効果で、文明――即ち人工物であるならば強度を問わず一瞬で粉砕してしまうが……逆に、人工物以外には無害と言う欠点を持つのだ。つまり、植物による攻撃はこの河川フィールドの影響を受けない。
グリンフィースが充全に植物魔術を行使できれば、かのミス・エンドコンテンツが相手でも勝ちの目はある。
……だが、
「生憎、俺は【遠隔起動】のスキルを持ってねぇんだぜ……植物魔術を使うにゃあ、間接的でも良いから地面に触れる必要があるんだぜ……!」
足元の大河、詳しい水深は不明だが……元のネモフィラ畑が影すら見えない程度には深い。
人工物以外――つまり生身のイケメンもこの河川の水流・水圧の影響は受けない。潜る分には支障はないだろうが……グリンフィースが川底に辿り着くまで、キャパーナが傍観してくれるはずもない。
「戦略的撤退が一番無難だぜ。だが――」
「全力で、させる訳がありませんわ」
巨大蛇龍・キャパーナが口角を裂き上げて答える。
「さぁ……さぁさぁさぁさぁ全力のバトルを始めましょう! わたくしはもう全力で辛抱がたまりませんわ! この高潔な体を全力でめぐり全力で荒ぶる龍の血が!! 全力で氾濫する大河の如く強者との闘争を全力で求めていますわ!!」
キャパーナの双眸が獰猛な光を放つ。
すると、大河から無数の水玉が浮き上がり、赤・青・黄・緑・茶とカラフルな光を帯び始めた。
「術式筋力加工……【五行印・水連破弾】ンン!!」
「な、何かあの人、っていうかあの龍、急にテンションが壊れたよ……!?」
「ッ……戦闘狂め……!」
キャパーナは気品ある令嬢でありつつ、その内に【水害】と称されるほどに荒々しい龍の気性を内包する。
ある時は、文明を育む母のような柔らかさに満ちた清流。
ある時は、あらゆる文明を一呑みにしてしまう激しい濁流!
まさしく大河の化身のような存在!!
「戦闘狂? 下品な呼び方はやめてくださいまし!! 血の宿命に殉じるべく全力を尽くす!! 貴族の鑑とはこのわたくしでしてよォ!! 故に貴方たちも全力を以て抗いなさいまし!! 貴族は庶民の規範ンンッ!! 即ち貴族が全力である時ッ、庶民もまた全力でなければ秩序が乱れてしまうでしょうがァァアアアアアア!!」
「言っている意味がわかんないよ!?」
「理解しようとするだけ無駄だぜ!」
グリンフィースは力強く断言する。
「スイッチが入ったあいつは、龍の血っつぅ劇薬で半分ラリっているようなモンなんだぜ! 【激情状態】って奴だぜ!」
強い感情によりステータスが全体的に向上し、精神的な弱体化を一切受け付けなくなる――が、代償として半ば論理が破綻した思考をしてしまいがちなるのに加え、精神的な強化を一切受け付けない。
それがステータス異常【激情状態】である。
「ただの麗しき全力の興奮状態を!! ラリっているとかァ……全力で下品でしてよォォォオオ!!」
キャパーナの咆哮を号令に、周囲を漂っていたカラフルな水弾たちが一斉に射出される!!
四方八方、さまざまな軌道でグリンフィースたちを狙う!!
「くっ……おいタマ蹴りゲリラ! 全力で飛ばすぜ!! おまえは落ちても良いがマスターだけは死んでも落すなだぜ!!」
「ボクも落ちないように全力でしがみつくよ!」
「全力! そうですわ良い響き!! 全力全力ゥ!! わたくしの全力に全力で応えなさいなァァァァ!!」
「やかましいんだぜ、この龍血ラリ女が!! だぜ!!」
グリンフィースは華麗な手綱さばきでペガサスを指揮。
カラフルな水弾の嵐をギリギリで躱していく。
「そうだ、グッピー! ボクとヴァーンが爆撃で足元の水を一瞬でも吹き飛ばせれば……!」
「リスクが大きすぎるんだぜ!! イケメン武装は人工物判定が入るんだぜ! 爆撃の反動で跳ねた水滴を一粒でも浴びりゃあヴァーンは破壊されて死んじまうんだぜ!?」
「そんなッ……!」
「今、飛んできていやがる水弾も、あの大河の水を加工したモンだぜ! 当たりゃあタダじゃあ済まないんだぜ!!」
キャパーナが嵐の如く絶え間なく飛ばしてくるカラフルな水弾。
あれは「文明を破壊する概念攻撃」を帯びた大河の水を、物理的な破壊力を持つ筋力で加工した技だ。
つまり「文明破壊攻撃であらゆる防具や防御スキルを粉砕し、圧倒的筋力で無防備な生身を破壊する」と言う、当たれば致命傷不可避の理不尽攻撃!!
「くッ……こうなったらイチかバチか……だぜ!」
グリンフィースはペガサスを操る手を緩める事なく、キャパーナに向けて叫ぶ。
「キャパーナ! おまえは強い奴とガチンコで殴り合うのが大好きなはずだぜ!?」
「ええ、ええ!! 庶民の全力の暴力を四方八方問わずどこからでもいくらでも全力で一身に受け入れる! そしてそれを全力で捻じ伏せる、時には全力で捻じ伏せられる!! それこそが全力貴族の嗜みでしてよォォォォオオオ!!」
「あの龍の貴族観って歪み過ぎじゃあないかな!?」
まったくだぜ! と同意しつつ、グリンフィースは続ける。
「だったら! 充全な魔術を行使できる俺と戦いたいとか思わないんだぜ!?」
「全力で、思いますわ思いますわ思いますわァァァ!!」
「じゃあ――」
一旦、俺にフィールド展開を使わせろだぜ――グリンフィースはそう提案しようとした。
しかし、
「だからこそ!! さぁ!! 早くこの危機的状況を全力で打破してくださいましィィ!!」
「ッ……!!」
眼をガン剥きにして笑顔で吠えるキャパーナの言葉が、グリンフィースの期待を一蹴した。
「理不尽なほどの圧倒的全力で上から押さえつけてくる貴族を、全力で討ち破る! それが庶民のあるべき全力の姿ですわ!! さぁ、さぁさぁさぁ!! この圧倒的劣勢をも覆す庶民の全力底力を!! 素敵な全力逆転劇を引き寄せる、泥くさいほど全力の逞しさをォ!! わたくしに!! 貴族の権化に!! 全力で見せつけてくださいましィィィアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
キャパーナの興奮に呼応するように。
大河から浮かび上がるカラフル水弾の量と大きさが加速度的に増していく。
「ぐ、グッピー……もしかしなくても、今、墓穴を掘っちゃった感じじゃない?」
「てへぺろだぜ」
「かわいくないよ!!」
「……つぅか、俺も一応そこそこの貴族階級なんだけどなぁ、だぜ!!」
グリンフィースは手綱を目いっぱい引いてペガサスのギアをあげていく。
一応、隙をついて戦闘領域を離脱できないかと試みてはいるが……キャパーナから距離を取ろうとすると水弾の動きが明らかに攻撃より進路妨害に集中して阻まれてしまう。
「あんの龍血ラリ女……! ネジがトんでいやがるようで嫌な所で冷静だぜ……!」
狂っていても、敵を逃がさず、敵を倒す事に関しては異様なほどにクレバー。
野獣の狩りが狡猾であるように、キャパーナと言う荒れ狂う龍の戦闘は絶妙にいやらしい!!
「こうなったら――グッピー! 片手でペガサスの操縦ってできる!?」
「あぁ!? まぁできるが…そりゃあどういう意図の質問だぜ!?」
「じゃあ、アリスちゃんをお願い!!」
「は!? ちょ、だぜ!?」
気絶中の幼女をいきなり押し付けられ、困惑するグリンフィースを置き去りに――フレアが跳んだ。
「激烈疾駆!!」
フレアは足鎧の足裏から小規模の爆発を連発し、滑空!
カラフル水弾を縫うように躱しながら、キャパーナへと突進する!!
「おいタマ蹴りゲリラァ! おまえまさか自爆特攻でも仕掛けるつもりかだぜ!?」
「そんなつもり――ないよ!!」
力強く答え、フレアは右足を振りかぶった。
「強烈蹴撃、【爆炎砲】!!」
蹴りの軌道にそって、爆炎を放出。狙うはキャパーナの脳天。
だが、そこに仁王立ちしていたベジタロウが鍬を振るい、爆炎を薙ぎ払った。
「ふん、小賢しいでござるな」
「バカにしたものではないですわよ。あのプレイヤー、良い眼をしていますわァ……全力をびんびんに感じてしまう眼ですわァァ!!」
爆撃を防がれても驚く素振りはなく、フレアは小規模な爆発を起こし続けて滞空。
ベジタロウ・キャパーナと睨み合う。
「ボクとヴァーンの爆撃が通じないのなんて承知の上さ……キャパーナの水弾が少しかするだけでもマズいのだってわかってる!!」
でも!! と彼女が吠える。
応の応!! と応えるように足鎧から爆炎が噴き荒れる!!
「ボクはアリスちゃんと約束したんだ……一緒にイケメンカイザーを倒すって!! それに、ボクにも【目的】がある!! この世界で【あの子】を見つけて、謝って、それから御礼を言わなくちゃあいけないんだ!!」
虚空で腕を組み、堂々と言い放つ!!
「こんな所で、ボクたちは負けない!! だから勝つために、何だって全力で試してみるさ!!」
「フフ……オーホッホッホホホホッッ!!!!」
フレアの咆哮に、キャパーナは愉快愉快と令嬢っぽい大笑で返した。
「よくぞ言いましたわ!! それでこそ庶民ンンン!! 貴族として全力で呑み尽くしてみせましょう!! その逞しき闘志と情熱の全力をォォォォォオオ!!」
「負けないって言ったもんね!! にゃー!!」
「にゃーって、威勢は良いけど策はあるのかだぜ!?」
「蹴りながら考えるよ!!」
「まさかの無策なんだぜェッ!?」
☆★イケメン豆知識★☆
◆術式筋力加工◆
魔術――即ち魔力を編んで形成した術式を筋力で加工・再整形・強化発展させる技術。
その術式単独では威力がちょっと物足りない、そんなあなたにマッスルなひと工夫。
概念的攻撃術式と組み合わせる事で概念的な破壊と物理的な破壊を同時に与えると言う、絶対ダメージ通すコンボが完成する。