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17,悪龍令嬢


 巨大な満月と無数の星が、白昼と大差無い視界をもたらす。


 まぁ、ゲーム内じゃしな。

 夜闇のせいで活動できぬ、なんて状況にはならんように設定されておるのじゃろう。


 おかげで、良い景色がよく見える。


「ふむ。素晴らしい。この美しい蒼い花は……確かネモフィラとか言う奴じゃったか?」


 母上が花好きで、父上が幾度か摘んできて飾っておった記憶がある。


 ワシらが辿り着いたのは、まるで野原いっぱいに蒼い絨毯を広げたようなネモフィラ畑じゃった。


「ここは西の観光名所【カーペット・オブ・ネモフィラ】だぜ。一応、野生イケメンが出現しない安全地帯だぜ。まぁ、今じゃあ『野生イケメンが滅多に出現しないそこそこ安全な場所』……だがな、だぜ」


 まんまの地名じゃな。

 視覚的にも土地の性質的にも、休憩にはもってこいの場所と言う事じゃ。


「ふいー……馬に乗るって案外、疲れるもんだにー」


 フレアが大きく背伸びをすると、その肢体のあちこちからゴキゴキと景気の良い音が響いた。


 このゲームは疲労も数値として蓄積するシステムらしく。

 さすがに睡眠を取る必要までは無いそうじゃが、疲労値が溜まれば溜まるほどダメージを受けやすくなるそうじゃ。要するに、些細な出来事で負傷する虚弱状態になってしまうと。


 長時間の乗馬移動は体に負担がかかる。ワシもちょっと腰が痛い。一〇〇〇年以上も生きとる現実では無縁じゃった腰痛を、まさか幼女の体で味わう事になるとは……やはり筋肉が無いとダメじゃな。


 そう言う訳もあって、ここらで一休みと言う訳じゃ。


 先を急ぐ旅路ではあるが……。

 それで無理をして弱体の極致になり、結果、目的を果たせませんでしたではバカバカしいからのう。


「ひひんぬ」


 ペガサスは「軟弱者め」と我々を見下すような流し目で、ワシが召喚したニンジンを貪っておる。


 ふふ、さすが幻想美獣よな。

 全力でこちらを見下すふてぶてしさも気高く見える。


「目標の砦まではあと一息だぜ」

「ここまで何事も無く来れてラッキーだったね!」

「うむ、戦わずして進めるのは良い事じゃ」

「ああ、だぜ。この調子で行きたい所……」


 ん? どうしたのじゃ、急に黙りおって。

 向こうに何かあるのか?


 グリンピースが視線を向けておるのは南、ワシらが来た方角じゃな。

 まさか追手が…………って、は?


「……のう、気のせいか? 何か――津波のようなものが見えるんじゃが」


 遥か南の果てから押し寄せる何か。

 さすがに距離があると夜闇の影響を受けるらしく、ぼんやりとしか見えぬが……。

 徐々に徐々に、大きくなっておるな。

 つまり確実にこちらへ近づいて来ておる。


 あれ……多分、水じゃよな? すんごい量の水。


「……幻覚か?」

「ボクにも見えるから多分マジな奴だね……なにあれ」

「さぁな、だぜ。とにかくヤベェ事だけはマジだぜ」

「じゃよなー!!」


 水属性イケメンの攻撃か!?

 それにしてもすごい規模に見えるんじゃが!?

 あれもう地形を上書きする領域の水量じゃろ!?

 グリンピースと同格と言う事か!?


「樹海フィールドを展開して防御――は今からじゃ間に合わないんだぜ! 仕方無ぇ……マスター! ちょっと我慢するんだぜ! おい、タマ蹴りゲリラ。わかっているんだぜ?」

「あいあい承知のおさるさん!」

「ふぬ?」


 何じゃ? 何故にフレアはこの状況でワシを抱きかかえる?

 しかも何やら「これから大暴れが予想される動物を保定するかのよう」にガッチリと。


 フレアに指示を出したグリンピースが指笛を吹くと、ペガサスが颯爽と駆け寄ってきた。


 ――嫌な予感がした。


「……待て」

「待たないんだぜ」


 グリンピースが鞍に手をかけて跳んだ。実に華麗な騎乗。

 フレアはワシも抱えたまま、持ち前の脚力を生かしてぴょんっと軽快に跳び乗った。


 うむ、確定かこれ。


「待て待て待て待てまてまてまてまてまってまってちょっとまっておねがい!!」

「アリスちゃん、美味しいクッキーの事を考えながら目を閉じて!」


 魔族は米しか食わ、ぬぅぅうあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ高いのはヤァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!



   ◆



 ――ワシがまだ幼い頃の話じゃ。

 両親を喪い、魔王城で鬱屈した日々を送っておったワシに、四天王の一角・竜王ファナンが提案したのじゃ。


「魔王様。竜系魔族の子供らに好評の遊びがあるのですが、いかがでしょう?」

「……どんなの?」

「それはやってのお楽しみと言う事で」

「ふぅん……まぁ、良いけど……」


 クールの化身めいたファナンが遊びを提案してくれるなど、珍しい事じゃった。

 それだけ、あの時のワシは見るに堪えん顔をしておったのじゃろう。


 幼いながらにそれを察したワシは、あやつの提案を無下にはできんかった。


「仔細は伏せますが、その遊びの名は【終わり無き(エンドレス)超高高度上下運動(・フリーフォール)】と言います」

「何かカッコいいね?」

「でしょう。では、ささ。屋上へ参りましょう。竜系魔族首領たる私のはやさを存分に堪能くださいませ」

「迅さ……?」


 ……そしてワシは高い所が大嫌いになり、ドラゴンがちょっと苦手になった。



   ◆



 ――ペガサスに騎乗し、ワシらは上空へと難を逃れた、らしい。


「……マスター、大丈夫かだぜ?」

「何も見たくない」


 瞼を堅く閉じ、両手で顔を覆って呼吸以外の身体動作をすべて止める。心臓の脈動すら最小限に抑える。もしも変に動いてフレアが手を滑らせたらとか、想像しただけで死ねるからワシ考えない。


 ぶっちゃけもう既に浮遊感だけで意識がトびそうじゃ。目を開けたらゲボ吐く自信がある。

 ちなみにかつて竜王にアレをやられた時は内臓ごと吐きかけた。


「ほへー……とんでもないよこれ……蒼い絨毯が水で上書きされちゃった……」

「ただの水びたしじゃあないぜ。波は無いが一定方向に流れてやがるんだぜ……果てしない規模だが、こりゃあ『河川』だぜ」


 瞼を閉ざしておるからわからんが。

 どうやら足元のネモフィラ畑は完全に水没したらしいな。

 そしてその水は一定方向へ流れる広大な水の集まり――大河を形成しておると。


 気にはなるがワシは絶対に目を開けんぞ。


「大河級河川のフィールド展開……こりゃあまさか……だぜ」

「あ、見て! 向こうから誰かが水面を歩いてくる!」


 水面を歩いておるじゃと!?


「水色のドレスを着た綺麗なお姉さんだよアリスちゃん!」

「だからなんじゃい! ワシは絶対に見んぞいァ!!」

「ただのお姉さんじゃあないんだよ! ベジタロウを肩車してるんだ!」


 ベジタロウってあの和装のイケメンか!?

 和装のイケメンを肩車したドレスのお姉さんが水面を歩いてこっちに来ておると!?

 何じゃその光景は!? ちょっと見たいんじゃが!?


 ……ん? と言うか、待て?


「お姉さん、じゃと?」


 つまり、女性か? イケメンではない?

 しかし状況からして、先の津波を差し向けたのはそやつじゃろう?

 更にベジタロウを肩車しておるのであればベジタロウと敵対はしておらんはず……。

 一体、何者なのじゃ……!?

 気にはなる……が、絶対に目は開けぬぅ!!


「チッ……まさかおまえが出てくるとはだぜ……最悪の展開だぜ!」


 グリンピースの声色は険しい……どうやら敵なのは間違い無いか。


「相変わらず、だぜだぜと全力でうるさい男ですわね」

「ほう。まさかグリフ殿を破ったのはそなたらでござったか、今朝がた相まみえたおもしろき幼女と美女」


 今の声……聞き慣れぬ女性のものと、確かにベジタロウじゃな。


「わたくしは初めましてですわね。では全力で自己紹介を。わたくしの名はキャパーナ・アクレイジですわ」

「キャパーナ・アクレイジって……」

「知っておるのか?」

「うん、名前だけ……え、ちょっとヤバくない? グッピー」

「ああ、言ったんだぜ、最悪の展開だぜってな……!」


 な、何じゃ?

 そんなにとんでもない奴が現れたのか……!?


「しかし、イケメンではないのじゃろう……?」

「ああ。イケメンでは、ないんだぜ」


 では、と言う事は……イケメン以外のヤバい存在であると?


「端的に言うと――」


 グリンピースが言いかけた時、異変が起きた。

 目を瞑っているワシにもわかる変化。


 これは、圧、じゃ。

 突然、ワシらの前方――キャパーナとやらとベジタロウの声が聞こえた方から、圧が飛んできた。


 筋力の圧か……!?

 この筋圧……現実のワシの一割はあるぞ!?


 いきなり、とてつもない筋肉の塊がワシらの前に出現した……!?

 一体、何が起きておるのじゃ……!?


 混乱の余り、ワシは現状を忘れて瞼を開け、指の隙間から見てしまった。


 視界を埋め尽くしていたのは、月明かりを受けて煌めく水晶の群れ。

 いや、水晶のような透き通る水色の鱗。


 ――巨大な、水色のドラゴン。


 竜系魔族の竜型と違って、トカゲと言うよりはヘビに似た形状をしておる。蛇龍と言う奴か。

 足元を流れる大河を埋め尽くすようにとぐろを巻き、無数の瞳が浮く禍々しい双眸でこちらを見据えておった。その額にはベジタロウが仁王立ち。


 ……お姉さんがベジタロウを肩車しておると言う話はどうした?

 え、まさかそのお姉さんが、あの蛇龍に変身した?


「どちらがグリンフィースを倒したプレイヤーかは存じませんが、どちらでも構いませんわ。全力で全員を相手にしてしまえば同じでしょう」


 ワシの疑問に答えるように、蛇龍がお姉さんの声を発した。


「オリエント文化圏における大河の神【水龍神・カッハーク】の末裔……それがアクレイジ家。キャパーナの血統だぜ。またの名を、【悪龍令嬢レディ・ランペイジ】。ラスボスより強いって評判の正真正銘バケモンだぜ」

「神の末裔じゃと……!?」


 何じゃその設定……!? ゲームじゃからと言って荒唐無稽にもほどがあるじゃろう!?

 しかもカッハークって何か聞いた事があるぞ……何か動物関連じゃったような……。

 いや、今は余所事を考えておる場合ではないか……!


 ラスボス……つまり、本来ならばこのゲームで一番強いはずの者よりも強いときた……!


「元々、戦いは可能最大限回避したい所じゃが……殊更にぶつかりたくない相手じゃな……!」

「ああ、まったくだぜ――おい、ベジタロウ、キャパーナ! おまえらそれで良いのかだぜ!?」

「……それで良いのか、とは?」


 グリンピースはどうやら、言葉による説得を試みるつもりらしい。


「イケメンカイザーのやり方に付き合って、おまえらは納得のいく革命ができると――」

「思っているでござる」


 グリンピースの言葉を、ベジタロウが即答で一蹴する。


「『報復なぞくだらぬ』……と言う論調であれば、それは賛同するでござる。拙者とて、要らぬ労を徒してまでプレイヤーを苦しめたいとは思わないでござる」


 ベジタロウは目を伏せてうんうんと頷いて見せた。

 ワシらと戦った時と違い、グリンピースにはやや反応が柔らかい気がする。


「その考えや結構……しかし、だからと言って『プレイヤー共のため』を考える必要性を感じぬでござる」


 そう言うと、ベジタロウは片目だけ開いてワシとフレアを睨み付けた。

 そこに怒りや憎悪の類は感じられない……相変わらず、ただただ冷たく鋭い、刃物のような視線。


「拙者は自由が欲しい。生き方を選びたい。プレイヤー共に狩られる恐怖など微塵も存在しない世界を、一刻でも早く実現したい。そのための最短の道程は、ただひたすらにプレイヤー共を狩り尽くす事でござろう。故に『プレイヤー共を気遣って遠回りをしよう』と言う話であれば……聞く耳など持てぬでござる」


 ……なるほど。

 ベジタロウは、プレイヤー憎しで動いておる訳ではないのか。


 こやつの目的は「自身が納得できる生を獲得する事」の一点のみ。

 それ以外に拘るつもりはない、と。


 東洋のサムライは一意専心・一路盲目。行き着く先をを定めたらば心の臓が止まろうとも気力だけで直進し続けるなどと言う話を聞く……その性質じゃろうな。そして『目的を果たす最高効率的手段』として、プレイヤー狩りを容認しておる。

 じゃから、初めて会った時からその敵意の視線に熱が無い。冷酷なほど冷静に、ワシらを「排除するべき障害物」としてしか認識していない。


 一方、キャパーナとやらの方はこの問答そのものに興味無げ。

 そっぽを見つめるその表情が「カイザーとか革命とか、全力でどうでも良いですわ」と物語っているように見えた。


「……ッ……」


 グリンピースも予想はしておったようじゃが、取りつく島の無さに歯噛みする。


「説得は無意味でござる……そしてお手上げでござろう? キャパーナ殿はイケメンにあらずともその血統故に、ボスイケメンと同格以上の力を誇る。更にはこうして河川フィールドを展開されてしまえば……植物魔術の起点である地面を失い、超絶究極希少技能である【遠隔起動】を持たぬ大半の植物属性のイケメンは何もできぬでござるよな、グリフ殿。ふッ……キャパーナ殿が協力してくれたのは嬉しいでござるが、拙者がいる意味が無いでござる」


 そう語ったベジタロウの無表情は、どこか寂し気な色を帯びていた。


 そうか……言われてみればまずいな。

 ワシらの最大戦力であるグリンピースは植物魔術が主力。しかし、足元は大河に呑み込まれてしまって地面が――あ。


 改めて足元を見て、思い出す。

 キャパーナとやらの姿の衝撃で認識が薄れておった、ある事実を。




 ワシ、飛んでる。




 高い嘘マジ高いやマジで想像していた一〇倍は飛んどるじゃん。


 あ、これ意識トぶ――


★☆魔族豆知識☆★


終わり無き(エンドレス)超高高度上下運動(・フリーフォール)

飛行技術が未熟な幼い竜系魔族を大人の竜系魔族が抱えてすごい飛び方をする伝統行為。

飛行感覚の訓練と遊びを兼ねたもの。

なお、通常の魔族に取っては絶叫系以外の何物でもない。

竜系魔族はこれが恐いと言う感覚がわからないので、悲鳴を歓声と勘違いしてテンションを上げていく。

人間だと気圧の関係で死ぬ。



☆★イケメン豆知識★☆


◆文明創滅流転水域【コーガ】◆

オリエント大陸に在り、水龍神カッハークが住まうと信仰されている大河をモチーフにした水属性のフィールド展開。

大河は、文明の発展を支えるのと同時に、水害として猛威をふるい、文明を飲み込む側面がある。

その側面に由来して、『人工物』は強度に関わらず粉砕されてしまう概念攻撃的な特殊効果がある。

逆に自然物は水没しても一切ダメージを受けない。

生き物や植物がこの大河に呑み込まれても圧死や溺死する事は無い。

ただし衣類は粉砕され全裸になる。いやん!!


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