15,奴の事は忘れよう
……フレアが工房の隅で膝を抱えたまま動かんくなってしまった。
かける言葉が見つからぬ……。
「……忘れよう。それが一番だ」
イケメン工房のおじさんが静かに目を伏せる。
ああ……あれはもう、忘れる以外に解決策が無い。
丸まって動かんくなったフレアの頭を撫で、あとは時間が解決してくれる事を祈る。
「ところで嬢ちゃんよ。お前さん、同じイケメン武装を二つ以上所持しているんじゃあないか?」
「ぬ?」
うむ、確かにワシは今、ヴィジター・ファムートと言う子供用スコップ型のイケメン武装を二つ持っておるが……。
「よくわかったのう?」
「イケメン工房主の勘だ……まぁ、プレイヤーをアシストするために設定された機能だろうさ」
「よくわからぬが……同じイケメン武装を二つ持っておると、何かあるのか?」
「ああ」
おじさんは頷くと、両手をパンと叩き合わせた。
「合成昇華――同じイケメン武装を組み合わせる事で、武装としての階級を引き上げる」
「なんと……つまり、この『地面に突き立てる事で野菜畑を召喚し、少し操れるスコップ』が強くなるのか!?」
ヴィジター・ファムートを二本とも取り出してみる。
どこからどう見ても寸分違わず同じ代物、つまり合成昇華とやらができる!
「その能力内容なら、ランク2で解放されるのはおそらく【超促成栽培】・【品種合成】の二つって所だな。あと、そのイケメン武装はどのランクだろうと運良く合成☆ミラクル♪が起きると【遠隔起動】も追加されるタイプだろう。まぁ天文学的な確率だが……祈って損は無い」
「おお、仔細はわからんが何かめっちゃ強くなりそうじゃな!!」
となれば、ぜひ、その合成昇華とやらをお願いしよう!!
◆
ワシらが工房から出ると、ちょうど空からペガサスに騎乗したグリンピースが舞い降りた。
「よう、だぜ。タイミングばっちし……って、ん? 結局、ヴァーンは武装のままにするんだぜ?」
グリンピースが不思議そうに見つめる先は、フレアが履いた足鎧。
「うん! なんだか記憶が曖昧なんだけどに~? ヴァーンは下僕より武装の方が都合良いみたい。変わってるよね」
フレア……いや、言うまい。
あんな記憶は改竄して良い。それで良いのじゃ。
「ふぅん、だぜ。まぁ、炎属性のイケメンは獣っぽい奴が多いだぜ。犬ころが一度負けた相手にゃあ全身全霊で従順なのと似たような理屈かもだぜ」
「うん、そうだね! きっとそうだよ! にゃはははははは!」
フレア……ああ、笑え。おおいに笑うと良い。
ワシもできるだけ早く忘れる。
「そうだぜ……ああ、考えてみるとだぜ……マスターに履かれてみるってのも、中々悪く無さそうに思えてきたんだぜ……」
「おい、気色の悪い目で工房とワシを交互に見るな」
大体、ワシはレベル一じゃから下僕の武装化はできぬしな。
仮にできたとしても絶対にやらせはせんぞ。
「冗談だぜ。武装になっちまったら、こうしてマスターと冗談を叩き合う事もできなくなっちまうしなだぜ」
「……さっきの目は、かなり本気のように見えたのじゃが?」
「マスターが乗り気だったら冗談では終わらせなかったんだぜ」
もしやイケメンってこんなのばかりなのか?
「はいはい、変な話はおしまいおしまい! 何か嫌な事を思い出しそうだから話題を変えよう!!」
フレアは威勢よく手を打って、グリンピースの戯言を強制的に終了させる。
「ボクたちが話し合うべきは今後の方針、じゃないかな?」
「うむ。確かにな」
「おうだぜ。それならまず、提案があるんだぜ」
イケメン側の大ボスじゃったグリンピースの提案、これは期待できるのう。
「俺は確かに強いイケメンだぜ。しかし……現状じゃあ、どう考えても分が悪いんだぜ」
じゃろうな。
イケメンカイザーはイケメンたちに取って革命の旗手。
カイザーに与しないグリンピースやヴァーンが特例で、ほとんどのイケメンはワシらの敵となるじゃろう。
すべてのイケメンと戦う必要は無いとしても……敵の分母が絶望的なほどに多いのは変わらぬ。
「それに、マスターはできる限り、イケメンとは戦いたくねぇし、戦うとしても必要最低限に抑えたいんだぜ?」
「うむ。できれば争いは避けたい……じゃが、ワシにも背負っておるものがある」
イケメンたちの命と、魔族や人間たちの命。
天秤はどちらにも傾き難い。
であれば、妥協と折衷は必須。
勇者との戦いと同じじゃ。
必要最低限の交戦で、相手の戦意を削ぐ……それを念頭に、イケメンたちを退けていきたい。
「であれば、戦力の増強は不可欠だぜ。戦力差が近けりゃ近いほど戦いは大きくなるんだぜ。逆に差があればあるほど、戦いは速く、小規模で終わらせられるんだぜ」
うむ。そこも勇者との戦いと同様。
泥沼の殴り合いよりも一方的に吹き飛ばす方が、結果として相手に与える苦痛が少ない。
「でも、イケメンを倒さずに戦力増強かぁ……ゲリラが健在ならアテもあったんだけど……」
「……我ながら無茶苦茶な注文をしておる事は承知じゃ」
じゃがそれでも、限界まで頭を捻りたい。
「そうしょげなくて良いんだぜ、マスター。アテならあるんだぜ。そこまで込みの提案なんだぜ」
グリンピースは渾身のドヤ顔。華やぎを添えるようにペガサスがひひんと鳴く。
「アテとは……仲間になってくれるイケメンに心当たりがあるのか?」
「いや、そいつはプレイヤーだぜ」
ほう。であればワシらに協力してくれる道理はありそうじゃな。
「なんとそいつは――イケメン下僕を一〇〇体も従えていやがるんだぜ」
「なッ……一〇〇……!?」
「あ、その人、ボクもゲリラの情報交換で聞いた事があるかも」
そう言ってフレアは過去の記憶を絞り出すように、こめかみを指でぐりぐりし始めた。
「たーしーかー……一〇〇の下僕を侍らせる超トップランクプレイヤーが、西の方で砦を構えて、そこに引き籠ってるって」
「引き籠って……?」
「うん。一〇〇体のイケメン下僕を集めたのを機に冒険プレイを一切やめちゃって、それからは買い取った砦に引き籠って出てこないんだってさ」
……なんか、ろくでなしの匂いを感じるのはワシだけじゃろうか?
「ゲリラは彼女に協力を要請しようとしていたんだけど……最近はリアルが忙しいのか全然ログインしてこなくて、間に合わなかったんだ」
「ああ、確かに最近はログインしてねぇみたいだぜ」
「む……では結局、望み薄では?」
「ところがどっこいだぜ。俺がマスターに負ける少し前……カイザーから連絡があったんだぜ。『そろそろ例の奴がログインするから倒しに行け』ってな、だぜ」
「……それは……おかしくはないか? 何故、カイザーがそんな事を知っておる?」
まるで、予言や予知ではないか。
それとも……カイザーはそやつの現実世界での予定を把握しておるのか?
「さぁな、だぜ。そこはわからないが……他にアテも無い以上、この話をスルーってのは論外だぜ?」
「……うむ」
確かに、な。
すがれるならばワラでも一向に構わぬと叫びたい現状……多少、不自然な点があるからと避けて通っていては、案も策もたちまち尽きてしまうじゃろう。出た所での勝負と言うのはあまり好ましくないが……迷えるほど選択肢が無い。
「ちなみに、そやつの名は?」
「【イケメン奴隷王】、だぜ」
「肩書から滲み出るクソ下郎感よ」
「まったくの同感だぜ。まぁ、ログイン自体してねぇから調べようがなくて、実際の所どうなのかは不確かだぜ」
イケメン下僕を一〇〇人……それはつまり、一〇〇以上のイケメンに勝利してきた歴戦の猛者。戦力としては超大、頼もし気ではある。しかし……下僕の王ならまだしも、奴隷の王と呼ばれておるのが、嫌な予感しかせんなぁ……一体どこのどんな輩なのやら。
おそらく……世のため人のためにワシを殺そうと躍起になっておったあの勇者とは、真逆と言って良いような奴なのじゃろうな……。