49,お久しぶりです魔王チョップ。
「な、なんデスか……その筋力、どこかティアママみを感じるデス! まだ邪魔をするデスか、ティアママ!!」
分かるか。
そうじゃ。ワシは今、ラフムラハムを介してティアママ筋肉の恩恵を受けておる。
創星母神……その名に違わぬ強烈な筋力!
これだけのパワーがあれば――幼女ボディでも何だってできる!
筋肉は、すべてを解決する!!
「くっ、アリスチャンを直接的に傷付ければあの夫婦が復活してくる危険性があるデス……ここは!!」
「!」
膨大な筋力により拡張された筋肉知覚が、デスメローアが放つエネルギーの微細な変化を察知。
筋力を眼へ集中――さらに筋力によって研ぎ澄まされた知覚を総動員し、デスメローアからあらゆる生体情報を筋力スキャン。情報量のゴリ押しで超精密な行動予測、疑似的な未来視をさせてもらう!!
……なるほど。皆を一発でノックアウトした幻覚攻撃をワシにも使うつもりのようじゃ。
ならば……全身に対物理・対概念攻撃筋力防殻を展開!
「デスス! これでどうデスか、さぁ――アリスチャンなんて大嫌いデス!」
「誰の幻覚を見せておるかは知らぬが、無駄じゃ。効かぬぞ」
「デス!?」
どう言う理屈でどこから幻覚を見せる仕組みかは知らぬが。
全身を物理攻撃・概念攻撃の両面に対応した筋力防殻で覆ってしまえば、それで済む。
デスメローアの強烈なエネルギー量を考えれば言うほど易い話ではないが……今のワシは、星の筋力を借り受けておるようなもの! この筋力で防げぬものなどそうはあるまい!!
「ぐ、ぐぬぬ……な、なんて筋力デスか……こんなのインチキではないデスか!」
「落ち着けデスメローアよ。いい加減、ワシの話を聞け」
「さっきからそればかりデスね! 何を言われたって、ワタシのお出かけの邪魔はさせないデスよ!!」
「貴様は、善悪の概念を知っておるのか?」
「はぁ? いきなり何デス……? 善悪? ワタシが封印された後に、アフラマスダとアンリマンが創った概念って言うのは知っていますデスが……それが一体、何だって言うんデスか!!」
「……やはり、か」
思わず、目を伏せて溜息を零してしまう。
そんな予感はしておったのじゃ。
こやつの言動は、自らがやろうとしている事をそもそも【悪】だとまったく認識できておらぬ様子じゃった。自分がやろうとしている事の、何が悪いのかを理解していない。何故に周囲が叱るのか、怒るのか、止めようとするのかが分からない。理不尽なイジワルをされているとしか思えず、尚のこと躍起になって反発する。
それもそうじゃ。こやつは善悪の概念どころか、それを定めたゼロアスター・クランすら誕生する前に封印された神なのじゃから。
しかも、話を聞く限りじゃとデスメローアが事件を起こして封印されたのは、原初世代の神々とやらが生まれてからそう時間も経っておらぬ時期っぽい。共同生活で道徳や倫理を充分に学ぶ時間があったとは思えぬ。そして、教わってもおらぬ事を自力でゼロから理解するのは難しい。
こやつは言うなれば――力を持っておるだけの、赤子。
「善悪とは、この世で誰かと共に生きていく上での指針じゃよ。善を学ぶ事で、どうすれば喜ばれるかを知る。悪を学ぶ事で、どうすれば悲しみを生まずに済むかを知る……貴様がやろうとしておる事は、悪い事なんじゃ。デスメローア」
「勝手な事を言わないで欲しいデス。じゃあ、ワタシはずっとこのまま封印されて、この薄暗い場所で永遠に退屈し続けるべきだって言うんデスか!? そんなの、ワタシだけ悲しいデス! 不公平デス! イジワルなのデス!! そうしないと誰かと生きられないなら、ワタシ以外の誰かなんてみんな破壊すれば良いのデス!」
「………………」
……よくよく思い返してみれば、ティアママも苦言を呈しておったな。
神々たちのやり方には問題があった、本来は自分がちゃんと言い聞かせるべきだった……と。
「……貴様に、ただ封印と言う『罰を与えただけ』で済ませてしまった、それが最初にして最大の過ちじゃろうな」
……まぁ、当時で言えば他の神々も生まれてそう間もなくじゃろう。更に、共同生活で培われる漠然とした倫理観はあっても、善悪の概念が明確に定められるより前の事。その過失を咎めるのも酷かのう。
それでもあえて何かのせいにするならば……「罰を与えるだけで済ますしか選択肢が無かった時代のせい」とでも言うべきか。
そう言えば、いつぞや聞いた覚えがある。
法律には「罪を犯したらどうなるか」しか書いておらぬ。「罪を犯してはならぬ」と説くのは、法律ではなく心ある者の役目じゃと。裁くだけでは、罰を与えるだけでは、悪を断つ事などできはしない。
原初の時代では、そんな教えも無かった訳じゃ。
「こうなったら仕方無いデス……また封印されるくらいなら、イチかバチか!! アリスチャンとあの二人と戦って勝つしかないのデス!!」
意を決したか、デスメローアが鋭い尻尾でワシを狙う。
その尻尾撃がワシの筋力防殻に直撃し、火花が散るも、防殻には一切の傷無し。
「ぎっ……この!! このこのこのこの!!」
懲りずにデスメローアは炎や雷など、様々な攻撃をワシへ向けて放ち続けた。
ひとまず筋力防殻を一層分追加しつつ、顎に手をやって考える。
さて……ワシは、こやつに何をどう教えるべきか。
……いや、と言うかそもそも、ワシに教えられるような事か?
では、誰が――ああ、そうか。ちょうど良い【場所】があるではないか。
「おのれデス! エネルギーの消耗を抑えたかったデスが……こうなれば、すべてのパワーを集約して――喰らうが良いデス、我が究極の破壊識……一〇八魔識【星核破壊識】!!」
む、ちょっと待て。デスメローアが頭上に形成したあの巨大な赤黒いエネルギーの塊を放たれるのはマズい。ワシは防殻で防げるが、ここにおる全員を護り切れるか怪しい。
ここはひとまず右手で手刀を作り、筋力を集中させて……ああ、これを撃つのも一〇年ぶりか。
「魔王チョップ」
手刀を大きく振るって、筋力刃を飛ばす。
筋力刃はデスメローアが頭上に作っていたエネルギーの塊を真っ二つにして、破壊。
母神胎宮の天井を、赤黒いオーロラが覆い尽くす。
「デス……!? そ、そんな……ワタシの究極攻撃が、あっさりと……!?」
「デスメローア」
「ひっ……!」
ワシが一歩だけ近寄ると、デスメローアは巨体をびくっと揺らして大きく後退した。
「イヤ……イヤなのデス! ワタシはもう封印生活はまっぴらなのデス!! ワタシは……ワタシは外に出て、自由になるデス!! この肉体が粉々にされるまで、そうデス、最後の最後まで、諦めは――」
「ワシと一緒に、学校へ通わぬか?」
「……え?」
原初の時代……まだ様々な概念が生まれてすらいなかった時代。
神々は、デスメローアに善悪と言う概念――やって良い事と悪い事の区別を教えられずに、封印するしか手が無かった。じゃから、今、こうしてデスメローアは再び同じ悪事を働こうとしてしまった。
このまま封印しても、繰り返すだけじゃ。
幾星霜の時を経て、デスメローアは再び騒動を起こすじゃろう。
ならばどうするか?
かつて教えられなかった事が原因でこうなったのなら、今度こそ、教えれば良い。
これだけの騒ぎを起こし、ラフムラハムたちを苦しめた事へのわだかまりはそう簡単には解消できぬじゃろうが……それでも、ここでこやつの頬を打つだけでは、何も解決せぬ。
難しい事じゃとしても、デスメローアを含め皆が前へ進むために。
筋力防殻を解いて、幼女のお手々を差し出す。
「ワシらと一緒に、ラグナロク学園へ行こう」