46,ペアレンツ到着。
……生きて、は、おるか。
意識が飛んでおったらしい。
瞼を上げれば、粉塵と黒煙に満たされた世界。
体が重い。ダメージもあるが、瓦礫や土砂が上に乗っておるな。
……皆は、無事か?
心配じゃ、今すぐにでも確認したい。
じゃが、動けぬ。
デスメローアが展開したフィールドは、おそらく直接攻撃系。
フィールド内に収容した相手に隕石の群れをぶつけると言う、シンプル過ぎるが故に強烈なものじゃった。
一瞬のことで、ワシは何もできなかった。
ろくに防御もできなかったのに、この貧弱な幼女ボディでワシが生き残っておるのは……皆が、護ってくれたからじゃろう。誰がどう護ってくれたのかすら認識できぬほど、一瞬の出来事じゃった。
手に握っていたはずのククミスコップもおらぬ。
衝撃の余り、手を放してしまったか……。
ここまで、強いか。
馬鹿げておる。いくら神と言えど。
手も足も、どころか、声すら出す暇も無かった。
……皆も、生きていてくれ。
……頼むから、誰も死んでくれるな。
再び遠退き始めた意識の中、そう祈る事しかできぬ。
「おや、まだ生きているのデスね。さすがはウワサのアリスチャン。しぶといデス」
きゃっきゃと陽気な声と共に、巨大なタスマニャンデビル……デスメローアがワシを覗き込んできた。
「デス……メ、ローア……」
「すごく運が良いデスね。ワタシのフィールドに入ったのに、誰も死んでないなんて。さては勇者パワーの奇跡、デスかね?」
……そうか。
勇者の奇跡は、対象の持つエネルギー次第。
デスメローアほどのパワーを持つ神には作用できぬとしても、ワシら側のメンバーになら作用させられる。
それで、全員がどうにか奇跡的に致命傷を避けられた訳か。
「まぁ、ワタシがレーヴァティンの封印を解除すれば、どうせみんな死ぬんデスが」
「…………!」
デスメローアがもたげた尻尾には、ぐったりとうなだれるラフムラハムとその手のレーヴァティンが絡め取られておった。
デスメローアは巨大な指を器用に使ってラフムラハムの手からレーヴァティンを摘まみ取り、用済みだと言わんばかりに、ラフムラハムをワシの隣へ投げ捨てる。
『デスちゃん! 冷静になって、ママの話を聞――』
「うるさいデス。ティアママのお説教はうんざりなのデス」
デスメローアの言葉と共に、レーヴァティンを包囲するように赤黒い術式陣が展開。
途端に、ティアママの声が聞こえなくなった……何らかの術式で、ティアママの声を中継できないように細工したか。
「……お、のれ……」
無意味じゃとしても、手を伸ばそうとした。
じゃが、ワシのお手々は瓦礫や土砂に埋もれておる。
この程度も押し退ける事ができぬとは、本当に情けなくなる。
このままでは……世界が、滅ぼされてしまう。
ただの興味本位で星を滅ぼそうとするような、ふざけた神の手で……!
「むぅ。なんデスか、その目。厭な目デス。ワタシにお説教する時のティアママの目にそっくりデス。意味不明デス。ワタシ、怒られるような事してないのに」
ふざけるな、そう叫びたかったが声が出ぬ。
叫ぶ力も無い……訳では無い。
ある可能性が、脳裏を過ぎった。
デスメローアが封印されたのは、星ができて間もなく。
原初の神々が生まれてからそんなに時間も経っていない頃。
そして、この星に在る【善悪の概念】は、ゼロアスター・クランの神々が創ったのだと言う。
まさか――
「何か、嫌いになっちゃいまシタ。アリスチャンの事。なので決めまシタ。一足先に壊しちゃいますデス」
「っ」
デスメローアの尻尾、その鋭い先っぽがワシに狙いを定める。
「待て、デスメローア……貴様に、訊きたい事が……」
「ワタシはもう、アリスチャンとお話する気が無いデス」
拗ねた小童のようにふいっとそっぽを向いて、デスメローアが尻尾を射出する。
動けぬ、回避など不可能。防御する手立ても無し。
じゃが、ダメじゃ。瞼を下ろすな。
どうにか生き延びねば。このままでは終われぬ理由があるのじゃから。
ワシは、デスメローアを――
「ぴゃっ!?」
不意に上がったマヌケな悲鳴。
それは、デスメローアのものじゃった。
ワシを貫かんとしたデスメローアの尻尾が、魔術砲撃によって迎撃、先端が吹き飛んだ。
それだけではない。何か黒い塊が跳び、デスメローアの顔を――ぶん殴り飛ばした!?
「なっ――」
「アッちゃん、大丈夫!?」
聞こえた声は、聴き馴染みの深いもの。
「は、母上……!?」
器用な魔術砲撃で伸し掛かる瓦礫や土砂だけを吹き飛ばし、ワシの幼女ボディを抱き上げたのは……我が母・フライアス。
と言う事は、先ほどデスメローアを殴り飛ばしたのは――
「状況はよく分からないけど、キミがオレたちの息子……娘……アッちゃんを誘拐した奴か」
ずがっ、と地面を踏み砕き、拳をゴキゴキと鳴らす筋骨隆々とした巨漢の魔人。
若き日のワシの良く似たその姿――我が父・アズドヴァレオス!
「ママ、アッちゃんは無事?」
「ちょっとお怪我してるけど大丈夫よ。こんなのママの愛ですぐ治っちゃうんだから!」
有言実行か、母上がワシを抱き寄せると……ふんわりとした優しい魔力に包まれる。
みるみる内に、体から傷みや疲労が引いていく……治療魔術か。
「母上、父上……何故、ここに……?」
「子供がさらわれて、助けに来ない親がいると思ってるの?」
母上がぎゅっと、ワシを抱き締める。
その腕と声は、微かに震えておった。
――もう離れたくない。
そんな泣き声が聞こえたような気がして、胸が締まる。
「ぐぅ……痛いデス! もうもうもうもう!! 一体、誰デスか!? と言うか、どうやってここに侵入したデスか!? 天界ポリスっぽいですが、それなら対神パワー結界の対象のはず! 何で結界を突破できているんデスか!? 突破するにも主神級の神が最大攻撃を数百発はぶち込む必要があるはずデスよ!?」
「主神級の神よりも、子供を護ろうとする親の方が数百倍は強い。ただそれだけだ」
「まじデスかぁ!?」
そう言い放った父上の拳……よく見ると、若干血が滲んでおる。
殴って壊してきた……と。我が父ながらとんでもないパワープレイじゃな。
「アッちゃん。ちょっとだけ良い子にして待っててね」
母上はワシを地に下ろし、頭をひと撫で。その際に、先のデスメローアの攻撃でリボンが外れて三つ編みが解けておる事に気付くと「あとで、直してあげるから」とニッコリ微笑み、立ち上がった。
「は、母上?」
「大丈夫。ちょっと、用事を済ませてくるだけだから」
後ろ姿だけで、何か恐い。
殺気と言うか、何と言うか……。
「あ、あの母上? それに父上も。何か殺気が出ておる気が……」
「殺気? 何の事だい? そんな訳ないだろ?」
「ええ。アッちゃんに手を出した罪……殺す程度で済ます訳が無いわよね」
あ、ヤバい。
何か変なスイッチ入っとるこれ。