43,ラグナロク学園、トランスフォーム!!
時は少し遡り――ラグナロク学園、教員会議場。
「この騒動の首謀者は――デスメローア・チクシュルウプ。あの聞かん坊ワガママ娘だと断定して良いだろう」
オーデンの言葉に、集った主神級神々はどよめいたが、異なる見解を示す声は上がらなかった。
むしろ、事件の中心地が星戒樹の地下であり、星戒樹の内蔵パワーが利用されているとなれば……『デスメローアが星戒樹に浸蝕しエネルギーを掌握、どうにか己の封印を解こうと画策している。そこで目を付けられたのがラフムラハムとレーヴァティンだった』以上に納得のいく答えが思い浮かばないのだ。
首謀者とその目的が特定できたなら、もはや為すべき事も明確だ。
「至急、星戒樹地下へ乗り込み、アゼルヴァリウスらの救出、およびデスメローアへのお尻ペンペンを執行、加えて更なる封印強化を執行する」
星戒樹周辺には、強力な対神パワー特化型結界が展開されているらしい。
あらゆる神パワーを無効化する防御結界……あれが健在である限り、神々は手が出せない。
だが、打つ手はある。
結界を形成しているのは、「星戒樹と言う巨大な蓋を、あらゆる法則を無視して維持するために貯蔵されている内蔵エネルギー」だ。その総量は凄まじいだろう。何せ、原初世代のぶっ壊れ性能な主神たち数百柱がありったけの神エネルギーを注ぎ込んだのだから。
そのすべてがデスメローアの手中……と言う訳ではない。それは窓で変わらず天を衝いている星戒樹が証明している。もし星戒樹の内蔵エネルギー、その過半数以上を既にデスメローアが掌握しているのなら、レーヴァティンをどうこうせずともさっさと星戒樹を破壊して出てくるはずなのだ。
星戒樹が健在であると言う事は。
デスメローアの浸蝕率はまだ大した事が無いと言う証左。
ならば、神々が総動員で結界を攻撃し、その掌握分のエネルギーを使い切らせてしまえば良い!!
「デススス……間に合いますデスかねぇ?」
「!」
不意に、天井から声が響いた。
すべての神々の視線が集まった先、にゅっと生えだしたのは黒いつば広帽子を被った少女の生首――デスメローアの仮身体!!
デスメローアはにゅるにゅると這い出し、円卓の真ん中にすたんと着地。
あえて神々に取り囲まれる位置に降り立ったその表情は、悪童のにやけ面。外套の裾からはみ出した細長い黒尻尾も、挑発するようにふりふりと揺れている。
その容姿を見て、壁に背を預けていた黒衣の女神・エレシュルカルラがぴくりと反応した。
「……なるほど。アリスちゃんの言っていた【黒尻尾の少女】もキミだったか」
「はいデス。まさかワタシがこの学園に出てくるなんて予想できませんでシタか? ビックリしまシタか? だったらもっと表情に出してくれないとおもしろくないデスよ。ラフムラハムを見習って欲しいデス。あの子は最高にイタズラし甲斐がありまシタ」
「………………」
「ワタシがティアママのフリをしておよよ~っと泣くと、とっても慌てふためいて、騙されているとも知らずにごめんねごめんねと――」
「黙れ」
平坦な声と共に、エレシュルカルラがその手を振るった。
その袖口から溢れ出すのは闇色のエネルギー体、【冥界の埃】。触れた者から生気を削り取り、死を招く冥界物質で巨大な鎖鎌を生成し、円卓の中央に立っていたデスメローアを縦に一刀両断!
「……仮身体ですらない、ただの人形か」
仮身体は神の分身。魂が本体の神へと繋がっている。仮身体が受けた物理的破壊ダメージが本体に届く事は無いが、エレシュルカルラのような【死】に纏わる権能持ちなら魂の繋がりを辿って概念的破壊ダメージを通せる。しかし……どうやら、あの黒尻尾少女の姿はただ神パワーを固めて造った人形に音声中継術式を搭載しただけの代物だったらしい。
手応えの無さからそれを察し「忌々しいのだ」とエレシュルカルラはバイザーの奥で眉間にシワを寄せる。
そんな彼女をコケにするが如く「大正解デース☆」と新たなデスメローア人形が天井から生え、再び円卓中央へ着地した。
「どこまでも、厄介な神だ」
オーデンはやれやれと肩をすくめる。こんなものに構っていても時間を浪費するだけだ。
所詮は幻が如き人形、こんなものは放ってさっさと星戒樹地下で封印されている本体の方を対処――そこまで考えて、オーデンは目を剥いた。
ある疑問が脳裏を過ぎったのだ。
――まだ封印が有効であるのなら……何故、デスメローアの人形がここに存在する?
封印の健在は、静かに佇む星戒樹が証明している。
であれば、どうしてデスメローアは自身が封印されている地下空間の外に干渉できているのか。
その答えは瞬時に出た。
校舎が、星戒樹から切り出した木材で造られているから、だろう。
デスメローアが掌握していた部分を、校舎の素材にしてしまったのだ。
だから、デスメローアは校舎に干渉できる。
つまり、この校舎は――
「――っ」
まさか数百の主神級神々が鋳造に関わった兵器が浸蝕されているなんて、想像できる訳が無かった……にしても、迂闊すぎた。デスメローアの凶行から幾星霜、平和ボケし過ぎたのだ!!
己の失策を悔いるよりも先に、オーデンは叫ぶ。
「総員、ラグナロク学園から脱出しろ!!」
「デスススス。良い勘してるデス。でも、ちょみっと気付くのが遅かったデスね」
◆
曇天の下――ラグナロク学園、校門。
「はーなーしーてーにゃあああああああああああ!!」
大声で喚き、腕をブンブン振り回す紅髪の女神・フーレイア。
にゃーにゃー暴れるフーレイアを羽交い絞めにしているのは、黄金や宝石をあしらった豪奢な髪飾りが特徴的な女神・イシュルナンナ。
実はオーデンが開城
「落ち着いてってばフーちゃん! アリスちゃんが心配な気持ちは分かるけどさー!」
「分かるんなら行かせて欲しいにゃあああああああああああ!!」
「んごっ、この馬鹿力女神……! あのね、独断先行が裏目に出たらどーする訳!? アリスちゃんを確実に助けたいんならみんなで話し合って力を合わせるのが先でしょ!?」
「でもぉぉぉ、でもぉおおおおおおおおおおおおおおお……」
突然、フーレイアの全身から力が抜け落ちる。
イシュルナンナは突然の事に「おっとっと……」と戸惑いつつ、フーレイアの体を抱き上げるように支え直した。
「せっかく……天界に遊びに来てくれたのに。ボクたちを信じて来てくれたのに……こんな事件に巻き込んで……どうしたら……ボクは、どうしたら良いのさ……」
「フーちゃん……」
フーレイアの頬を伝い、ボロボロと涙が零れ落ちていく。ひっくひっくと喉を鳴らし、鼻を啜りながら、止まらない涙をどうにか抑え込もうと顔を手で覆う。
「……ごめん、イシュルン。気が、動転してた。ダメだよね……アリスちゃんだって、前に『急ぎたいなら焦るな』って言ってたのに……」
分かっている。最善の行動は、主神級の神々で対策を話し合い、計画的に行動する事。
ここには各クランの強力な神々が集結しているのだ。力を合わせて解決できない事などあるはずが無い。
それでも、アリスが人質になってしまったと聞いて、フーレイアは止まれなかった。
神々の事は嫌いでも自分やオーデンを信じて天界に来てくれた幼女の笑顔が、黒い何かで塗り潰されてしまうような錯覚を覚えたのだ。
「本当に、ごめん……ボクはいつも、肝心な所でダメダメだ……」
「……謝らないで。気持ちは分かるって言ったでしょ。ほら、フーちゃん。会議場に戻ろ」
「……うん」
フーレイアは自分の足で立ち、イシュルナンナに促されて校舎の方へと振り返った。
そして、イシュルナンナと一緒に固まる。
……校舎が、ラグナロク学園が――
「………………変形、してる?」
さっきまでラグナロク学園の校舎があった場所には、巨大な人影があった。
……木造の巨人、と表現するべきだろうか。
額から生えているのは、ラグナロク学園の校章旗、四肢や胸元にはいくつもの窓やドアが確認できる。
ほぼほぼ間違いない。
――校舎が巨人にトランスフォームした。
「「えええええええええええええええええええええええ!?!?!??!」」
フーレイアとイシュルナンナは揃って驚愕の絶叫。
思わず眼玉が飛び出しそうなほどの吃驚仰天である!
「え、な、ちょ……目を離した一瞬の隙に何が起こったのあれ!? ラグナロク学園ってそう言う機能がついていたのかしら!?」
「いや、そんな機能は無いはずだけど……ほ、本当に何あれ!?」
訳がわからな過ぎてもう二柱とも「何あれ」としか言えない。
そんなニ柱に気付いたらしく、ラグナロク学園校舎だった巨人がゆっくりと首を動かし、視線を寄越した。目に当たる部分、何かのダクトらしきものの奥で、赤黒い瞳がぎゃんと光る。
そして――校舎だった巨人が、フーレイアたちに向かって一歩、踏み出した。
「え、やば、あれこっちに来てにゃい? あ、何か口みたいな部分が開いて――」
校舎だった巨人の口元、何も無い樹の壁だったそこにビキビキベキャッと亀裂が走り、開口。
木材の裂け目が無数の牙に見えるその口の奥で――赤黒い閃光。
一閃。
校舎だった巨人が放ったのは、間違いようも無く破壊の息吹。
まず己の足元へと照射し、勢い良く首を振り上げて、軌道直線上にある万物を熱線で焼き払い、薙ぎ払う!!
「にゃああああああああああ!?」
「きゃああああああああああ!?」
フーレイアとイシュルナンナはそれぞれ反対方向へアクション俳優ばりのダイビング回避!!
直撃は避けたが、両名とも熱線の余波に煽られて吹き飛ばされる。
「「へびち」」
揃って顔から着地し、息の合った短い悲鳴。さすが司る者が似通った女神同士。
「な、ななななななな……めっちゃ殺しに来てにゃいあれ!?」
フーレイアは急いで身を起こし、校舎だった巨人へ視線を向ける。
校舎だった巨人は口から蒸気を噴きながら、ずーん……ずーん……と進行を開始した。
どこへ向かうつもりかはサッパリだが……。
「だー、もう! 鼻打った! フーちゃんは大丈夫!?」
癇癪まじりに言いながら、イシュルナンナがフーレイアの側へ戻って来た。
フーレイアは「ボクも鼻打った」と頷きつつも校舎だった巨人からは目を離さない。いや、離すべきでないと思う。頬を汗が滑り落ちていく。
「……ねぇイシュルン。どう思う? あれ」
「絶対やべー奴」
だよにー、としか言えない。
「って言うか、校舎の中にいたみんなは大丈夫かにゃ……?」
「!!」
フーレイアの言葉に、イシュルナンナが大きく目を剥いた。
脳裏を過ぎったのは――黒衣を纏ったある女神の後ろ姿。
「……よく分かんないけど、明らかな異常事態だってのに外に出てこないって事は……中で何か起きてるに決まっているわ!」
イシュルナンナの目から、驚愕や困惑の色が消える。
ただただ、ひとつの目的だけを見据え、それを為すにはどうすれば良いかを計算している目だ。
「ったく……アリスちゃんを助けるための話し合いしてたのに、自分らがトラブってりゃ世話無いわね……フーちゃん! アリスちゃんをさっさと助けるためにも、まずはあのよく分かんないのをどうにかするわよ!」
「ラジャーにゃ! ……でも、どうにかするってどうやって?」
「決まってんでしょ!」
イシュルナンナは口元に手をやって、ピューィッと指笛を鳴らした。
その音色に応えるが如く、曇天の空を突き破って勢い良く黄金の塊が降って来た。
それは、黄金にて構成され、各部に宝石を埋め込まれた豪華すぎるスケートボード。
イシュルナンナの愛機、天を駆けるスケボー型軽装戦車・マーンナ号である。
イシュルナンナがぴょんっとマーンナ号に飛び乗り、校舎だった巨人を指差す。
「とりま会議室のあった辺りをブチ抜いて、お姉ちゃ――神々を引っ張り出す! 後は流れよ!!」