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幕間:泥と涙。


 ――ラフムラハムはただただ、平凡な日常を送っていた。


 趣味のローションのテイスティングを嗜み。

 天界や下界の湿度の調整に関する会議に有識者として出席し。

 自宅の庭にある泥のコンディションを整え――そんな、退屈するほどでもない絶妙な平穏。


 庭泥から頭を出して口をパクパクしている天界ハゼにニコッと微笑んで、ラフムラハムは三時のローションを補充。身支度を整え、ある場所へと向かった。


 それはスカンディナヴァ・クラン領、アスガルド地方。

 開催を間近に控えたイベント、ラグナロク学園についての事前説明会に参加するために足を運んだのだ。


 立派な木造校舎だな~、と感心しつつ、校域へ踏み込んだ瞬間。

 その巻き毛ボンバイェイな頭に直接、声が響いたのだ。


「……な、だ、誰だ? おれの頭に直接、語りかけてくるなんて~……!?」


『――母です』


「っ……!?」


『貴方の母です。我が愛しの息子、ラフムラハム』


「母さん……!? そんな、バカな……!?」


 ラフムラハムたちの母、ティアーマット・イェーミル。

 かの母神は、遥か古の時代にこの星へと姿を変えた。


 ラフムラハムたちの世代が物心つくよりも前の話。

 なので、その声が本物かどうかをラフムラハムが知る術は無かったが……奇妙な事に、その声が『虚偽を言っているとは微塵も疑う事ができず、真実であると信じ込んでしまった』。


 母を騙る声は続ける。

 涙ぐんだ声で鼻を啜る音を交えながら、それはもう悲しそうに。


『母は星になんてなりたくなかった。けれど、オーデンやデーウス……原初の頃から存在した神々は母を無理やりに押さえつけその身を割き、この星の素材にしたのです。痛かった……苦しかった……ああ、母は悲しい……ああ、ああ……』


「そ、そんな……!? おれが今まで聞いてきた歴史は、嘘っぱちだったって言うのか……!?」


 何が真実で何が虚偽か、混濁していく。

 悪魔のような権能によって。


『母を助けてください、愛する我が子・ラフムラハム。貴方だけが頼りです』


 母神直系の子らの中で、どいつを駒・兼・玩具にしようか。

 そんな子供めいた指差しルーレットで雑に選び出されただけなどと、どうして想像できただろう。


 ラフムラハムはその言葉に騙され、信じ、心を燃やした。


 今まで自分は何も知らず、母の愛を享受していた。

 だが、それは母が望んだ愛の形ではなかったのだ。


 母さんを助けなければ。

 今までできなかった親孝行を、この手で果たさなければ。


(……おれは、そのために……みんなを、焼き尽くすのか)


 想像しただけで、膝が折れそうになった。


 ――他の方法は無いの?


 そう問いかけた途端に、母の声は酷く泣いた。

 嘆き悲しむ母に、子供が一体、何をしてあげられると言うのだろう。


 ラフムラハムには、ただ従順に言う事を聞く以外の手段が思いつかなかった。


 愛する母を救えるのは自分だけなのだと、抱え込んでしまった。

 そのためなら、何でも――


「……兄者。大丈夫か? ここ最近……ラグナロク学園の説明会へ行った辺りからか、顔色が優れないようだが」

「アスガルドで神風邪でももらって来たかぁい? ヒヒ、ギルジアの医神から薬をってこようか?」

「ウスムガギル……ムシュルマガルチュ……」


 普段なら、長兄として毅然とした姿を見せようと振舞うラフムラハムだったが……もう、彼の心は限界まで追い詰められていた。


「……助けてくれ……」

「「……っ……」」


 理想の兄、と呼ぶには少し、何かが足りない。

 でも、弟の前では決して弱音を吐かず、見栄を張り、カッコつけてくれる愛すべき兄。


 ……そんな長兄が涙を流しながら、すがりついてきた。

 その様に、弟たちも冷静さを欠いてしまった。

 愛する兄者を支えなければ、そのためなら、何でも――







 そうして、連鎖は続いていく。


 悪魔が笑んで待つ、地の底まで。


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