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14,残の念な生の物


 イケメン工房。


 入手した素材やゲーム内の通貨を使って、イケメン武装を強化できる施設らしい。

 プレイヤーレベル五〇を越えると更に特別なサービスが解放され、武装化したイケメンを下僕に、下僕化したイケメンを武装に変えられるようになるそうじゃ。


「ここが、そのイケメン工房か……」


 今はもうただのクレーターと化した噴水広場からほど近くに、その工房はあった。


「……知らなかった事とは言え、ヴァーンには悪い事をしちゃったね」


 そう言って工房の看板を見上げるフレアは、珍しく神妙な面持ちじゃった。


 ワシらがここを訪れた理由は、フレアの足鎧――元はヴァーン・ムスぺラントと言うイケメンじゃったイケメン武装を、下僕と言う形ではあるがイケメンに戻すため。


「しかし、プレイヤーレベル五〇? ……確か貴様、二〇とか言っておらんかったか?」


 半分も足りておらんではないか。


「グッピーを倒したおかげでレベルが爆上がりしたんだ。普通、レベル四桁台で相手にするレベルの大ボスだしね、彼」


 グッピーとは、こやつがグリンピースに付けた愛称じゃ。


 ちなみにそのグリンピースはと言うと、今は別行動で自らの居城に戻っておる。

 イケメン大爆発で吹き飛んでしまったペガサスの鞍を交換してくるとの事じゃ。


「ボクは今やプレイヤーレベル五〇どころか五〇〇オーバー! レベル三〇〇を越えたら初心者卒業らしいよ!」


 つまり今のボクはかなり中級者のフレアなのだ☆ とフレアはウインクで☆を飛ばす。


「そうか、レベルとやらはイケメンを倒すと上がるのか」


 レベルが上がればステータスとやらの数値も上がるんじゃったな。

 つまり、ワシも同様。МP――マッスル・パワーも少しは上がっておるやも知れん。


 体感はあまりないが……どれ、前に習ったやり方でステータスを開いて確認してみよう。


 ………………前に見た時と変わらず、一と〇ばかりなのじゃが……?


「あれぇ? 何でアリスちゃんのレベルは上がってないんだろ……? 経験値が入ってないね?」


 横からステータス画面を覗き込んできたフレアが、不思議そうに首を傾げる。


「ぬぅ……何故に……?」


 まぁ、ワシは事故でゲームを始めた上に、元は一〇〇〇年越えの筋肉を有する魔王。

 この世界ゲームがワシと言う筋肉じょうほう密度の高い存在を処理しきれず、色々と不具合が起きておるのやも知れぬな……。


 ようやくワシも少しは自力で戦えるかと期待したのに、おのれ……!

 やはりよくわからんゲームのシステムなぞに頼らず、筋トレをすべきか。


 信ずるべきはやはり筋肉よ。

 筋肉はすべてを解決するのじゃ。


「よくわからぬものをぐだぐだ嘆いてもどうにもなるまい……どうにかなる事から確実に進めていくのじゃ」

「うん……それじゃあ、行こうか」

「うむ」


 フレアは気を取り直すように指で口角を押し上げ、「たのもぉー!」と元気よく工房へと入って行く。

 その後についてワシも中へと入る。

 外観こそよくある鍛冶工房じゃったが、内部はまるで違った。

 工房と言えば炉を中心に、鉄の加工に使う器具や素材が雑多に置かれておるイメージじゃが……イケメン工房の中心には背もたれや足掛けの高さを調節できる風変りな椅子と、それに寄り添う形で大きな棚が設置されておるだけ。棚に収められておるペンチやドリルには、何やら赤黒い錆跡がついておるような……。


 魔王城内にも設置されていた歯医者を思い出す光景じゃな……ちょっとトラウマじゃ。

 もしや、あの椅子にイケメンをくくり付けて武装に整形するのか……?

 恐ッ……この施設、めっちゃ恐い系の施設では……!?


「らっしゃい」


 突然に投げかけられた横合いからの声に、思わずビクッとしてしまう。


 視線を向けてみると、そこにおったのは渋みのある良い歳の取り方をした人間の男。口に咥えた釘がいかにも鍛冶屋っぽい。声色や雰囲気から特に怒っておる感じではないが、顔つきがやや険しいな。生まれつきの強面なのじゃろう。いかにも頑固な職人と言った風情じゃ。

 まぁ一〇〇〇歳超えのワシからすると若造なのじゃが……ここは一応、おじさんと呼んでおこうかの。


「……ん?」


 おじさんは何やらワシとフレアの後ろを気にしておる……。

 何じゃ、振り返ってみても、誰もおらぬが……?


「へぇ……珍しいな。今の時勢に下僕連れじゃあない客が来るとは」

「そうなのか?」

「ああ……カイザーが現れてから、下僕を武装に変える客は山ほどきたが、逆はめっきりだ」


 ふむ……まぁ、イケメンカイザーが現れてから起きた現象は、一言で言えばイケメンの反乱。下僕にしたイケメンがいつ襲い掛かってくるかもわからんと思い、武装に加工する者が増えたと言う事か……。


「だから確認するぞ、お二人さん。依頼されりゃあ仕事はするが……下僕に変えたイケメンが何をしでかすか、そりゃあこっちの管轄外だ」

「構わないよ。それでも、一度、しっかり話をしなきゃって思うから」

「イケメンと話を、か……奇特なプレイヤーもいたもんだ」

「!」


 プレイヤー、じゃと?


「その口ぶり……おじさんは、この世界がゲームじゃと知っておるのか?」

「……カイザーが現れるまでは、自分が造りモンとは予想もしなかったがな」


 しんどそうに首をゴキゴキ鳴らしながら、おじさんは溜息をひとつ。


「まぁ、知ったからってできる事は変わりゃあしない。イケメンならともかく、こちとらただのNPCなんでね……オレはただ、武装をこねくってイケメンにするか、イケメンをいじくり回して武装にするだけさ」


 語るおじさんの表情には、複雑な色が見えた。


 ……ワシも、自分たちが神々の玩具でしかないと知った時。

 最初は怒りに満ちていたが、やがて諦観、虚無感や寂寞せきばく感が勝るようになっていった。


 どれだけ怒りや憎しみを向けても、奴らには絶対に届かない。

 手も足も出ないまま過ごす時の中で、憤怒も憎悪も、己が無力への悲嘆に変わっていく。


 おじさんも……似た心地なのやも知れぬ。


「おじさんよ。依頼するのはワシではないが……どうか、よろしく頼むのじゃ」

「……NPCに頭を下げるなんぞ、本当、奇特な……いや、おもしろいプレイヤーだ」


 奇特じゃろうと関係無い。

 誰に何を言われようとも、同じく命ある者として誠意を向ける事を、ワシは間違いじゃとは思わぬ。


「ボクからも、よろしくお願いします!」

「ったく……どんだけ頭を下げられたって、オレの仕事のクオリティは変わらないぞ?」


 無駄だからやめとけ、と言うおじさんの表情はほんの少しだけ――こそばゆそうに緩んでおった。



   ◆



 おじさんが作業を始めてものの数分。


「けッ……まさか、この姿に戻される日がくるたァな……きょうがくだ」


 作業台で寝転がったまま、具合を確かめるように拳を握ったり開いたりを繰り返す朱髪のイケメン。

 ――ヴァーン・ムスぺラントが静かにつぶやいた。


 角度のキツい眉に鋭い目つき、鋭い犬歯……形質としては人よりも魔族に近いように見える。獣耳だったら完全に獣人じゃな。炎のような髪色も相まってかなり攻撃的な印象を受けるのじゃ。上は裸体の上に紅いマントを羽織っておるだけ。下は動き易そうな柔い生地のズボンに紅い鋼で造られたサンダル。ガチガチの正装じゃったグリンピースやベジタロウと違い、半裸と言っても差し支えない。


 獣のような顔つきに露出の多い服装……ワイルド系のイケメンじゃな。

 元気で奔放なフレアとは、気が合いそうな部類に思える。


「施術完了だ、立ってみな」


 おじさんの指示に従い、ヴァーンが台を下りてゆっくりと立ち上がった。


「……やぁ、ヴァーン。こうして話すのは久しぶりだね」


 ヴァーンと正面から対峙したフレアの笑顔は、ややぎこちない。


 まぁ、そりゃあそうじゃろう。

 自分が股間を蹴り倒して仕留めた男を前にして、何も感じない者などいるか。いたらすごく恐い。


「……質の問だ。どうして俺っちをこの姿に戻した?」

「もう一度、ちゃんと話をしたくて」

「『イケメンは生きてる。一方的に刈り取って使い潰して良い存在じゃあありませんでしたァ』……そう知ったからか?」

「……!」


 説明しておらんのにワシらの動機を知っておると言う事は……どうやら武装になっていても、イケメンは意識が残るものらしい。

 意識のある状態で、道具として使われる訳か……どこまでも、悪趣味な仕様じゃな。


「ヴァーン。ごめんね。あの時は……問答無用で、股間を蹴り潰したりして」

「確かにイカれた一の撃だったが……謝られるような事じゃあねぇな」


 取り戻した肉体の調子を確かめるように肩の関節を鳴らしつつ、ヴァーンは呆れた顔で首を横に振った。


「当の然、俺っちとテメェの関の係上、テメェはああするのが宿しゅくめいだったろうが」

「……それでも、ごめん」

「おいおい……謝り倒すためだけに俺っちをこの姿に戻したのか?」


 ペコペコつむじばっか見せてんじゃあねぇぞテメェ……とヴァーンは舌打ち。


 ふむ……想定していたより、ヴァーンは冷静沈着じゃな。

 悪態は吐いておるし、やや眉を顰め不満げな色合いは見えるが……怒り狂うような気配は微塵も無い。きっちり対話が成立しておる。


「……うん。わかった」


 フレアは顔を上げ、ヴァーンの目をしっかりと見据える。


「本題の話をするよ」

「本の題か。まぁ、見の当はつくがよォ。噂のイケメンカイザーを倒すから従え……って所だろ?」

「……ムシの良い話なのはわかってる。それでもお願いだ、ヴァーン……ボクたちに力を貸して欲しい」


 フレアの言葉に、ヴァーンは「ハンッ」と鼻で一笑。


「予の想通りだが……わからねぇな。理の解ができねぇ。この姿に戻ったとは言え、俺っちは結の局、テメェの所有物げのぼくだ。カイザーとか言うのが現れる前にやられたから強の化とやらも受けてねぇ。だから狂い(バグ)の余の地も無ぇ。お願いじゃあなく命の令すりゃあ、それで済むだろォが」

「それじゃあ、キミをその姿に戻した意味が無い」


 同じ命として、筋を通したい。


 武装でも下僕でもなく、仲間として力を貸して欲しい。

 それが、フレアの出した答え。

 ワシも大賛成じゃ。


「もちろん、嫌ならそう言ってくれれば、無理強いはしないから」

「……愚の問だな。無の駄だ。そんなんどうでも良いからとっとと命の令しろ」

「……ッ……!」

「カイザーを倒したいのなら、俺っちを好き勝手に使い潰せば良い。それがテメェの使の命だろ。俺っちから言うべき事はそれだけだ」


 今の突き放すような言い方からして……ヴァーンは自らの意思で力を貸すつもりは無い、か。

 まぁ、イケメン側からすればそれが当然の話。グリンピースが奇特なだけじゃ。


「……命令は、しないよ」

「そりゃあ愚の極だろ。テメェは俺っちに命の令するべきだ。それがテメェと俺っちの運の命、適の切な関の係ってモンだ」

「確かに、ボクたちの現状を考えたら……無理やりにでもキミを戦力にするべきなのかも知れない……でも……!」

「つべこべ言わず、命の令しろ」

「しないよ!」

「しろや!」

「しないってば!」

「しーろーやー!」

「しーなーいー!」

「してください!」

「しないください! ……って、今のは何かおかしくにゃい?」


 ……ん?

 何じゃ……ヴァーンがわなわなと震え始めて……?


「――疑の問だ……愚の問じゃあねぇか!? 何故、なんゆえ!? 俺っちとテメェの在るべき関係性は対の等なんかじゃあないはずだ! そうだろォ!? そうのだろォ!?」

「う、うえええ? そうのだろうって言われましても……?」

「テメェはよォ……は俺っちの股の間を蹴り上げた時、運の命を感じなかったのか!?」

「その出来事から感じる訳ないよ!?」

「俺っちは感じたんだァァァァァ!!」


 ヴァーンの特性か、その叫びと共に彼の背後でドッカーンと派手な爆発が起こる。


「テメェの足の甲から足の首にかけてのラインが俺っちの股の間にジャストのフィットしたあの瞬の間!! 脳の髄を衝の撃が駆け抜けた!! この世のものとは思えない激しい何かが俺っちのたまのしいを貫いたァァァーッ!!」

「それは単純にこの世のものとは思えない激の痛だったんじゃあないかなぁーッ!?」


 本当にごめんね!? とフレアが全力で頭を下げるのに対抗するように。

 ヴァーンは全力で首を横に振った。それはもう頭がもげてどっかに飛んでいきそうなくらい全力で。


「否ァ! 否否の否ァ!!」

「ひぇッ……」


 ヴァーンの力強過ぎる否定と共に、フレアが軽く引くくらいの大爆発が起こる。

 ちょ、室内なの忘れとらんか……!?


「安心しろ嬢ちゃん。この施設は仕様上、どうやってもぶっ壊れやしない。ただあのイケメンはどう考えても危ない奴だからオレの後ろに隠れてろ」

「う、うむ……恩に着るのじゃ」


 ありがとう、おじさん。

 ぶっちゃけあのイケメン恐ッ……ってなっておった所じゃ。

 それでもいざと言う時はフレアの救援に向かえるよう、スコップを抜いた状態でおじさんの陰に隠れる。


「運の命! 宿の命! 天の命! 俺っちの股の間とテメェの足の甲は出会うべくしてあの時に出会ったァ!!」


 ヴァーンはワシらに一切構わずヒートアップの一途。

 フレアも狼狽極まっていく。あんなに困惑しておるフレア、初めて見た。


「大の体、おかしいとは思わなかったのか!? いくら俺っちがそこまで上の位のイケメンではないとは言え、股の間に蹴りの一発で勝の負が着くなんざよォ!!」

「そ、それは確かに……」

「それは何の故ならば! 単の純の明の快……俺っちが敗の北を――いや、運の命であり宿の命であり天の命でもある未の来を受け入れ、自分でイケメン大爆発を起こしたからだァァァッ!!」

「ええええぇぇええええええええ!?!?!??」


 イケメン大爆発って、自らの意思で起こせるものなのか……。


「俺っちはあの時、確の信を得た! 俺っちはテメェの足と共に在るべき命! 『この足に履かれるために、そのために生まれてきたんだ』と!」

「すごくヤだァその確信!!」


 ちょっと詩的ポエミーな言い回しなのも腹立つな。


「俺っちはテメェの下の僕! それが適の切、いや最の適で最の高ォ!! さぁ命の令しろマスタァァ! テメェの足に頬のずりをするように今すぐ俺っちに命の令をするんだァァァ!!」

「絶対にヤだァァアアアアアアアア!!」


 ……フレアが本気で嫌そうと言うか、気持ち悪がっとると言うか、心の中で「勘弁してください」と連呼していそうな顔で涙目になっておる。あんな表情もあったのかと感心すらする。


 あんな顔になる気持ちはわかる。


「そうかよ!! ンならァ、これから俺っちが取るべき行の動はッ!!」


 そうキレの良い叫びと共に、ヴァーンは素早くバックステップ。

 フレアを始め、残念な生き物を見る目で傍観しておったワシとおじさんからも距離を取る。


「イケのメン――大の! 爆の! ハァァァァツッッッ!!」


 次の瞬間。


 仁王立ちしたヴァーンの股間を中心に、小規模な爆発が起きた。

 爆炎の色からして、グリンピースが爆発した時と同じ――イケメン大爆発。


 爆発の閃光が止むと……そこには、見慣れた紅鋼の足鎧が転がっておった。


「「「……………………」」」


 ……何が起きたのか。

 すべて見ていたはずじゃが、理解できんと言うか理解したくない事件じゃったのう……。


 おじさんの目が死んどる。ワシもたぶん同じ目をしとるんじゃろうな。

 フレアは貧血でも起こしそうなくらい青ざめて小刻みに震えておる。


「フレア……まぁ、その……なんじゃ。何はどうあれ、ヴァーンの意思を尊重すると言う形にはなった訳じゃし……」

「……は、履きたくない……!」


 うん、理の解(わかる)

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