42,黒幕登場、メテオラング・ザ・チクシュルウプ!!
――ティアーマット・イェーミル。
ククミスルーズの話によれば、天地開闢の時……自らの体を割いて、今ワシらが生きるこの星の素材となった原初の母神、創星母神!
その肉は大地を作る土に、その血潮は海を作る塩水に、声は火と雷に変わったと言う。
そしてレーヴァティンは『原初の時代にこの星を満たしていた炎』、つまり『ティアーマットの声が変化した原初の火』を加工した宝剣。
その刀身から噴き出す炎は、かの母神の声と同じ……と言う事か?
察するに、この母神胎宮の何等かによってレーヴァティンの封印が緩められた事で、その炎は【原初の状態】――【ティアーマットの声】へと近付いた。故にティアーマットがその炎を介し、己の声をワシらに伝えられるようになった……と?
「……この声が、母さん?」
ラフムラハムが呆然……いや、違うな。それ以上、驚愕と……混乱?
大きく目を見開き、「そんなバカな」と胸中で連呼しておるようじゃ。
「それじゃあ……それじゃあ、おれが今まで聞いていた母さんの声は何だったんだ!?」
……?
ラフムラハムは一体、何を言って……?
「デススス。あー、この流れは想定外デス! これがウワサに聞くてへぺろ案件デスね!」
「ぬ!?」
母神胎宮内に、少女の声が響き渡る。
先ほどから何度か聞こえておった声……今までも「どこかで聞いたような……」と言う感覚はあったが、その特徴的な笑い方でピンと来たぞ!
「その笑い方……昨日、ワシに接触してきた黒尻尾の小娘か!」
声の出所は……ラフムラハムの背後、あの赤黒い光の柱か!
昨日の昼休み、イシュルナンナを筆頭とする神々の包囲網からワシを助け、何かの計画に誘ってきたポンチョッツォを着た小娘! エレシュルカルラの推測では、何かろくでもない事を企んでいるやもとの事じゃったが……。
「デススス! はいデス! ワタシなのデス!!」
赤黒い光の柱がふわふわと陽炎を放つ。まるで身をよじって笑うかのように。
『愛しい我が子・ラフムラハム。落ち着いて聞きなさい。貴方は騙されていたのよ……この陽気な笑い声の主に』
「は……? いや、でも、おれが今まで聞いていた母さんの声は――」
「ええ、愛しい我が子(笑)・ラフムラハム。貴方に指示を出していたのはこの声でしょう?」
「っ……!?」
レーヴァティンが放つ母神の声とまったく同じ声が、赤黒い光の柱から放たれた。
すぐに声色と口調は元に戻り、「このままじゃあどうせティアママが全部ネタバラシしちゃいますデスし、ワタシの口からすべて教えてあげるのデス」と続けた。
その語気に焦りや苛立ち等はまったく感じられない。どこまでも「いやぁ、墓穴を掘っちゃったデスねぇー。失敗失敗☆」とおどけるような雰囲気じゃった。
「さっきの声はワタシの複合権能【一〇八魔識】がひとつ、【虚実混濁識】。『ワタシの虚偽を真実だと認識させる』と言うものデス」
「虚偽を……真実だと認識させる……!?」
「はいデス。この権能を使った状態で母神を騙って喋れば、ワタシの声は母神の声と同じに、ワタシの口調は母神のそれと同じように、対象の脳内で勝手に変換されるのデス。アナタは本物の母神の声を聞いた事が無かったようデスし、本物とはまた別の声、別の口調に聞こえていたでしょうが」
「そ、そんな……じゃあ、今までの命令は――」
「ぜ~~~んぶ、ワタシの嘘デス☆」
あまりにも無邪気な声、悪意など微塵も含まれていない最悪の肯定。
衝撃の告白に、ラフムラハムが力を失ったように膝を折ってしまった。
……突然の事で、上手く整理はできておらぬ。
じゃが推測するに……ラフムラハムは、騙されておったと言う事か。
あの黒尻尾小娘が権能を使ってティアーマットを騙り……母として、息子に命令を下して操っておったと。その命令の内容が、星を焼く事であったと。
「……答えよ! 貴様は一体なんなのじゃ!? 何が目的で、ラフムラハムを騙した? 何のために星を焼こうとした!?」
「デスス。アリスチャンは一度、封印された事があるんデスよね? なら、理解してくれるはずデス」
封印……?
ああ、確かに一〇年前、イケバナに封印されたが……その事を言っておるのか?
「ワタシも今まさに封印されているのデス。この星戒樹と言う蓋によって。デスので、星を――と言うか、星戒樹を焼き尽くして、外に出たいのデス」
「星戒樹を蓋とする封印……?」
ククミスルーズがハッとして翼で嘴を覆った。
「っ……もっと早く、気付くべきでした……迂闊……! 星戒樹の下、その地下……ああ、なるほど。アリスさまに接触した少女の特徴は『黒く長い尻尾』! この声の主……貴方は――【破星滅神】!」
「デスス! 正解なのデス!」
メテオラング……?
「その神名はデスメローア・チクシュルウプ! クランの概念もまだ無かった原初の時代、ティアーマットさまが星へ変生された際に……『ただの興味本位』で星を破壊しようとした原初の破界神です!!」
「なっ……!?」
興味本位で星を破壊じゃと……!?
規模がバカげておる! 無邪気な小娘のイタズラ、で笑って済ませられる限度を遥かに越えておるぞ!?
『子供のイタズラって時たまマジで笑えないのよねー……いやもう、ほんと参ったわよあれ~。私もう星になっちゃってたから、めっ、もできなかったし』
ティアーマットのノリが意外と軽い。
『まぁ、そんな私の代わりにみんなで協力してデスちゃんにめっして、頭を冷やさせる意味も込めて封印したみたいだけど……正直、あの子たちのやり方には問題があった感が否めないわ』
「デススス! ダメと言われると、尚の事にやりたくなるのデス!!」
つまり、黒尻尾小娘――デスメローア・チクシュルウプの目的は……レーヴァティンを使って星を焼かせる事で「星戒樹による封印の破壊」と「星の破壊」を一挙に実行しようとした、と?
そしてワシに手を組まぬかと提案したのは、その手伝いをさせようとしておった……と。
『ごめんなさいね、アリスちゃん』
デスメローアへ向けて「ふざけるな」と吠えかけた時。
ティアーマットの声がそれを察したかのように、謝罪の言葉を口にした。
「……何故、貴様が謝るのじゃ」
『私はみんなのママだもの。この子の不安要素は把握していたわ。でも、まだ幼いだけだから、いつかは落ち着くだろうと見守る選択をした。手を尽くすだけが育児じゃないと判断した……今こうなっているのは、その結果。この子にはもっと、よく言って聞かせるべきだった』
「保護者の責任、とでも言うつもりか?」
限度があるじゃろう?
子の不始末はすべて親の責任じゃとでも――
『そうよ』
何の迷いもなく、ティアーマットはハッキリと断言した。
『何があろうと、親に取って子供は子供なの。どれだけ強くなってしまっても、どれだけ遠くに行ってしまっても、私は親である事をやめないし、貴方たちが私の子供である事を誰にも否定させない。これは責任であって、同時に権利よ。なので次からは貴様ではなくティアママと呼びなさい』
「いや、貴様。何を言って――」
『……………………』
「…………おい?」
『……………………』
「…………ティアママよ」
『はぁ~い、ティアママです☆』
脳裏に母上が過ぎるテンション。
……母親って、どこもこんな感じなのか。
『さてさて。まぁとにかくね。デスちゃんのおイタは私の責任って話なの。と、言う訳でデスちゃん! ここからは私とタイマンで御説教タイムよ! 正座なさい! 覚悟の準備は良いかしら!?』
「良くないので抵抗するのデス。尻尾で」
母神胎宮が大きく揺れる。
ずっとラフムラハムの背後に生えていた謎の赤黒い光の柱に、異変が起きた。
円柱状だった形が一瞬にして虚空に浮かぶ球体へと変わり、そこから無数の翼が噴き出す。
鳥や虫のそれとは違う、コウモリやワイバーンのような飛膜と先端に爪がついた形状の翼じゃな。
翼が一斉に羽ばたくと、球体はまるでアルマジロかダンゴムシのようにバックリと開き――姿を現したのは凄まじく長い尻尾を持つ黒オオカミ……いや、オオカミにしては鼻が短いし、何より腹部にある袋……あれはカンガルーめいた育児嚢じゃな。そして胸元の毛並みには一本の白線模様……。
あれはまるでオルストラリア大陸に生息する固有種、肉食性有袋類・タスマニャンデビルではないか!! 資料でしか見た事無い系アニマル!!
…………って、今はそんな事を気にしている場合ではない。
無数のコウモリ羽で浮遊する、尻尾が超長い巨大タスマニャンデビル……察するにあれが、デスメローア・チクシュルウプか!!
悔しいが……カワイイ!!
いやしかし、それ以上に……禍々しい……!
見ておるだけで、背筋に寒気が走る。
ナイアルラトの時の忌避感とは種類が違う……これは、純粋な恐怖じゃ!
まるで喉に切先を突き付けられておるような感覚……!
本能が「デスメローアと言う神がどれほど危険な存在か」を直感的に理解して、警鐘を鳴らしておる……!
「なっ……オーデンさまたちによってバッチリ封印されてなお、どうしてこんなパワーを……!?」
「デススス。封印されてからずっと、ただ寝ていただけだとでも? この地下空間、偽・母神胎宮が何のための施設かまだ察しがつかないデスか? この空間は、星戒樹を浸蝕するための儀式場なのデスよ!」
なるほど、ワシらが不思議に思っておった「こんな大仰な施設がラグナロク学園開催に合わせて造られたとは思えぬ」と言う疑問の答えが、それか。ここはそもそも、地道に星戒樹を突破せんとデスメローアがせっせこ秘密裏に用意した儀式場であったと。
「ワタシはちょっぴりずつ星戒樹への浸蝕を進めていたのデス!! ワタシの全盛期には遠く及びませんデスが……星戒樹に内蔵された神パワーをそれなりに引き出せる程度にはなっているのデスよ!!」
星を壊そうとする、つまり星を壊せるだけの力を持つ神を抑え込む蓋。
そこに含まれる神パワーはとてつもないじゃろう。
一部とは言え、それをこやつは自由に使える訳か……!
「このまま神パワーを吸い上げて片っ端から消費していけば、いずれ星戒樹を崩壊させる事も可能デス……が、まだまだ時間がかかるのデス。もうじれったいのはヤ! なのデスよ、ワタシ。レーヴァティンは渡りに舟!!」
……じゃから手早く済ませられる術を探して。
偶然にもレーヴァティンを入手できる機会が訪れ。
そして――母神を騙り、ラフムラハムの母を想う心を利用したと。
怒りを覚えたが、思いとどまる。
ここでワシが怒号を上げてもどうしようもない。
一旦、ティアママに任せて様子を見るべきじゃ。
「なので、さぁ! おとなしくレーヴァティンの封印を解かせるデスよ。そろそろワタシもお外で遊びたいのデス!!」
『いい? デスちゃん、確かに幼い頃って何かこう自分が何かをした達成感が欲しくて、意味もなく色々とバラバラにしたくなるものだけどね? 世の中には壊しちゃうと誰かが悲しい思いをするものがいくつもあるから、その辺がきっちり理解できるようになるまで、お外でのお遊びは――』
「小難しい話はよく分からないので、どーでも良いデス!!」
空飛ぶ巨大タスマニャンデビル、デスメローアが「ふしゃぁぁぁ!!」と愛らしく吠える!
その長い尻尾がしなって伸び――眼下で未だに膝を折って固まるラフムラハム、その手のレーヴァティンを狙っておる!
「おのれ強硬手段か!? あやつにレーヴァティンを渡す訳にはいかぬ!」
『大丈夫よ!』
ワシの叫びに「「「「御意」」」」と動き出そうとした四天王を制止して、ティアママが叫ぶ。
『あんまりママをナメない事ね! デスちゃんに火遊びはまだ早ーーーい!!』
レーヴァティンから噴き出す炎が腕を形成。
ラフムラハムを抱擁するように包み込んでガード!
デスメローアの尻尾、鋭い先端が炎の腕に突き刺さるが、微動だにしない!
『母神抱擁! あらゆる災厄から我が子を護る空前絶後の鉄壁なのだー!!』
「……ふぅん、デス。じゃあ、こうしまショウ」
デスメローアが尻尾を巻き取って、高度を上げる。
「以前、おもしれー話を聞いたデス。神々の暇潰しで、下界ではたくさんの人間や魔人が戦って死んだんデスよね?」
『……そうね。それもまた、私の教育不足と言えるでしょう』
「あ、別にそんな事はどーでも良いのデスよ? ただ――おもしろくできそうだな、って」
デスメローアが、二ィと口角を歪める。
最高のイタズラを思い付いた悪童のように。
「一〇八魔識、【怨霊統括権限識】」
『っ!』
……? 何じゃ、急に、辺りの空気が冷たくなった……?
ファナンが何かした……訳ではないじゃろう。
こやつの冷気は対象選択ができる。間違ってもワシらに悪影響が出るような事はない。
それに、なんとなく純粋な気温低下とは違う気がする……?
「デススス……思った通りデス。昔は何のために生まれ持った権能かと疑問でシタが……なるほど。これは良いものデス!!」
「な、なんじゃ……デスメローアの体が、どんどん大きくなっておるぞ……!?」
『……あれは、死者の魂が怨霊化してしまった時、その怨念をデスちゃんが回収・統括・制御……最終的には浄化するための権能』
死者の怨念を回収……まさか!
『破壊に関わる権能を持つ神は基本的に、壊した後の再生までを自身か伴侶神の権能でカバーしているの。デスちゃんは自身でカバーしているタイプ。あれは破壊の後、再生の過程で必要になるはずだった権能。それを……こんな……!』
「ああ、感じるデス……冥界地獄区画で燻る亡霊どもの怨念! これだけパワーアップできれば……ティアママの護りも、突破できるデスよねぇ?」
どこからか湧き出し、デスメローアの体へ染み込み、その力を強めていく黒い瘴気の群れ……あれが――神々の道楽によって非業の死を遂げ、天界に収容された亡者たちの怨念じゃと言うのか……!
「デスス……これ、おもしれー展開じゃあないデスかぁ? 神々がどんな反応をするか、楽しみでしょうがないデスよ。だって――」
デスメローアが放つ重圧が、倍どころではない規模で増した。
それだけのパワーをあやつに与えてしまうほどに、怨念を抱えた死者が存在すると言う証左。
神々が下界の命を弄んだ、代償。
「神々が後生大事に護ったこの星、この世界は……神々が娯楽のために奪ってきた命の怨念、そのパワーによって強化されたワタシの手で――破界されるのデスから!!」
偽・母神胎宮 編、読了いただきありがとうございます!
ラフムラハムたち三獣兄弟を襲った悲劇……な幕間を挟み、
次々回より「星纏筋肉グレイト☆アリス 編」となります。
亡者の怨念を接収し統括する権能により、【堕獄怨念凝縮群体】、略して【ダーエワ】を支配下においたデスメローア。
その破壊力はもはやティアママの手にも負えないものだった!
レーヴァティンを死守すべく、アリスたちはデスメローアに立ち向かうが――
一方、ラグナロク学園では……校舎が木製の巨大ロボットへと変身し、神々を拘束していた!?
内部に囚われた神々を救出すべく、フーレイアとイシュルナンナが空を駆ける!!
そして星戒樹の元へ辿り着いたアリスの両親。
愛する我が子の元へ向かう邪魔をする憎き結界を前に、打つ手はあるのか……!?
「都合の良い話だってのは分かってる……でも、お願いだ……おれの母さんを――護ってくれ!!」
――母神の肉は大地に、母神の血は海に変わった。
――であれば、【海の泥】とは何か!!
「この筋肉、確かに受け取ったのじゃ」
さぁ、反撃のパンプアップを見せつけろ!!
ラグナロク学園、最終章!!
乞うご期待!!