40,勇者with魔王軍四天王!
「VOoo……VAOOOOOOOOOO!!」
母神胎宮最奥。
赤黒い光の柱が照らす空間で、神獣形態の巨大タコへ移行したラフムラハムが絶叫する。
泥の巨体を蝕む赤黒い光の根がビキビキと脈打つ度に、その悲鳴に含まれる苦痛の色が増していく。
そんな狂乱の怪獣と相対するのは、勇者ユリーシアと魔王軍四天王で構成された新時代の勇者一党。
「神々は皆殺――ごほん。片っ端から八つ裂きにするつもりできたが、魔王様の御意向であれば仕方無し」
アリスの手前、神々への殺意を露骨にする訳にはいかないと竜王・ファナンは咳払いで誤魔化して、スイッチを切り替える。
殺意を抑え、あくまで「制圧」を目的へ据えた。
「ォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
絶対零度の蒼炎を撒き散らしながら、変身。
ラフムラハムの巨体に勝るとも劣らない巨大な蒼鱗のドラゴンへと姿を変える!!
勇者一党として勇者パワーの恩恵を受けているため、その炎の昂りは過去一番!!
「見るからに泥属性の相手ならば、まずはこうだ!! オオオオオオオオオオオオオオ!!」
巨大な蒼竜が両翼を広げ、咆哮。
その周囲で踊っていた蒼炎が一瞬にして拡散し、室内を覆い尽くす。
当然、勇者一党およびアリスたちに影響は及ばない。
だが、それ以外のすべて――床も壁もラフムラハムも赤黒い光の柱もすべてが、蒼炎に呑み込まれ、凍結した!!
「――Vv、AAAAAAAAAAAAAA!!」
しかしやはり相手は神、凍結時間も一瞬!
瞬きの間に、ラフムラハムは泥触手を振り回しながら自身を拘束していた氷の膜を砕き散らした。芯までは凍っていなかった! 背後の赤黒い光の柱も謎のオーラを放出して氷を砕き散らす!!
「まぁ、だろうな。さすがにそこまで侮ってはいない」
ファナンは別に負け惜しみを言っている訳ではない。
今の広範囲氷結攻撃の目的に、ラフムラハムをどうこうしようと言う目論見は無いのだ。
ファナンの真の狙いを、ラフムラハムもすぐに思い知る。
「Vv……VAAAAA!?」
地面が、完全に凍結してしまっている――とてもとても深くまで、もはや土とは呼べないレベルでカチンコチン!! 元々この母神胎宮の地下地質は泥状の土だったのだが、これによりその性質は一変、もはやそこにあるのはただの氷漬けの土。ラフムラハムの『泥を操る』権能が干渉できない!
泥の巨体を見てファナンが推測した通り、ラフムラハムは泥属性の神。
周囲に泥が無ければ、多くの術の使用が制限される!!
まずは手始め、ラフムラハムの手札を削った!!
圧倒的、一方的な制圧に向けて反撃の術を奪いにかかったのだ!!
そして、この一手はファナンが想定した以上の効果を上げる事になる。
ラフムラハムは泥属性。そして母神胎宮の地下地質は泥状だった。故に、ラフムラハムはフィールド・バフを受けて強化されていたのである。だが、泥状の地質は完全に氷結、ただの凍った土の塊へと変貌してしまった以上……ラフムラハムは著しく弱体化!!
その巨体の動きが明らかに鈍り、神パワーもがくんと減った!!
宿主の弱体化を察知したのか、赤黒い光の根がビキビキビキと激しく唸りを上げる!
まるで「氷結が及んでいない層まで、地面を掘り砕け。さっさとやりなよ」と尻を叩いているようだ!! ラフムラハムも呻きながら必死に泥触手を振り上げ、砕氷・掘削作業にかかるが――
泥触手が、まるで重力を忘れたようにふわりと軽く――ラフムラハムの想定以上に大きく振り上げられてしまった。
「VA!?」
それだけにとどまらない。ラフムラハムの巨体も、まるで泥触手に引っ張られるようにふわりと浮かされてしまう。触手で地面にへばりつこうにも、足元は一面つるつる氷のタイル!!
為す術なく、ラフムラハムはタコの癖にさながら虚空をたゆたうクラゲめいた状態になってしまう!!
一体、なにが起きているのか。混濁した意識の中で巨大な単眼をぎょろつかせている内に、小さい小さい……とても小さい妖精の姿が目に入った。
「お間抜けな面ですこと。妖精魔人の魔導技術は世界一。超高度の重力制御術式なんて、指先ひとつでしてよ?」
煌めく鱗粉の尾を引いて、煽り散らすように虚空で舞い踊る霊王・アンルヴ!
妖精魔人はその小さな体に反比例するように、魔人種の中で最も魔力量に優れ、とても器用な部族!!
並の賢者ではちょっと部屋の模様替えをするのが便利になる程度の領域でしか使えない重力制御術式も、勇者ブーストを受けた妖精魔人の手にかかれば巨大な神獣をゆうゆうと空へ誘ってしまう道理!!
「VAAAAAAAAAA!!」
よくわからないがあいつが原因だ。
そう判断したのか、それとも誰かに命じられたのか。
ラフムラハムが泥触手を伸ばしてアンルヴを狙おうとした――その時。
「……VA?」
香ばしい匂いが、世界を満たした。
これは――まるでさっきまで火にかけていた釜の蓋を開けたような……ああ、炊き立て御飯の香り!!
余りにも良い匂い!! 嗅覚がある者ならば抗えないセラピィーッ!!
ラフムラハムの全身から力が抜け、泥触手は虚空でへたり、だらりと開いた大きな口からは粘着質な唾液がボタボタと零れ落ちる!!
「ええ、ええ、やはり御米に限界は無い。神の食欲すら、我が手中ですねぇ!!」
優雅なアイススケーティングで部屋中を華麗に駆け回り、香ばしい匂いを撒き散らすのは米王・エイリズ!!
彼が放つ炊き立て御飯の匂いはそれだけで無限にオカズを食べれるほどに食欲を掻き立てる!!
数十年単位の拒食症患者ですら一瞬にして大食漢に変えてしまう魔の御米パワー……勇者ブーストが入った事で、その効果はさらに絶大――本来は食欲など無いはずの神に、食欲の概念を付与するまでに至った!!
赤黒い光の根がビキビキビキビキとラフムラハムを駆り立てるが――無駄ァ!!
もはやラフムラハムの脳内は御米への欲求で満たされている! どんな苦痛も今は御米によって塗り潰される!! ライス・テンプテーション!!
「それでは、選手交代と言う事でぇ」
完璧な九回転半ジャンプを決めつつ、エイリズがまるで舞台袖に引っ込むかのように端へ滑っていく。
すると、入れ替わるように――
「しゃああああオルァアアアアア!!」
ズシャアアアアアアアと豪快な音を立てて、氷上を高速で滑る巨大な鬼姉御――鬼王・ヨトゥン!!
特製合金のトゲトゲ金棒を豪快に振りかぶりながら、跳ぶ。
虚空でふわふわ御米夢気分なラフムラハムの眼前へ、迫る!!
「脳天、揺り散れやゴルァアアアアアア!!」
余りにも強烈なSMASH!!
トゲトゲ金棒による激烈な唐竹割りが、涎塗れで浮遊していたラフムラハムの脳天に直撃っ!!
勢いそのまま、氷の床へと叩き付ける!!
まるで隕石の落下――ズドォン!! と言う超・豪快な破壊音。
局所的な地震を伴いつつ、氷の膜もろとも地面が大きくめくれ返った!!
「Va……a、aa……!?」
ラフムラハムは完全に白眼、完璧なノックアウト――否。
赤黒い光の根がまるで人形の腕を動かすように、ラフムラハムの泥触手を跳ねさせてヨトゥンを狙う。
「さぁて、と」
泥触手とヨトゥンの間に飛び込んだのは、勇者ユリーシア。
「どこの誰か知らないけど……さっきから、気持ち悪いのよ。その赤黒いの。消し飛びなさい」
勇者は気怠そうに肩に担いでいた白銀の剣・勇者カリバーを軽く振り抜いた。
勇者パワーの本質は「奇跡を起こすパワー」。あらゆる現象を勇者に都合よく書き換え、奇跡を無理やり引き起こす。故に勇者が「奇跡のバーゲンセール起きろ」と思いながら勇者パワーを込めた剣を振れば……もはや、そこから先は奇跡の暴力。
何が由来してかまったく不明。
どこからともなく謎の強風が吹き荒れ、勇者カリバー周辺で強烈な竜巻を形成。
直後、射出!!
竜巻が容赦なく、ラフムラハムの巨体を薙ぐ!
しかもその竜巻には、正体不明の赤黒い光によく効く何かが偶然……いや、奇跡的に含まれていたらしく。ラフムラハムの巨体に纏わりついていた赤黒い光の根が、さながら除草剤を浴びせられた雑草がごとく枯れ、千切れ、霧散していく!!
糸を失った操り人形に例えるのが適切か。
赤黒い光の根による支配を失ったラフムラハムの泥触手が、力無く地へ落ちる。
その最中で泥の巨体はぐずぐずになって崩壊し、巻き毛ボンバイェイなラフムラハムに戻った。
完全に意識を失っているらしく、動く気配は無し。
「――はい、おしまい」
終わってみればその攻防、僅か十数秒。
一切の危なげなく――勇者と四天王は、ラフムラハムを制圧した!!