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38,部下と主のピンチに駆け付けない四天王などいない。


 まだ魔人が魔族と呼ばれ、人間と争っていた頃。


 クリアスと言う竜系魔族の少女がいた。【水晶竜種クリスタルドラゴン】と言う希少な血族の末裔であり、水晶のように透き通るドラゴンの姿へ変身する事ができる特質を持つ。


 そして――彼女はまるで水晶のように透き通って、誰の目にも映らない。

 それは彼女が突然変異によって獲得した性質。

 常に隠密術式を展開している状態に等しい、天性の地味ッ子!!


 定期的に存在を見失われる……家族ですら、クリアスの方から声をかけないと気付いてくれない。誰かから声をかけられた事など無く、酷い時にはクリアスの方から声をかけても気付かれない時すらあった。もはや、呪いのような体質だとクリアスは感じていた。


 魔王城の庭園技師助手として働き始めても体質は変わらず。上司や同僚たちが「クリアスちゃんが行方不明だー!?」と大騒ぎで捜索し始める事がしばしば。クリアスは目の前にいるのにだ。


 ……独りで働ける仕事を探した方が良いのかな。


 ある日の終業後、庭園の花を眺めながら深く溜息を吐いた。


「そんなに暗い顔をして、どうしたのじゃ? どこか具合が悪いのか?」


 そんなクリアスに、声をかける者が現れた。

 当然のようにクリアスを真っ直ぐ見据える、筋肉の化身めいた厳つい老爺。

 隠密魔術など、その眼筋の前には無意味――千年筋肉と呼ばれた最強魔王だけは、クリアスの存在をしっかりと認識できていたのだ。


 畏れ多いとは思いつつ、クリアスが千年筋肉に事情を話すと……彼は、必死に頭を捻ってくれた。

 たかが庭師見習いのために、うんうんと唸って、どうすれば良いものかと。


 結局、千年筋肉は「うぅむ……筋肉でどうにかならぬかのう?」と実に筋肉至上主義的な答えしか出せなかった。まぁ、過去に例のない突然変異だ。むしろズバッと解決できる方がどうかしている。


 それでも、クリアスにはとても嬉しい事だった。

 初めて、誰かから自分の存在を認識してもらえた。そして偉大なる魔王様が、自分なんかのために一緒に解決法を模索してくれたのだから。


 ――ありがとうございます、魔王様。


 クリアスが礼を述べると、千年筋肉は「いや、余り役に立てなかったな」と頬を掻きながら、たははと笑った。魔王と呼ぶには余りにも温厚で、優しい微笑み……ああ、素敵な御方だなと思った。こんな下っ端の魔族ですら同胞として尊重してくれていると、心で理解できた。

 少し話しただけで、フフッと自然に笑みが零れ、胸が温かくなるのを感じた。


 クリアスと魔王・千年筋肉の間にあった出来事と言えば、ただそれだけだ。劇的なエピソードなんてひとつも無い。ただただ、彼の笑顔が、その性格が、その振る舞いが、素敵だと思っただけ。


 そしてクリアスは、彼がその優しい笑顔の下で嘆き悲しみ続けている事も知った。

 彼は、人間たちとの終わらない戦いに、ずっとずっと胸を傷め続けていた。


 ――御役に立ちたい。


 ただそれだけ。

 クリアスは異動願いを出し、庭師見習いから魔王軍兵士へと転職した。


 ――私の隠密力なら、きっと。


 竜系魔族師団【ファヴニィル】に入ってすぐその忠誠心と能力を買われたクリアスは、師団長ファナンより直々に指示を受け、隠密部隊へと配属される事となる。


「魔王様は戦況の膠着を望まれておられる」


 隠密部隊としての初任務時、青いマントをなびかせる蒼炎の竜王・ファナンより直接、激励をいただいた。


「和平など望めぬ現状において、魔族・人間ともども血を流させないため最善の手だ。我々の役目は、魔王様の望みに寄り添う事。分かるな? どうにか戦局を動かしたがっている人間どもを抑え込むためにも――諜報戦が持つ意味は大きい。その責務の重さを誇れ、我らが同胞よ」


 呪いとしか思えなかったこの体で、ほんの少しでも彼の助けになれるなら。

 例えこの命に代える事になろうと、どんな任務だってこなしてみせる。



   ◆



 ――走馬灯、と言うのでしょうか。


 不意に脳裏を過ぎった思い出に、クリアスは自嘲した。

 我ながら、呑気なものだと。


 ――集中しなさい。これ以上のミスは、許されない。


 クリアスはこれから、一世一代の大勝負に出る。


 見上げるは、自らへと降り注ぐ泥触手の群れ。

 これは、躱せない。よしんば数発は躱せても、すべては無理。

 確実に一発は喰らう。そして、一発でも食らえばもはやそれまでだろう。


 であれば、勝負に出るのは今!!


 全筋力と全魔力を、すべて右拳へと集中させる。

 防御には一切、力を回さない。


 身を翻して、瓦礫に塞がれた階段を正面に捉える。


 このまま、泥触手の乱打は受ける。

 そうすれば、クリアスの体は粉微塵に砕け散るだろう。

 あの獰猛な触手だ、受ければ絶対に助からないと言う確信がある。


 だが、それでもほんの数瞬は肉体が残るはず。

 この右拳だけは死守して、あの階段へと辿り着く。そして、道を塞ぐ瓦礫の壁を粉砕するのだ。全筋力と全魔力を解放して、瓦礫のすべてと、泥触手を何本か巻き込んで吹き飛ばしてみせる。可能か不可能かではない、これだけは必ず為す。

 全身全霊を賭して、アリスに退路を作る。


 ――魔王様ならきっと、私の意図を汲んですぐに脱出してくれるはず。


 自分は確実に死ぬが、主君だけは絶対に殺させない。

 そう、覚悟を決めた。


 ……迷いは、あった。


 ――魔王様は、悲しまれてしまう。


 アリスがラフムラハムを止めたいと望んだから、クリアスはここにいる。

 その結果としてクリアスが命を落とせば……アリスは酷く嘆き悲しむだろう。己を責めてしまうだろう。優しい御方だ。優し過ぎるきらいすらある。掃いて捨てた所で誰も文句は言わないだろう雑兵の死ですら、まるで肉親の訃報のように悲しまれる。


 ――それでも魔王様は、決して足を止めたりはしない。


 知っている。ずっと見て来たから。

 どんな悲劇に見舞われようと、千年筋肉――我らが誇るべき主は、決して立ち止まらなかった。

 望みを断たれても、すぐに別の望みを探して踏み出す強さと筋肉を持つ御方なのだ。


 暗闇の中、茨が敷き詰められた道に血と涙に塗れた足跡を残しながらでも、魔王様は進んで行く。


 だから、大丈夫。


 ――貴方の心に傷を付けてしまう事を、どうかお許しください。


 これが、自身の選び取れる最善の選択。


 ……悔しい。


 力が及ばなかった。

 主の願いを理想の形で実現する力が、自分には無かった。

 何が「どんな任務だってこなしてみせる」だ。無能なトカゲめ……そんな自分への罵倒で、頭がいっぱいになりそうだ。


 ――メイド失格ですね。所詮、隠密しか能の無い雑兵だったと。


 終戦後、首相官邸にてアリスの側に仕えられると聞いた時。

 心の底から浮かれてしまっていた自分に、反吐が出る。

 ……自分以外の誰かがこの場にいたのなら、こんな事にはならなかったのかも知れない。


 ――私は……貴方の心を護れなかった。


 ……もっと、この体に筋肉があれば。

 牙が欠けるほどに食いしばって、それでもアリスに心配をさせぬよう、クリアスは口角を上げ続けた。


 ――申し訳ありません、どうか、御無事で。

 ――この不出来なトカゲめに、せめて、その御命だけでも護らせてくださいませ。


 アリスの方を見る。最期に、その尊顔を見て死にたかった。

 咄嗟の事で乱暴に放り投げてしまったが、どうにか無事に受け身を取れたらしい。


 ……ああ、あんなにも眼を剥いて、何かを叫ぼうとしておられる。


 想像は付く。


 己の無力を、ただひたすら謝る事しか――――え?


 その時、クリアスはある異変に気付いた。


 アリスの胸元……ドレスのブローチが、光っている。

 周辺光の反射ではない。ブローチに嵌め込まれた宝石そのものが、蒼く輝いて……そう、蒼い。余りにも。その色はまるで、かつて見た事がある【絶対零度の――


 瞬間、アリスのブローチから蒼い炎が噴き出した。

 蒼い炎は一直線、今まさにクリアスへ降りそそごうとしていた泥触手の群れを呑み込み、即座に凍結させ――粉微塵に、砕き散らした!!


 先ほどまで泥触手だった破片が、ダイアモンドダストが如くキラキラと降り注ぐ。


「いまいち状況は呑み込めないが、間一髪だったようだな」


 芯の強い男の声。蒼いマントが波を打つ。

 クリアスに取って、よく見覚えのある御仁が――いや、御仁たちがそこにいた。


 まず、絶対零度の炎を従える蒼き竜王・ファナン!


 そして、ファナンに肩を並べるのは元・魔王軍四天王にして現・魔人国家ピースフル首相四人衆・兼・勇者四天王の面々!!


 眼光鋭き小さな妖精の女王にして霊王・アンルヴ!

 全魔人の姉を名乗るに相応しい巨大なる鬼王・ヨトゥン!

 炊き立ての御米の匂いがする細長い魔人こと米王・エイリズ!


 更に、四天王の影から「ちょっとあんたら! アタシをおいて先に行くんじゃないわよ!」と喚きながら姿を現したのは――ジャージを着こなしたお姉さん勇者・ユリーシア!!


 ――え? え? え?????


 困惑の極致、クリアスはぽかんと口を開けて固まってしまう。

 ファナンはマントを翻しながらその傍らへ行き、彼女の肩にぽんと手を置いた。


「さすがだ、メイド長・クリアス。我々が到着するまで、よくぞ魔王様を護り抜いてくれた」


 ファナンは微笑を浮かべてクリアスを讃え、労い、「少し休んでいなさい」と肩を優しく押して後退を促した。そして、視線を移す。穏やかな笑みは一瞬にして消え去り、牙を剥き出しにして、殺意に満ちた蒼い瞳が睨み付けるのは――巨大タコ・ラフムラハム。


「あとは、我々に任せてくれ」

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