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37,タコを蝕むミントを蝕む何かヤバいの。


 赤黒い光に照らされた泥の触手が、影を落とす。


「VAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 言語とは呼べぬ獣の咆哮。

 対話などしたくない、そう拒絶する悲鳴。


 ラフムラフムが振り下ろした無数の触手が、床を砕き、地を抉り、母神胎宮最奥の部屋を蹂躙していく。壁も、天井も砕かれ抉られ、部屋全体が大地震に見舞われておるように大きく揺れ続ける。


 獣と言うより、もはや怪獣じゃ。


 クリアスがワシとククミスルーズを抱えて触手の乱舞を躱し続けてくれておるおかげで、どうにか無事じゃが……。


「クリアス! 大丈夫か!?」


 ワシの問いかけに、クリアスは「当面、問題無いかと」と頷いてみせた。

 表情からして強がりでは無さげ、まだまだ余裕はありそうじゃな。


 それもそうじゃろう。

 今、ラフムラハムはワシらを狙ってはおるが、照準はかなり粗い。おおよそワシらがおる方向へ向けて、ヤケクソのハチャメチャに触手を振り回しておるだけ。いくら体が大きく手数が多くとも、そんなザマで竜系魔族師団にて隠密部隊隊長を務めた事もあるクリアスを捉えられるものか。あの半狂乱状態ではまともな術式は使えぬはず……地下の泥を触手にして操るなんて芸当もできまい。


 ……じゃが、この調子で延々と触手乱舞が続けばどうなるか。

 さすがのクリアスとて、体力には底と言うものがある。


「悔しいが……仕方無い、か」


 ラフムラハムのあの様子……もはや言葉での説得は望めまい。

 一縷の望みは無いかと思案する時間的猶予も無い。

 腕っぷしで捻じ伏せて落ち着かせると言うのもまず不可能。


 であれば至急、この部屋から離脱しアキレイナたちと合流すべきじゃろう。

 そして母神胎宮を脱出し、オッディたちの助力を仰ぐのが正解か。


 じゃが、問題がひとつ。

 脱出のためには、唯一の道、後方の階段を使って上へ戻る必要がある訳じゃが……。

 今、ラフムラハムの泥触手は、ワシらを大雑把に補足して振るわれておる。

 このまま脱出のために階段の方へ向かえば、泥触手もそれに釣られて動くじゃろう。

 もし階段周辺を破壊され、瓦礫によって道が塞がれでもしたらまずい。


 脱出を目指すには、ラフムラハムの動きを一時で良いから止める必要がある!


 具体的な手段には――ひとつだけ、アテがある!


「ククミスルーズ、スコップに変身してくれ!」

「え、いや、クゥは所詮、御使いでございますよ!? あんな猛り狂っておられる神をどうこうするのはちょっと無理があるかと思うのですが!?」

「大丈夫じゃ、多分どうにかなる! と言うか、どうにかするしかないのじゃ!」

「確かに仰る通りで!! 変身チェンジ!!」


 変身したククミスコップを手に取り、その先端を暴れもだえるラフムラハムへと向ける。


 ラフムラハムの名が示すのは【海底の泥】。

 そして、あやつ自身、泥の如く常に湿っておる。まるでカタツムリかナメクジのように、体表に体液膜を展開して常に保湿を行うほど、あやつの身体は水分に依存しておる。そして水分が不足した時、あやつは並の生物が苛まれる脱水症状の比ではない状態異常を引き起こす。


「ならば、水分を奪ってやるまでじゃ!」


 ククミスコップでラフムラハムの巨体を指定し、起動。

 ククミスコップは【野菜畑(可食植物なら野菜かどうか微妙なラインでも含む)】を召喚できる。


 ラフムラハムの泥の巨体に生やす植物は――【タイラント・ミント】!


 過去に「にゃんこが忌避する品種がある植物」としてハーブ類については調べて事がある。その中で、「ひぇっ」となって印象に残ったのが、ミント系じゃ。


 ミント系は通常種でも同じ鉢内の別種植物を死滅させるほどに、土壌の栄養分を独占する。

 中でもタイラント・ミントと呼ばれる品種は、大量発生してしまうと砂漠地帯を生み出してしまう事から過去には【災害性植物】として認定された事もあり、活発な駆除活動が行われたほどじゃと言う。

 そして「何でも食う民族」として名高い東洋諸島連合国の人間たちがタイラント・ミントを美味しく食す方法を発見し、近年ではどんな場所でもみるみる育つ農作物として勇者財団が品種改良に着手し始めた。


 それはさておき……タイラント・ミントならば!

 その泥の巨体から根こそぎ養分と水分を奪い尽くしてくれるはずじゃ!!


「VO!?」


 ラフムラハムの泥触手の一本に、ギザ葉が特徴的な巨大ハーブ、タイラント・ミントが芽吹いた。タイラント・ミントはみるみる内に触手表面に根を伸ばして侵食していく。合わせて、ラフムラハムの泥の巨体から湿り気と色が失せていき、渇いて亀裂が走る!


「VAO、OOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」

「よし、思ったより効果的じゃ――って、むしろあれ大丈夫か!?」

「大丈夫ですアリスさま、クゥの出した植物にはセーフティ機能がありますので! 命に関わる状況になったら勝手に枯れて消滅します!」


 さすがオッディ、便利な仕組みにしておる!

 さぁ、ラフムラハムが自身を蝕むミントを剥がそうときりきり舞いしておる今の内じゃ!

 ワシが声をかけるまでもなく、クリアスは階段の方へと向かった。


「えぇ? もう帰っちゃうデスか? もっとウワサのおもしれーを見せてくださいデス」


 不意に、どこかで聞いた声が響いた。

 瞬間、背後からの悪寒。クリアスも同様の感覚を抱いたのじゃろう。振り返る間すらも惜しんで、とにかく横へ跳んだ。


 ひゅごっ、と空を切り、ワシらの横をすれすれで泥の触手が突き抜けていく。

 泥の触手は階段上部の壁に直撃・粉砕。更に階段周辺の壁をぐちゃぐちゃに砕いてかき混ぜていく。


「なっ……」


 振り返ってみれば、ラフムラハムの巨体中に赤黒い光の細い触手……と言うかあれは、植物の根、か?

 赤黒い光の根のようなものが、ラフムラハムを雁字搦めにするように絡みついておる。そして赤黒い光の根が触れた部分から、タイラント・ミントが黒く変色して、崩れ落ちていく。


「何じゃ、あれは……!?」


 色合いからして、ラフムラハムの背後にある赤黒い光の柱から分離した何か。

 それは分かるが……見ておるだけで、怖気がする。


 神名を明かしたナイアルラトを見ていた時ほどではないが、近しい本能的嫌悪感を覚える。

 先ほどまではあの赤黒い光に何も感じておらんかったのに……急に、何故。


 いや、今はそんな事を考えておる場合ではない。


「A、AAAAaa……AAAAAAAAAAAAAA!!」


 ラフムラハムの巨大単眼が赤黒く染まり、絶叫が上がる。


「ラフムラハム!?」


 どう見ても、苦しみもがいておる……!

 一体、何が……何が起きておるのじゃ!?


 あの禍々しい赤黒い光は一体……!?


「VAAAAAA!!」

「っ!」


 赤黒い光の根が絡み着いた泥触手による突きが飛んでくる。先ほどまでのヤケクソな振り回し攻撃ではない。明らかにワシらをピンポイントで狙った一撃!


 クリアスが横に跳んで躱すが、それを読んでおったように別の泥触手が鋭い挙動で飛んでくる。こちらもまた、赤黒い光の根に絡め取られておった。


「どういう事じゃ……!?」


 ラフムラハムは先ほどよりも狂ったようにもがき、叫んでおるのに……赤黒い光の根が絡み着いた泥触手は、狙いすました挙動でこちらに襲い掛かってくる!?


 回避し続けるクリアスが息を呑む音が聞こえ、ワシを抱える手の圧が若干強まったのを感じた。緊張――クリアスも、このままではまずいと判断したらしい。何より、階段が瓦礫で塞がれてしまったのが痛い……!

 ワシにその不安を悟らせたくなかったのじゃろう。クリアスは視線をラフムラハムへ固定したまま引きつりかけの口角を上げて、「大丈夫です。少々動きが慌ただしくなると思いますが、それだけはどうか御容赦を」と誤魔化すように言った。


 ……そうじゃな。焦っておる場合ではない。平静に努めよ。

 手を考え――ようとしたその時、ずがっ、とまるで何かから突き上げられるような振動が、母神胎宮を激しく揺らした。


「地震!?」


 直後、何かを察知したらしいクリアスが――ワシを横方向へぶん投げた。


「のじゃ!? ちょ――」


 そして、地震を引き起こしたものの正体が明らかになる。


 ぶん投げられたワシとクリアスの間を分かつように――床を砕き散らして、泥触手が噴き出した。クリアスの周囲を取り囲むように、何本もの泥触手が連続で噴き出す。


「なっ」


 地下の泥を触手状に加工して操る術式……ラフムラハムは依然あの半狂乱の状態じゃのに、どうして使えるのじゃ!?

 いや、そんな事を考えておる場合ではない。


 ワシは空中で移動する術を持たぬ。

 クリアスが、どんどん遠のいていく。


 何故、ワシを放り投げたのか。

 泥触手の包囲網の内からワシに微笑を向けるクリアスを見て、それを理解できぬほど幼くはない。


 次の一撃は躱せぬと悟って、ワシだけでも逃がしたと言う事か。


「ば――」


 バカ者、と叫ぶ間も無い。

 クリアスは「申し訳ありません、どうか御無事で」とだけ言って、自身に降りかかる泥触手の群れと対峙した。


 そして――


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