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36,悪魔のささやき。


 母神胎宮……相変わらず、内部の広さに対して灯りが足りておらぬな。

 ワシを片手抱きして走るクリアスが、空いている掌を部分的に水晶化。僅かな光を集約・増幅して先を照らす。長い長い回廊の先で長い長い階段が現れた。クリアスは一瞬、階段の最下まで一気に飛び降りようと膝を曲げたが、寸ででワシが高所恐怖症じゃと言う事を思い出したらしく踏みとどまってくれたようじゃ。一段ずつ階段を駆け下りていく。


「まさか、星戒樹ウグドラの地下にこんな大規模な建造物があるなんて……」


 フクロウらしく無音で羽ばたきながら、ククミスルーズが困惑したように言う。


 確か、この母神胎宮はククミスルーズでも把握しておらぬ……つまり、ククミスルーズをガイド役にすべく知識を与えたじゃろう主神オッディにすら無断で造られた場所、と言う事か。


「この規模、いくら神でも一朝一夕で用意できるものではありません。ラグナロク学園開始前から着工していた……? しかし、メシュタミア・クランとスカンディナヴァ・クランにそこまで密な親交はありません……一体、いつの間に」

「前々から準備されておったと? じゃがおかしくはないか? レーヴァティンがイベントの景品になると発表されてまだ三日しか……いや、ワシが来る前から公表されておったのか?」

「いえ、入学式の場が初出しの情報です」


 では、やはりおかしくないか?

 ラフムラハムの口ぶりからして、レーヴァティンで星の上にあるすべてを焼き尽くすのが母神再生の儀とやらの要件なのじゃろう?


「それとも、レーヴァティン以外に同じ事ができる代物が存在するのか?」

「他クランにならばいくつかありますが、スカンディナヴァ・クランの所蔵にレーヴァティンと同等の破壊規模を持つものは存在しません」


 ……星を丸ごと焼けるレベルの兵器がいくつもある、と言うのもとんでもない話じゃな。さすがは神々の世界。まぁ、今そんな事はどうでも良い。


 この母神胎宮は随分前から用意されていたものと考えられる。

 じゃが、母神再生の儀に必要なアイテムがラフムラハムらの手に入れられる状態になると判明したのはついこの間。

 他クランにも似たような代物があるらしいが……スカンディナヴァ・クランの領地であるこの場所にわざわざ施設を作っておきながら、他クランの所蔵物をアテにしておったというのも妙な話に思える。


 何かが噛み合っておらぬ。


「……『星を焼き尽くす事』は、必須条件ではない?」


 例えば……そう、すべて焼き尽くす必要は無く、特定の何かを焼く――と言うか、破壊できれば目的は達成できるとして。そのための用意を進めておったら、レーヴァティンが景品として設定されたイベントが始まった。そして大は小を兼ねる理論でラフムラハムたちは手段を変更した……?


「いや、それでもおかしな話になる」


 ラフムラハムの様子……星を焼き尽くすと言う行為に対する罪悪感で、心がズタボロになっておるように見えた。そんな奴が、不必要に破壊規模を広げる選択をするか?


 じゃとすれば、他に何が考えられる?


 ……この場所、「星戒樹ウグドラの地下」である事が重要?

 そう言えば、そもそもこの星戒樹ウグドラとはどう言ったものなのじゃ?

 クランのシンボルのような扱いをされておったし、ただの巨木と言う事は無いはずじゃ。


 ククミスルーズに仔細を訪ねようと思ったが、一旦やめじゃ。

 クリアスが階段を下り切って、ひときわ広大な空間に出た。赤黒い発光が室内を満たしており充分に明るい。その部屋の最奥に……光源、何やらやたら禍々しい赤黒い光の柱がある。燃えるように輪郭が揺らめく赤黒い柱の前にレーヴァティンが突き立てられており、その前にラフムラハムの背も見えた。


「ラフムラハム!」

「……! まさか、追ってくるとはね~……」


 てっきりワシらが母神胎宮からの脱出に必死になると予想しておったのじゃろう。

 振り返ったラフムラハムは「正気の沙汰じゃない」と引きつった笑みを浮かべておった。

 ……相変わらず、酷く憔悴した眼をしておる。


「止めに来た? だとしたらナめてるのかな~……アキレイナもパ~レスもいないじゃあないか。キミたちだけで、おれを止められるって?」


 ラフムラハムが静かに手を振りかざす。するとあやつの周囲で床のタイルが下からめくり上げられ、無数の泥触手が姿を現した。どうやら、この母神胎宮の地下地質は泥状らしい。泥の神に取ってはホームグラウンドか。やる気マンマンじゃな。


 ……それでも、誰かに助けを求めるような眼は変わらぬか。

 ああ、そうじゃろうな。おかげで、納得がいったとも。


 昨日の【あれ】は、そう言う事か。


「……ラフムラハム」

「おや~、もしかして言葉で説得できると踏んできた? だとしたら余計に――」

「貴様……昨日は何故、あの公園におったのじゃ?」

「…………は?」


 ワシの言葉に、虚を突かれた様子でラフムラハムが口を開けたまま固まる。


「たくさんのメダルをいち早く集めねばならぬと言う状況で、何故、貴様はあんな誰もいない公園で独りじゃったのか――そう訊いておるのじゃ」

「――っ」


 昨日は、クエストの帰り道か何かかと思った。

 しかし、ラフムラハムの様子を見れば……別の理由が濃厚じゃろう。


「……貴様、厭々(いやいや)メダルを集めておったのじゃな?」


 メダルを集めてレーヴァティンを手に入れてしまったら、母神再生の儀を始めなくてはならない。

 それが嫌だから、意識してか無意識かは知らぬが、神々が集まっておる学園から距離を取った。そうして彷徨い歩くうち、ローション切れに気付かずあの公園で倒れてしまった――そんな所ではないか?


 そう言えば、ブランコの前で倒れておったな?

 独り黄昏ながらブランコを揺らしていたか。

 今の貴様の様子から、その時にどれほど悲し気な顔をしておったかも想像に容易い。


「いくら愛しき御母堂のためでも、そんなやり方は間違っていると……心では分かっておったのじゃな?」

「……ぅ……うぅ……」


 反論を考えようとして手詰まりになったか、ラフムラハムは歯を食いしばって呻くばかり。

 クリアスの手を軽く叩いて、地面に下ろしてもらえるよう頼む。クリアスは若干ためらったが……じいっと真っ直ぐ見つめたら折れてくれた。こういう時に幼児の眼力は役に立つ。


 床に下り立って、ゆっくりとラフムラハムの方へと向かう。


「詳しく、事情を話してはくれぬか。ラフムラハムよ」

「……………………」

「もしかしたら、このやり方以外にも方法が――」


 近寄って、手を差し出そうとした瞬間――ラフムラハムの背後で、赤黒い柱が大きく揺らめいた。

 途端、ラフムラハムが「ぐぅ!」と呻いて頭を抱える。


「……!? おい、大丈――」


 ラフムラハムへ駆け寄ろうとしたが、凄まじい速度で背後へと引っ張られた。

 クリアスが、ワシを急ぎ引き寄せたのじゃ。


 間一髪、ワシがさっきまで立っておった場所に、泥触手の打撃が落ちる。

 ぼごあっ、と鈍い破壊音が響き、タイルが砕け散って空を舞った。


「なっ……」

「分かってる……分かってるよ、母さん……おれは、母さんの言葉を最優先にする……だから、もう、そんな風に泣かないで……ごめんなさい……ごめんなさい……おれ、頑張るから……絶対に、やり遂げるからぁ!!」

「何を――」

「……うるさい。頼む。黙って、くれ」


 ラフムラハムの声は静かじゃったが、反比例するように泥触手が激しくのたうち始めた。

 脂汗にまみれ、見るに堪えぬぐしゃぐしゃの顔で、ラフムラハムがワシを睨み付けてくる。


「母さんの声だけで、もう頭の中がぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃで、あああああ、ああああああああああAAAAAA!! もう、何も、これ以上、なにもききたくない!!」


 唾液や鼻汁が飛び散るのもお構いなし、ラフムラハムが獣のように吠え猛る。


「神性顕現。メシュタミア・クラン所属、登録神名:ラフムラハム・ベツァラダムサム――VAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」


 のたうち回っておった泥触手が、ラフムラハムを覆い隠す繭を形成するように集合。

 そして、その繭を突き破って顕現したのは……無数の触手を脚とする、巨大な泥のタコ。ラフムラハムの巻き毛の意匠を残すかのように、触手のほとんどがゼンマイの如く渦を巻く形で待機しておる。頭部では、ぼこんと大きなでっぱりが浮き出て、開眼。巨大なひとつ目玉がぎょろめいて、ワシらを補足した。


 眼の色が、明らかにおかしい……!

 正気ではない。まるで、何かに取り憑かれておるような……!


「ラフムラハム!! 落ち着――」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!」


 錯乱の雄叫びと共に、ゼンマイ状の泥触手が伸び広がりながら振り上げられ――そして、降って来た。


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