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35,弓名神だもの。


 ――アキレイナとウスムガギルが互角の打ち合いを繰り広げている一方で。


 八つ頭の山大蛇・ムシュルマガルチュとキノコ頭系男子・パーレスの戦いは、傍目にはムシュルマガルチュが一方的優勢を維持しているように見えた。


「………………」


 無数の神パワー砲弾が雨あられと降り注ぐ中、パーレスは未だに被弾無しでそれらを躱し続けているが……その息遣いは乱れが目立ち始め、頬にも若干の汗玉が浮き始める。


「……次」


 静かにつぶやいて、パーレスは弓を引き絞り、光の矢を放つ。

 頭に当たれば一発で意識を奪う権能を乗せた一矢。

 光の矢はムシュルマガルチュの砲撃をするりするりと掻い潜り、弾幕を抜けた所で急カーブ!

 ムシュルマガルチュの左から三番目の頭に命中! その意識を刈り取った――が、一瞬にして、その頭は復帰する。


「さっきから何度も同じ事を」「無駄」「無駄無駄」「無駄無駄無駄」「無駄ァァ!!」「SYAAA!!」「ヒヒヒ!」「ヒーッヒッヒッヒッヒ!!」

「……品の無い笑い方だね。まったく」


 わかり切っていた結果だと言わんばかり、パーレスは特に舌打ちをするでも眉を顰めるでもなく、息を短く吐いて砲撃の雨を躱し続ける。


 ――ムシュルマガルチュの八つの頭は常に状態コンディションを【同期】している。

 ひとつでも健全な頭が残っていれば、残る七つが爆裂四散しても復活する。それも、同期は一瞬で完了してしまう……つまり、ムシュルマガルチュを戦闘不能にするには――八つの頭をすべてほぼ同時に叩く必要がある。


「……次」


 またしてもパーレスが矢を放つ。今度は、明後日の方向へ。

 光の矢は壁に当たると、跳弾! 跳ね返った矢はムシュルマガルチュの左から二番目の頭に命中、意識を奪った――が、それも一瞬にして同期っ、復活してしまう!!


「次」


 すかさず、パーレスはもう一射。

 今度はとんでもなく大きな山なり軌道で、ムシュルマガルチュの弾幕が無い天井すれすれまで飛んで急速落下。変態的軌道とも言える射線でムシュルマガルチュの左端の頭へ直撃。意識を刈り取るも――やはり一瞬で同期されてしまう!!


「ヒヒヒ……何度でも言うよ」「無駄無駄無駄……無駄なんだよ」「さっきから飽きもせずパンパン矢を放って」「右端からひとつずつ気絶させて試しているようだけど」「ひとつでも潰せれば楽になると踏んでかい?」「残念、その目論見はマジに無駄なのさ」「自分の頭に個体差は無い、すべて完全同一規格の同品質」「間違っても同期が遅れたり失敗したりする頭は無いんだよ!」

「……みたいだね。どの頭も完璧に同じだ」


 口元に垂れて来た汗を舐め取って、パーレスは済ました微笑を浮かべた。

 息が乱れ始めていると言うのに、その余裕に満ちた目は――確信的勝利を見据えて揺るがない。


「おかげで、助かるよ」


 ――パーレスはずっと観察していた。


 あの八つの頭に、特別な動きをするものは無い。そしてどの頭が気絶しても、同期の速度や精度にブレは無い……つまり、「あの頭の中に【指揮官】の役目を担う頭は存在しない」。

 もし、指揮官がいるのなら、それが撃ち抜かれた時に指揮権の移譲等で必ず挙動に多少のラグが生じるはずなのだ。だがそれは無かった。指揮官はいないと断定して良いだろう。


 であれば、指揮官無しで八つの頭をどう制御している?

 答えは単純明快。あの頭は各々が独立した意思を持って動いている。

 だが、決して自由自在――無秩序ではない。あの八つの頭はあらかじめ決めた秩序……パターンに従ってフォーメーションを組んで動く事で、それぞれが独立しつつも指揮官無しで統率的挙動を可能にしているのだ!!


 そしてパーレスはここまでの観察と試し射ちで――すべての頭が同じ挙動パターンをローテションしている事を看破した!


「効率化は美徳だね。特に、高火力で広域を焼き尽くすキミのスタイルなら、戦士として小手先の戦術をどうこうするよりも、自身を兵器としてシステマチックに運用、戦略規模での制圧力を向上させている今の状態は最適解だ。相手次第でキミは、悪夢に見るほど一方的な大量破壊兵器になるだろう」


 瞬間的同期と言う自身の性質を理解し、それを可能な限り隙の無い形で運用をするために編み出したのが、「指揮官と言う、便利だが弱点にも成り得る諸刃の剣」を廃したパターン・フォーメーションなのだろう。これにより、ムシュルマガルチュを攻略するには「あの山めいた巨体を叩き潰せるだけの高火力をぶつける」か「頭を八つ同時に撃墜する」の二つしか無い。

 パワーが互角かそれ以下の相手には一発逆転・起死回生のチャンスがほとんど(・・・・)無い。

 己の長所を活かして負け筋を減らす、良い戦法だ。


 そう讃えた上で、「だからこそ」と告げる。


「僕を相手にするべきではなかったね」


 砲撃の雨の中で踊りながら、パーレスが光の矢を放つ。

 そしてすぐさま、第二の矢をあてがって、放つ。

 そしてすぐさま、第三の矢をあてがって、放つ。

 そしてすぐさま、第四・第五・第六・第七・第八の矢を放つ放つ放つ放つ放つ!!


 第一の矢を放ってから第八の矢が放たれるまでの所要時間は瞬き一回未満!

 伊達に神速バカ野郎の幼馴染はしていないと言わんばかりの速射っ!!


「ヒヒヒ!」「何をするかと思えば!」「その早打ち技術には目を見張るが」「浅知恵も良い所だ!!」


 パーレスの凄まじい連射を見て、ムシュルマガルチュは少し感心しつつもなお「無駄だ」と嘲った。


「どれだけ急いで連射しようが」「どう足掻いても一発目と八発目では時間差が生まれる!」「八つの頭を同時に射抜く事なんて」「できるはずがないんだよなぁ!!」


 意に介するまでも無し! そう判断したのだろう。

 ムシュルマガルチュは光の矢を無視し、パーレスへの砲撃へ意識を傾ける。


 ムシュルマガルチュの判断は当然だ。

 射出タイミングの異なる八連射の矢を着弾タイミングだけ完璧に揃えるなど、どれだけ弓に精通した神でもできる訳が無い! ましてやあの一瞬での八連射、あんな極わずかな時間で八発分もそんな複雑な軌道計算をこなすなんて正気の沙汰ではない!!


 であれば、この八連射はブラフだと考える!!

 この八連射を警戒して弾幕を緩めた隙に、アキレイナと合流でも図るつもりか?

 させる訳が無いだろうヴァカめ――と言う思考!!


「いやいや、いやいやいやいや。あのさぁ……僕は、ギルジアのパーレスだよ?」


 もう矢を放つ必要は無い。

 そう宣言するように、パーレスは弓を背のホルダーに戻し、砲撃の雨を避ける事に専念し始めた。

 その回避行動もあと数秒で終わると確信しているのだろう。回避速度が向上――スタミナを温存せずに確実に避けていく。


「パーレスはね、この世で最も強くて最も速いバカ野郎を射った神だ。だったらさ、弓に関して僕に不可能なんてある訳ないじゃん」


 カーブ、跳弾、旋回軌道――ありとあらゆる変態的動きでパーレスの矢たちは空を駆け抜けていく。

 ムシュルマガルチュの弾幕なんて無いも同然のように悠々と舞い踊る。


 ――それぞれの矢によって射出のタイミングが違うのなら、軌道を調整して着弾のタイミングだけ合わせれば良い……なんて、言うは易い。そんな細かい軌道計算をあの八連速射の一瞬で八回こなすなんて、本当、バカげている。


 そんな事ができたら、間違い無く【神業】だ。



 故に、【弓名神パーレス】には可能である。



 即ち、パーレスが放った八発の光の矢はそれぞれ、ムシュルマガルチュの八つの頭へ――完全同時に着弾する!! それが当然の運命であるかのように、だ!!


「「「「「「「「SYAッ!?」」」」」」」」


 八つのヘビ頭が、すべて白眼を剥いて崩れ落ちていく。

 どれに同期しようと、すべて気絶済み。当然、どの頭も復活する事は無い!!


「はい。僕の勝ち」


 最後の砲撃をひらりと躱し終え、パーレスはふんと鼻で一笑する。


「レイナに当てる方が、よっぽど大変だったね」


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