13,俺と契約してマイ・マスターになるんだぜ!
幼きあの日。
魔王と勇者と言う宿業――命を弄ぶ神々の邪悪な遊興を知り、ワシは吠えた。
このクソッたれな運命からは逃げられぬのじゃろうと諦観し、憎き神々の喉笛は決して届かぬと知りながら、天へと手を伸ばした。
……同じ、なのじゃ。
グリンピースの嘆きは、かつてのワシのそれと同じじゃった。
「どっせい!!」
景気の良い掛け声と爆発音を伴って、木の壁が吹き飛ぶ。
フレアが木の壁を蹴り破ったようじゃ。
「やっと壊せたァ!! アリスちゃん、無事かな!?」
相当、無理をして蹴りを連発したのか。
フレアは息を切らしながら、笑顔も忘れて叫ぶ。
「ああ……無事じゃ。グリンピースも死んだ。すぐにこの木々も消えて無くなるじゃろう」
「……アリスちゃん、何かあった?」
……勘が良いな。
いや、ワシがわかり易いだけなのかも知れんが。
「フレアよ……イケメンとは、ただのゲームキャラクターじゃよな?」
「……? うん。言っちゃえば、戦闘能力が高くて、プレイヤーと戦うように設定されているNPCでしかないはずだよ。遊戯結界に付属する魔術的な使い魔だね」
そうじゃ、その認識に間違いは無い……はずなのじゃ。
「グリンピースは……散り際に叫んでおった。『イケメンカイザーは関係無い。自分たちの意思で、イケメンの命を弄ぶプレイヤーたちに復讐すると決めた』……と」
「……ッ……!?」
奴は己の命を自覚し、思考し……この結界の製作者が植え付けたものとは違うじゃろう独自の感情と願望を有しておった。
それは、つまり――
「イケメンは、生きておる。ワシらと同じく……!」
母の胎内で創られたか、結界の中で創造されたか。
現実世界に肉体が在るか、無いか。
ワシらとイケメンたちの差異は、そのたった二つでしかないと言う事じゃ。
「そんな……それじゃあ、ボクたちは……」
フレアが自らの足鎧、元はイケメンだったそれに目を落とす。
「ワシは……何も知らずに……!」
イケメンなぞただの虚構じゃと、よくできた人の紛い物じゃと決めつけて。
良心の呵責など脳の片隅にも無く、その命を奪うと軽々しく……まるで、神々が魔王たちや勇者たちにしてきた事と同じではないか……!
『イケメンの撃破を確認しました。武装として加工しますか? 下僕として従えますか?』
「――!」
不意に聞こえた、謎の声。
フレアは反応しておらぬ。ワシだけに聞こえるようじゃ。
まさか……これが天の声と言う奴か……?
グリンピースを、武装にするか下僕にするか選べと。
そんなの、選べるはずが――
『キャンセルする場合、撃破イケメンの存在は消滅します』
なッ……!?
『消滅したイケメンは二度と入手できませんが、よろしいですか?』
このッ……この世界の仕組みは、どこまで命を弄ぶのじゃ!?
完全なる消滅か、物言えぬ武器か、自由の無い隷属の身か。
そのどれかを、押し付けろと……!?
『撃破イケメンをどうするか、選択してください』
「ッ……」
その三択しかないのならば、せめて――
「……下僕、じゃ」
ワシが答えた瞬間、枝葉の天井を貫いて一筋の光の柱が降って来た。
その光柱を通って、五体満足、肌に亀裂のひとつもないグリンピースがゆったりと降下してくる。
「よう、だぜ。アリス。おまえは俺に興味無さそうだし、てっきり武装にされるもんだと思っていたんだぜ。そしてそれも悪くないと思っていたんだぜ?」
「……よく、そんな風に笑えるな。貴様は」
光柱から歩み出たグリンピースは、まるで親しい友とでも再会したかのように爽やかな微笑を浮かべておった。
ワシの周りには、よく笑う奴が集まるのう。
良い事ではあるが、今はその笑顔がどうしようもなく辛い。
「ワシは一度、貴様を殺したんじゃぞ……!?」
「……その言い方と、今にも泣き出しちまいそうな面で充分だぜ。おまえはやっぱり、他のプレイヤーとは違うんだぜ」
主人となったワシへの慰めか……惨めな気分じゃろうな。
ワシが神々に隷属を強制され同じように慰めろと言われたら、耐えられずに舌を噛み切るじゃろう。貴様は本当に強いのじゃな。
「……すまぬ。ワシは……貴様にとても酷い事をした」
謝って済む事ではない。わかっておる。
結果的に、ゲームのシステムとしてグリンピースは蘇った。
しかしそれは――憎きプレイヤーの下僕として。
ワシは、自由を求めて理不尽に抗っていた一人の男から自由をもぎ取って、首輪を嵌めた。
それを「知りませんでした許してください」で済ますなど……虫が良すぎる。本来ならばワシは、この身を裂くも潰すも好きにせよと委ねるべきなのじゃろう。
……しかし、それはできぬ。
ワシには、生きて為さねばならぬ事がある。
背負い続けなければならぬ業がある。
じゃから、言わなければならぬ。
グリンピースに「ワシに従え」と。「イケメンカイザーを打倒するための戦力になれ」と。
フレアを救うため、一刻も早く現実世界に戻るためなら、そんな鬼畜にだってならねばならぬ。
じゃから言え。「ワシに従え」と。
「……ッ」
「……酷い面なんだぜ。おもしれぇ女が台無しだぜ」
震えるばかりで何も言えなくなっておったワシの頭に、グリンピースが静かに手をおいた。
優しく温かな、包み込むような手つきじゃった。
「アリス。ひとつ、確認したい事があるんだぜ」
「…………何じゃ?」
「おまえは、このゲームの世界から脱出したくはないんだぜ?」
「……馬鹿を言え。必ず脱出してみせる」
「ふっ……そうかい、だぜ。それでも、そう言う風に迷うんだぜ?」
「ぬ……」
グリンピースはワシが何を言いあぐねているのかを、看破しておったらしい。
「ああ……やっぱ、おまえはおもしれぇ女だぜ。アリス。カイザーの一〇〇〇倍はおもしれぇだぜ」
そう言うと、グリンピースはワシの頭から手を退けて……その場で片膝をつき、頭を垂れた。
貴族風の衣装と容姿の端麗さが相まって、その姿は、主君に忠誠を誓う騎士のそれに見える。
一体、何を……。
「だから俺は、おまえにつくんだぜ。アリス」
「……は?」
「正直……カイザーのやり方は好かなかったんだぜ。プレイヤーがイケメンにしてきた事をそのままやり返す――【プレイヤー狩り】。ありゃあ、全然スカッとしねぇんだぜ……ぶっちゃけて言えば、むしろ見てて不愉快で、苦しいだけだったんだぜ」
「……それは、まぁ、そうじゃろうな」
自分がやられて嫌だった事をやり返して、自分と同じ苦しみを噛み締めておる誰かを眺める。
そんな事をして、気分が良くなるはずもない。
むしろ、自分の過去を重ねて嫌気がさすじゃろう。
「プレイヤーは憎い……この気持ちは変わらないんだぜ。でも、カイザーの元での復讐は何か違う気がするんだぜ。だったら、一旦、おまえに鞍替えするってのもアリだと思うんだぜ」
そう言って頭を上げたグリンピースは、相変わらず爽やかで清々しい微笑を浮かべておった。
「アリス。いや、マイ・マスター。俺はおまえに力を貸して、カイザーを倒すんだぜ。その代わり、おまえは考えて欲しいんだぜ。カイザーとは違うやり方で、俺の、俺たちイケメンの抱える憎しみを晴らす方法を、だぜ。つまりおまえは俺を理不尽に隷属させるんじゃあない……対等の存在として、契約するんだぜ」
「……!」
随分と、気を遣わせてしまったようじゃな。
顔だけではない、これが、イケメンと言うものか。
……じゃが、条件が中々きっついのう。
平和的にプレイヤーへの憎しみを晴らす方法を考える……それはつまり、ワシが神々へ抱いている感情を浄化する方法を考えるのと等しい。何があろうと神々を許すつもりなど無いワシに、その答えを見つけ出せと……?
無理難題、そう言うに相応しいのでは……?
「中々、難しい事を言ってくれる……」
「だろうな、だぜ。それでも、おまえならどうにかしてくれそうな気がする――そんな気がするんだぜ」
うぬ……何やら信頼されておるようじゃが……ぬぅ。
「まぁ、安心しろだぜ。このグリンフィース・ダーゼット……見込んだ相手が万が一期待外れだったとしても、落胆するような器の小さいイケメンじゃあないんだぜ。無理だったら無理でその時はその時だぜ。気楽に考えてくれだぜ」
「そうは言ってもなぁ……ん? ぐりんふぃ……?」
何じゃ、自分の名前だのに噛んだのか?
しかし何やらキメ顔じゃし、訂正してやるのも無粋か。
ワシとてそれなりに気遣いのできる魔王。
それはさておき……ぬぬぬ。
「フレアよ……貴様はどう思う?」
「ボク?」
ここでボクに振るのかにゃ? とフレアは猫みたいな口で小首を傾げる。
「うーん、そうだにゃあ……確かに難しい話だけど、ボクもアリスちゃんならどうにかできると思うんダゼ!!」
謎の信頼がここにも。
自分の命を弄んだ連中への憎しみを解消する方法を考える……か。
数時間ぶりに、頭が痛いのう……。
「……あいわかった。捻れるだけ、頭を捻ってみよう。じゃが、すぐには答えを出せそうにない。すまぬが時間をくれ」
「おう、もちろん構わないんだぜ。よろしく頼むんだぜ、マスター」
「うむ、こちらこそ。よろしく頼――む?」
何じゃ、今、足に何か当たったか?
爪先の方を見ると――そこには、安っぽい緑色のスコップが。
「ヴィジター・ファムート?」
ん? いやでもしかし、ワシはしっかりと持っておるぞ、ほれ。
「ああ、そりゃあさっき俺が消滅する前にティアドロップしたアイテムっぽいなだぜ」
「……………………」
いや、まぁ……これのおかげでグリンピースが仲間に加わったも同然なんじゃが……。
どうせなら、他のアイテムが欲しかったのう……。
こうして、グリンピースが仲間に加わり、スコップが二本に増えた。
「グリンピース攻略編」、読了ありがとうございました。
次回より少しギャグ全振り回と閑話を挟み「悪龍令嬢打倒編」となります。
イケメンカイザー打倒に向けて旅を始めたアリスたち。
その前に再び立ち塞がったのは、野菜侍・ベジタロウ!
そしてベジタロウが連れ立っていたのは「ラスボスよりも強い」と言われ「ミス・エンドコンテンツ」の異名を取る最強最悪のエネミー専用キャラクター【悪龍令嬢】だった……!
乞うご期待!