幕間:保護者会議。
――場所は下界・魔人国家ピースフル。時間は少し遡る。
首脳官邸会議室の円卓に四つの影。
ひとつは、元・魔王軍四天王【竜王】ことファナン。
青髪の竜系魔人青年。青いマントを羽織っており、両頬から首筋を青白い爬虫類的鱗が這っているのが特徴的。見てくれこそ若いが、それは竜系魔人の性質故。実際は数千年の生涯のほとんどを戦いに捧げて生きてきた超絶猛将である。
ファナンの右隣には、元・魔王軍四天王【霊王】ことアンルヴ。
椅子では無く卓上に特設されたミニチュア玉座に座した妖精魔人の小さな女王。煌めく蝶々の翅を持ち豪奢なドレスに身を包んでいるが、眼光の鋭さから淑やかさより強かさの方が強く出ている。ハイヒールが装飾ではなく武装にしか見えない。
アンルヴの右隣には、元・魔王軍四天王【鬼王】ことヨトゥン。
小高い丘と見紛う巨体を誇る鬼系魔人の女傑。額からは二本の角を生やしており、その隆々とした筋骨をパッケージするのは「すべての魔人の姉貴分」を称するに相応しい玉の豪肌。大陸すらかち割り兼ねない全盛期魔王チョップすら弾き飛ばす防御力を秘めている。
ヨトゥンの右隣には、元・魔王軍四天王【米王】ことエイリズ。
稲穂を彷彿とさせる細長な体格をした不気味な男。常に口元は不敵な下弦の月。しかしその目は極めて冷静に相手を捉え続けている。その表情、立ち振る舞い、言動、雰囲気、すべてが彼の底知れない不気味さを演出している。その背後には何故かうず高く積み上げられた米俵。
かつては魔王・千年筋肉を支えた腹心であり、今は魔人国家ピースフル首相四人衆・兼・勇者財団総帥を支える勇者四天王が一同に会した訳だ。
各人、無論だが暇ではない。
特に超・国際連合の樹立を目前に控えた今、主導者である勇者財団の中枢にいる四人は忙殺の最中。
それでも彼らはあらゆる仕事を前倒して済ませ、ここに集まる必要があった。
四天王に緊急招集をかけたファナンは静かに、ある一通の便箋を卓上に置いた。
それは、神・オーデンから天啓として下ろされた手紙。
アリスをラグナロク学園に入学させる経緯と、アリスの身柄をしばらく預かる胸が記載されている。
ファナンはふぅ、と溜息。至って落ち着き払っているように見えるが、感情の昂りから抑えきれていない絶対零度の冷気が口から零れ円卓をじわじわと氷結させていく。
「神を殺そう」
ファナンの提案に、アンルヴ・ヨトゥン・エイリズは即座に「「「異議無し」」」とハモり承認。
ピースフルにおける最高意思決定権も持つ四人による完全決議。もはや問答の余地は無し。
「いや、あんたら雁首そろえて何やってんのよ」
と、ここで会議場に乱入したのはジャージ姿の金髪お姉さん。
勇者財団総帥・勇者ユリーシアことオシノビ装衣☆ユシアちゃんである。
強制休暇刑期が伸びてしまったためピースフルへ旅行しに来てみれば、首相官邸上空に特異点でもできそうなくらいの殺意を滾らせた四天王が大集合と来た。
そりゃあ呆れ顔で溜息も出る。
「総帥殿か。話は秘書官殿やセバス氏から伺っている。ここにも貴殿の仕事は無いぞ」
「わぁってるわよゲロマジメ青トカゲ。遊びに来ただけだっつぅの。魔王も休暇中なんでしょ。さっさと出しなさいよ。遊び倒してやるわ」
「その魔王様が、神々の手によって天界へ拉致されてしまったのですわよ。小娘総帥」
アンルヴの端的な説明にユリーシアは「はぁぁあ?」と驚愕&疑問がマリアージュした声を上げる。
「なんで今になって……神々があいつに、しかもそんな直接ちょっかい出してくる訳!?」
わっけ分かんない! と円卓に噛みつくように手を叩き付けたユリーシアへ、ファナンが件の便箋を手渡す。ユリーシアはそれを一読し、今度は疑問中心の声になる
「いや、まぁ、あいつが天界に行く理由は概ね理解できたわ……でも、これ――」
「そうだ。違和感がある」
ユリーシアの言葉を代弁すべく、ファナンがくわっと大きく刮目した。
「魔王様が自らの御意思で天界なぞに行きたがる訳が無い! もし仮に『まぁ、行くかぁ……』と思い至ったとしても我々保護者四人衆に一言も無しなど有り得ない! そう、こんな神が代わりによこす手紙一枚、しかも事後報告で済まされるはずが無いのだ!!」
アリスちゃんは律儀な子っ!!
代理が出した手紙一枚で済ませている、しかも緊急事態でも無いだろう案件だのに事後報告……この現状には違和感しか無い!!
「更に! この記載通りならば、天界行きの理由に総帥殿も少なからず関与している事になる! なら魔王様は貴殿にも一報を入れるはずだ!! だが、その反応からしてそれも無かったのだろう!?」
「ええ。つまり……神々は強引に、あいつを天界に連れてったって訳ね!」
ファナンとユリーシアの推理は半ば的中。
オーデンは小癪な交渉術によりアリスから合意こそ得たものの、タイミング的には拉致に近い事をした!
四天王との推理一致を受け、ユリーシアは呆れを怒りでフランベした声を上げる。
「どっっっっこまで、神々は身勝手な訳!?」
「「「「それな!!」」」」
と言う訳で、先ほど四天王により神殺し決議が採択されたのだ。
ファナンはもう辛抱たまらねぇと口の端から冷気どころか蒼炎を噴き零し始める。
「一〇〇〇年もの間――いや、歴代の魔王様たちを考えれば遥か古から……連中は魔王様を、下界に生きるすべての生命をコケにしてきた……! 魔王様と貴殿の活躍によりそれが改善されたかと思えば……今度は魔王様に謝罪の意を込めた催しをしたいから、強引に身柄を預かるだと!?」
「アーくんの姉として黙ってらんねぇぞゴルァァアア!!」
全魔人の姉こと究極姉御が、怒りの余り咆哮で円卓を砕き散らしてしまう。
だが誰もそれを咎めない。「まぁそれくらいキレるわな、わかる」と言う感想しか出ないからだ。
「で、総帥ちゃん殿ぉ。アナタも当方たちの議決に異議無しって事で良いですかぁ?」
エイリズの確認に、ユリーシアは「当然!」と返答。
よろしい、とエイリズが指を鳴らすと、ユリーシアの前に魔力で練られた稲穂が生えだし、絡み合い、今は亡き円卓に第五の席を生成。促されるまでも無く、ユリーシアはそこに腰を下ろした。
「で、あんたら。天界にカチコミかける算段はついてんの?」
「移動手段は問題無い」
「我が妖精魔導技術部が急ピッチで作業を進めていますわ。明日には確実に、こちらからアクセスできるように道を創ってみせましょう」
ファナンの断言、アンルヴの補足に勇者は頷く。
が、ここで「ですがぁ」とエイリズ。
「現実的な問題として、『神々に我々の攻撃が通用するか』と言う懸念がありますねぇ。天界に辿り着けても神々を八つ裂きにできなければ意味がありませんですよぉ?」
「そうだぜゴルァ! そこも妖精技術部でもどうにかなんのかぁオォン!?」
エイリズの提起、ヨトゥンの疑問。
ファナンとアンルヴは険しい顔をしたが、一方でユリーシアは「はん」と鼻で笑った。
「任せなさい」
不敵にして、頼り甲斐のある微笑。
「アタシを誰だと――そしてあんたらは何だと思ってんの?」