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30,伝説の樹の根の下で。


「のじゃ!?」


 泥の触手によって、クリアスもろとも空間の裂け目へと引きずり込まれ――直後、ワシとクリアスは触手から解放――と言うか、ぞんざいに投げ捨てられた。即座にクリアスはその手に持っておったレーヴァティンを放り投げ、ワシを抱き寄せて受け身を取ってくれた。


「あ、ありがとうなのじゃ、怪我は無いか!?」


 受け身を取って立ち上がったクリアスはそっとワシを下ろしてからこくりと頷いてみせる。

 強がっている様子ではない、本当に怪我は無さそうじゃな。良かった。


 ……それで、ここは一体、どこなのじゃ?


 薄暗い……それに、イソやコケ、土の匂いが強い……海岸沿いの洞窟を彷彿とする香りじゃが、足元に敷き詰められたタイルやのっぺりとした壁面からして何らかの建造物内部じゃろう。しかし空間の大きさに対し、光源が圧倒的に足りておらぬ。壁に埋め込み式で発光性鉱石を利用した照明が点在しておるが、天井も部屋の端も見事に闇で塗り潰されておって視認不可能。この空間の全容が把握できぬ。


「アリスさま、御無事ですか!?」

「ククミスルーズ!」


 ワシの傍らに舞い降りた翡翠のフクロウ、ククミスルーズ。

 貴様もあの触手に巻き込まれておったか。

 まぁワシのすぐ側を飛んでおったしな。


「貴様も無事のようじゃな。早速で済まぬのじゃが……ここがどこか分かるか?」

「ただいま、位置情報の照合を行います!」


 ほう、何やら便利な能力を持っておるらしいな。

 ガイドに任命されるだけの事はあるか。つくづく頼もしい。


「――ヒットしました! スカンディナヴァ・クラン領、星戒樹ウグドラ……の地下?」


 ウグドラ……天界のどこからでも見える、あの天を突く大樹か。


「成程、あれだけ立派な樹じゃ。地下に神殿でも作っておった訳か」


 いや、神々が神を祀る建物を作る訳も無し。

 何かしらの儀式に用いる施設、それか記念館、もしくは誰ぞの墓とかかのう?


「いえ、それが……その……」


 何じゃ?

 ククミスルーズが妙に困惑しておる。


「……ウグドラの地下に空間があるなんて、クゥは存じておりませんでした」

「なに?」

「少なくとも、ここはおおやけの施設ではありません……!」


 ……胡散臭い事この上無いな。


 アキレイナではないが、直感がここに長居するのは危険じゃと告げておる。

 一刻も早く出口を探した方が良さそうじゃ。


 とりあえず、クリアスがワシを庇うために投げ捨てたレーヴァティンを回収しておくべきか。

 あの炎剣ならば、松明たいまつの代わりにもなるじゃろう。


 ワシと同じ考えに至ったらしいクリアスが一歩先に動き、床に転がるレーヴァティンの方へと歩み出したが――闇の向こうから、レーヴァティンを拾い上げる者が現れた。


「!」


 レーヴァティンの刃が纏う炎が照らし出したのは、


「貴様は……ラフムラハム!」


 巻き毛が爆発したようなモサモサ髪の学ラン男――昨日、公園でローション不足に陥り倒れておった泥の神、ラフムラハム。今日はきちんとローションを補充しておるらしく、その肌艶や髪の膨らみは良好そうに見える。


「泥の神……まさか、先ほどの触手は貴様か?」

「あ~……うん。まぁ」


 ラフムラハムはどこか悲し気な眼で手に取ったレーヴァティンを眺めながら、曖昧な肯定。


「……一部、納得がいった」


 ラフムラハムは母のため、レーヴァティンを欲しておった。

 泥の触手がクリアスを狙っておったのは、クリアスがレーヴァティンを持っておったからか。


「じゃが、理解ができぬ。いくら母のためとは言え……いや、母のためじゃからこそ、こんなやり方をするのが心底、理解できぬ!」


 レーヴァティンが欲しい。でも先に他の誰かが手に入れてしまった。

 その誰かを触手で絡め取って拉致、レーヴァティンを奪い取るなど……!


「……分かってるよ」


 その声は、ぼそりと……そして、呻くようにラフムラハムの口から零れた。


「間違ってるって事くらい――分かってる!!」


 せきを切ったように、ラフムラハムが吠える。

 先日の間のびした喋り方は面影も無く、悲鳴のような、絶叫のような声で。


「でも! でも!! おれは、今まで母さんのために何もしてこなかったから……何も知らず、何もせず、ただのうのうと生きていたから……! 母さんの言う事は、絶対なんだ……!! 絶対に、叶えてあげなくちゃ……!!」

「ら、ラフムラハム? 貴様、大丈夫か?」

「メンタル的な話ならたぶん大丈夫じゃないって自覚はあるよ!!」


 じゃろうな!!

 今にも泣き出しそうな顔でいきなり絶叫し始める情緒が健常な訳が無いよな!!

 今のはワシの察しが悪かった!!


「な、何か訳ありなのじゃな……? 感情的に声を荒げてしまった。ごめんなのじゃ」


 訳ありじゃとしても咎めるべき行為じゃろうが、怒鳴る必要は無かった。本当に申し訳無い……。


「ったく、被害者だのに何を謝ってるのさ」

「はははは! まぁ、アリスらしいっちゃあ、らしいがなァ!」


 この声は――振り返ると、槍を担いで笑う金髪ツインテセーラー服の野生児アキレイナと、小弓の弦を指に引っかけてくるくると回す銀色キノコ頭の学ラン青年パーレスの姿が。


「貴様らも触手に捕まって?」

「ンにゃ」


 違ェよ? とアキレイナが首を振る。


「テメェらを捕まえた触手をぶった斬ろうと思ったンだが、あの一瞬で触手だけをぶった斬るなンて器用な加減は無理そォだったからな。空間の裂け目が閉じる前に、とりあえず俺も一緒に飛び込んでみたぜ!!」

「アキレイナの判断が早すぎて止める暇がなくてね……僕もつい飛び込んでしまったよ」

「どこに繋がっておるかもわからぬ裂け目に自ら飛び込むとは……」


 この野生児とその幼馴染よ。

 いや、ワシらを助けようと言う意志からくる行動なのは分かるし有り難いが、それにしても行動力が完全に野生のそれ。


「ンで、そこのすンげェ髪型の兄サンが、触手を差し向けた輩って事か? なァんか苦しそうだけど大丈夫かよ?」

「あのねぇ、レイナ。いきなり奇襲を仕掛けてくるような相手の体調なんて気にかけてどうすんのさ」

「いやでもよォ。苦しそォなのは放っとけねェだろ」

「……はぁ。まぁ、そうだろうけども」


 うむ。パーレスが呆れ返る気持ちも理解するが……ワシもアキレイナと同意見じゃ。


 と言う訳で、詳しい話を聞こうとラフムラハムの方に視線を戻す。

 ラフムラハムは片手で顔を覆い「レーヴァティンとアリスが一緒に釣れたのは良い意味で計算外だったのに……他の神まで入ってくるなんて、悪い意味で計算外だ……くそ……くそ!」とブツブツ……かなり精神的に不安定な状態っぽいな。

 不必要に刺激せぬよう、言葉は慎重に選ばねば――


「兄者。こうなれば強行するしかあるまい」


 響き渡る野太い声。そして、ラフムラハムの背後の闇から、レーヴァティンの炎が照らす領域へ踏み出して来た二つの影。


 片方は、雄ライオンの立派なたてがみを彷彿とさせる黄色いツンツン髪とツンツン髭が特徴的な学ラン姿の大男。

 もう片方は、ひょろりと細身じゃが、ライオンめいた大男よりも背が高く、ヘビのように先が割れた舌を常にチロチロさせておる糸目の男。


「な、何者じゃ貴様ら……」

「我が名はウスムガギル」


 先ほどの野太い声で名乗ったのは、ライオンのような大男。


「我が名はムシュルマガルチュ」


 ヒヒ……と薄気味悪い笑い声を添えて名乗ったのは、ヘビ舌の細長い男。


「ウスムガギルさまにムシュルマガルチュさま……ラフムラハムさまを長兄とする、【三獣兄弟】の方々です!」

「三獣兄弟じゃと?」

「はい! 創星母神グレイトママンティアーマットさまは星に変生する前に、多くの子を残しました。その兄弟姉妹内でもいくつかの派閥グループに分かれておりまして……【獣】に由来する戦闘形態を持つラフムラハムさま、ウスムガギルさま、ムシュルマガルチュさまの三兄弟はそう通称されております!」


 つまり、こやつらは直の兄弟か。

 イシュルナンナとエレシュルカルラの姉妹と違って、外見的には余り似ておらぬな。


「……ああ、もうここまで来たら……やるしかない、やるしかないんだ!!」


 ヤケクソじみた叫びと共に、ラフムラハムが地面を殴りつけた。


「ちょ、貴様、拳を傷め――!」


 ラフムラハムの拳が直撃した床は、その一部分のみが泥へと変化し、拳がずぷりと沈み込む。

 怪我はしなさそうで安心したが、一体なにを……?


「おれの名はラフムラハム。偉大なる創星母神グレイトママン、その直系の子だ……我が母なる星の上でのうのうと生きる、すべての神々に宣言する」


 すべての神々に……?

 いきなり何を言っておるのじゃ、こやつは。

 困惑しておると、ククミスルーズが「おそらくですが……」と補足を開始。


「泥の権能――おそらくこの地下は泥地質なのでしょうね。そこを起点に地面を伝って、天界全域へとラフムラハムさま御自身の声を放送しているものと思われます」


 魔動機材無しの広域放送か、便利――って感心しておる場合では無さそうじゃな。

 ラフムラハムの表情は、決して穏やかなものではない。眼光だけで誰か殺せそうなほどに剣呑な面持ち……それで天界全域に宣言する? 嫌な予感しかせぬ。


「これより――【母神再生の儀】を始める」


 ……母神、再生?


「それに際して、この星の上に在るすべてが邪魔だ」

「待て、ラフムラハム。貴様は何を言って――」

「……滅ぼす。おれたちはこれから……この星の上に在るすべて、神も、下界の生物もすべて……」


 その一言は、絞り出すように放たれた。


「……すべてを、焼き払うんだ」


神史焼却極焔識-スプンタ・レーヴァティン-編、読了いただきありがとうございます!


一方その頃、下界では四天王たちが――な幕間を挟み、

次々回より「■・母神胎宮 編」となります。



星戒樹ウグドラの根元、その地下深くで密かに造られていた神殿。

――その名は【母神胎宮】。

いわく、そこは母神の墓場であり、母神が再び生まれ直すための儀式場。


その儀式を遂行するために、レーヴァティンの封印を解いて星を浄化する。

ラフムラハムの計画の全容を聞き、当然、アリスはそれを止めようとする。

だが、ラフムラハムはレーヴァティンを持って母神胎宮の奥地へと撤退。


ラフムラハムの様子から後を追うべきだと判断したアリス。

アキレイナ&パーレスがウスムガギル&ムシュルマガルチュの相手を引き受け、

アリス、クリアス、ククミスルーズの三名はラフムラハムを追いかけるが――



学園パートはどこへ行ったのか。

ラグナロク学園、遂に佳境の第三章!!


乞うご期待!!

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