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24,心に誠実な不義。


 その法廷は、異質じゃった。


 証言台に立ったワシから見えるのは、炎が燻り、ウサギさんのコロコロうんちが散乱する光景。

 各テーブルや椅子にはウサギさんが齧ったり角研ぎをしたらしい傷が見受けられる。


「コケ!? ここはどこであるか!? 我をこんがり焼くつもりであるかァァ!?」

「こ、これは一体どういう事なのです!?」


 ワシの背後、証言台に押し込まれたヴィゾブニルとククミスルーズが動揺の声を上げる。

 そして、いつの間にかワシの隣に立っておったステルスメイドことクリアスが、何かから庇うようにワシの前に立った。


 クリアス越しに見上げるその先――裁判長席に座しておったのは、紅髪の眼鏡神……アシャワシャ!!


 その手に握られた天秤は何もしておらぬのに独りでに回転し、皿から絶えず炎を噴き出しておる……!

 アシャワシャの傍らには、地面に突き立てられた炎剣も確認できた。


「アシャワシャ……貴様、これは一体どういうつもりじゃ?」


 察するに、ここはアシャワシャの言っておった裁判所……。

 奴のフィールド展開的なものの中じゃろう。それも、先の説明からして拘束がメインの代物。

 そして……ワシらを見下ろすアシャワシャの表情は、堅い意志を秘めた真顔。覚悟を決め、冷徹で在ろうとする者の面持ちじゃ。


 ……剣呑な空気を感じるな、と言う方が無理じゃろう。

 あの淑やかなクリアスが完全臨戦態勢で牙を見せ、獣のような唸りを上げておるのも当然じゃ。


「当方は誠実を信条としている。問われずとも、『言葉で説明できる事』に関しては全て説明しよう」


 アシャワシャが席を立ち、軽やかな跳躍で机の上に乗る。

 回転を続ける天秤皿から零れた炎が跳躍の衝撃で散らばって、地に落ちて軽い爆発が連続。爆風に学ランの長裾をなびかせながら、アシャワシャは口を開いた。


「当方はこれから、炎剣――レーヴァティンの封印を解く」

「……!?」


 レーヴァティンの封印……それは確か、オッディと、レーヴァティンの管理を行う二柱の神が施したと言うものじゃろう。その封印の目的は、『全開出力で放てば世界を焼き尽くすほどの火力を誇るレーヴァティンを制御するための安全機構』……それを、解除すると!?


「何を仰られているのです、アシャワシャさま! 一体……一体、どうしてそのような馬鹿げた事を!?」

「この剣の封を解かねばできない事など、ひとつしかない」

「世界を焼き尽くすつもりじゃと……!?」

「誠実に答えよう。天界も、遍く下界もすべて――当方はこの星を、原初はじまりの形に戻そうと考えている」


 余りにもあっさりと、その言葉は放たれた。

 その言葉に、言葉通り以上の意味は無いはずじゃのに、理解するのに時間を要した。

 そして理解した上でなお、疑問が口を突いて零れる。


「何を……言っておるのじゃ。貴様は」

「繰り返しになるが誠実に答えよう。当方は、天界も遍く下界もすべて含め、この星を原初はじまりの形に戻すつもりだ」


 それは、世界を焼き尽くす、と言う事か?


 余りにも、唐突過ぎるじゃろうが。

 今の今まで、平和な学園生活をしておいて。

 つい先ほど、ウサギさんにしばかれて吐血しておったような奴が。


 どうしてそんな鋭い眼光で、世界を滅ぼすなどと宣うのか。


「お待ちください、そもそもレーヴァティンの封印の解除なんて、神一柱の力では不可能なはずです!」

「誠実に答えよう。そんな事は無い。レーヴァティンの封印は、主神とそれに次ぐ神二柱の手によって施された代物。当方は主神クラスの力を持ち、レーヴァティンと同じく炎に縁深い性質を有する。親和性は最良……通常の外的アクセスによる解除に加え、炎の相互干渉でレーヴァティンの出力を高め、封印を内からも削る事が可能だ。よって封印解除は不可能ではない。不可能ではないが――」


 アシャワシャは「しかし」と一息おくと、この法廷と言う空間を強調するように大きく両手を広げた。


「易い事でもない。長い時間が要る。よって、当方がレーヴァティンを入手した事を知っているお前たちは、当方が封印を解き終えるまでの間……この法廷に拘束させてもらう」


 成程な……アシャワシャはレーヴァティンをオッディたちに返す訳にはいかぬから、キャンプファイヤーを始める訳にはいかない。キャンプファイヤーを始めれば、スカンディナヴァ・クランがレーヴァティンを回収するはずじゃから。

 しかし、アシャワシャがいつまでもキャンプファイヤーを始めないとなれば、ワシらがそれを不審に思い、運営であるスカンディナヴァ・クランの神に情報が行く可能性がある。


 それを避けるために、ワシらをこうして拘束した訳か!


「補足しておくが、この法廷は完全独立空間。ひとつの世界だ。当方の天秤による許可が無ければ、当然ながらお前たちは外に出られないし、主神クラスであっても外部からこの法廷の存在を察知・介入する事はまず不可能だ。脱出も救出も期待するな」


 フィールド展開とは次元が違うと……!

 随分と大仰な真似をしてくれる!


「何故じゃ! どうして世界を滅ぼす!? 貴様は、一体なんの恨みがあってそんな大殺戮を……!」

「殺戮? ああ、勘違いだ。それは」

「なに……?」

「誠実に訂正しよう。確かに世界を焼き払い、原初はじまりの形に戻すと言った」


 アシャワシャは眼鏡をくいっとして続ける。


「だが、命までも滅ぼす訳ではない。当方が焼き尽くすのは、この星の上に築かれた文明と、それに伴う固定概念だ。言葉が足りなかったな。誠実に詫びよう。誤解を招く言い方をした、申し訳無い


 アシャワシャが深々と頭を下げ、謝罪する。そして三秒の制止の後、顔を上げると再びワシらの方を真っ直ぐに見据えた。


「当方はこの星の在り方(ルール)を、原初はじまりの形に戻す」


 概念だけを焼き尽くす……じゃと?

 そんな事が可能なのか?


 と、ここでワシの疑問を察知したらしいククミスルーズの解説を始める。


「確かにレーヴァティンは『焼却もやすだけ』に特化した宝剣です。振るう者の神パワー如何では、概念のみを指定して焼却する事も可能でしょう。主神クラスの神パワーを持つアシャワシャさまであれば、充分に現実味のある話かと」


 ああ、やはり神々の武器となるととんでもないな……。


「だが、可能不可能の問題でない事は当方も理解している。文明・その在り方(ルール)を焼き払うと言う事は……混迷を極めること必至。まず、誰も容認しない行為だ。露呈すれば阻止される。よって合理的判断によりお前たちを拘束するに至った。以上だ」

「……何故、混乱が起きると承知の上で決行するのじゃ?」

「以上だ、と言った」


 ぴしゃりと切り捨てるような、冷たい言葉じゃった。


「説明が可能なのは、お前たちを拘束する理由と、この法廷から脱出は不可能であると言う事項のみ」

「いや、しかしじゃな……」

世界ルールを焼き払う理由については、語る合理性が無い。何故なら……そこには、正義ジャスティスが無いからだ。理屈ではない。言語化に値する論理が存在しない。故に説明は不可能だ」

「何を言って――っ」


 ――ほんの一瞬。眼鏡の奥でアシャワシャの瞳が揺れた。


 ……気のせいかも知れぬ。じゃが、ワシには……苦悶に喘ぐ声が聞こえたような気がした。


 それも、そうじゃろう。

 ワシは、あんな目をする時の感情を、身を以て知っておる。


「この行いは、不義アンジャスティスである。感情に任せた非論理的な理不尽だ。正当化は不可能。僅かな減刑すら望むべくも無い。正義ジャスティスではない。分かっている。ああ、分かり切っている。故に――当方もルールと共に燃え尽きよう」

「…………!」

「新しく始まるこの星に、当方の座る席が在るなどと……思い上がりはしない」


 ……「これが最善じゃ。誰からも理解は得られぬとしても、これ以上の道は無いはずじゃ」。


 そう決めつけて、己の命を捨てようとした阿呆をよく知っておる。

 自分勝手な理屈で、尊ぶべき命を葬ろうとした。ないがしろにした特大の阿呆を。


 ……ああ、そう言う顔をしておったのか。あの時のワシは。

 独り善がりな理屈で自分だけを納得させて、そんな醜悪な目をしておったのか。


 ――『アリスちゃんは今――すごく、最低な事を考えている気がした』


「……フレアが怒る訳じゃ」


 アシャワシャの事情は知らぬ。

 じゃが、独り善がりな結論で、己の命をないがしろにする結論に至ったと言う事だけは理解した。


 自分が死ねば全て解決するだろう。

 自分が死ぬ事で全て解決した事にしてしまおう。

 そんな性根の腐った発想で決着を付けようとしておる。


 無責任にもほどがある。


 間違っても誰も死ぬ事はなく、そして文明の焼却とやらで良くなるものがあると説いてくれるのならば、奴の話に耳を傾ける事もできた。


 じゃが、これはダメじゃ。まったく話にならん。

 文明を焼き払う理由については完全に説明放棄。そして何より、このままいけばアシャワシャは自ら死を選ぶ。


「ふざけるなよ、貴様」


 どんな手を使ってでも……こやつは止めねばならぬ!!


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