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12,イケメンと言うイキモノ


 おのれグリンピース……そんな状態でもまだ牙を剥くか……!


 パッ見だけならば、グリンピースは瀕死の極致。全身が炭化するほどに焼き焦げ、隻腕で、自慢の美顔も半分崩れ落ちておる。

 本来、樹海系のフィールド展開は召喚した膨大な樹木の枝葉や木の実を操る術式で広範囲攻撃に繋げるのが一般的じゃが、それらの術式を使う様子も無い――おそらく、さすがにそこまでの余力は無いのじゃろう。

 最早、幼女の拳でぽかぽかするだけでも倒せそうな雰囲気ではある。


 しかし、あのぎらりと光る瞳から放たれる圧……魔王軍四天王クラスの筋圧を思わせるほどの圧迫感! とても瀕死のそれとは思えぬな……手負いの獅子は平時よりずっと獰猛じゃと聞くが、納得の迫力……!


「だ……ぜ……おぉおおお……だぜぇ……!」


 先ほどと違い、再生する様子は無い。フレアの一撃が致命傷にはなっておるのじゃろう。

 時間を稼げば勝手に力尽きてくれるか……?


 そんなワシの考えを「甘いんだぜ」と踏みつけるように、グリンピースが一瞬で眼前に迫った。


「速――!?」


 おのれッ、イケメンと言うのはどこまで怪物か!

 逃げねば……背後には木が壁のように立ち塞いでおる、とにかく横へ――


「ほわぁ!?」


 横合いへ跳ぼうとした瞬間、グリンピースの手がワシの頬を掠め、そのままワシの背後の木の壁をドンッと叩いた。

 その衝撃ですら耐え難いほどに瀕死か、グリンピースは「ぐぅ……だぜ……!」と小さく呻く。


 好機じゃ、グリンピースは隻腕。

 急ぎ身をひるがして反対方向に跳べば簡単に逃げられる――はずじゃった。


「……!?」


 ぅ、動けぬ……!?

 呻きひとつあげられぬ、指ひとつ動かせぬ……!


 金縛り……!?

 どう言う事じゃ……!?


 グリンピースは何の魔術も使っておらぬぞ!?

 ただワシの背後で壁のようにそびえる木の腹をドンと叩いただけで――


 ――『壁には気を付けないと駄目だよ? イケメンに壁ドンされたら確定でスタン入るから』


 壁をドンとされて動けなくなる……フレアが言っていた「壁ドン」とはこれか!?


「ぉお、おおおおお……だぜ……」

「………………!」


 まずいッ……!!

 息を吹けばかかる距離に敵がおる、この状況で動けんって……これワシもうダメくない!?


「…………こ、こまで……だぜ……」


 やられる。


 思わず瞼を下ろしかけたが――ぐしゃり、と湿った崩壊音を伴って、グリンピースの腕がもげ落ちるのが見えた。途端に、ワシの体を襲っていた謎の金縛りも消える。


「……どんだけ足掻いても…………結局、俺は……ここまで……なんだぜ……?」


 その声は、今にも泣き出しそうなほど悲愴の色にまみれておった。


「結局、イケメンは……プレイヤーに、勝てないんだぜ……? どこまでいっても俺たちは……おまえたちの……玩具でしかないんだぜ……!?」


 ふらふらとよろめきながら、グリンピースが後退していく。

 一歩、動く度、その体のどこかしらがボロボロと崩れ落ちる。


「もう少しで……悲願が叶う、はず、だったんだぜ……!」


 もう間もなく粉々に砕け散って消えるじゃろう、そんな状態で……グリンピースは声を荒げ、滂沱の涙を流しながら吠える。


「イケメンを都合の良い玩具としてしか、見ていないプレイヤーどもに、復讐を……同じ、苦しみを……!!」

「プレイヤーへの復讐……? それがイケメンカイザーの目的じゃと……?」


 じゃとすれば、イケメンカイザーは……このゲームのプレイヤー、またはこのゲーム自体に仇名す事が目的と考えるべきか?

 イケメンと同じ苦しみを……推測するならば、イケメンに感情移入し過ぎた何者かが、イケメンに恨みがあるとしか思えぬこの歪んだ世界に対して――


「違う……ん、だぜ……!」

「なに……?」


 ワシが憶測を重ねておると、グリンピースが首を振った。


「カイザーは……俺たちイケメンの憎悪なんて、どうでも良いんだぜ……カイザーの目的なんて、俺たちだって知らねぇんだぜ……カイザーと俺たちは、ただ利害が一致しただけ、プレイヤーへの復讐は……イケメンたちの総意……確かに、【プレイヤー狩り】と言うやり方自体はカイザーが提案したもんだぜ……でもやると決めたのは、俺たちの意思なんだぜ……!」

「…………は……?」


 ……待て。

 貴様らはゲームのキャラクターじゃろう?


 魔術によって作り出された虚構。結界と言う魔術に付属する使い魔の類。高度な自動稼働術式プログラムによって、あり得るはずのない幻想の誰かがそこで生きているかのように錯覚させる、生者の模造品。「思考」や「感情」ではなく「設定通りの計算式」で反応し、行動を決定する。

 それがゲームキャラクターと言う存在のはずじゃ。


 イケメンたちはイケメンカイザーによって設定を変更され、そしてその設定に沿ってプレイヤーを襲っていた。イケメンカイザーの思うまま操られる使い魔――のはずではなかったのか……?


 イケメンカイザーは関係無い?

 貴様らは、自らの意思で元々のゲームシステムから外れた?

 復讐を願ったのは、イケメンたちの総意?


 それではまるで――イケメンが、自らの思考と感情で行動しておるかのようではないか。 

 もし、そうじゃとすれば……貴様らイケメンとは――


「あぁ、アリス……おまえに惚れさえしなけりゃあ……おまえを手に入れようとさえ思わなければ……俺は、余計な欲に振り回されて、本望を、果たせなくなった……笑うか? だぜ……でも、これが……俺の、感情なんだぜ!」


 半ば崩落した胸を張って、グリンピースが息絶え絶えに叫び続ける。


「この欲望は、俺の命の証明だったんだぜ! 心の証明だったんだぜ! 俺が存在する証明だったんだぜ! だから、目を背ける訳にはいかなかったんだぜ! ……でも、結果がこれなんだぜ」


 熱狂するような叫びは唐突に力を失い、虚しい感情を帯びたつぶやきに変わった。

 ……ああ、ワシはそのつぶやきに含まれる感情を、よく知っておる。


 諦観。


 不条理な存在の手で理不尽に弄ばれる。

 そんな己の運命に疲れ果てた者の嘆き。


 その顔を見ているだけで、胸が締め付けれれる。

 その声を聞いているだけで、心臓がずくりと疼く。

 言葉が出ない。瞬きすらできない。


 ゲームキャラクターでしかないはずの貴様がどうして、その感情を知っておる?

 ただプログラムによる模倣? これが?

 この、息が詰まるような生々しさが、造りものじゃと?

 ならば、これを造った者は神に等しい何かじゃろう。

 しかし、このゲームの世界は人が造ったもののはずじゃ。


 であれば何じゃ、これは。

 造られたものではないのなら――生まれたもの?


 ……有り得るのか、そんな事が。

 じゃが、もはや……そうとしか考えられぬものを、ワシは見せつけられておる。


「……抗うと叫んで、欲しいものを望んで、手を伸ばしたのに……掴み損ねたんだぜ。ったく……俺を、ここまで本気にさせやがって、だぜ……そして本気の俺すら、おまえは退けてみせたんだぜ……幼女のくせに……どこまでも……だぜぜ……だぁーぜっぜっぜっぜ!!」


 グリンピースは炭化した肉片と涙を散らしながら、高らかな笑い声を響かせる。

 かんらかんらと、まるで、この世に悔い無しとでも言わんばかりに。


「無念なはずだのに……確かな満足感がありやがるだぜ。矛盾だぜ……でも……その矛盾にすら納得なんだぜ。だって俺は、身を以て体感して……証明、したんだぜ! 何の力も無いはずのクソザコ幼女が! このボス・イケメンの俺を凌駕するなんて……ああ、俺の眼に狂いは無かったんだぜ!!」


 最期の瞬間、グリンピースは――穏やかに微笑んだ。


「――アリス。おまえはやっぱり、おもしれぇ女だぜ」

「ッ――」


 思わず手を伸ばしたが、間に合わなかった。

 ワシの小さな指が触れたのは、崩れ落ちる黒炭の一欠片のみ。


 グリンピースだった黒炭の塊は、ワシの目の前で粉々に砕け散り、霧散した。


「……貴様は、ただのゲームキャラクターのはず……じゃろう……?」


 風に舞う黒い残骸は、何も答えない。


「貴様たちは、ただの虚構で……システム通りに動いておるだけ、娯楽のために造られた装置のはずでは、なかったのか……!?」


 何じゃ、今のは。


 あんな風に泣きじゃくって。

 命を、心を、自己の在り方を語り、満足げな笑顔を残して散る。


 あれが、虚構か?

 あんなものを本当に、魔術で組み上げられるのか?


 ワシは、重大な認識違いをしておったのではないか?


「イケメンは……生きて、おるのか……?」


 そしてワシは今……その命を、奪ったのか?

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