幕間:『もう我慢しなくても良いんだよ』
たぶん一〇〇億年と二〇〇〇万年くらい前。
世界の始まりの日に、眩い光が弾けたと言う。
光の跡に在ったのは、【ぐちゃまぜの輝かしい何か】。
――【聖なる焼跡】
――【霧の中の裂け目】
――【満たされた混沌】
――【淵源霊道】
――【創世起点】
その他色々、神話によって呼び名の異なる【ぐちゃまぜの輝かしい何か】から、たくさんの神々が生まれた。各クランの主神や、その親・または根源となった神々である。
そして神々は【ぐちゃまぜの輝かしい何か】の中で、星を創る事にした。
その素材として、ある神が自ら名乗りを上げる。
それは、性格の都合で神々のおかん的ポジションに収まり、後に【創星母神】として語り継がれる事になる原初の母神――ティアーマット・イェーミル。
我が子のように可愛い神々のため、自らの身体を差し出す……そんな狂気じみた圧倒的母性!!
母神の身体を余す所なく使って、神々は星の創造に着手した。
彼女の肉が大地になった。血が海になった。頭蓋が空になった。汗が川になった。脳髄が雲になった。乳房が山になった。瞳は太陽と月に、涙は夜空の煌めきに、骨は岩と鉄に、毛は草と木に、声は雷と火になった。
完成した星を見て神々は喜んだ。
この星の上に何を作ろうか。
神々は各々の思い描く【おもしれー】を追求し始めた。
それは自由であり――同時に無秩序。
神々もまだ、幼く未成熟であったのだ。
わいわいと色めき立つ神々の中で……ある神が、ただ純朴に、興味を抱いてしまう。
――この星を壊したら、神々はどんな反応をするのだろう? と。
その神の名は、デスメローア・チクシュルウプ。
後に【破星滅神】と呼ばれる原初の破界神。
そして……デスメローアの考えに共感する神が、少なからず現れてしまう。
そこから、この世界で初めての【戦争】が起きた。
原初の大戦。星を壊そうとする神々と、星を護ろうとする神々――当然、星を護る選択した神々の方が圧倒的に多く、破壊派の野望は阻まれた。
破壊派の創始者であり主犯であったデスメローアは、オーデンやデーウスと言った錚錚たる面々の手によって封印され、星は護られたのである。
戦後。再び各々のおもしれーを求め始めた神々の中で、ある二柱が静かに約定を交わす。
その身を捧げてくれた偉大なる母神のために、この星に理法を作ろう。
間違ってもこの星が壊れてしまわないように管理する、調整役を我らが担おう……と。
光を示す白い神は【善】を定めた。
影を示す黒い神は【悪】を定めた。
清廉なる秩序と、その秩序を際立たせるための邪悪なる無法。
善と悪に二極化した在り方を他の神々に見せつけ、節度の重要性をわからせる。
潔癖になり過ぎてはダメだ。堕落し過ぎてもダメだ。
過ぎれば溢れてしまう。
足りねば当然に満たされない。
万事万象、ほど良く調整していくべきだ。
その節度の両端に立つ役目を、二柱が背負った。
……何故、貴方たちがそうしなければならなかったのですか。
特に、黒い神よ。貴方は本当にそれで良いのですか。
己を絶対の悪として孤独を選び、ただ独り、涙で固めた砂山を作る……そんな日々が貴方の青春で、本当に良いのですか。
どうして……どうして、貴方のような優しき神が報われないのですか。
貴方ばかりがそんな我慢をする必要が……どこにあると言うのですか。
……そう在るべき、と、始まりの時に定められてしまったのか。
――こんな星が、正義であるものか。
一度、原初の形に戻そう。
この星の上で、第二の【聖なる焼跡】を作ろう。
そのために、綺麗さっぱり一掃する。
そして、すべての神々に問い直すのだ。
真に正しき星の在り方を。