19,総統閣下には誰も勝たん。
「はぁ~……やっと一日分のアリスちゃんを摂取できたにゃあ」
「やめれ」
廊下で遭遇するなり早々、ワシに抱き着き頬ずりをする紅髪の女神・フーレイアことフレア。
一日ぶりでしかないんじゃが、何かこう、久々に会った気がするな。朝から濃い神々に連続で絡まれたから体感時間がえげつない事になっとる。
「丁度よかった。女神フーレイア」
黒衣の女神・エレシュルカルラはワシと繋いでいた手を放し、フーレイアに諸々を説明。
「神々の中には下界の子たちどころか、神々同士ですら玩具にしようとする者もいる。警戒を強めるべきだと私は考えるのだ」
「そうだね……さすがにちょっと油断してたかも。ありがとね、エレち」
「それでは、アリスちゃんの事はキミに引き継ぐ。私はこれで」
「うん、イシュルンによろしくね!」
「……あの子は、余り私を好いていないと思う。一応、機会があれば伝えておくのだ」
自分の言葉で凹んだのか、若干テンションの下がったエレシュルカルラは黒衣を翻して立ち去った。
「んー……イシュルンも露骨にエレち大好きッ子だと思うんだけどにゃあ……姉妹って難しいね」
エレシュルカルラを見送りながら、フレアが苦笑を浮かべる。
……姉妹?
「あやつら、姉妹なのか」
「うん。メシュタミア・クランの神は基本【創星母神】がお母さんだから、ほぼすべての神が兄弟姉妹関係なんだけどね。エレちとイシュルンはその中でも特に近くて、双子みたいな感じなんだ」
そうじゃったのか。
エレシュルカルラの顔はほとんどバイザーで隠れておるからな。容姿では気付けんかった。
じゃが納得。エレシュルカルラがイシュルナンナのために奔走するのはそう言う事情か。
「でもねー……イシュルンは『輝かしい恵みと吉報をもたらす豊穣の神』で、エレちは『死や病を司り災害の予兆を報せる冥界の神』だから……互いに互いへの悪影響を考慮して、遠ざけ合ってる節がある感じ」
「姉妹でそこまで正反対なものを司るのか……」
「神々が司る要素とか神性って基本的には生まれつきだからに。そこから自力で付け足す事はできても、変えたり減らしたりは普通できない。だからまぁ、こう言う事もあるのにゃあ」
下界で言う「生まれる家柄は選べない」が、天界では「生まれ持つ神性や司る要素は選べない」になる訳か……。
「メシュタミアの御家事情みたいなものだから口を出し辛い所だけど、周りからするともどかしい関係にゃあ」
下界でも、役職や立場で思うように動けぬ者はおった。
国が分裂した事で引き裂かれた王族姉妹の伝記を読んだ覚えもある。
……神々も、大変じゃな。
フレアと出会うまでは、神々は傲慢で理不尽、すべて己の思うままに世界を歪めていく存在じゃと思っておったが……実際は、スケールが違うだけで本質的にはワシらと何も違わぬな。
「何か、転機があると良いな」
「そだね!」
「で、貴様はいい加減に頬ずりやめれ」
さすがに鬱陶しいて。
「さて、アリスちゃんチャージ完了! 午後の授業はデーウス総統にも負けないかんね!! リンゴはもう例えに出さない!!」
「午前の授業はマジで何があったんじゃ……」
「思い出したくない! さぁ、期待しててねアリスちゃん!! ボクの授業テクを見せてあげるよ!!」
午後の授業、家庭科。ぬいぐるみ制作実習。
ある神が言った。「どうせならでっかいのを作りたいでござ候」。
ある神が懸念した。「誰しもそうだぬぅ。さて……材料は足りるだろうかぬぅ」。
――故に、閣下が応えた!!
「にゃあああああああああああああああああああ!?」
溢れ出した綿と布の爆発的拡散により教室が吹き飛び、本日の授業は終了となった。
◆
と言う訳で放課後、帰路。
授業中に「アリスさまいたーーー!!」と涙目で叫びながら合流を果たしたククミスルーズと共に、夕暮れの街並みを行く。
「……ラグナロク学園はもしかして、学校としてはダメなのではないか?」
「否めな――いやアリスさま! 何て事を仰られるのですか!!」
頭上を飛ぶククミスルーズが上ずった声を上げる……一瞬じゃが認めかけたな。
オッディやフレアは色々と考えておるのじゃろうが……生徒側がとても御せる面々では無い気がするのじゃよな。
「って、ククミスルーズよ。貴様はさっきからキョロキョロと挙動不審じゃな?」
「そりゃあもう! フーレイアさまに念を押されましたので!!」
そう言って、ククミスルーズがバサッと羽ばたくと、首から下げた紐に繋がれた笛が大きく跳ねた。
あの笛はフレアがククミスルーズに渡したアイテム。ワシの身に危機が迫ったら即・吹くようにと指示されていた辺り、おそらくワシの四天王召喚ブローチと同じ防犯アイテムの類じゃろう。
エレシュルカルラの推奨を受けての対応じゃな。
フレアは「本当はボクが四六時中アリスちゃんの隣にいたいんだけど……!」とほざいておった。
家族との時間を妨害せずに四六時中ワシの側にいられる存在としては、野外生活が平気と言うかデフォルトなククミスルーズ以上の適任はおらん、と言う判断らしい。
で、ガイドのみならず警護任務も追加されて、ククミスルーズはフクロウ故の首稼働を活かし常に警戒モード……有り難いのじゃが、癒し枠のアニマルにそう気を張られておると落ち着かぬのう。
ん? アニマルと言えば……。
「……しまった、飼育小屋に行くのを忘れておった」
学校と言えば飼育小屋! と意気込んでおったのに。
……まぁ、色々とあったものな。母上とアンリマンとの約束もある以上、今からラグナロク学園に回れ右は無しじゃろう。少々惜しいが、明日の楽しみにしておく。
学校の飼育小屋と言えばニワトリとウサギ、場合によってはインコもおるらしい。
明日への期待に胸を躍らせつつ、まずはアンリマンが待っておるじゃろう公園へ向かう。
「む、おらぬな」
今朝の砂場には、作りかけの山がぽつんと放置。
そして砂場を突っ切る形で、何かが凄まじい速度で走り抜けたような痕跡が……ああ、そう言えばアキレイナとパーレスがアンリマンに絡みに行ったのじゃったな。
察するに、アキレイナが有無を言わさずアンリマンをどこかへ連れ去ったか。想像余裕じゃな。
とすれば、いつ戻るかもわからぬし……ここは何かメッセージを残して帰るかのう。
「ククミスルーズよ、植物の蔦でメッセージを作りたい。スコップに変身して――」
「た、たすけ、て……」
「……!?」
何じゃ、今、助けを求めるような掠れ声が聞こえたぞ!?
声の方へと振り向くと――ブランコの前に、分かりやすく力尽きた様子でぶっ倒れた学ラン姿の何者かを発見。
「貴様、大丈夫か!?」
急ぎ、駆け寄って確認する。
まるで雨の日の天然パーマの民、すんごい巻き毛が爆発した髪型じゃなこやつ。
巻き毛ボンバーはうつ伏せに倒れたまま、震える手をこちらに伸ばすと「み、水……」と呻く。
何故にこんな所で水に飢えてぶっ倒れておるのかは意味不明過ぎるが、今はとにかく水じゃな!?
「ククミスルーズ!」
「承知しました! 変身!!」