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18,お姉ちゃんは護りたい。


「手を組む?」


 一体、何の話か。

 仔細を伺おうとしたその時――


 背後でズサァァァアアア!! と派手なスライディング音が響いた。


「な、何じゃ!?」


 驚いて振り返ると、巻き上げられた土埃の中で悠々と立つ影がひとつ。


 穏やかな月明りを思わせる銀髪に、控えめな花の髪飾りを付けた黒衣の女神――と言った所か。

 黒衣の下にはセーラー服を覗かせており、目元は無骨なバイザーで隠しておるため表情が読みづらい。


「……ふむ。特に問題は起きていないようだな。急いだ甲斐はあったか」


 黒衣の女神はワシを見据えて、小さな溜息と共にそうつぶやいた。


「な、何じゃ貴様……」

「ああ、失礼。私はエレシュルカルラ。メシュタミア・クランの女神なのだ。はじめまして」


 エレシュルカルラと名乗った黒衣の女神が軽く会釈。

 ワシも「ワシはアリスじゃ。下界から来た。はじめましてなのじゃ」と挨拶・会釈を返す。


「丁寧にどうも。聞いていた通り、優しい子なのだな」

「優しい?」

「私がキミなら、神々の挨拶など無視する」


 ……なるほど。こちらはワシの事情を知っておる神か。


「別に、許した訳でも、優しさを向けておる訳でもないぞ」

「そうだな。キミに取っては優しさではないのかも知れない」


 頷きつつ、エレシュルカルラは少しだけ口角を上げた。


「だが、許せない相手であろうと、理性的に接してくれる。それはキミの懐の深さなのだ。どれだけ憎くても、こちらの命を、存在を尊重してくれている証左。私はその性質を【優しさ】と言う概念として捉えているのだ」


 エレシュルカルラは「色々と話したい事はあのだが……」と小声で言いつつ「閑話休題だ」と話題を切り替えた。


「見た所は無事のようだが……何か妙な事は無かったか?」

「妙な事……?」


 質問が漠然とし過ぎておって、意図が読み取れぬ。


「ああ、すまない。説明が必要なのだな。先ほど、イシュルナンナと話していただろう? あの子は、少し厄介な神性を持っているのだ」


 エレシュルカルラは少し肩をすくめて、手のかかる相手について語るような様子で続ける。


「『壊さなくて良いものを壊す』『創らなくて良いものを創る』、そう言う宿業――『世の理を捻じ曲げるほどのトラブルメーカー』とでも言おうか。あの子が積極的に起こした行動は、大抵が何かしらの事件に発展したり、既に発生していた事件を加速・拡大させるきっかけ……つまり『余計な事』になるのだよ」

「とんでもないな!?」

「本当にな。だから私がこうしてアフターケアをしているのだ」

「つまり、貴様はイシュルナンナが引き起こす事件を予防・解決する神性の神、と言う事か?」


 神話には詳しくないが……ワシが知っておる範囲でも、やらかす神がおればそれをフォローする神が存在するものじゃ。イシュルナンナとエレシュルカルラはそう言う補完関係の神と言う事じゃろうか? 同じくメシュタミア・クランの女神らしいし。


「…………まぁ、うん。さがと言えば性なのだ」


 曖昧な肯定の後「それはともかく」とエレシュルカルラは話を戻す。


「再確認なのだ。何か妙な事は無かったか? 例えば、不審者が声をかけてきたとか」

「うむ? そう言えば……」


 ふと振り返ってみると、


「のじゃ?」


 おらぬ。ポンチョッツォに身を包んだ黒尻尾の少女が、忽然と姿を消しておった。


「……その様子だと、ギリギリで間に合った感じなのだな」

「む、むぅ……いやしかし、ワシとここで喋っておったのは無邪気そうな少女じゃったぞ?」

「……………………」


 エレシュルカルラはワシの方――いや、ワシの背後の空間をじいっと眺め、「星戒樹ウグドラの気配が他より濃いが……まぁ、校舎の素材なのだ。場所によっては濃度も偏るか」と独り言。どうやら、あの少女について神パワーの残滓から探ろうとしたようじゃが、失敗したらしいな。


「すまない、その子の名は?」

「む……そう言えば、まだ聞いておらんかった」

「そうか。特徴を訊いても?」


 ワシがあの少女の容姿について説明すると、エレシュルカルラは顎に手をやって考え込む。


「見覚えも聞き覚えも無い特徴なのだな。何らかの神の仮身体アヴァターラか、御使いか……何にせよ、正体を隠匿してキミに接触したのだとすれば、何か企んでいた可能性が高いのだな」

「そう言えば、内容は聞きそびれたが手を組まぬかと訊かれたな……」


 何かしらを企んでおったのは確定的じゃな。

 購買でも何かワシの精神に干渉しようとしておった神々の声は聞こえたし……あの少女の無邪気さからしておそらく、悪意とかは無く好奇心で何かちょっかいをかけようとしてきた感じかのう……こちらとしてはたまったものではないが。本当にもう神々。


「悪戯のお誘いであればカワイイものなのだが――楽観視で得をする事は無い。イベントを管理・運営しているオーデンやフーレイアには私の方から報告しておくのだ」


 エレシュルカルラは静かにしゃがむと、黒衣を払ってワシへと手を差し出した。

 まるで御令嬢の前に跪いてお手を拝借しようとする紳士のような所作。


「念のため、教室まで付き添おう」

「そこまでせんでも……」

「万が一にでもキミの身に何かがあった――なんて話になったら、イシュルナンナがどうなってしまうか。こちらの都合ですまないのだが、どうか協力して欲しいのだ」

「……ワシの事で、イシュルナンナがどうにかすると?」

「あの子はフーレイアと同じく、初期からあのゲームに反対していた神なのだ。キミの事を、毎日のように天界から応援していた」

「!」


 なるほどな……購買で会った時、ワシに過剰な反応を見せておったのはそう言う……。

 もしもイシュルナンナの神性がきっかけでワシの身に何かが……と言う話になれば――


「あの子は、天真爛漫で……そしてとても繊細なのだ。純真無垢であるが故に、脆く、そして弱い。そんな子でも笑顔で過ごせる世界であって欲しいのだ。キミならば、理解してくれるだろう?」

「……うむ。そうじゃな」


 納得し、差し出された手にワシのお手々を置く。

 エレシュルカルラは優しい所作で、ワシのお手々を包み込むように握った。


「ありがとう」

「こちらも礼を言う。貴様は、優しい神なのじゃな」

「……そうなのだろうか」


 予想外。そんな風で、エレシュルカルラは一瞬だけ止まった。どうやら、そう評価される機会は余り無いらしい。少し呆然としておったが、やがて「フッ……」とこそばゆそうに一笑。


「自信は無いのだが……キミにお墨付きをもらえるのなら、誇らしいのだ」



   ◆



 ――ラグナロク学園、校舎裏。

 枝葉の天井に長い尻尾を絡めて身を潜め、黒衣の女神と黒衣ののじゃロリを見下ろす少女が独り。


「エレシュルカルラ……確か、アレも例の母神の子でシタか。良いとこで邪魔されたのデス。もう少しで、おもしれー手駒が手に入ると思ったのにデス」


 少女はその掌に躍っていた『何かこう触れた相手の精神を一撃で破壊して操り人形にでもしてしまいそうなほどに禍々しい光の塊』を握り潰し、深く溜息を吐いた。


 溜息と共に漏らす「あーあ……」と言う声に、悪意や憎悪は無い。まるでそんな感情は知らないように。ただただ思い通りにならなかった事への失望だけが含まれたつぶやき。


「ま、無理なら無理で良いのデス。あっちの子は順調みたいデスし」


 眼下の二名に気付かれぬよう、少女はデススス……と静かに、悪戯小僧めいて笑った。




○●天界豆知識●○


◆エレシュルカルラ◆

メシュタミア・クランの女神。【創星母神グレイトママン】の直系。

冷静沈着な性格……どころか、むしろ感情の起伏は激しい方だが、表情筋と喉が弱いのと顔の大半を隠す無骨なバイザーが相まって表出しづらいため、周囲からは誤解されやすい。当神も周囲の評価に引きずられて自己分析をやや誤っている節がある。

素直にはなれないが、妹ちゃんが好き過ぎて過保護気味。

今日も妹ちゃんには決して察知されないように奔走する。

スカンディナヴァ・クランのフーレイアやオーデンのように、死者の魂を出迎える役目を持つ。

魔王と勇者の戦いで発生した多くの死者たちに心を傷めていた一柱でもある。

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