15,廊下・オーバードライブ!!
リンゴまみれの運動場にて。
金髪ツインテ女装セーラー服の戦神系男子・アキレイナに突然、勝負を挑まれてしまった。
「勝負、と言われてもなぁ」
物騒な争い事でないのならば、やぶさかではないが……。
咄嗟にどういった勝負をするかと言われても思い付かぬ。
アキレイナも本能的に口に出しただけで、特に「これだァ!!」と言うアイデアは無いらしい。「そうさなァ……」と腕を組んで空を仰ぎ、考え込んでおる。そしてふと、真上に来ておる太陽を見て「おお!」と声を上げた。
「ちょうどメシ時だ! そんでここには積み上げりゃあ山も作れるだけのリンゴが転がってる!! 一丁リンゴの大食いかつ早食い競争ってのはどうよ!?」
「あー、すまぬ。ワシら魔人の食性でな。御米以外は食えぬ」
「ぬが……!」
名案だと思ったんだが!! とアキレイナはまたしても空を仰いだ。
元気な奴じゃな本当に。
「米、ねぇ……」
と、ここで銀色キノコヘアの優男、アキレイナの相方ことパーレスが顎に手をやってつぶやいた。
「そう言えば、さっき【啓示板】に購買部のイチオシって事で『焼きおにぎりパン』と言うのが宣伝されていたね。パンも拘りのライスパンだとか……あれならアリスちゃんも食べられるんじゃない?」
「おお! さっすがパー坊! よし決まりだぜアリス! 俺と焼きおにぎりパンの大食いかつ早食い競争を――」
『ぴんぽんぱぁーん!! 青春クエスト発生条件が満たされました!!』
む、今のは……録音されたフレアの声。
途端、ワシとアキレイナ、そしてパーレスの頭からぴょこんと爪楊枝の旗が建った。
相変わらず読めぬが理解できぬ文字で『クエスト参加中』と記されておる。
「おン? センセーの声? つぅか頭に何か違和感……ってパー坊! テメェのキノコ頭がお子様ランチ見てェになってんぞ!?」
「キノコじゃなくてマッシュ。あとレイナの頭もお子様ランチってるからね」
「マジかよ!? うっわマジだ!! 取って良い奴かこれ!?」
言うが早いか、アキレイナは己の頭に生えた旗を毟り取る。判断が早い。
しかしフレアたちも想定済みか、アキレイナが取った旗は虚空に霧散し、新たな旗がその金色頭からぴょこんと生えだした。
『クエスト発表! 数量限定、魅惑の焼きおにぎりパン争奪戦!!』
「クエストォ? ンだよそれ」
「ああ、入学式でセンセーが言ってたやつだね。条件を満たすと発生する課題。その場にいるメンバーでクリアすると、友達認定のメダルが発行される……それを一〇〇柱分、集めようってやつ」
パーレスの言葉にアキレイナは「へぇ、そいつァ面白そうじゃあねェか!」と掌に拳をパンと叩き付ける。
「……レイナ、キミも入学式は参加していたよね?」
「おいおい、参加してンのと話を聞いてるかどうかってのは別だろォ? 多分だが俺は立ったまま寝ていたぜ!!」
「威張るな」
「それはさておきだ。聞き捨てならねェよなァ、争奪戦とはよォ!!」
アキレイナの期待に応えるように、フレアの録音音声が続く。
『みんなで協力して、クエストのお邪魔役より早く購買部イチオシの焼きおにぎりパンを手に入れよう!!』
クエスト内容発表と共に、砂塵とリンゴを巻き上げて何かが流星の如くスライディングしてきた。
「ぬ、カメさんか!?」
それは、ワシくらいならば乗れそうな大きさのカメさんじゃった。刺々しい真っ黒な甲羅とふさふさとしたヒゲのような尻尾が特徴的じゃな。
「そうとも、カメさんである!!」
あ、ククミスルーズと同じ喋る系のアニマルじゃ。
「我はオリエント・クランが偉大なりし神、【五聖界獣】が一柱・ゲンヴノースさまの御使い、ゼノンノスケ! 此度のクエストにおいて貴殿らの妨害をさせていただく!!」
ゼノンノスケとやらはカメとは思えぬ軽快なフットワークで反復横跳びをしながら自己紹介。
ああ、とてつもない俊足を持っておる事はよくわかったぞ。
「クエスト内容は把握されたか? 開始を宣言してもよろしいか!?」
「ちょいと待ちな、カメのテメェさん!」
「承知ッ!」
アキレイナはゼノンノスケに待ったをかけると、悪戯小僧のような笑みでワシの方へ振り返った。
「こういうのをオアツラエムキって言うんだぜ、アリス! センセーは協力してあのカメに勝てつってたが――ここはひとつ、バトルロイヤルと行こう!!」
「バトルロイヤル……? つまり、個々で競い合うと言う事か?」
「そうだ!! そんでパー坊、テメェもだ!!」
「はぁ? 僕もぉ……?」
付き合ってらんないよ……と口ではつぶやきつつ、パーレスはゴキゴキと首や股関節の骨を鳴らし始めた。ああ、仲良しの幼馴染か。なんだかんだ付き合いが良い奴か。微笑ましい。
「ふっ。このゼノンノスケを御使いと見くびっておられるのか……かのアキレイナ殿と言えど、いささか無謀では?」
「ハッ! 言うねェ!! そうでなくちゃあってモンよ!!」
「走り回る系の運動は、あんまり趣味じゃあないんだけどなぁ……」
「…………………………」
カメの常識を覆す高速ステップを現在進行形で見せつけるゼノンノスケ。
雷撃すら振り切って戦場を駆け抜けると謳われるアキレイナ。
仔細は知らぬが、そのニ柱を相手すると言うのに余裕そうなパーレス。
……これ、ワシに勝ち目無くないか?
いや、アキレイナが勝手にバトルロイヤルを提案しただけで、クエスト的にはアキレイナかパーレスが勝ってくれれば良いのじゃろうが。
まぁ、かけっこは嫌いではない。勝ち目の無い勝負に臨むのも、不本意ながら慣れておる。
ひとまず場をしらけさせない程度に付き合ってやるか。
「承知した。バトルロイヤルで良いぞ」
「よォし! ンじゃあおッ始めようぜ!! 勝負開始の宣言をしてくれや、カメのテメェさん!!」
「勝負開始ッ!!」
ぬおっ!? 宣言も足も速いな!?
宣言を聴覚で認識した時には、もうゼノンノスケの姿は消えており、音の壁をぶち抜いたらしい破裂音と共に砂とリンゴが飛び散った。
アキレイナとパーレスの姿も既に無し。
砂塵と果汁が飛び散る運動場にて、ワシとククミスルーズだけが取り残された。
「まぁ、わかってはおったが……当然のように肉眼で追えぬ速度を出しおる」
全盛期のワシでも追いすがれるかわからんな、アレは。
「ゼノンノスケ氏とアキレイナさまの俊足は言わずもがな。パーレスさまも自らが放つ神速の矢に乗って高速移動ができますからね。ここが学園でなければ、あの方々とスピードを競い合える神は指折りで数えられる程度ですよ。ここが学園でなければ」
「む? 何じゃ、その含みのある言い方は……?」
ここが学園じゃから、何かあると?
「この焼きおにぎりパン争奪戦は、アリスさまの不戦勝と言うことです」
◆
音を置き去りにして駆け抜ける三つの影。
先頭は黒いカメ・ゼノンノスケと金髪ツインテール・アキレイナが並ぶ。その僅か斜め後方に、光の矢をスケートボードの如く乗りこなす銀色マッシュ・パーレスが続く。
三者は運動場からスタートし、まだ一秒にも満たない間に校舎内へと突入した。
目指すは校舎一階東端にある購買部。西入り口から侵入する形になったため、一階をほぼ縦断する形になる。
並ぶゼノンノスケとアキレイナは互いに視線で咬み合い火花を散らしながら、差を付ける好機を狙う。
そんな姿にちょっとジェラっとした感情を抱いたパーレスはムッと眉を吊り上げ、自らが駆る光矢の矢羽根部分に神パワーを集中。視線の先、廊下の曲がり角を曲がった瞬間に矢羽根を踏みつけて起爆させ急加速しアキレイナの後頭部にブッ刺してやろうと画策する。
そして曲がり角――そこはあらゆるドラマが生まれるスポット。
これを制する者がこのレースを制する!
いざ――
「止まってもらおう」
ぬっ、と曲がり角から姿を現した巨体!! 亜高速まで到達しかけていたゼノンノスケとアキレイナと正面衝突――してもその巨体はビクともせず、むしろ弾き返す!
「かめっくす!?」
「のわだ!?」
「え、ちょバカレイナ――ぎゃっ」
弾き返されたゼノンノスケとアキレイナは両者そろってマヌケな悲鳴を上げながら、後続のパーレスを巻き込んで廊下を転がっていった。
「ぐぅ……カメとした事が油断した……」
「あだだ……いきなりこっちに飛んでくるなよバカレイナ! 危ないじゃないか!? 怪我はしてないだろうね!?」
「悪ィ、パー坊……ってか、今のぶつかった感触は――」
アキレイナは膝に手を突きながら身を起こし、自身が衝突した相手を確認。
もはや巨神の領域に片足を突っ込んだ巨躯、筋肉の厚さも常軌を逸している。一応、裾の長い学ランを着ているが、筋肉の形が浮き出るほどにぱっつんぱっつん。露出した手や腹筋には歴戦の猛者みを感じさせる古い傷跡が無数。
その神に、アキレイナとパーレスは見覚えがあった。
「おう、あんたもしっかり参加してたんだな。ヘラクレイオス大佐!」
ヘラクレイオス――ギルジア・クランの主神・デーウス総統閣下が生み出した【至強の半神】!
下界における逸話では、『戦争で活躍した大英雄』系の伝承より『数多の冒険を越え、多くの人々を救った救世主』と言う要素が強いのも特徴。彼がまだ人として【アルキディス】を名乗っていた頃に繰り広げた冒険譚……その武勇を吟じるだけでメシを食えている吟遊詩人は現代でも数多い。
いつの時代においても人々の心を掴んで離さないスペクタクル・アドベンチャーを、ヘラクレイオスはその身ひとつで繰り広げたのだ!!
要するに、ものすんごく強い猛者である!!
「姿を見ねェからイベント不参加の通常勤務組かと思ってたぜ!」
「配属されたクラスが別だからな。それに、オレには通常の生徒とは違う役割もある」
そう言って、ヘラクレイオスは右腕を強調する。そこにはぴちぴちに張り詰めた腕章――表面には【正義】を意味する神文字が刻まれている。
「正義執行委員会。まぁ、簡単に言えば風紀を取り締まる組織だ。ルール違反を犯した者を拘束し、お尻ペンペンする任を帯びている」
「うっわ。大佐にペンペンなんてされたら、尻の割れ目がいくつになるかわかったもんじゃないね……」
「ああ……間違ってもルール違反はできねェな……」
パーレスの言葉に、アキレイナは在りし日の何かしらを思い出したらしく青い顔で頷いた。
「まぁ、何だ。大佐、お勤めどーもっつぅ事で……俺らは勝負に戻るぜ、パー坊、カメの!」
「却下だ」
ぴしゃり、と叩き斬るような短い声。
声の方を振り返れば、ヘラクレイオスと同じく裾長の学ランに正義執行委員会の腕章を嵌めた神が一柱。燃え盛るような紅髪を短く切り揃えており、頭髪に合わせたらしい紅フレームの眼鏡からは燃える知性の波動を感じざるを得ない。その手にはこれまた紅い天秤を握りしめている。
「おン? どちらさんだァ? あんた」
「問われれば誠実に答えよう。当方はアシャワシャ。ゼロアスター・クラン【善神の勢力】所属。誠実を信条としている」
アシャワシャと名乗った神は眼鏡をくいっとする実にクールな挙動をみせ、続ける。
「アキレイナ、パーレス、ゼノンノスケ。これより正義の名の元に――お前たちを校則違反者として処罰する」
「はぁ!?」
驚愕する容疑者のニ柱と一御使い。
一方、ヘラクレイオスは「……まぁ、そう言う事だ」とアシャワシャの言葉を肯定した。
「ちょっと待て! 訳がわかんねェぜ!? 俺たちがいつ校則違反をしたってんだ!?」
「そうだよ大佐、それからゼロアスターの善神さん。納得がいかないね」
「これには我もカメとして確固たる遺憾の意を表明せざるを得ない」
「誠実かつ端的に指摘するが――走っただろ、廊下」
宣言通り実に端的なアシャワシャの指摘に、アキレイナたちは揃って「あ」と声を上げる。
「……いや、でも待ってくれ! それはクエストの内容的に――」
「察するに競争系のクエストか?」
「そうです、ゼロアスターの善神さん。だから……」
「誠実に確認する。そのクエストでは『校則を無視して良い』と明示されたのか? でないなら、廊下に入った時点で競歩スタイルに切り替えるべきだったな。それが正解だったんだ」
疑義の余地は無い、とアシャワシャはその手に持っていた紅い天秤を、手首のスナップで軽く回すように振った。天秤の先端は回転する仕組みになっていたらしく、そこから鎖で繋がれていた二枚の皿が円を描いて空を切り始め、すぐに熱気を帯びた真空刃を放つほどの超速回転へ到達する!! さながら二枚刃の鎖鎌!!
「げぇ!? なんじゃありゃあ!? ゼッテーに天秤の使い方がジャスティスってねぇぞ!?」
「確かアシャワシャ殿は確かゼロアスターの善神群において主神に匹敵する神……! 『天秤の正しい使い方』を決めるのもアシャワシャ殿の裁量と言う事か!?」
「そんなバカなって言いたい所……だけど、主神級の神々って基本そう言うノリだよね……」
やる気マンマンなアシャワシャ、戦慄するアキレイナたち。
一方、ヘラクレイオスだけはテンションやや低め。取り締まりが少々厳し過ぎる感を抱いているのか、あまり乗り気では無さそうだが……「まぁ、仕方無い事だ」と言いたげな雰囲気で首をゴキゴキと鳴らす。
「ルールを守って楽しくクエスト攻略……センセー・フーレイアも入学式で言っていただろう」
「聞いてねェが!?」
※アキレイナは入学式中、寝ていました。
「悪い子を焼き尽くす正義お灸を、ここに――さぁ、尻を出せ」
「同情はする。なるはやで済ませよう。さぁ、尻を出せ」
「ちょ、待――」
こうしてゼノンノスケ、アキレイナ、パーレスはクエスト・リタイアとなった。