11,爆撃炸裂! 踵落としの断頭台!!
「俺を迎え撃つ気なのかだぜアリスゥ! それと爆裂タマ蹴りゲリラァ!!」
ダーゼット街道・噴水広場で待ち構える二人組を見て、グリンフィースは口角を裂き上げた。
会いたいと望んだ幼女が、覚悟を決めた目で出迎えくれる――こんな愉快な事があるか!
イカれたタマ蹴り魔が隣にいるのは気に入らないが、些事だと意識から切り捨てる。
ペガサスの制御が利かなくなった事も些事。どうせペガサスが突っ込む先は、幼女の眼前にあるニンジン畑。グリンフィースの目的地もほぼ同じだ。
猛烈な爆炎の幕が展開された事も些事。植物属性に有利である炎属性、加えてそれなりにランクの高いイケメン武装を使っているようだが……それでも強化されたボスイケメンに対しては豆鉄砲以下。
爆炎の幕を引き裂くと、妙な蔦の群れがこちらへ向かってきていた事も些事。大したイケメン・パワーを感じない。回避も防御も必要無いゴミ魔術だ。
――そう、タカをくくってしまった。
「……だぜ?」
蔦の正体は、すぐにわかった。
キュウリ畑だ。蔦の群れに飛び込んだ瞬間、無数のキュウリの実が出迎えた。
未成熟で、鋭いトゲがたっぷり生えたキュウリの大群が。
「まさかこんなトゲで俺をどうにかできると? たかがキュウリじゃあ――」
ピッ――と、グリンフィースの頬に紅い一筋が走る。
「――は?」
傷、だ。
グリンフィースの頬の皮膚が薄く裂け、じんわりと血がにじんだ。
「ば」
馬鹿なだぜ、と言う暇すら無かった。
次の瞬間、グリンフィースの全身に小さな傷がッ!!
無数のキュウリのトゲが少し触れただけで、グリンフィースの服も皮膚も切り裂いていく!!
――そして、崩壊は始まった。
「あ、ああぁああああ!! こ、これはァァ……ぐ、ぐぉあああ……!?」
グリンフィースの頬の傷から、ボス・イケメンと呼ばれるに相応なイケメン・パワーが溢れ出す!
ほんの小さな出口に、膨大なエネルギーが殺到……!
ボス・イケメンの神耐久を誇る皮膚がッ!
ボス・イケメン故の圧倒的イケメン・パワーに内側から食い破られる!!
加速度的自壊……まるで、小さな穴ひとつから堰堤が決壊するようにッ!!
「ぉおお抑えきれないんだぜッ……こんな……こんなァァ――だぜぇぇああああああああああああああああああああああああああああ!?!!??!?!?」
◆
「うぎゅぅ……」
とんでもない規模じゃったな、イケメン大爆発……幼女の小さな体で踏ん張れる訳もなく――と言うか、地面ごとめくり返されては踏ん張るもクソもあるまいて。
ワシは今、土砂に全身まるごと埋もれておる。
口ん中が土の味でいっぱいじゃい……。
小さな体に乗っかった土砂やレンガの欠片をどかして起き上が……上が…………無理じゃ、少しもどかせぬ……ぐにゅおおお、幼女ボディの非力ぃぃ……!!
ゲーム世界でも呼吸って必要なのな。何か苦しくなってきたのじゃ……まずいぞ、早く脱出せねば……!
「ヴィ、ヴィジター・ファムート……とにかく何でも良いから召喚を……!」
小さなお手々も土砂に埋まっとるが、スコップの柄を掴んでおる感触はある。
よく離さんかったワシ。偉いぞ。小さなお手々でよく頑張った、感動した。
それはさておき。
土に埋まっておるならば、スコップの先端を地面に突き立てる必要もあるまい。
ヴィジター・ファムートでキュウリ畑を召喚し、その蔦でのしかかった土砂やレンガの欠片をどかさせる。
「ふぅ……なんとか、助かったのじゃ……」
おうおう……街の方は無事のようじゃが、噴水広場は完全にクレーターになっておるわ。
「ひひぃぃぃぃん……ひっひぃぃぃいいいいいいいん!!」
この鳴き声はペガサスか……声の方へ視線を向けると、まるで「ニンジンどこ!? ニンジンどこぉ!?」と泣き叫ぶようにそこらの地面を鼻先でほじくり返しては元気に鳴くペガサスの姿が。キュウリ畑で多少の切り傷は負ったようじゃが、イケメン大爆発は少し煤にまみれる程度じゃった様子。
ニンジン畑を再召喚してやりたい所じゃが、今しがたキュウリ畑を召喚したばかりでな……すまぬが少し待っていてくれペガサスよ。
「さて……ペガサスにニンジンを振舞う前に、フレアと、瀕死になっておるじゃろうグリンピースを探してトドメを刺すかのう」
すごい規模の爆発ではあったが、幼女ボディのワシですら土砂に埋もれる程度で済んでおる。フレアもそこら辺で埋もれておるだけじゃろう。丁度スコップもあるし、ほじくり返して探すとしよう。
まぁ、放っといてもどっかーんと爆発を起こして、元気良く飛び出してくる気もするが……一応な。
……と言うワシの思考を読み取ったのか。
直後、背後からどっかーんと言う愉快な爆発音が響いた。
わかりやすい奴じゃのう、と苦笑しながら音の方へ振り返ると――
「えッ」
爆撃で吹き飛ばされたらしい土砂の塊が、こちらに飛んでくるのが見えた。
あ、この軌道は確実に直撃だし量的にワシ埋まるなあれ。
ふははは、しかも避けられそうにないわこれ。
「へぶしッ」
「にひぃ~……酷い目に遭ったねアリスちゃん! ボス・イケメンのイケメン大爆発がここまでだなんて!! 地形が変わっちゃってるよこれ!! とんでもないね!! ……あれ、アリスちゃん? どこ……って、ああああ! 何か土砂の山からアリスちゃんのっぽい可愛いお手々が生えてぴくぴくしてるゥーーー!? 幼女植物!? めっちゃ新種だー!!」
はよ助けんかい。
◆
気を取り直して。
「なんとか助かったのじゃ……」
「上手くいったね! アリスちゃんすごい!」
「むぎゅふ」
フレアが抱き着いて激しく頬ずりをしてきた。
普段なら鬱陶しいと引き剥がす所じゃが、今は盛り上がる気持ちもわかる。大目に見よう。
「まぁ、ワシと言うよりはキュウリがすごい、じゃのう。運が良かったのもある」
結局の所、これは賭けでしかなかったのじゃ。
グリンピースの皮膚硬度が神すら超える理不尽な次元であれば、こうはいかんかったじゃろう。
じゃが、奴自身が神と同等の耐久と言ってくれた。あの時点で勝ち確じゃったな。
「それに、フレアの目隠しもあってこその成果じゃな」
「おほ! 幼女に褒められるとこそばゆいですなぁ! 頭を撫でてくれたりするのかな!?」
どうぞ! とフレアが勢い良くつむじを差し出して来た。
まぁ、貴様を労う事に異論は無いし、撫でてやらんでもないが……幼子に頭を撫でられるのって褒美になるのか?
「ぅ、おお、ぉぉおおおおお……」
「ッ!」
苦しみ悶える獣のような声……これは……!
「なッ……あれだけの爆発の中心地にいて……!」
土砂を押し退けて立ち上がったのは……グリンピース!
立派な服はほどんど吹き飛び、ほぼ全裸。皮膚は黒焦げで、全身に太い亀裂が走っておる……痛々しい。
口からは黒煙を登らせて……己のエネルギーで臓腑まで焼き尽くされたらしいのう。
それでよく立ち上がれるのう……!
「だ、ぜ……ぅおお……!」
グリンピースの奴、指先から皮膚が再生し始めておるぞ!?
魔族か奴は!? イケメンってマジで何なんじゃもう!!
「再生しきる前に倒すよ!」
「うむ、頼んだぞフレア!」
「らじゃ!! 激烈疾駆!!」
フレアは地面を蹴ると同時に足裏で小規模の爆発を起こし、疾風の如く駆け出した。
「だぜ……おぉおお、だぜぇぇ……!」
グリンピースが腕を振りかぶる。
フレアを迎え撃つつもりじゃろうが……さすがに瀕死、遅いのじゃ!
「強烈蹴撃ォ――」
フレアが高く飛ぶ。
空中で爪先から爆撃を放ち、まるで爆走する馬車の車輪のようにギュルルルルルと超高速回転!
その勢いのまま、踵を振り落とす!
「――【爆墜斧】!!」
紅鋼に覆われた足から放たれる空中大回転踵落としが、グリンピースの脳天に直撃!!
直後、その踵を起点に大爆発。爆炎が一帯を包み込み、豪快な炎柱となって天へと昇っていった。
「やったか!?」
「手応え完璧!! やったね!!」
元気な声と共に、爆炎の柱からフレアがバックステップで戻ってきた。
ワシの隣までくると「ぶいっしゅ!」と満面の笑顔でピースサインを作る。
「あの瀕死状態でこれだけの一撃……さしもの奴も、これで終わりじゃろう」
爆炎の柱が巻き起こした粉塵と蒸気で見えぬが、グリンピースが人の形を保っておるかも怪しい所じゃ。
「にひひ~! アリスちゃんとの必殺コンボで大活躍、からのトドメまで華麗に決めちゃった!」
「うむ。さすがじゃ。……ところで、イケメンを倒した訳じゃが……どうやって武装や下僕にするのじゃ?」
「それはねぇー……あれ? アリスちゃん、何も聞こえてないの?」
「聞こえる?」
何の話じゃ?
「んー、おかしいにゃあ……」
フレアが頭に「?」を浮かべながら首を捻る。
「普通、イケメンを倒したら【天の声】が聞こえてね? 武装にするか下僕にするかを訊かれて、答えるとその通りになるってシステムなんだけど……協力撃破の場合、一番イケメン・パワーを削ったプレイヤーに、撃破したイケメンの獲得権が発生するんだ。今回はイケメン大爆発を起こさせたアリスちゃんがぶっちぎりで一番だろうし……」
ふむ……であれば、ワシにその天の声とやらが聞こえるはずじゃと。
「そんなもの、聞こえぬぞ?」
何故? イケメンカイザーのせいでシステムが変わった?
それとも、
「まさか――」
ワシが考えた最悪の予想に「正解だぜ」と答えるように、地面が揺れ始めた。
この揺れ方は――
「植物魔術!! それも……」
かなりデカいのが、来る!!
次の瞬間、元噴水広場一帯の地面が吹き飛び、無数の樹木が隆起した。
樹木は真っ直ぐ太く天を衝くように伸びていくものもあれば、大蛇のようにぐねぐねとのたうちながら這うものも。
「にゅおおう!?」
「アリスちゃん! きゃあ!?」
当然、ワシらの足元も無事では済まなかった。
ワシとフレアはどうにか、各々別の樹木の枝に着地する。
咄嗟じゃったが横へ這う木に移れたのは幸運じゃったな。
天へ昇っているものにしがみついたらワシは死ぬ。高い所きらい……って、そんな余所事を考えておる場合ではないな……!
「何じゃこのふざけた術は……!?」
いくら何でも規模がデカ過ぎじゃろ!?
森でも作る気か!? もう既にだいぶ森じゃが!?
まさか、自身に有利な特定地形への強制上書き――フィールド展開か……!?
馬鹿な! 魔王軍でもワシや四天王くらいしか使えぬ、魔術の究極系じゃぞ!?
「これ、割とシャレになってなくなくなくにゃい!?」
「ああ……って、まずい……!」
足元の木々がうねり、フレアが少しずつ遠くなっておる!
これは……ワシとフレアを引き剥がすつもりか!?
「フレア!」
「ッ、分断されちゃう系!? アリスちゃん!」
互いに手を伸ばしたが、それを妨害するようにワシらの間に極太の樹木が勢いよく噴き出した。
「くッ……完全に孤立させられた……!?」
もはや、周囲に都市の面影など無い。
地は横に這った樹木で、辺りは上へ伸びた木々で、天は生い茂る枝葉で……どこもかしこも木で覆い尽くされておる……!
地面が無いのが痛い……これではスコップが役に立たん!
フレアとも引きはがされた……まずいぞ……!
「この期に及んで、地形を上書きする規模の術が行使できるのか……!」
驚愕を通り越して呆れ果てるわ貴様……!
「しぶと過ぎるぞ……グリンピース!!」
「…………だ……ぜ…………」
一体、どれほどの執念か……!
ワシの前に現れたグリンピースは、もはや別人じゃった。
片腕がもげとび、体中のそこかしこが崩落して欠損。
自慢の美顔も、左側が半分以上えぐれておる。
それでも、血走った翡翠の瞳がしっかりとワシを捉えておった。
☆★イケメン豆知識★☆
◆フィールド展開◆
地形変更術式。分類は魔術だけど、筋力で発動する事もできるぞ!
地形を自属性フィールドに上書きして相手を涙目にする。
現実だと魔王や四天王級の限られた傑物しか使えないけど、上位イケメンは基本スキルみたいな風潮があるよ。イケメンは何でも許される。
平時に使おうとするとかなりタメ時間が長い。
でもイケメンは窮地になると、ほとんどタメ無しで発動できるんだ。
一発逆転、起死回生用の一手。
窮イケメン地形を変える。
イケメンとの戦いは、確実に息の根を止めるまで絶対に油断してはいけないぞ。