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12,初めての友達。


「うどんのコシの強さとは!! 命の輝き!!」


 訳のわからぬ掛け声と共に、獄卒・サイノカガワが棘棍棒を大きく振り上げる。


「見せていただき申す、其方らの命が放つ輝きを!!」


 とりあえずあれじゃな。なんとなくキャパーナと同じ匂いがする。

 言葉は通じておるが、理屈が通じないので会話にならない系。


「くっ……」


 とにかく、あの棘棍棒を取り上げて無力化せねば!


 スコップと化したククミスルーズを構える。性能はほぼほぼヴィジター・ファムートと同じ、若干ククミスコップの方が自由度は高い。しかし、今のワシでは筋力術式加工(マッスル・パッケージ)を併用して召喚した野菜+αを強化する事などできぬ。

 さて……マジで野菜+αを召喚できるだけのスコップで、こんな屈強な鬼をどう対処したものか。


「アリスさま。ブッディーズ・クランと言えば、下界では東洋を中心に信仰される神話大系。そして東洋には『鬼に豆をぶつけて追い払う』と言う宗教的な奇祭があります。つまり……豆類であれば! 鬼系の神々および御使いへ有効打に成り得ると考えます!」


 ナイスガイドじゃククミスコップ!!


 よし、ここは豆類を召喚してぶつけてみ――る前に、まずは回避か!

 サイノカガワが棘棍棒を振り下ろすまでのタメがやたら長い。ゲームの盛り上げ役と言う話じゃったし、いきなり本気で潰し(うどんにし)に来る気は無いのじゃろう。とにかく、幼女のこの身でも充分に逃げられる!


 アンリマンの手を引いて、横合いへ跳ぶ。

 直後、サイノカガワが振り下ろした棘棍棒が天を突く砂柱を打ち上げ、かつて砂だったうどんが公園中に散らばる。


 舞い落ちるうどんを浴びながら、サイノカガワは何やらうっとり。


「降り注ぐうどんの雨――風流をかしッ!!」


 受け入れ難いセンス。


 それはさておき、マジでシャレにならん威力じゃなその棘棍棒。

 痛くないし死なないとは言え、やはりあんなものを喰らうなど冗談ではない。


 豆の木を召喚して、ただちに拘束する!


「ククミスルーズ!」

「承知でございます!」


 ククミスコップを振りかざし、遠隔起動!

 サイノカガワの足元から豆の木を召喚じゃ!

 品種は太く長く、雲の上まで伸びると呼ばれる梯子豆(ジャックビーンズ)

 サイノカガワの巨体を、鞭のようにしなる緑の幹がガッチガチに縛り上げた――瞬間、梯子豆の木が爆裂四散した。


「はぁ!?」

「先ほど申し申した。あっしは今……物理無効!!」

「物理的拘束すらダメじゃと!?」

「ダメで申す」


 理不尽ッ……強化イケメンばりの理不尽を感じる!!

 これがクエスト妨害用に強化された御使い……!!


「ここは任せて!」


 意気揚々と声を上げたアンリマンがワシを庇うようにして立ち、サイノカガワと対峙する。


 情けない印象ばかりが先行しておるが、アンリマンも神々の一柱。

 そりゃあ当然、ワシよりかは強いじゃろうが……。


「大丈夫なのか? あやつの物理無効とやら……言葉以上に厄介っぽいぞ?」

「問題無いよ。僕は元々、物理で殴る系の神じゃあないし。見てて」


 細く短く息を吸ったアンリマンの身体から、薄黒いオーラのようなものが溢れ出す。

 筋力や魔力とは違う、筋肉知覚も幼女並しかないワシでは視覚以外で捉えられないパワー……神パワーと言う奴か。


「神性顕現。ゼロアスター・クラン所属、登録神名:アンリマン・ディーヴゼロア」


 神名を宣言して神パワーを解放する……ナイアルラトもやっておったな。

 一体、どんな権能を使うのか――息を呑んで見守っておると、突如、サイノカガワに異変が。


「ぐ、ぅう!?」


 サイノカガワがその見事に割れた腹筋を押さえて、片膝で地面を突く。


「ぬ!? どうしたのじゃ!? 顔色も一気に悪くなったぞ……!?」


 あの感じはまさか……。


「っ、お、お腹がピーピー申しており申す……!?」


 やはり、腹を下しておるのか!


「僕は悪神の大将。この星における【負の概念】の象徴だ。その概念群には【やまい】も含まれる。神パワーへの耐性がある神々相手だと手間だけど……御使いの体調を崩すくらい、造作も無いね!!」


 つまり、アンリマンの権能のひとつは「相手を病気にする」と言うものらしい。

 一瞬、地味に感じてしまったが……普通にえげつないなそれ。病気の種類によっては理不尽な必殺攻撃になる。今回はゲームじゃし、軽く腹を下す程度に留めておるようじゃ。おそらく一度、出すものを出せばおさまるタイプの腹痛じゃろう。


「ぐぅ……あっしをトイレに駆け込ませて、その間に砂の城を作ろうと言う魂胆であり申すか? しかし……それにしては温い!!」


 多少の脂汗は浮かんでおるが、少々便意がキテる程度らしい。

 サイノカガワは拳で地を叩いて立ち上がった。


「無理はしない方が良いよ。確かに少し動く余裕はある程度の腹下しだろうけど、それはトイレまで移動する分には問題無いようにと言う配慮だ。それ以上に腹筋へ負荷のかかるアクションーー力んで棍棒なんて振り回したら……さすがに、出ちゃうよ?」

「うどんを作るためなら、虎パンツの一枚や二枚……安いモンで申す」


 覚悟キマり過ぎじゃろサイノカガワ。


 一方、それを聞いてアンリマンは小さく溜息。

 呆れてはおるが、何と言うか……予想通り、と言いたげな反応じゃ。


「まぁ、御使いって仕事に全てを懸けてる系の子が多いしね。素直にトイレへ向かってくれるとは思ってないよ。だけど、重要な事を失念していないかい? 僕は神で、そしてキミは体調を崩した御使いだ」

「ハッ、まさか……!!」


 瞬間、何かに気付いたらしいサイノカガワが青ざめた。

 そしてアンリマンが不敵に笑い、サイノカガワを勢いよく指差す。


「神として命ずる!! 具合の悪い子はさっさと帰って寝なさい!!」


 アンリマンの指から放たれた黒い光が、一瞬にしてサイノカガワの額を貫いた!


「ぐあああああああああああああああああああああ!?」


 絶叫するサイノカガワの頭上に、謎の光文字が浮かび上がる。

 オッディの手紙と同様、文字そのものは読めぬが……そこに記された意味はわかる。『早退命令』じゃ。


 そして早退命令を示す文字列が輝きを増し、サイノカガワ頭上に空間の歪みを形成。サイノカガワの巨体が、抗う術も無く歪みの中へと吸い込まれていく……!?


「な、何が起こっておるのじゃ!?」

「【絶対早退命令アブソレイド・ゴーホーム】ですね!」


 ワシの疑問の声に、すかさずククミスコップが答える。アンリマンに解説を取られてたまるかと言う強い意思を感じる回答速度じゃったな。


「神々は具合の悪そうな御使いを見つけたら、お家へ帰らせる権限を持っているのです。クランが違おうと関係ありません。神々の気遣いは絶対です。空間を湾曲させてでも帰宅させるのです。場合によっては自宅の寝室にダンクシュートも有り得ます。今回はおそらくサイノカガワ氏の自宅トイレへ直送でしょう」


 優しさの強制力がすごい。


「体を顧みずに働くなんて許されざる大罪だ! お家でおとなしく療養して、その間に働き方を考え直す事だね!!」

「ぐうぅ……腸に優しい完全食品でもあるうどんをたくさん食べて療養するで申すぅぅぅぅ!!」


 断末魔のような叫びを残し、サイノカガワは歪みの向こうへと消え帰宅した。


「よし、これで妨害を受けずに砂の城を作れるね、アリス――って、あれ? 何でそんなに気まずそうな顔をしているの?」

「……いや、なんでもない」


 アンリマンのさっきの台詞が地味にちょっと流れ弾的なあれで刺さっただけじゃ。


 気を取り直して、砂の城を作ろう。



   ◆



 ――仕上げにククミスコップの背で城壁を軽く均して……うむ。


「まぁ、こんな所じゃろう」

「完璧でございます、アリスさま」


 神との共同作業とは言え、アンリマンには砂の城を作るための権能は持っておらんかった。

 なので普通のクオリティの砂城が完成。じゃが城壁の上に佇むアヒル兵士の造形にはちと拘ったぞ。


「うむうむ。好い出来じゃ。そう思わぬかアンリマンよ。貴様が拵えた西門のヘビ装飾も中々――って、おい……? 大丈夫か?」


 ふとアンリマンの方を見れば、口元を手で押さえてボタボタと滂沱の涙を流しておった。


「どうした? 目に砂でも……」

「すごく……楽しかった……!」


 砂の城ひとつで感動の号泣する奴なんぞ初めて見た。


「えぇっと……それは、良かったな?」

「一生……いや、もし仮に滅びる事があっても来世までこの記憶は持ち越す」


 神の一生から後生はスケールでか過ぎない?


 何かこう、ワシとの温度差すごいな。確かに協力して物を造る楽しさはあったが……おそらく小説とかドラマなら砂城を作っておるシーンは全カットされるレベルの並テンションで作っておったぞワシ。特にアクシデントも無かったし。

 じゃがアンリマンは最早「僕たち世界を救ったんだね」くらいのテンションで感動しておる。


 …………まぁ、そうか。神じゃもんな。

 きっとワシが魔王として戦ってきた一〇〇〇年よりもずっと永く、こやつは悪神の大将として生きてきたのじゃろう。配下の悪神たちが近場にいたじゃろうが、君臨者とその下の者とではその間に何とも言い難い隔たりがある事も珍しくはない。

 こやつは、孤独を好んでおる訳でもないのに他の神と慣れ合う事をせず。

 独りで悪神大将としての役割をまっとうして……。


「良かったな」


 そこまで喜んでもらえておるのなら、きっと、報いを与える事はできたのじゃろう。

 であれば、ワシも喜ばしい。


『クエストクリア!!』


 不意に、録音らしいフレアの声、そして祝福のファンファーレが響き渡る。


『友達メダルが抽出されるよ!! 忘れずに交換してね!!』


 途端、ワシの頭からポンッと軽快な音。

 クエスト参加者である事を示す旗が勢い良く取れたらしい。旗はキラキラと光りながらワシの目の前で滞空、不意にチカッと瞬き、一枚のメダルへと変貌した。


「ほう……」


 ふよふよと浮遊しておったメダルを手に取って確認してみる。黒鋼で造られており、表面にはワシをデフォルメしたキャラ絵が彫刻されておるな。これがフレアの言っておった、友達メダルか。

 アンリマンの方にはおそらく、アンリマンのデフォルメ絵が彫刻されたメダルが出現しておるのじゃろう。


「交換してね……と言う事は、これを互いに取り替えれば良いのかのう。ほれ」


 と言う訳で、ワシの掌に出現したメダルをアンリマンへ差し出す。

 アンリマンは何やら気恥ずかしそうにワシの手からメダルを取り、代わりにアンリマン自身のメダルを置いた。うむ、ワシよりも黒みが強いメダルに、予想通りアンリマンのデフォルメ絵が彫刻されておる。

 こういう記念硬貨的なものは、なんとなくテンション上がるのう。アンリマンもそう感じたのか、ワシのメダルを眺めて「おぉおおおお……」と感嘆の声を上げておる。


「クランの宝物殿に加える」


 じゃからスケールでかいって。


 マジで宝物を扱うかのようにメダルを天へ掲げるアンリマンに呆れておると、ククミスコップが光を放ちながら翡翠のフクロウ・ククミスルーズへと戻った。


「アリスさま、メダルの管理はクゥにお任せください。このモフモフ羽毛の収納力を以てすればメダル一〇〇枚はギリギリ積載許容範囲内です!!」

「ギリギリなのか……」


 まぁ、じゃがそう言うのならば言葉に甘えさせてもらうかのう。

 アンリマンのメダルをククミスルーズのモフモフ羽毛ポケットへ押し込んで、埋める。


「あ、そう言えばアリスさま。ひとつお伝えしたい事がございます」

「何じゃ?」

「さすがにそろそろ焦らないと、遅刻しますね」


 ……ああ、そう言えばワシ、ラグナロク学園に登校する途中じゃったね。

 サイノカガワのせいでうどんまみれになっておったランドセルを拾い上げ、急いで背負う。


「アンリマンよ、慌ただしくてすまぬな! ワシは学園に向かうのじゃ!」

「あ、うん……その……」

「ん? 何じゃ、何かあるのか?」

「……………………いや、何でも、ないよ」


 ……? そうは思えぬ微妙な雰囲気じゃが。

 問い質したい所ではあるが、時間がな。さすがに登校初日から遅刻はまずい。

 しかし、放置するには気になるのう。


「そうじゃ。貴様は学園には向かわないそうじゃが……またこの公園になら来る予定はあるか?」

「え……う、うん。その、イベント中は、この砂場で過ごすつもりだけど……」

「そうか、では都合が良い。授業が終わったらまた来るのじゃ!」

「!」


 放課後は母上との約束はあるが、この公園はどうせ帰り道じゃ。問題無い。


「と言う訳で、またな!」


 ワシが手を振ると、アンリマンの微妙な表情は綻び、満面の笑みへと変わった。

 よくわからぬが、情緒の忙しい奴じゃな。


「うん、またね!」

「うむ!」


 さぁ、急いで学園へ向かうぞ!!


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