11,UDON
ランドセルを地に下ろして、さて……まずはバケツの調達じゃな。
そして困った。まったくアテが無いぞ。天界のバケツ事情など知らん。
アンリマンも「えっと……どうしよっか?」と言う感じからして同様じゃろう。
「ククミスルーズよ、この辺りでバケツかその代替品を調達できるか?」
「ホホウ。お任せくださいませ、アリスさま。こういう時のためのクゥなのです!」
おお、頼りになるのう。早速ガイドを――
「変形!!」
高らかな声と共に、ククミスルーズが翡翠の輝きを放ち始めた。
えぇ……? と呆然、眺めておると輝きが止み、ぽてんと音を立てて砂場にあるものが落ちる。
それは――翡翠の透き通る素材でこしらえられた、子供用スコップじゃった。
「どうぞ!!」
「どうぞじゃないが」
何が起きたか説明してくれククミスコップ。
「端的に説明いたしますと、クゥはアリスさまの補助を目的として使わされました。なのでこうです!!」
「端的と雑を履き違えるなよ?」
まるで意味がわからぬぞ。
呆れ果てておると、アンリマンが顎に手をやりながら口を開く。
「クランによって御使いには『武器や防具に変形して、神々を補助する機能』がついていたりするけど……それかな?」
「アンリマンさまの仰る通りのそれです!」
「武器や防具……?」
スコップじゃろこれ。砂場と言うこの場所には実にマッチしておるが。
それとも武器や防具として扱うに相応しい特殊機能が?
とりあえず、ククミスルーズが変形した翡翠のスコップを拾い上げ、砂を払い落とす。
「それでククミスルーズよ。ワシにどうしろと……?」
「クゥの名は【力ある新緑】を示します。なのでクゥは【力の源となる新緑】を芽吹かせる事が可能。力の源となる新緑とは即ち食べられる植物!! そうです、クゥはありとあらゆる【野菜畑】を召喚する事ができる御使いスコップなのです!!」
何か知ってるそれ。武器ではないし防具でもない奴じゃそれ。
「補足としまして。便宜的都合で【野菜畑】と表現しましたが、正確には【食用可能な植物】であれば果実や薬草系も生やせます。毒草のイメージが強い植物についてはブラックに近いグレーです。その日のクゥの体調次第では生やせます」
あ、ワシが知ってるあれよりちょっと判定がガバい。
「ちなみに元はリコーダーに変形するデザインだったのですが、先日オーデンさまの手でスコップへ変形するように変更されました。こちらの理由は不明です」
オッディめ……わざわざワシにあてがうために変形先をスコップに変えたか。絶対におもしろがっておるな。
やれやれと呆れるワシの横で、説明を聞いておったアンリマンが「へぇー」と感心したようにつぶやいた後、ふと疑問に眉を傾けた。
「あれ? でも、それでどうやってバケツを代替するんだい?」
「そこは心配要らぬ。あらゆる野菜を召喚できるのであれば、やりようはいくらでもあるのじゃ」
さて、使い方はどうせあの今となっては懐かしさすら覚えるスコップと同じじゃろう。
召喚したい野菜をイメージしながら、スコップの先端を砂場に突き立てる。
「あ、遠隔起動もできますよ?」
「次からはそう言うの先に言ってくれ」
「では今の内にもう一点補足を。野菜の召喚に用いるのはクゥの御使いパワー。恥ずかしながらそこまで膨大と言う訳ではないので、ご利用はご計画的に」
「承知した」
そんなやり取りをしておると砂場の砂がもこっと膨らみ、やがて緑の芽が。
芽はたちまち蔦を伸ばし始め、絡み着く棒や木がないため地を這って平面に広がっていく。
少し待つと、あちらこちらに丸々とした深緑色の身が成った。
「これは……キュウリ?」
アンリマンの疑問に頷いて返す。
「フクロキュウリと呼ばれる品種じゃ」
「この身を絞って水を取り出すって事?」
「いや、それでは手間がかかり過ぎる」
フクロキュウリの実をもぎ取り、そのヘタの所にスコップを突き立てて、上部分を叩き割る。
すると中身は果肉ではなく、ほんのりと薄黄緑な液体で満たされておった。
「あ、中に水が。なるほど……そう言う野菜なんだね」
「うむ。この水も使えるし、これを使い終われば実そのものをバケツとしても使えるじゃろう」
公園の隅に水道はあるし、水問題は解決じゃな。思わぬ形じゃが砂場遊びには有用なスコップも手に入った。
「えっと、アリス? だっけ。キミは物知りな下界の子なんだね!」
それほどでもないが……まぁ、素直に喜ばせてもらうのじゃ。
アンリマンは目をキラキラさせて、とてもテンションが上がっておる様子。特に必要も無い否定でそれに冷や水を浴びせる事は無いじゃろう。
友達と言うものに相当な憧れがあったようじゃし、共に砂場遊びをするのが楽しみで仕方無い……と言った所か。神々のくせに、見た目通りの子供っぽさが微笑ましい。
とりあえず軽く「照れるのう」とだけ返して、フクロキュウリのバケツを砂場の縁に置く。
それではいよいよ、砂の城に着工じゃ。
「砂遊びなぞ、いつぶりか」
魔王になりたての頃は、魔王城の砂場でよく遊んでおったのう。
童心にかえって、いざ――と意気込んだその時、先ほども聞こえた録音らしきフレアの声で『ぶー! ぶー!!』と、おそらく警戒サイレンの真似事らしい声が響き渡る。
『わーにんぐだにゃあ!! クエストを盛り上げるスパイシーなかたき役、クエスト妨害役の登場だぁ!!』
「クエスト妨害役じゃと?」
「たぶん、砂の城作りを邪魔する役がいるって事かな?」
アンリマンの推測は的中。
砂場近くの大地に亀裂が走り、地表を引っぺがすように巨体が姿を現した。
それは端的に言えば、鬼。真っ赤な肌と天を突く立派な二本角、それからタイガーストライプのパンツ一丁と言う出で立ちが特徴的じゃな。手には物騒な棘棍棒を装備しておる。
屈強で大柄な体や厳つい面構えから受ける印象とは裏腹に、鬼は現れて早々ぺこりと丁寧なお辞儀。
「あっしは獄卒のサイノカガワと申す。僭越ながら、此度のクエストの妨害役――対戦相手として、其方らの邪魔をさせていただきやす」
「ごくそつ……?」
「ブッディーズ・クランの御使いだね。地獄の修練を全て履修した優秀な御使いだよ」
「あ、アンリマンさまに解説を取られた!!」
スコップと化したままのククミスルーズが「ショック!」と叫ぶ。
解説役は仕事と言うより趣味に近いものがあるようじゃなこやつ。
「ワシより貴様の方が物知りじゃな」
「え、えへへ……フクロウさんにはちょっと申し訳ないけど」
ブッディーズ……確か東洋、オリエント圏で幅広く信仰されておる神話体系じゃな。
ワシら西洋文化圏じゃと鬼系は魔人の一種じゃが、向こうでは神の近縁やそのものとする伝承があると聞いておる。
「あっしの仕事は普段から、誰ぞの努力を踏みにじり、台無しにする事。この鬼畜外道め――何度そう罵られたかは記憶も不確かになるほど。しかしあっしは頑張り申す。何故なら踏めば踏むほど良いうどん生地ができあがるのだから。あっしは今までもこれからも誰かの努力を踏みにじる。あっしへの憎しみによって、その誰かが更なる高みに到達すると信じて!! 其方はうどん!! その前途に良きコシがあらんことを!!」
高らかに宣言し、サイノカガワは棘棍棒を高く構えた。
仔細はわからぬが、察するにこやつもアンリマンと同じ【悪役】の境遇か。語りから感じられる誇らしげな雰囲気……自らの背負った憎しみが、世界を良く導く力になると信じて――己が役目に前向きな感情を抱いておるのじゃろうな。その信念には共感し得るものがある。
で、あれば。全力で応じるのが筋じゃろう。
荒事は嫌いじゃが、真っ当な娯楽としての競争ならば文句は無い。サイノカガワの様子からして、厭々ワシらの対戦役を受けておる訳では無さそうじゃしな。ならばワシも、場をしらけさせぬように催しとして楽しむべきじゃ。
さて、邪魔とは具体的に何をしてくるつもりか。
まぁ、魔王と勇者を殺し合わせるゲームから、神々も命の尊さは学んだはずじゃ。間違っても物騒な真似はしてくるまい。せいぜいワシらが作った城をその棘棍棒で突いて崩そうとする程度の――
ひゅん、と風を切って、ワシの鼻先を掠めていった何か。
それは、サイノカガワが全力で振り下ろした棘棍棒の先端。地面が派手に砕け、砂塵が舞い上がり、一瞬だけ遅れて強風が吹き荒れてワシの髪を激しく撫ぜる。
そして何故かはまったくもって意味不明じゃが、砕き散らされた土くれが少し太めの麺類――つまりはうどん麺となり、辺りに散らばる。
「………………………………」
…………はい?
「ルールを説明し申す。あっしの棘棍棒はクエスト中【一撃確定無痛粉砕】の概念を帯びてい申す。これを受ければ問答無用で粉微塵となり、うどん化。本クエストへの復帰は不可能となり申す」
「は……はぁああああああああああああああああああああああ!?
待て待て待て、色々と意味がわからぬぞ!?
「クエストへの復帰が不可能と言うか、粉微塵てそれ絶対に死ぬじゃろ!?」
そして何より、粉微塵になった後で起きるうどん化とは!?
「クエストの成功・または失敗、つまり課題が終了したら元に戻り申す。そして先に申し上げた通り無痛。痛くないし死なない」
「それでも叩き潰されてうどんにはなるんじゃよな!?」
「なり申す」
じゃあ嫌なんじゃが!?
うどんになるのはまぁ別に良いとして、その一段階前の叩き潰されると言う工程にとても抵抗があるんじゃが!?
くそう、確かに命の価値は学んだようじゃが「痛みと死さえ与えなければ何してもオッケー」的な答えに行きついたか神々ィ!!
これだから本当に神々ィ!!
あとでフレアとオッディに直訴してやる!!
「ちなみにあっしへの直接攻撃は可能ではありやすが……クエスト中はあっしは【物理無効】の概念が付与されておりやす。あらゆる物理的危害を無効化しやす。ご理解をばお願い申す」
そして、棘棍棒は遠慮なく振り上げられた。
「それでは、クエストスタートでございやす。うどんになる御覚悟を」
○●天界豆知識●○
◆うどん化◆
ブッディーズ・クランの神が一柱、エンマ・ジ・オオオウが持つ権能のひとつ。
エンマさまは自らの権能を、配下の獄卒へ一時的に貸与する事が可能なのだ。
本来は「斬り刻んだ咎者を食べてしまう」と言う逸話に由来した「対象を食べ物に変える」権能を含む複合型権能【大王鉄槌・第壱層判決“等活地獄”】であり、うどん縛りは無かったはずなのだが……獄卒・サイノカガワの何かしらが特殊な作用をしたらしい。
俗に言う神のケミストリー。即ちケミカルうどん。
うどんが美味しい事は間違い無い。揺るぎない。覆らない。
うどんになれるなんてしあわせじゃないか。
さぁ、おまえもうどんになろう。