10,砂場の悪神大将。
黒ロリドレスに身を包み、ランドセルを背負って朝の支度は完了。
出発前に化粧台の前で、軽く跳ねながらくるりと回ってみる。
ひょこひょこと後頭部で髪の房が揺れた。
馬の尻尾を模した、かの有名なヘアスタイル……ザ・ポニーテール。
髪を束ね、後頭部の高めの位置で縛ると言う簡単な工程。解けてもワシでも簡単に直せる。それでいて、うむ、自賛は余り趣味ではないが――うむうむ、中々、似合っておるのではないか?
「見てダーリン……あの可愛い生き物……わたしが産んだんですけど!」
「うっそ……世界に誇れる偉業じゃんマイハニー!」
何じゃその小芝居。父上も母上もテンションが壊れ……いや、よくよく思い返してみると、生前からこういうノリの家族じゃったな。
◆
いってきますの挨拶をして、家を出る。
するとすぐにククミスルーズが飛んできて、ランドセルの上に停まった。
「おはようございます、アリスさま。とても賑やかでしたね? そしてポニテ、お似合いです」
「ああ、うむ。我ながら元気な家族じゃよ。そして似合うじゃろう。ワシもそう思う」
「ふふふ、とても幸せそうで何よりでございます!!」
そうか、ワシはそんなに幸せそうに見えるか。
ワシとしても、それは何よりじゃよ。
「さて、それはそれとして――切り替えていくかのう!」
父上母上との時間について思いを馳せるのは、また後で。
緩んだ頬をお手々で打って、気合を入れ直す。
これからワシはいよいよ、ラグナロク学園――学校へと通う。
この学園生活で得たものを、勇者が創る学校にフィードバックするためにも……全力で体感するぞ!!
気力充実の足取りで森を抜け、やはり見慣れぬコンクリート家屋だらけの市街地へ。
相変わらず生き物の気配が無く、ちょっと不気味な街を進む。
「そう言えばアリスさまは制服は着られないのですか?」
「ああ、あの学ランとセーラー服と言う奴か?」
ラグナロク学園にはドレスコードなど無いらしいが、一応、制服は設定されておるそうじゃ。
制服は役職の象徴。学生らしさを全身で感じるならば着用すべきかとも思ったが……。
「母上も父上も、ワシにはこのドレスが一番似合うと言ってくれたのじゃ」
「なるほど。あなたに取ってこの上は存在しない一張羅なのですね」
その通りじゃ。
故に、気合を入れて臨むべき学園生活体験には、この勝負服で挑むと決めた。
それと一応じゃが、他にも理由があるぞ? この胸元の装飾、ブローチがあるじゃろ?
これは防犯装置となっておってな。四天王が付けてくれたのじゃ。
このブローチの宝石部分を押し込めば、四天王に緊急事態を告げる警告と、ワシのいる場所へ直通の転送魔術ゲートが出現するようになっておる。要するに、お守りじゃな。
天界では使い道が無い、と言うか使おうとしてもさすがに機能しないじゃろうが……まぁ、お守りと言うのは持ち歩く事に意味がある。
そう言えば、オッディはもう四天王に天啓を下ろしたかのう?
などと下界に思いを馳せつつ歩み続けておると、やがて石造りの低い塀で区切られた広場、小規模な公園が目に入った。
「お?」
遊具らしい遊具はゾウ頭の人型生物を模した滑り台と鉄棒くらい。あとは入り口近くに砂場があるだけなのじゃが……その砂場に、誰かおるな。独り、黙々と砂山を叩いて均しておる。
「おい貴様、学校には向かわぬのか?」
「!!」
なんとなく声をかけてみると、砂山を叩いておった者がビクゥウッとかなり大きく反応、勢い良くこちらへ振り向いた。
黒ずくめの少年……体格的にはワシの幼女ボディと同年代くらいか。まぁどうせ神じゃろうから実年齢はとんでもないんじゃろうけど。
深く深く被ったフードから零れる黒髪には艶が無く、夜闇の一部を切り抜いてきたような色合い。四白眼に浮かぶ瞳も同様の黒さ。肌は燃え尽きた灰めいて薄白く、ぽかんと空いた口には鋭い八重歯が見える。
「あ……」
黒ずくめの少年はしばらく口をパクパクさせた後、ハッと何かに気付き、
「僕……じゃなくて、ぉ、ぉ俺様はゼロアスター・クランの悪神大将・アンリマン様だぞ!! 悪い神様の究極なんだぞう!! い、いぃいい一般神々が気安く話かけるんじゃあないぞッ!!」
上ずり切った声でアンリマンと名乗った少年は、手をばたつかせて不格好に構えながら数歩後退――したが、自らが作っておった砂山に踵を引っかけて見事なほどにズテーンとひっくり返り「わひゃん!?」と間抜けな悲鳴を上げた。
「おいおい……いくら砂場とは言え、今の転び方は大丈夫か?」
心配になり、公園に入ってアンリマンに駆け寄ってみる。
どうやら砂場の外縁に添って設置されたレンガに後頭部を強打したらしく、ごろんごろんと砂を巻き上げながらのた打ち回っておった。
「……大丈夫か、貴様」
「コブできたかも……って、ハッ!! だから、俺様に気安く話かけないでってばぁ!! うぅぅうう……!!」
涙目で唸って凄まれてもな……。
と言うか、何故にそこまで拒むのじゃ。声をかけただけじゃろうに。
「この領域は、みんなで仲良く学園生活を送るためのものではなかったのか……?」
「アリスさま。アンリマンさまに関しては少々事情が異なります」
「なに?」
解説いたします、とククミスルーズが羽ばたき、アンリマンの傍らに着地。翼を広げて、その先端でアンリマンを差し示す。
「アンリマンさまはゼロアスター・クラン、この星に【善悪の概念】を創ったクランにおいて【悪】を代表する神です」
「悪を代表……?」
「悪行の見本、神としてやってはいけない事を体現し、他の神々に秩序を重んじる事を説く存在、ですね。例えば神パワーで新型の疫病をバラまいたり、未曾有の大寒波を起こして弱き生命を脅かす等。そう言った【神パワーの悪用】に特化した神性・権能を持つ方々です」
ふむ、規模は途方も無いが、要するに反面教師と呼ばれる役回りか。
「そしてゼロアスター・クランの悪神群に所属する神々は、基本的に他クランの神との接触を好みません。慣れ合う事を良しとしません。何故なら、他クランの神に『悪神って言っても大してワルじゃあねぇのな』とナメられる訳にはいかないため、頑張ってワルぶる必要があるです」
「あー……なるほどな」
出会って早々、全力で威嚇(?)して拒絶すると言うのが、そのワルぶった行動じゃったと言う訳か。
しかしまぁ……ご覧の有様。悪を代表し体現する役目を背負ってはおるが、その悪を演じるのはそこまで得意ではない、故に演じる機会自体を減らす機運で、外交を極力遮断しておると。
……理屈も、その理屈に至った気持ちもわかるが……本末転倒しとらぬか?
「ぅぅ……僕……じゃなくて俺様だって本当はこのゲーム自体、参加したくなかったんだ……でも善神の勢力が参加を表明しちゃったから、クラン全体で参加する事になっちゃって……」
普段は他の神々との接触を良しとしない連中……しかし此度の催しは天界全土を舞台としておる。否応なく巻き込まれてしまった、と。
「参加したくない者への措置は無かったのか……」
「参加の意思が無い神々に関しては、各々の生活圏でほぼいつも通りに過ごせるように配慮されておりますよ? すべての神々にクエスト参加権が付与されているだけなので、当然、無視も可能です。実際、アンリマンさまの配下である他の悪神さま方はゲーム開始前同様に引き籠りライフを満喫中か、開き直って不良キャラとして学園へ通う感じになっているそうです」
「ふむ? では何故に貴様はこんな所で……」
先の反応を見るに、他者との接触は絶対拒否と言う感じじゃろう。
開き直って学園に通う柄では無いのなら、引き籠りライフ継続勢になるのが自然に思えるが……何故に独りで砂場遊びに興じるなどと言う半端な選択を?
「うっ……それは……その……」
アンリマンは尻を砂場に突いたまま、もごもごと気まずそうに俯いてしまう。
「……このゲームに、下界の子が参加してるって聞いたから……」
「!」
「ぼ……俺様が悪を示さなきゃいけないのは、神々に対してだから……下界の子となら、普通に接しても大丈夫なのかなって……その下界の子に上手いこと出会えれば、その……友達に、なれたりするのかな…………とか……期待をしてたりしたような風情があったと言うか……」
……そう言う事情じゃったか。
ふむ、であれば――
――ワシがアンリマンにある提案をしようとした、その時。
突然、公園中に『ぴんぽんぱぁーん!!』と言う陽気な声が響き渡った。
この声はフレアか? 音の感覚的に、何等かの術式を利用した録音のようじゃ。
『青春クエスト発生条件が満たされました! これよりクエスト開始だにゃあ!!』
青春クエスト……入学式にフレアが言っておった、「一緒にクリアした神が友達認定される課題」と言う奴か。
と、何やら頭に一瞬の違和感。
直後、目の前でアンリマンの頭からぴょこんと旗が生えた。つまようじの先に四角い旗のついた、まるでお子様おにぎりセットに突き立てるような旗じゃ。
おそらく、ワシの頭でも同じ事が起きたのじゃろう。
件の旗にはオッディの手紙と同じく読めぬが意味は理解できる不思議文字で『クエスト挑戦中!』と記されておる。どうやら、クエスト参加者を区別するための仕様のようじゃ。
『クエスト発表!! 力を合わせて、砂のお城を作ってに☆』
……何か、思っておったより幼稚な課題じゃな。
まぁ、課題を出されたからにはやるか。そう言うゲームに参加しておる訳じゃし……何より、話を聞く限り、丁度良い。ワシが今から提案しようとしていた事と、結果は同じじゃ。
で、城を作るとなると水が要るな。
「おい、アンリマン。いつまでも尻もちを突いておるでない。バケツはあるか?」
「え、あ、ごめん。持ってな――って、やらないよ!? 悪神大将であるこのぼっ俺様が、一般神々と友達になるためのクエストなんてやる訳ないだろ!?」
「安心せい。貴様が先に言っておった下界の子と言うのは、ワシの事じゃ」
「え……? あ、確かに。神パワーがすごく薄い……」
ああ、やはり開口一番の発言からして気付いておらんかったか。
何と言うか……おっちょこちょいの権化のような奴じゃな、アンリマン。
まぁ、下界では崇拝の対象である神がドジばかり踏んではいかんと言う意味で、そこも反面教師になっておるのか?
「ぇ、あ、でも……」
「何じゃ、何か引っかかるのか?」
「今回……来る下界の子は神々があんまり好きじゃないから、仲良くなるのは難しいかもだぞってマスダが言ってて……その……そんなあっさり、良いの?」
ワシの仔細を知る者から、ざっくりと情報は得ておったようじゃな。
「……まぁ、そうじゃな。神々と言う存在に、良い印象はほとんど無い」
じゃが、
「ワシからもひとつ訊かせてもらう。貴様たちゼロアスター・クランの悪神群とやらは、他クランとの外交に消極的じゃと言ったな。下界で魔王と勇者を仕立てあげて殺し合わせるゲームには参加しておったのか?」
「え、なにその聞くからに悪趣味なゲーム……」
まぁ、関わっておらんじゃろうなと予想しておったが、もはやゲームの存在すら認知しとらんかったとはな。そして概要だけで悪神をして悪趣味と言わしめるか。
「であれば……ワシが今この状況で貴様を拒絶するのは、さすがに逆恨みと言う奴じゃ」
ワシが憎いのは、あくまでもあのゲームに関わっておった神々。
ワシを魔王とし、ワシに関わる多くの者たちに悲劇をもたらした連中じゃ。
神々と言うだけでも「連中の同類か?」と直感的に心が毛羽立つ感じはするが……個の事情を鑑みてその印象を修正していく程度の理性は持ち合わせておるよ。
「それに……【悪を代表する神】。貴様のその在り方に、少し思う所もある」
誰かのために苦手な役回りじゃろうと一生懸命に背負い、真っ当する……その姿には、ちと共感せざるを得ぬと言うか……な。
「貴様のような者が報われないのは、嫌じゃ」
貴様の望むささやかな報いをワシが与えられると言うのなら、やぶさかではない。
じゃから、こんな小さなお手々で良ければ差し出そう。
「ほれ、先にも言ったじゃろ。いつまでも尻もちを突いておるでない」
青春クエストとやらは、神々と協力してクリアしなければ意味が無いのじゃろう?
「………………うん!!」
アンリマンが勢い良くワシの手を掴み、立ち上がった。
さて……少々想定外ではあるが。
青春クエストとやらに挑むとしよう!!