09,モーニングな朝の事。
……ぷにぷにぷにぷに、と。
頬を怒涛の連打される感触で、眼を覚ます。
瞼を上げれば、満面の笑みでワシを覗き込む母上が顔面ドアップ。
「おっはよ~~~~~!! 朝から可愛いアッっちゃんンン!!」
「お、おはようなのじゃ。朝から元気な母上……」
「はぁ~い、ママです!!」
「むぎゅふ」
力任せに抱き上げられ、ぎゅうううっと締められる。
ああ、うむ。そうさな。またこうして家族の日常を味わえるなど、思ってもみなかった。
その感情の昂りはわかる。ワシだって朝から気分が高揚しておる。
でも母上、ハッキリ言ってワシの上を行き過ぎじゃと思う。
パジャマ姿のままベッドの上で抱っこされながら、ぐるんぐるんと振り回されること小一時間。
ようやく満足したらしい母上はワシをベッドに下ろした。
「ママの愛情たっぷり朝御飯できてるぞい!! って、あらら。ベッドに突っ伏しちゃって。まだ眠いの? あと五分系?」
「い、いや……目が回っただけなのじゃ……」
むしろ何故に母上はあれだけくるくる回って平気なのかが解せ……ああ、もしかしてあれか。
オッディたちは下界から召し上げた魂の中から優れた勇士を選抜し、己らの神パワーの一部を分け与えて強化し、神の兵団に加えると神話にあった。母上は強化済と。じゃとしたら手が付けられぬぇ……。
「まぁ大変。逆回転したら治まるかしら?」
「絶対に逆効果じゃから勘弁して欲しいのじゃ」
「いやいやアッちゃん、何事もトライ&エラーよ!!」
「いやいや母上、その理屈は結果的なエラーを容認するものであってエラー前提のトライを正当化するのは違うと思うからほんとちょっと待ぁああああああああああああああああああああああああああああああ」
テンション激高の母上に物理的に振り回されることしばらく。
母上は「シーツはママが直しとくから御飯を食べて元気になるのです!!」とワシをリリース。
グロッキーになりながらも寝室を出て、リビングへ。
リビングでは父上が蒸気を噴き上げるピカピカの白米を山盛りによそった茶碗を並べておる所じゃった。
「おはよう。アッちゃん」
「おはようなのじゃ」
「御飯、もう用意してあるよ」
「ありがとうなのじゃ」
父上が椅子を引いてくれたので、礼を述べながらその椅子によじ登るべく……うう、まだフラつくのじゃ――って、おおう。椅子に登るのに手間取っておると、父上がひょいとワシを持ち上げて座らせてくれた。
「さぁ。いただきますだよ。できる?」
「う、うむ」
……父上、ワシの事を何歳じゃと思っておるのじゃろうか。
ああ、いや……父上と暮らしておった頃は正真正銘・幼児じゃったし、今も見てくれは完全無欠の幼女じゃが……。
山盛りの炊き立て白米に向けて手を合わせ、生産者、調理者、配膳者、米そのものへ感謝の念を捧げながら「いただきます」と唱える。さぁ、木製スプーンを手に……取ろうとしたら父上が既に柄をこちらに差し出しておった。
……ぺこりと頭を下げつつ、受け取ったスプーンを眺める。
「御飯、少しフーフーして冷まそうか?」
「……父上、手厚い扱いをしてくれるのはとても有り難いが……ワシ、一応もう一〇〇〇歳を越えておるのじゃが」
さすがにここまでくると、苦言を呈したい。
いや、嬉しいのじゃよ? 嬉しいのじゃけども。
扱いが完全に幼児。ワシの心はジジィ。
「あ、ごめん……何かこう、実感が無くて」
たはは……と頬をかきながら苦笑して、父上はワシと対面する席に向かって移動――しようとして、止まる。
「……父上?」
「それはそれとして、アッちゃんに構いたい!! 具体的に言うと次はあーんしたい!!」
あー……似た者夫婦じゃなぁ。
この歳であーんは少々こっ恥ずかしいが……まぁ、親孝行と考えれば止む無しか。
「では……お願いしますなのじゃ」
「うん!! パパに任せて!!」
と、ここで寝室から母上が飛び出して来る。
「そうだ!! ねぇねぇアッちゃん。学園からね、私服でも良いけど一応って制服も送られてきててね。基本的に男子はこの学ランって言う黒いので、女子はこっちのセーラー服って言う紺色の奴なんだって。でもアッちゃんには下界から着てきた黒ロリドレスが一番似合ってるとママは思――ってあーーーー!! ダーリンずるい!! わたしもアッちゃんにあーんしたい!!」
「ふっふっふ……早い者勝ちだね」
「それはダメよダーリン!! そこは当番制にしないと下手したら血の雨が降りかねない案件だもの!! 夫婦喧嘩はイヌでも食べてくれないタヌキ肉!! 夫婦ラブ&ピースでいきましょう!!」
「一理ある!!」
どうでも良いのじゃが、あーんするなら早く食べさせてくれんかのう……。
◆
「さ、アッちゃん。こっちにおいでおいで~」
朝食を終えると否応なく、母上がワシを後ろから抱き上げて移動開始。
いや食器の片付け――と食卓を掴もうとしたが、既に父上がワシと母上の分も茶碗を重ねて片付けモーションに入っておった。素早い。
父上はワシの方を見て「パパがやっておくよ」と微笑んだ。
……な、なんじゃが、いくら親とは言えここまで甘え倒して良いものなのかのう……?
そんなワシに構わず、母上は風に乗るような軽快な足取りで寝室――壁際に設置された化粧台へ行き、その椅子にワシを下ろした。
「母上? もしや化粧をしろと言うのか……?」
「自覚が薄いかもだけど、アッちゃんはもう立派な女の子だもの! と言ってもまぁ、お化粧をするにはまだ肌が幼女過ぎるから、そっちはおいおいね。今日は~~~……」
じゃんっ! と元気の良い掛け声と共に母上が取り出したのは、ヘアブラシと髪紐。
「お髪でキラッとプリチーに磨きをかけていくゥ~。FOOOOO!!」
「……………………」
母上のテンションが壊れた……ああ、いや、生前から割とこんな感じじゃったか。
「さっきも言ったけどアリスちゃんは制服よりドレスの方が似合ってるから~、取り合わせ的にシニヨンアレンジ系が最強かしら~……でもでも今日は初日なんだし、さっぱりオーソドックスなのから始めてちょっとずつ段階を踏んで凝っていく事でモーニングルーティンのマンネリ化を防ぐと言う考えもありなりけりって感じよねぇ~……悩む!!」
まぁ意見をするつもりは無いのじゃが、ワシの意見を聞くと言う選択肢は無さそうじゃな。
娘の髪を結う……いつだったか、元四天王・米王エイリズが言っておったな。
毎朝、娘の髪を結う時間はとても尊いのじゃと。
いつか、娘自身の手で己の好きな髪型に結うようになっていく。
そこに、親と同じ手癖のようなものを見つけた時はついつい口元が綻んでしまうと。
親子の絆……リアリストには鼻で笑われてしまいそうなそれを、確かに実感できるそうじゃ。
「うん。やっぱり、最初は簡単なのが良いわね。解けちゃった時、自分で直せないと困るもの。凝ったのはアッちゃんが自分でも結えるようになってからにしましょう」
優しい声と共に、柔らかなブラシがワシの髪を撫ぜる。
妙に心地が好いのはブラシが良いからか、そこに込められた愛情によるものか。
「母上。学校が終わったら、凝った髪の結い方を教えてはくれぬか?」
「あらあら、アッちゃんってばもう髪を遊ばせる悦びを知っちゃった? うふふ、放課後が楽しみね! あ、でも自分でできるようになっても朝のセットはママの権利だからね!?」
「うむ。よろしくお願いしますなのじゃ」
「まーかせて!!」
……幼女になって一〇年。
この体になって良かったと、心の底からそう思う。