08,ただいま。
入学式を終え、いよいよ学園生活がスタート……かと思いきや。
「本日はこれで解散だよ~」
フレアの全体周知を受け、グラウンドに集まっておった神々がまばらに散っていく。
そう言えば、オッディも今日は入学式だけと言っておったな……何かこう、肩透かしな気分じゃ。
「じゃ、アリスちゃん。名残惜しいけど、ボクは理事長として学生寮の案内もしなきゃだから行ってくるね」
「寮か……ん? ワシもそこに入るのなら、一緒に行った方が良いのでは?」
「え?」
不意に、不思議な間が。
「……フレア?」
「あー……にゃるほど、サプライズだに! オッディってば基本はデリカシー皆無のとーへんぼくだけど極稀に気が利くにゃあ」
本当、貴様はちょいちょいオッディに辛辣よな。
イケバナ騒動の後、下界にある神話を少し調べたが……オッディとフレアは同格の神、つまりは同僚らしいし色々と遠慮の無い遺恨があるのじゃろうな。
「とりあえずボクから言える事は、アリスちゃんは寮生じゃあないよ。多分、そのルミナキュリアの子が案内してくれるんじゃないかな?」
フレアはにひひと柔らかな笑みを浮かべながら、ワシが抱えるランドセルに収まった翡翠羽毛のフクロウ、ククミスルーズを手で差した。
「はい。フーレイアさまの仰る通りです」
ホーウとひと鳴きして、ククミスルーズがランドセルから飛び出し、ワシの頭上でくるくると旋回。
「アリスさまが天界にいる間の拠点となる場所への案内、しっかりと任されております。ガイドを開始してよろしいですか?」
「では、頼むとしよう」
「それじゃあ、アリスちゃん。また明日ね!!」
「うむ」
手を振るフレアにワシも手を振り返して、ククミスルーズへ視線を向ける。ワシの視線を確認して、「それでは」とククミスルーズが旋回をやめ真っ直ぐに飛び始めた。
抱えていたランドセルを背負って、翡翠の尾羽を追う事にする。
学園の門を抜けてまず見えたのは、レンガとも木とも違う不思議な材質で作られた建物が並ぶ街。
雲にまで届きそうなほどに高い塔まで……。
「見慣れぬ素材で作られておるな?」
「コンクリートと呼ばれるものですね。下界にも一応存在しているのでは?」
ああ、名称は聞いた事がある。ルーマ帝国辺りで使われておるらしい火山灰をベースとする合成建材じゃったか。実際にコンクリート製の建造物も資料で見た事はあるが……随分と質が違うように見えるな。こちらの方が小奇麗と言うか、洗練されておる感じがする。
まぁ、考えてみれば人工物と神造物。クオリティに歴然の差があるのは当然か。
……ふむ? それにしても妙じゃな。
街の造りはしっかりしておるが、生き物の気配がまるで無い……?
不安になるレベルの静けさじゃ。
「この街には誰も住んでおらぬのか?」
「住民は割り振られていますが、皆さま『どうせなら学生寮生活と言うものを体感してみたい!』とそちらに流れているようで。数日もすればこちらに移住する神々も現れるかと」
まぁ、神々は基本的に刺激に飢えておると言う話じゃったしな。
目新しい居住システムがあるのなら、そちらに殺到するか。
本当、自由じゃなぁ神々……などと考えながら角を曲がる。
しばらく歩いて行くと、一転して自然豊かな森が現れた。
「……森?」
「はい。森ですね」
当然のように言って、ククミスルーズは迷う事なく森の奥へと突き進んでいく。
「一体、どんな家が用意されておるのじゃ……?」
怪訝に思いながらも、仕方無いので森に入る。
ワシが来る事を想定して整備されたのか、ご丁寧に「ここを通ってね」と言わんばかりの露骨な獣道が通っておる……いや、誰ぞが意図して作ったなら普通に道か。
「……ふむ?」
森の奥へ奥へと進むに連れて、少し奇妙な感覚を覚えた。
これは……既視感、じゃろうか?
なんとなく、懐かしい感じがする。
天界の森なぞ、当然、過去に訪れた事など無いはずじゃのに。
「アリスさま、お疲れではありませんか?」
「む? ああ、平気じゃ」
確かに、少し疲れを感じる程度には歩いておるが、これくらいで音は上げんよ。
それより……むぅ、何じゃろうな、本当に不思議な感触じゃ。
ワシはこの森を……いや、この森の雰囲気を、知っておる?
――脳裏に、美しい湖畔に寄り添った一軒の古家が過ぎった。
「……まさか、な」
そんな事、有り得んじゃろう。
そう冷静に否定しながらも、歩速が上がってしまう。
じゃが……そう、一度意識してしまうと、それを肯定するような情報ばかりが目に付く。
既視感も覚えるはずじゃ。そこらの草木、どれも魔境の――魔人国家領内に分布しておるものばかり。
補強されていく確信が、心音を高める。
半ば走るような足運びになる。
「あ、アリスさま――」
ついククミスルーズを追い越して、真っ直ぐに進む。
……もしも。
もしも、ワシの期待通りであるならば。
このまま真っ直ぐ、真っ直ぐ進んで行けば……。
不意に森が拓け、目の前に現れたのは――美しい湖。
その畔に、慎ましやかな古家が佇んでおる。
「……ああ」
見間違うものか。
何度も、夢に見た。
辛い思いを抱えて眠る度に、この場所で過ごしておったいつかの日を。
誰かに取ってのこの日常を守りたいと、かつての魔王は筋肉を奮い立たせて一〇〇〇年の戦いを乗り越えた。
ここは、ワシの原点。
何度も帰りたいと願い、その数だけ諦めてきた。
もう、思い出の中にしか無かったはずの――
まるでワシの到着を待ちわびていたかのように、古家の戸が開く。
姿を現したのは、赤みがかった長い黒髪が特徴的な魔人の女性。その女性に手を引かれて、おそるおそる戸をくぐったのは、青年期のワシにそっくりな黒髪紅目のムキムキ魔人男性。
「……なるほど、『キミたちへの償い』か」
主神オーデンと女神フーレイアは、下界で死した者を天上で迎え入れ管理する神としての側面も持っておると神話にあった。つまり、奴らがその気になれば――天界限定で、こう言った事も可能であると。
……いや、どうでも良いな。
何でとか、どうしてとか。
本当、どうでも良い。
いつの間にか溢れていた温かな涙を振り払って、走る。
もう、帰る事はできないと、諦めていたあの日へ。
震える声を振り絞って、叫ぶように、言う
もう、言う事はできぬと思っていた言葉を。
もう、言う事はできぬと思っていた相手へ。
勢い良く、飛び込む。
ワシが知る限り、最も温かな場所――父上と母上の、腕の中に。
禁労幼女編、読了いただきありがとうございます!
オッディとスルトンがひたすら不穏フラグを建て続ける幕間を挟み、
次々回より「友神一〇〇柱できるかな!?編」となります。
長い長い前振りを終えて、ついに始まった学園生活!!
個性豊かと言うかひたすら自由なだけの神々が、次々にアリスの前へ躍り出る!!
独り砂山を作り続ける悪神大将!!
足し算に神の権能を持ち込もうとする大神総統閣下!!
当然のように女装し武装したやんちゃな俊足戦神!!
腐れ縁の幼馴染ムーヴでアキレイナのサイドをキープし続ける弓名神!!
因果が歪むレベルでトラブルメーカーな天の豊穣神!!
クールな情緒で妹に対して密かに過保護な地の冥界神!!
何か企んでいるらしい原初の破界神!!
親孝行にただならぬ想いを抱えた巻き毛の泥神!!
飼育小屋に安寧を見出した強い鶏!!
神に親近感を抱いたり、またしても遠く感じたり……。
まだまだ平和なほのぼの空気が漂うラグナロク学園。
優しい世界でのスライス・オブ・ライフな情緒でお送りする第一章!!
乞うご期待!!