06,ランドセルとフクロウ
「……おのれオッディ」
「耳馴染みの言葉だ」
そうか、恨み言は言われ馴れておると。
あの気さくなフレアにちょいちょい毒を吐かれておった所以を垣間見たよ貴様。
で、ここはどこじゃ?
いつぞや見た白い空間――イケバナに初めてログインさせられた時のあれじゃな。ゲーム開始時の謎空間、と言った所か。後に聞いた話じゃと、ここでゲームの初期設定をしてから始めるのじゃとか。
推測するに、件のラグナロク学園とやらへのログイン準備用空間か?
「まったく……ワシは一応保護児童じゃぞ。勝手な外出は禁止されておるのに」
ワシが呆れた視線で見上げる先には、長い白髭を撫ぜる魔術衣姿の老爺。フードを深く被り、前髪で目元を隠しておる。杖を突いておるが、背筋はしゃきっとして体は肉厚。おそらくあの杖は魔術的な道具として装備しておるのじゃろう。
直接、姿を見るのは初めてになるか……オッディ。
「案ずるな。キミの保護者たちには、おって天啓を下ろし説明する」
「手紙感覚で下ろして良いものなのか……」
敬虔な聖職者は天啓ひとつ授かるだけで「ありがたや」と滂沱の涙を流すと聞くが……まぁ、良い。過ぎた事をあれこれ言っても無駄じゃ。さっさと本題に入ろう。
「察するに、ここはゲーム開始前の控室的なあれか」
「控室的なあれだ。ゲームによってはキャラクターメイキング……要はおめかしなどもする。骨格や体格をイジる事もできるぞ」
「別にこのままで良い。貴様も以前、自己認識性がどうのと説いておったじゃろう」
ようやくこの幼女ボディにも慣れてきた所じゃ。これを機に千年筋肉ボディをもう一度……とかする気は起きんよ。下界に戻ってからまた幼女慣れするのも面倒じゃ。
「姿をイジる必要は無し、として。これは選んでもらう必要がある」
「ふむ?」
オッディが杖の先で地面を小突くと、白い床が波打って、変わった形の革鞄がいくつか現れた。
ずらりと並び浮遊するのは、色とりどりな箱型の背嚢……見た事があるぞ、確か――
「ランドセル、じゃったか? どこぞの軍隊が採用しておった奴じゃろう?」
ただ、ワシが知っておるそれとは違って随分とカラフルじゃが……。
「学園生活を体験するゲームで、何故にこんなものを選ばねばならぬのじゃ?」
「下界の流行りだろう? 【ピース・リメイキング】」
ああ、あれか。
世界中で軍備縮小の煽りを受け、軍服を始めとした軍隊式の備品――例えば戦艦搭載を前提とされた小型かつ機能性重視の家具なんぞがアウトレットで一般人の手に入り易くなった。その影響で発生したブーム。
元々は軍事用の製品を、カジュアルにアレンジして日常使いできるものに変える……と言う。最初は市民のお遊びじゃったが、最近は団体的な動きになってきておるとか。「戦争の歴史を忘れず、その上に平和を築く」と言うスローガンらしい。
「つまりはこれも……」
「ああ。東洋諸島連合国家群では、これを学生鞄として採用する事が検討されているそうだ。まだ正式採用前だからキミは知らなかっただろう? それを先取りしてみた。つまり最先端だ」
オッディが智慧の神と呼ばれる所以……以前、ちらりと覗いた神話通りであるならば「使い魔である二羽のカラスと二匹のオオカミに下界・天界問わず世界中を駆け回らせ、あらゆる情報を収集する」が故の情報力じゃな。
「それもただの再利用精神ではないぞ。軍隊用だけあって頑丈な構造……いざと言う時は身を護る盾になるとの触れ込みだった。通学中に起きかねない不慮の事故を想定しているのだろう。中々、理に適ったチョイスだと感心したとも」
「……軍兵鞄が学生鞄に、か」
争いのために作られたものが、争いとは対極、平和な未来を築いていく子供たちを護り育てるために使われる……まさに、戦争の歴史を忘れず、その上に平和を築く事……ふむ、少々、小気味好い話じゃな。気に入ったのじゃ。
「そう言う事ならば、背負ってみるのも一興じゃな」
しかし、こうも色が多いと迷ってしまうのう。
ファッションには疎い……幼い頃は母が、今は四天王が頭から足先まで選んでくれるからのう。
「お」
ふと目についたのは、明るい紅色が基調になっており各部の裏地が淡い緑色になっておるランドセル。
何じゃかこう、フレアとグリンピースが合体したような色どりじゃ。
目についたのも何かの縁、これにしておこう。
ふよふよと浮かぶ件のランドセルの前へ行き、両手で掴む。
するとランドセルを浮遊させておった謎パワーが途絶えたらしく、ズシっと重みが……いや待て、元は軍隊用で丈夫に造られておるとしても、この重さはちょいとおかしいぞ。中に何か入っておるのか?
下部の金具をイジり、ランドセルをめくり開いてみると……。
……え、フクロウ?
ランドセルの中には、真ん丸としたフクロウが一羽。
翡翠の美しいモフモフ羽毛に、茶色のくりくりお目目!!
幼体めいた丸っこいフォルムじゃが、成猫くらいの大きさはあるのう!!
この幼女ボディで抱き締めたらモフに包まれそう!!
「何で!? ランドセルの中に可愛いフクロウなんで!?」
「以前の調子が戻ってきたようだな。ぱたぱたと跳びはねてハシャぐその姿、幼女が様になっている」
「やかましい!! フクロウは何故!?」
「直接、訊けば良い」
直接じゃと? つまりこのフクロウに!?
ワシ鳥語は習得しておらんぞ貴様!!
「はじめまして」
「ぬお!? フクロウが喋った!?」
なるほど、チシャウォックのパターン……喋る系アニマルか!!
「クゥはククミスルーズと申します。スカンディナヴァ・クランにて【蜜運ぶ者たち】と言う部署に配属されている九九姉妹の御使い、その一体です。よろしくお願いします」
「ぬ、ぉぉおお……めっちゃ礼儀正しきフクロウ……あ、頭を撫でさせていただいてもよろしいじゃろうか……?」
「どうぞ」
わはぁぁぁあああベビーファンデーションをパフパフする時に使うあれの如き肌触りぃ……。
「ほぁぁ……ククミスルーズよ、貴様は一体なぜそんな所に……」
「クゥの役目は、アリス様の補助。故にアリス様が選んだランドセルの中に転送されるようにずっとスタンバっていました」
「補助?」
頭から手をスライドし顎下をこしょぐると、ククミスルーズは「ホッホウ」心地好さげに目を細めた。
「はい。ホフ。これからアリス様は、ホホウ。天界の住民、神々やそれに準ずる存在と、ホフフ。接する事になるホフゥ。ですので、カルチャーギャップで混乱してしまわないように適宜解説などをさせていただきホウン。……あの、説明している間は撫で加減をホフフン」
「あ、すまぬ」
事務的に仕事をこなそうとするも心地好さに抗えず今にも眠ってしまいそうな顔でホウホウする様が可愛くてつい。
と、ここで「要するに」とオッディが口を挟んだ。
「ククミスルーズにはゲーム案内役を担ってもらう。御使いは天界生物で神の眷属ではあるが神そのものではないし、何より見た目がアニマル。キミにあてがうのは丁度良いと判断し、彼女を抜擢した」
「ナイス判断じゃオッディ!!」
今だけは貴様の事を好きじゃと言える!!
「さて、ランドセル選びとガイドとの顔合わせも済んだ。いよいよ、キミはラグナロク学園へ入学する。まずは学園生活における最初のイベントーー入学式に臨んでもらう」
「入学式……!」
「まぁ、略式だ」
「えぇ……?」
「正直、下界の入学式は見ていて眠いと言う印象だったのでな」
とんでもない事を言うこの神。
「まだ素性もろくに知らない連中の良い感じの言葉をふんだんに散らしただけの長ったらしいスピーチや、まだ特に思い入れも無い校歌を延々と聞かされても、退屈でしかないだろう?」
「そうじゃとしても、神が儀式をないがしろにするのはどうなんじゃ?」
「効率重視だ。今回はとにかく『楽しい学園生活を提供する』のが主旨だからな。ダレそうな部分は積極的に省いていく」
と言う訳で行ってきなさい、とオッディが杖を軽く振り上げ、勢いよく地を突いた。
それを合図に白い空間の白さが増していき、視界が光に包まれる。
「……アゼルヴァリウス」
「む? 何じゃ、改まって」
光に包まれていく中、オッディが神妙な面持ちでワシを見据えておるのが見えた。
「本日は入学式のみで終わりだが、キミに取ってのメインイベントはその先。……私なりに考えた、キミたちへの償いだ。あくまで私の自己満足でしかないが、喜んでもらえる事を期待している」
「メインイベント? と言うか償いとは――」
その仔細を訊く前にワシの視界は光に埋もれ、意識が飛んだ。
○●天界豆知識●○
◆蜜運ぶ者たち◆
詳しくは千年筋肉シリーズ(https://ncode.syosetu.com/s1765g/)
【あれを恋と呼ぶのなら、私は恋知らぬ乙女で良い。】をチェックだぜ!!
(華麗なるダイレクトマーケティング)