10,キュウリを以てグリンピースを制す
ダーゼット街道。陽が真上に来た快晴の噴水広場にて。
ワシとフレアはグリンピースを待ち構えていた。
「フレアよ、そろそろ時間じゃが……」
「うん! 準備バッチし、いつでもイケるよアリスちゃん!」
フレアが「準備万端たたんたん!」と陽気に笑いながらぴょんぴょこ跳ね回る。
うむ、準備も元気も問題無さそうじゃな。
「……さて」
街の真ん中に建つ時計塔を見る。
フレアからの情報によると、グリンピースは毎日、六時・一二時・一八時にこの辺りを徘徊するそうじゃ。
時間が近づき、街道からエヌピーシーたちが姿を消した。寂しい光景になったのう。
「秒読みに入ったな……」
それでは、ワシも準備をしよう。
「働いてもらうぞ、【ヴィジター・ファムート】とやら」
取り出したるは、フレアからもらったイケメン武装。
見た目は完全にお子様が砂場遊びに使う緑色のスコップ。
「まずは【ニンジン畑】を召喚じゃ」
心の中でニンジン畑を思い描き、レンガ道にスコップを突き立てる。
イケメン武装とやらは所有者の筋力や魔力に依存せずに術式を使用できるらしい。実に助かる。
まぁ、クールタイムと言って一度発動すると再使用まで若干の時間が要るらしいがの。
故に、一発目は先に撃っておく必要がある。
「よし」
ものの数秒で、ワシの眼前に見事なニンジン畑が召喚された。
レンガを砕き、もさっと噴き出した活きの良い葉々の群れ……うむ、これならよく釣れるじゃろう。
「あ、来たよアリスちゃん! 西の空!」
まだ距離があり豆粒程度にしか見えぬが、確かに視認した。
ペガサスの速力ならば、接触までそう時間は無いな。
「だーぜっぜっぜっぜ!! おいおいおい、まさかまさかだぜぇ! 俺を迎え撃つ気なのかだぜアリスゥ! それと爆裂タマ蹴りゲリラァ!!」
遠い空から愉快そうな大声が響く。
グリンピースもワシらを認識したようじゃの。
……と言うかフレアよ。
貴様、イケメン側にそんな呼称を付けられるような常習犯じゃったのか……。
「ひひぃぃいいいいいん!!」
まるで余所事に気を引かれてしまったワシを引き戻すように、ペガサスの声が響き渡った。
――釣れたか!
「んおッ……ペガサスの制御が……!? さてはニンジン畑なんだぜ、その葉っぱの群れはァ!?」
うむ、その通りじゃグリンピースよ。
ペガサスはニンジンひとつのために、溶岩にすら躊躇いなく飛び込むお転婆な天馬!
これだけの量の良きニンジンを前に、騎手の制御など受け付けまい!
目をニンジン色にして真っ直ぐ飛び込んでくるしかなかろう!
「ちッ、まるで言う事を聞かないんだぜ……だが、俺のペガサスにニンジンを振舞ってどうしようってんだぜ!? こいつは簡単に釣られても簡単には寝返らないんだぜ!?」
「無論、そんな甘い打算はしておらぬわ! フレア!」
「あいあい・さー・らまんだー!! 最大出力でぶっ放すよ!!」
景気よく応えてくれたフレアが、紅鋼の足鎧に包まれた右足を大きく後方へと引いた。
「強烈蹴撃、【爆天幕】!!」
フレアが力いっぱい、大振りの回転蹴りを放つ。
紅い残像が横三日月を描き、そこから猛烈な爆炎が噴き出した。爆炎は空を埋め尽くすように拡散しながら、グリンピース&ペガサスとワシらの間で厚く広い天幕を形成する。
これがイケメン武装ヴァーン・ムスぺラントの最大出力の爆炎か……壮観じゃな!
地に向けて放てば街の半分は吹き飛ばせそうじゃ! これでも倒せぬらしいから本当に強化イケメンと言う奴は!!
「だーぜっぜっぜ! そんなもんに突っ込んだって、俺もペガサスもダメージなんて負わないんだぜ!? 目隠しにしかなりゃあしないんだぜ!!」
承知の上じゃ。溶岩に飛び込んで無傷の馬と、爆撃を顔モロで喰らって涼しい顔をしていたベジタロウよりも格上のイケメンが相手。爆撃が通用すると思う方がどうかしておる。
じゃから、貴様の言う通り。
その爆炎は、ただの目隠しじゃ。
これから出す畑を警戒されて、グリンピースがペガサスから飛び降りたらすべてが水泡じゃからな。
「さぁ、程よくクールタイムとやらが終わったのじゃ。覚悟せよ、グリンピース!」
もう一度、スコップをレンガ道に突き立てる。
ニンジン畑に重ねる形で、ある野菜の畑を召喚。にょろにょろと這い出すように生えた蔦の群れが、ニンジン畑を覆い尽くしていく。
「昇れ!」
スコップの先端をグリンピースへ向け、叫ぶ。
ワシの指揮に呼応し、蔦の群れが一斉に天へと伸び始めた。
先ほど、フレアが発見した新事実。このスコップで召喚した野菜畑は、召喚者の意思で短時間じゃが操る事ができる。地を這うばかりの蔦植物の群れを、天へ駆け上がる触手の群れのようにする事も可能。
さぁ、グリンピース目掛けて昇れ!!
クソ忌々しい神々の如く高い所からワシらを押さえつける……あのイケメンを墜とすのじゃ!!
我が【キュウリ畑】よ!!
「だぁーっぜっぜっぜ!!」
高らかな笑い声と共に、グリンピースとペガサスが爆炎の幕を突っ切って出て来た。
「何だぜ? 植物魔術での攻撃だぜ?」
自らに向かってくるキュウリの蔦の群れを見て、グリンピースが眉を顰める。
しかしすぐに、嘲笑うように口角を裂き上げた。
「笑えるんだぜ! そんなもんで、この俺をどうこうできると思っているんだぜ!?」
グリンピースは「本当におもしろくて可愛い奴だぜぇ!」と上機嫌に叫ぶ。
「イケメンカイザーが掌握したこの世界において、イケメンは神にも等しいんだぜ! 【神を傷付ける方法】なんて、この世にある訳が無いんだぜ!! それだのにだぜ……なけなしか、そんな低級の植物攻撃に頼る……可愛らしいにもほどがあるんだぜぇ、アリィィィィィス!!」
そうか。【神を傷付ける方法】くらい用意せねば、貴様らイケメンにはダメージを与えられぬときたか。
それはそれはなんとまぁ。実に理不尽で――おあつらえ向きじゃな。
「グリンピースよ。【それ】なら貴様の目の前にあるぞ」
「だぜ!?」
「未成熟なキュウリのトゲは、神ですら忌避する代物じゃ」
知らぬようじゃが、詳しく教えてやる暇も無いな。
天昇るキュウリ畑が、ペガサスとその背に騎乗するグリンピースを飲み込んだ。
――オリエント系の神話に、【ゴズテンノー】と言う神の逸話が残っておる。
ゴズテンノーは神同士の争いに敗れ、キュウリ畑に逃げ込んだ。未成熟なキュウリのトゲで傷つき血まみれになりながらもキュウリ畑の奥へと身を隠したのじゃ。一方、ゴズテンノーを追っていた敵の神はキュウリのトゲで傷つく事を嫌い、帰って行ったそうな。
こうして、ゴズテンノーはキュウリに命を救われた。
この逸話から、「身の危険を感じるとキュウリの群生地帯に身を隠す習性のある小型の牛」に【ゴズテンバッファロー】と言う名が付けられたと言う。
動物に関連づけられておらんかったら、ワシも知らんかったじゃろうマイナーな神話じゃ。
グリンピースが知らぬのも無理は無い。
――キュウリのトゲは、忌々しき神々の皮膚すら抉る。
それは神話が証明しておる。
つまり、貴様が本当に神クラスの耐久を持っておったとしても。
キュウリ畑に飛び込めば、全身に小さな切り傷か擦り傷くらいは負うじゃろう。
普通なら、そんなダメージでは決め手にはなるまい。
じゃが……貴様らイケメンは、そうもいかぬと聞いておるぞ。
「顔に傷を負ったイケメンは、イケメン大爆発とやらを起こして瀕死になるのじゃろう?」
さて、どの程度の爆発か、見ものじゃのう。
……ん?
何か急にまぶしッ、あと何か熱って言うかこれデジャヴ――
ふとフレアの爆撃を受けた瞬間の記憶が蘇ったのと同時。
――想像を遥かに絶する規模の大爆発が、噴水広場を飲み込んだ。