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01,よくわからない書類にサインしてはいけない

「これが【千年筋肉】ッ……おのれ、魔王アゼルヴァリウス……!」


 息を切らしながらワシを睨み付ける小娘。

 剣を杖代わりにどうにか立ち上がった満身創痍。金色の髪は塵埃にまみれてくすみ、吊り上がった目は血走っておる。


 この小娘は勇者。名は…………そう言えば「アタシは勇者、つまり魔王おまえは死ぬ!」と叫んでいきなり斬りかかってきたから、名を聞いておらぬな。名乗りもせずに攻撃してくるわ、一党を組まず単身でこの魔王城に乗り込んできとるわ……相当なじゃじゃ馬娘じゃのう。


「勇者何某(なにがし)。よくもまぁ、まだ立ち上がるものじゃと褒めてやろう」

「黙りなさい……今、その無駄にムキムキした喉笛を引き裂いてやるわ……!」

「物騒じゃのう……一応、言っておくぞ。ワシの日課は筋トレじゃ」


 ワシは日々、筋トレに励んでおる。

 故によわい一〇〇〇を越えてなおムキムキのマッスル・ボディが自慢じゃ。

 最近、巷では【筋肉大魔王】だの【千年筋肉】だのと呼ばれておるらしい。


「ワシは一〇〇〇年以上も筋トレをしておる。一〇年そこらしか生きていなさそうな小娘の筋肉年輪では、到底――」

「死ねぇぇぇ魔王ォォォォォオオオ!!」


 話を聞けし。大して筋肉もついとらんくせに脳筋か。


 勇者は髪を振り乱し、目を引ん剥いて、唾液が飛び散るのもお構い無しの猛突進。

 可愛い顔を台無しにしてまで、よくやるものじゃ。


「まったく……本日六度目の【魔王チョップ】を喰らえい!」

「きゃああああああああああああああ!?」


 魔王チョップを受け、勇者が床を転がっていく。

 今の魔王チョップは全開時の一%ほどなのじゃが……まぁ、満身創痍の勇者では対筋力防御も満足にできまい。死なない程度に堪えるじゃろう。


「これが筋肉量の差じゃ。生きてきた時間――即ち筋トレ期間の差が、そのままワシと貴様の差なのじゃ」

「ッ……ぅ、魔王なんかに……アタシは、負けない……!」


 まだ立とうとする、その胆力は認めよう。

 しかし膝をついたまでは良いが、立ち上がるのは難しいようじゃな。


「ぐッ……アタシは……選ばれし勇者だのに……!」

「差は歴然じゃ。諦めてもう帰れ」


 魔王には勝てぬとわかった以上、こんな辛気臭い魔境の城に留まる理由はあるまい?


 指を鳴らして勇者の体に筋力を供給。回復を促す。

 無論、戦えるほどには回復させぬ。懲りもせずまた斬りかかられては面倒じゃからのう。


「なッ……!? あんた、何をして……!?」

「帰れと言った。故郷へ戻り、これからはただの小娘として生きるが良い」


 ……勇者よ。

 貴様も魔王ワシと同じくクソッたれな【神々】に弄ばれる哀れな被害者であろう。


 ――『勇者を育て、導き――人間の敵として設定した魔王と戦わせ、それを観戦する』


 そんな【神々】の暇つぶし……遊興ゲームのために。

 ワシと貴様は、魔王だの勇者だのくだらん宿業を当て嵌められて、命懸けで戦う事を強制されておる。


 しょうもない茶番……じゃが、貴様も、他の人間も、ワシの部下である魔族たちも。

 ワシ以外は誰も、この魔と人の争いが【神々】の仕組んだ茶番とは知らぬ。

 連中の忌々しい呪縛のせいで、ワシもこれを口外できぬのじゃ。


 ……お互い、とんだ災難よな。


「貴様はよくやった」


 未だ闘志軒昂、勇ましい目つきでワシを見上げる勇者に、労いの言葉をかける。


 魔王ワシに負けた時点で、【神々】は貴様を見限るじゃろう。

 そして連中は、飽きもせずに次の勇者を作り出す。次はもっと上手く魔王を殺そう、より芸があり趣向を凝らしたやり方で殺そう……そんな風に。


 貴様は御役御免。

 もうこんな茶番に引きずり出される事は無い。

 じゃから、残りの生涯はせいぜい平穏に暮らせ。


 ……羨ましい事じゃよ。

 ワシは転職の自由どころか【神々】の呪縛で魔王城から出る事すらできぬ。

 ワシってば呪縛かけられ過ぎじゃろと思う時がある。


「貴様は、花屋とか似合いそうじゃな」

「アタシを侮辱するつもり……!?」

「何故そうなる……花は嫌いか?」

「どこまでもふざけた事を……こうなったらイチかバチか、この本に封印してやる!」


 ぬ、何やらみょうちきりんな本を取り出して……。


「封印と言ったな。結界魔導書の類か……無駄じゃ。やめておけ」


 封印の魔導書など、ワシには効かぬ。

 よしんば効いたとしても、本気の魔王チョップで次元ごと切り裂いて破壊すれば良い。


 無駄遣いするくらいなら、道具屋で換金して今後の生活の足しにでも――


「これは数多のイケメンにチヤホヤされるための【遊戯結界魔導書ゲームブック】――つまり乙女ゲーよ!」


 ………………なにそれ?


「くらえ魔王……人間の発明ひかりをォォォォォォ!!」

「ちょ待、うわっまぶしッ」



   ◆



 ――と言う訳でワシは、オトメゲーとやらに封印されてしまった。


「何じゃ、この妙に白くて何も無い空間は……?」


 察するに、オトメゲーとやらの内部なのじゃろうが……びっくりするくらい何も無いな?


「【遊戯結界魔導書ゲームブック】、か……」


 昔、四天王たちに勧められて一度だけやった事がある。

 書物を触媒とし、仮想現実結界を形成。その結界に入り、書物に記された空想をまるで現実のように体験する遊興の道具。

 オトメゲーとやらがあの勇者の言う通りの代物じゃとしたら……本の中に結界魔術で仮想世界を作り、幻想のイケメンをはべらせる……と言った趣旨なのじゃろう。


「で、ワシはそのオトメゲーの中に封印された」


 ――が、イケメンの姿は見えぬな。辺りは白いばかりで何も無い。


「過去にやったゲームも、最初は調子が悪くなっておったしのう」


 四天王いわく「バグる」と言う現象らしい。


 所詮は結界。許容量と言うものがある。

 ワシが持つ膨大な筋肉情報を処理できる結界ゲームなど、そうそうあるものか。

 四天王が用意したゲームですら、幾十重に弱体魔術を使用しなければ入る事すらままならなかった始末。

 万全のワシを結界に放り込むなぞ無謀。紙の杯で瀑布ばくふを受け止めるようなものじゃ。


「さて、このまま結界が勝手に崩壊するのを待っても良いが……」


 勇者をぬか喜びさせても、後が可哀想じゃな。

 さっさと魔王チョップで脱出を――


『まずは名前を記入してね!』


「うおぅっ……!?」


 びっくりした……突如、謎の声がどこからともなく。

 更に何もない空間からいきなり紙と筆記用具が。

 恐ッ……。


『まずは名前を記入してね!』


「誰かおるのか……?」


 ふむ、この結界の管理者ならば丁度良い。


「手荒な真似は好かんのじゃ。穏便に行こう。ワシをここから出してくれ」


『まずは名前を記入してね!』


「いや、ワシの話を聞いとるか?」


『まずは名前を記入してね!』


「それしか言えぬのか……?」


『まずは名前を記入してね!』


「わかったわかった。この紙に書けば良いのじゃな? そしたらワシの話をちゃんと聞いてくれな?」


 魔王アゼルヴァリウス……と。


「これで良いのか?」


文字数超過くそながまじわろす


「ワシの名にケチを付けるか貴様ァ!?」


呪縛設定ギアスロック。自動省略で【アリス】にしておいたよ』


「って、何してくれとんのじゃい!!」


 畳みかけるように貴様ァ!!


「これはお説教案件じゃ! 良いか、名とは存在を示す象徴。重要なものなのじゃ。筋肉および魔術的にも大きな意味合いを持つ。『真名を改竄・封鎖する事で相手を幼児並に弱体化させられる』なんて呪縛も存在するくらいで……ん? 待て貴様、さっき呪縛設定ギアスロックって、まさか――ぉう?」


 え、何じゃ急に。何か股がすぅってする。

 こう、睾丸袋がきゅって、消滅しそうなくらい縮んで……あれじゃこれ、すごい高い所から落ちるような――


「……ああ、なるほどな」


 一瞬にして、周囲に広がる果てなく青い世界。


 今までいたあの白い空間は、雲の中で……ワシは今、そこから大空へと放り出されたのじゃな?

 納得の白さ、そしてこの浮遊感。


 あ、地面が呼んでるぅ。


「ハッハッハッ。こりゃあ参った。と言うかどうしようマジで。何を隠そうワシってば実は高所恐怖しょぅうおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」


お読みいただきありがとうございます!


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