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第二話 化け物

 泥濘にまみれた戦場に舞い降りた少女はざっとあたりを一瞥し、続けてこう言った。


「……聞こえませんでしたか?皆様は一応この世界を支配する高等生物様なのですから、この程度のことが理解できないなんてはずがありませんよね?さっさと戦って殺し合ってください」


 ……理解できない。エルベアトは栄養の足りていない脳を必死に回転させるが、無駄だったようだ、目の前で起きている全てが理解出来ない。考えるのを諦め目の前に集中すると、エルベアトの耳に怒号が聞こえた。敵兵がなにか言っている。かろうじて生きているようだが四肢はどこかに吹き飛び、全身が血にまみれている。もう長くは無いだろう。


「おい!誰だテメェは!全部テメェがやったのか!?ぶっ殺すぞこのクソガキ!!」


 その瞬間、少女が長剣を振り下ろし、暴風が吹き荒れた。反射的に目をつぶる。そしておそるおそる目を開ける。視界には、惨状が広がっていた。さっきみっともなく叫んでいた兵士は跡形もなく消え去り、地面は一直線上に敵陣奥深くまで穿たれていた。恐ろしい武力、それを躊躇もせず使う精神、エルベアトは無神論者だが今ばかりは神の存在を信じた。神と言うより化け物と言うべきだろうか。


 「クソガキじゃないです失礼ですね。礼儀を失した者にはいつか天罰がくだりますよ?ああもう死んじゃってますね。死人に口なし、ついでに耳もなし」


 その傲岸不遜な態度と狂気的行為に、その場にいた誰もが恐怖し絶句する。しかし次第に冷静さを取り戻し始めるが、狂騒する。


「前線司令部に通達!地点○✕に砲撃支援を要請する!今すぐにだ!」


「爆撃機をありったけこっちに寄越せ!護衛なんぞいらん!早く!」


 事態の異常さと緊急性を察知した士官たちが立て続けに支援要請を開始する。今ばかりは、普段殺し合う両軍の兵士たちも同じ思いを抱いているだろう。


「「「早くあの異物を取り除いてくれ!!!」」」


 しかしエルベアトはそんなことは思わなかった。戦歴が浅いせいで、士官たちが感じ取っているであろう目の前の少女から漂う死の匂いを感じ取れないのだろうか。……美しい、ただ、美しいとしか感じられない。帝国が誇る歴史ある様々な美術品も、目の前の少女の麗美さに比べれば霞んでしまうだろう。美術品たちは普段倉庫に大切に保管され埃をかぶり、美しさを減衰させているだろうが、この少女は泥と血潮を浴びながらも、その美しさをさらに際立たせているような気がする。そんなことを考えているうちに、支援がやってきた。


「あ、やっと来た。そうそうそんなふうに敵に砲弾を叩きつけるんですよ。じゃんじゃん大地と人を耕してください……あら?」


 少女は砲弾が兵士の上に落ちてくると思っているようだが、実際は少女の上だけに落ちてきた。祖国で女子供が造った、大量の砲弾が降り注いでくる。鉄の塊は容易に大地をえぐっていき、爆音と土埃を滅茶苦茶に撒き散らす。戦場の神、砲兵。その威力は聖書にでてくる凶悪な悪魔をも殺しうるのではないかと、軍人達に思わせる。あたりは土埃と煙で何も見えない。砲撃が収まったあたりで、爆撃機隊がやってきた。新たに戦場に君臨した兵器、航空機。当初は偵察程度にしか使えなかったが技術革新を重ね、高速で縦横無尽に空を飛び回り爆弾を戦場に投下するようになった。軍人たちは皆、航空機がついに海の女神である戦艦を撃沈する日も近いのではないかとささやきあっている。こんな大規模な攻撃を食らっては、どんな強固な要塞であっても耐えられないだろう。ましてや少女なんかが。これで少女はこの世から完全に消え去っただろう。あんな少女でも戦場で死んだ以上、ヴァルハラに逝くのだろうか。異物が消えて、ほっとしたような、寂しいような……そんなことを誰もが思った。


「ぺっぺっ……信じられない。両軍とも敵ではなくこの私に攻撃するとは。馬鹿共が、たかが少し音速を超えたような速度の砲弾が私に当たるか、それにやっと空に手が届いたひよっこが偉そうに舞いやがって。驕るのもいい加減にしろ」


 兵士達の期待も虚しく、少女は変わらずそこに立っていた。熾烈な科学の粋を結集させた文明の鉄槌は、少女に対し何の意味もなかった。


「不出来な人の子らには、少しばかりお仕置きをしてあげるべきでしょうか?いやするべきです私の腹が収まりませんしね。潰す」


 少女はそうつぶやくと、自身を離れたところから見つめる兵士達に顔をむけた。自身に向けられた、怯え、怒り、様々な感情を孕んだ数多の瞳を、少女は興味も無さそうに一瞥する。そして、あることに気づく。その中にただ一対だけ、異質な感情が含まれた瞳があることに。それは勿論エルベアトの瞳である。


「え……?」


 少女はただひたすらに困惑した。いきなり現れその場にいる者を殺し始めた相手に好意的な目を向けるなど意味不明であるからである。彼女はそれなりに長く生きてきたが、こんな異様なことは初めての体験だった。しかもその好意には、ただならぬ感情も含まれているように少女は思えた。好奇心、憧憬、それに……恋慕?ともかく、少女はそのように感じ取った。


「いや……うーん……別にどうでもいいか。どうせ殺すわけだし」

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