第一話 戦禍の中で
いつからだろうか、世界が昏く見えたのは。
いつからだろうか、世界が自分に牙をむいているように思えたのは。
軽快に響く銃声、雷のようにどよむ砲声、地上をただ一色に染める血液。
塹壕の中で寒さに身を震わせ、死体の匂いに鼻をつまむ。
隣には泣き叫ぶ者もいれば、気が触れて笑う者もいる。
敵の突撃がこないよう願い、己の頭上に敵弾が降ってこないよういもしない神に祈る。
語彙力のない自分では地獄としか表現のしようがない戦場。
それがここ、戦争の最前線、二つの大国が金と鉄と若者の命を消費し争う場だ。
練兵場では、たくさん敵を殺して勲章をもらうのだと息巻いていたが、ここに来てやっと死ぬまでこの惨状の中戦わなければいけないのだと気づき、絶望し、ただ引き金を引いた。
己の意思を捨て、国家の暴力装置と化した。
そんな自分に、変化が起きた。偶然、いや必然だったのかもしれない。
敵の陣地が突如として吹き飛んだ。
友軍の爆撃機隊かと思い空を見上げたが、機影はどこにも見えない。
ふと前を見ると、衝撃的な光景が広がっていた。
ちぎれ飛んだ頭、誰のかもわからない脚、そしてひしゃげた戦車。
その戦車のひん曲がった砲身の先に、少女が立っていたのだ。
凄惨な戦場とは場違いとしか思えない美しい少女。
死体をついばむカラスとおそろいの、しかし優美な濡羽色の髪。
一級の職人が手掛けた装飾品のような銀の瞳。
返り血と泥で少し汚れているも、その程度では可憐さを到底打ち消しきれない白の瀟洒なドレス。
小さな唇は、本で見た東洋の島国に咲く桜のような色だ。
そして、華奢な身体に不釣り合いな長剣。
このときの自分の顔は、おそらく相当に締まりのない顔をしていたのだろう。敵も味方も、その場にいた全員が同じような顔をしていた。目の前で起きた意味不明な事象に脳が処理しきれず、呆然としているのか、それともあまりにも美しい少女に見とれているのか。
「はあ……なぜ皆様はいつまでもボーッとしてアホ面を晒しているのでしょうか。せっかくこの私が停滞した戦線を刺激しにやってきてさしあげたというのに……はいはいさっさと戦ってください」
これが、なんの力もないただの兵士であるエルベアトと、世界をも変えうる強大な力を持った少女、ヴェルシャードの出会いだ。