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【第一章】オノイェッドゥヌープの少女5 家、街、領土、そして国


「いかうぃぶ・うかう?(アレハナニ?)」


 俺がこの世界に来た日、遠くに見えた城壁の街。

 それを指さしながら俺はイティークに尋ねた。


「フンヌドゥヌープ」

 

 どうやらあの城壁に囲まれた街はフンヌドゥヌープというらしい。


「ウケ・ファリワン・フィウボー・オノイェッドゥヌープ・ウェッチウォッブ」


 解らない単語ばかりだ。


「ふぁくーう、うくげっばーぐ」


 毎回毎回解らない、と日本語で言っていたからか、先日『ワカラナイ、ハ、ファクーゥ、ウクゲッヴァーグ』とイティークが教えてくれた。

 イティークも日本語をいくらか理解してくれているのが嬉しい。

 本来、この世界は彼女の世界だし、国という単位で見てもこの国は彼女の国だ。

 郷に入っては郷に従え、つまりは俺があわせるべきで、彼女は本来覚える必要のない言葉だ。

 帰ることが出来るかもわからない場所なのだから尚更なおさらだ。

 だからその事に対する感謝も込めて、早速使ってみたのだ。

 俺の言葉を聞いて、イティークは目を閉じ、顎に手をやってしばらく黙考した。

 やがて――


「あっ!」


 と何か閃いた様子になり、フンヌドゥヌープを指さして言った。


「オノイエッドゥヌープ・ウェッチウォッブ」


 そして地面を指さして言った。


「オノイエッドゥヌープ・ウェッチウォッブ」


 さらにここから南方(この世界でも太陽の昇る方角を東、沈む方角を西と仮定して恐らく南方だと思う方角、フンヌドゥヌープとは逆側)を指さして続けた。


「ヴァクダネフ・ウェッチウォッブ」


 オノイェッドゥヌープがヴァクダネフに変わった。

 城壁の街の名前がフンヌドゥヌープ、城壁の街も、俺たちが今いる場所もオノイエッドゥヌープ・ウェッチウォッブ、そしてここより南方がヴァクグダネフ・ウェッチウォッブということは、ウェッチウォッブは国、または領地という意味だろう。

 つまり俺たちが今いる場所はオノイェッドゥヌープ国、またはオノイェッドゥヌープ領ということになる。


「イティーク」


 俺は彼女の名を呼びながら、木の枝を拾い、絵を描いていく。

 △と□だけで構成された簡単な家を描く。


「家」


 家を近くに三つほど描く。


「街。ふんぬどぬーぷ」


 同じような街を追加で2個描き、それらを〇で囲った。


「領土」


 さらに同じ規模の領土をもう一つ描き、それを全て〇で囲った。


「国」


 どっち、という単語を知らないのでどっち、とは聞けない。

 少し考えて――


「うぇっちおっぶ、領土?国?」


 と尋ねた。

 文章として成立してないし、相手がもしAIだったら理解できないような問いかけ方だな。

 しかし察しのいいイティークは俺の言いたいことを理解してくれる。


「ウェッチウォッビブ、リョード。フォウクウッビブ、クニ」


 微妙にウェッチウォッブじゃなくなっているが、文法的に何かあるのだろう。

 とにかくウェッチウォッブが領土、フォウクウッビブ(――いや、もしかしたらフォウクウッブか?)が国というわけだ。

 イティークは再びフンヌドゥヌープを指さして言った。


「ウケ・ファリアン・フィウブ」


 そして地面を指さして、


「クォウ・ウケ・ファリアン・フィウブ」


 と言った。

 クォウがついたということは、ここはウケ・ファリアン・フィウブではないが、フンヌドゥヌープはウケ・ファリアン・フィウブらしい。

 ここは街ではない、とかか?

 いや、そんなことをわざわざ言うだろうか。

 わざわざ補足説明してくれたのだから、他とは違う特別な意味がありそうだ。

 ほかの街とは違う、あの街にあるもの。

 城壁だろうか。


(いや、でもあっちは城壁、こっちは城壁じゃない、なんてわざわざ言わないよな……いや、そう決めつけるのは良くない……しかし……)


 少し考え込んでしまう。

 イティークも少し困っているようだ。

 イティークは枝を拾ってきて、先ほど俺が描いた絵にひらがなを書き込んでいく。

 お世辞にも上手い字とは言えないが、ひらがなを覚えてくれていることにちょっと感動してしまう。

 イティークは街の一つに『ふんぬどぬーぷ』と書き込んだ。

 そのままその街を示しながら――


「ウケ・ファリアン・フィウブ」


 と言った。

 そして『ふんぬどぬーぷ』のある領内のほかの街全てに×印をつけて言った。


「クォウ・ウケ・ファリアン・フィウブ」


 つまり領内で唯一、フンヌドゥヌープだけがウケ・ファリアン・フィウブなのだ。


「そうか、首都……!国ではなく領地の首都だから、さながら領都といった所か」

「アラト、アパ・パミクジ・ヴェクヴェ?」


 全然解らない。


(イティークはこのタイミングで新しい事を詰め込もうとするような子じゃないし、話の流れから、恐らくは理解できかどうかの確認……かな?)


 俺が固まってしまったのを見て、解りやすく言い直してくれる。


「アラト、ウクゲッヴァーグ?」


 ウクゲッヴァーグ?と尋ねてくれたということは、ファクーゥ・ウクゲッヴァーグ、すなわち『理解できない』のファクーゥの部分が否定に関わる内容なのだろう。

 ウクゲッヴァーグは理解、という単語なのがこれで解った。

 きっちり理解できたので、肯定を返すべきだろう。


「べぶ」


 俺が力強くうなずくのを見て、イティークは嬉しそうに笑ってくれた。


「そうだ、ついでに俺の国の名前も知ってもらおうかな」

「……?エイ・ファクーゥ・ウクゲッヴァーグ」


 いきなりの日本語に理解できないよ、と言われてしまった。


「えっと、国……」


 なんていったっけ。

 さっき教えてもらったばっかりなのに頭から抜け落ちてしまっている。

 今は国が主題じゃなかったから、覚えれてなかった、と言い訳しておこう。


「フォウクウッブ?」

「そう、それ!ふぉーくうっぶ!えいる・ふぉーくうっぶ・くぁぺいぶ・にっぽん」

「イヴァイル・フォウクウッブ・クァペ・ニッポン?」


 イヴァイル……?

 クァペイヴがクァペになってるから、イヴが前にいったのかな?

 とりあえずイヴはよくわからないから捨て置いて、アイル・フォウクウッブ・クァペか。

 直訳すると、あなたの、くに、なまえ。

 『貴方の国の名前は日本であってますか?』って事かな。


「べぶ!」


 ついでにイティークの国――というか、今いる国の名前を教えてもらおう。


「えいる……じゃなくて、あいるか。いぶあいる・ふぉーくうっぶ・くぁぺ?」

「フォトンナ」


 ややこしい発音の単語が多い言語だし、正直国名も舌がつりそうになる名前を覚悟していたが、意外とすっきりした名前が出てきた。

 なんか女の人の名前みたいだな。

 一応復唱しておこう。


「ふぉとんな」

「ベヴ!」


 俺の復唱に肯定を返してくれるイティーク。


(いい子だな……)


 しみじみと思ってしまう。

 彼女の半分はやさしさで出来ているに違いない。






 イティークと日々を過ごしながら、こんな感じで少しずつ周辺の地理を把握する事を始めた。

 イティークによると、この集落には名前はなく、単に南部とだけ呼ばれている、多分。

 多分としたのは――前述したと思うが、どの方角が北かを明確に表す基準が無い為だ。

 コンパスも利かないし。

 自転や公転の具合が地球と同じとは限らないし、そもそも自転も公転もしてない可能性だってある。

 だからどうしても仮にはなってしまうのだが、とりあえず自分の中で太陽が昇る方角を東、沈む方角を西とすることにした。

 その基準から言えば、ここは領都よりヴォウーク(南)であり、オノイエッドゥヌープ領におけるヴォウーケック・ラトゥ(南部)なのだ。

 まあこの呼び方が通じるのはオノイエッドゥヌープ領の中でだけだろうが。


 閑話休題。

 俺がイティークの家に世話になるようになってから、確かに彼女の仕事量は減ったかもしれない。

 しかし当然水や食料の消耗速度は倍だ。

 元の世界で何の仕事にもつけなかった俺が、この世界で仕事を得ることが出来るのかと言われれば黙らざるを得ないとはいえ、厚意に甘んじるだけというのも気が咎める。

 それになにより肉がない。

 肉を食べられるというのがどれだけ贅沢な話だったのか、今更ながらに思い知る。


(動物性たんぱく質……欲しい……)


 とはいっても俺のような軟弱者に狩りは無理だろう。

 最近畑仕事で多少は鍛えられてきたとはいえ、技術の類もないのだ。

 だが、街とここを往復できれば買い物や商売ができるかもしれない。

 例えば街で得たものをこの集落のほかの家に売ったりとか。

 売り子を代行したりとか。

 そうは思いつつも、自分の語学力に不安があるのでとても言い出せないのだが。


(というか、できれば知らん人と会話とかしたくないし……接客業とかちょっと……)


 ――考えれば考える程嫌になってくるけども。

 だが、金は入用だ。

 とりあえずは取り急ぎナイフが欲しい。

 元の世界で森の中に秘密基地を作った時も使っていたしな。

 流石に広範囲の草を刈るには鎌や鉈に分があるが、力が無くても簡単に扱え、取り回しが良く汎用性が高いナイフは自衛のためにも持っておきたい。

 ダクギュブが現れた時、せめてイティークを守りたいという気持ちもある。

 今のままでは揃って討ち死にか、無様に見捨てて逃げるか、心中かと、ろくな選択肢がない。

 俺がナイフを手に入れた程度でどうにかなるような相手なら隣の集落もあれほど怯えてはいなかっただろうが、無いよりはマシだ。

 ……多分。

 でもお金もない。

 どうするか。

 まあ、買い物ができずとも、街の様子を見ておきたい。

 なんというか、買い物が出来るようになる前にまず下見をしておきたいというか。

 ――いや、やめたほうがいいか?

 イティークがあんまり優しいから、少し気が抜けてきている気がする。

 そもそも、都市は貴族とかいたらひどい目にあわされるかもしれないという理由で避けたわけで、その判断はきっと間違っていない。

 それにあの城壁だ。

 よくよく考えるまでもなく、城壁があるということは出入口にあたる門がある。

 そして門があるということは、そこは関所の役目を果たしているわけだ。

 身分を明かせと言われて俺はなんと答えればいいのか。

 今ならばヴォウーケック・ラトゥに住んでいる、と言えば切り抜けられる可能性はある。

 だが、そうやって中に入ってから何かあったら、最悪の場合イティークに迷惑がかかるかもしれない。

 これだけ世話になったのだ、もし俺の命が危険にさらされるようなことになっても、彼女に迷惑をかけたくない。

 となってくると、俺のわがままでそういったリスクを背負うのはいかにも気が引けた。


(イティークがフンヌドゥヌープに用事ができたときにでも頼もう……)


 俺はいましばらく現状に甘んじることに決めた。



 


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