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【第一章】オノイェッドゥヌープの少女3 ぬくもり


(あーやべ、めっちゃのどかわいた……はらへった……)


 独り言は水分を消費するからやめた。

 排泄は森の中でやった。

 栄養補給のめどがたっていない状態で排泄するのは出来るだけ控えたかったが、生理現象はもう仕方ない。

 それにしても、一日半も飲まず食わずなんて初めての経験だ。

 空腹もやばいが、それ以上に喉の渇きがやばい。

 唇も乾燥している。

 創作物語で何日も飲まず食わずで彷徨ってとかよく見るけど、信じられんくらいに渇きを感じる。

 どうせ器がないから無理だったし、あの時点では恐らく嫌悪感しかなかったから考えても詮無い事だが、今となっては自分の小便でもいいから飲みたかった。

 それくらいやばい。

 今朝は喉の渇きがやばすぎて、必死で朝露をなめてた。

 泥水を啜るっていう表現があるが、確かにこの渇きはやばい。

 泥水だって啜りたくなるのも頷ける。

 正直動きたくはない。

 動きたくはないが、言葉も通じない、怪しい風貌の異邦人である自分が信用を得るためには、それこそ命を賭けてその意思を見せなければ。

 正直、あまりの渇きに押し入って犯罪を犯すことも少し考えた。

 しかし、それでは後が続かない。

 長く生き残るためには、敵ではないことを示し、支えあわないと。

 自分から提供できるものは何もないというのに、支えあうなどと烏滸がましいにもほどがあるが。


(考えるな、動け……)


 益体やくたいもない事を延々考えそうになる頭から思考を破棄してよろよろと畑へ向かう。

 馬鹿みたいにまた雑草を引き抜き、害虫を探し処分していく。

 人生経験豊富な人間ならば、こんな日もあったなぁ、などと過去を振り返るのかもしれないが生憎と自分は人生経験がとぼしい。


(あー、俺にもっと出来ることがあればな……)


 これまでの人生、学びの機会は幾らでもあった。

 しかし自分勝手な理論武装で周りに責任を押し付け、学んでこなかった。

 いくら周りから正しい事を言われても、きっと学ぶことは無かったろう。

 だけど、それでも後悔が胸をチリチリと焼いた。


(畑の事なんてなんもわからん……)


 あとはもう無心で同じ作業を続けるだけだった。


「…………」


 そんな俺を見つめる視線がある事にも気づけないままに。




 さらに一日が経過した。

 これで二日半、か。

 小さな動作でも簡単に息苦しさを感じる。

 渇きはひどく、空腹も限界を超えている。

 今日も朝露を舐め、ついに野草を口にした。

 一応、毒を警戒して、齧って舌先がしびれないかを確認してから食べるようにした。

 この手法で避けられる毒の種類など知れているが、まったくなにもせずに食べるよりはマシだろう。

 というか、もうそうして納得せずにはいられなかった。

 それ程に空腹、脱水による衰弱がやばかった。

 飲まず食わずでももっと持つものだと思っていたが、俺の知識は間違っていたのだろうか。

 それとも俺の意思が薄弱なだけだなんろうか?

 もう犯罪を犯すだけの体力もない。

 取れる道は一つだけだ。

 愚直に、信用を得るために――


(……)


 もう考えることも億劫だった。

 何も考えずに雑草を引き抜いた。


(あぁ……暑いなぁ……)


 霧の出る森は特別に体温を奪う場所だったのかもしれない。

 森を出てからは寒いと思う日はなかった。

 むしろ暑い。

 今だって、とても――

 ふと、顔を上げて空を見上げた。


(まぶしいなぁ……)


 まっしろな閃光に、思考まで真っ白に染まるかのようだった。

 そのまますべてが真っ白になって――




(う……)


 どうやら気を失っていたらしい。

 目を開けるのも億劫だが、なんとか気力を振り絞って薄目を開けた。

 天井が見える。


(外、じゃないのか……?)


 視線を巡らせる。

 木製のカップが置いてあった。

 中には水が入っていた。

 俺は矢も楯もたまらず飛びついた。


「ん……ん……ッ!?げほ、ガハッ!!」


 急いで飲むあまりむせてしまう。


「は、はぁ……や、やっちまった……飲んじまった……」


 飲んでいいものかも確認せずに飛びついた。

 理性なんてなかった。

 大丈夫だろうか。

 俺の咳が聞こえたのか、ぱたぱたと足音が近づいてきた。

 見れば、そこにはあの少女が。


「フィグァイ・ヤメ・ウル?」

「ありがとう」


 何を言われたのかはわからなかったが、まずはお礼を言って頭を下げた。


「ル、ルニェーヴェ・タイヴェ・アイル・キーグ……!」


 慌てたように何かを言う少女。

 そういえばこの響きは前も聞いたような気がするな。

 だが、ちょっと今の自分では頭が回らない。

 それよりも伝えておかなければ。


「これ、勝手に飲んじゃって……ごめん……」


 そう言ってもう一度頭を下げる。


「フォクゥ・ヨットブ、アクグ・タイヴェ・アイル・キーグ、ルニェーヴェ……」


 困ったように、ちょっと泣きそうな顔で言われる。

 どうにも恐縮されているようだ。

 まだ何を言っているか解らないが、とにもかくにも自己紹介をしなければ。

 俺は自分を指さしながら言った。


「俺の名前はに――」


 言いかけた瞬間、家族の言葉が、かつて学友たちに言われた言葉が、頭の中で響いた。


『ニート』

『働け、ゴミニート』

『ニートって仕事してないやつって意味なんだぜ、知ってたか?』


 俺は自分の名前が嫌いだった。

 新人とかいて『にいと』だなんて、最悪も良い所だった。

 幼い時分にはまだそんな言葉は流行っていなかった。

 親も悪気があってつけたわけではないのだろう。

 だが、やがてニートは社会問題となった。

 俺はその流れの中で散々からかわれ、馬鹿にされ、いじめにもあってきた。

 こんな名前は捨てたいと常々思っていたのだ。

 どうせなら、新しい自分になりたかった。


「ごめん」


 小さく首を振ると、もう一度初めからやり直すことにする。

 再び自分を指さしながら言った。


「俺の名前は、アラト」


 自分の名がどの部分か解りやすい様に、一泊置いて強調した。

 そして少女を指さしながら言った。


「君の名前は?」


 その俺の様子を見て、彼女は俺の言葉の意味に気づいてくれたようだった。

 彼女は自分の事を指さしながら言った。


「エイル・クァペイヴ、イティーク」


 そうして俺を指さして続ける。


「アイル・クァペイヴ、アラト」


 その様子を見た瞬間、得も言われぬ感動を覚えた。

 それに、俺と同じようにしながら言ってくれたからこそ解った。

 エイルは私、あるいは私の、ってことだ。

 クァペイヴで「名前は」って意味だ。

 あぁ、通じた。

 俺はこの瞬間、空腹も渇きも忘れて何とも言い表しがたい感情の震えを感じていた。


「ああ、そうだ!俺の名前は、アラト、アラトだ!えいる、くぁぺいヴ、アラト!!げほ、げほっ、ごほっ!!」


 しばらくまともに声をだしていなかったので、いきなり大声を張り上げたせいで喉が痛みを訴え、思わず咳き込んでいた。


「アラト!」 


 言いながら心配そうに俺の事を見ているイティーク。


「だ、大丈夫だ」


 言いながら俺は、体を起こした。

 そこで気づく。

 俺はベッドに横たえられていた。

 俺はもう三日は風呂に入れていないはずだ。

 森をさまよい、畑でお天道様の下、汗をかきながらずっと雑草を引っこ抜いていた。

 臭かったはずだ。

 というかたぶん今も相当に臭いはずだ。

 そんな俺をかついで、あまつさえベッドを貸してくれたのか?

 感謝と申し訳なさでいっぱいになる。

 こんなに優しくされたのはいつ以来だろう。

 まともに言葉を交わすのだって――


「あ、ありがとう、イティーク……」


 俺は知らぬ間に涙を流していた。


「ア、アラト……?」

「ありがと、ありがとな、イティーク……」


 困らせたいわけではなかったが、どうにも止まらず。

 しばらくイティークを困らせながら泣き続けた。




 落ち着いた俺は、とにかくベッドを使わせてくれたお礼を言う事にした。

 まずベッドを指さしながら、


「ベッド」


 と言ってから、


「貸してくれて、ありがとう」


 と伝え、頭を下げた。


「フォクゥ・ヨットブ……アクグ、ルニェーヴェ・タイヴェ・アイル・キーグ」


 流石にまだ解らないが、どうにも頭を下げる度に『るねーべたいべあいるきーぐ』と言われている。

 さっきの自己紹介から考えて、アイルはあなた、またはあなたの、だろう。

 頭を下げる度に、あなたのなんとかかんとか、っていうってことはたぶん頭をあげてくれって事なんだろう。

 『ふぉくーよっと』はさっきも聞いた気がするが、ちょっと思い出せない。

 イティークは更にベッドを指さしながら言った。


「ヴキヴィヴ・オ、デグ」


 そしてそのまま少し小首をかしげながら言った。


「ケヴーケ・ベッド・オ・デグ?」


 わからんけど、たぶんベッドってテグの事だよね?って言いたいんだろう。

 俺もまたベッドを指さして言った。


「そうだ、ベッド、は、テグ、の事だ」


 その俺の言葉を聞いて、イティークも目を輝かせた。


「わぁ……!ベッド・イヴ・オ・テグ!ふふっ」


 そう言ってかわいらしく笑うイティークに、ようやく俺は彼女を一人の人間として落ち着いて見ることが出来たようだった。

 先ほどまでまったく気にしていなかったその容貌にも気が回る。

 茶髪に加えてとび色の瞳が地味な印象を与えるが、顔も体つきも均整がとれており、美人に見える。

 日本人の平均と比べると、恐らく背は高く、胸も大きい。

 手は仕事をしているからか荒れている様子だったが、それこそが彼女の魅力なのだと思える。

 こんな子に助けてもらって、ずっと迷惑をかけ続けるわけにはいかない。

 それに、早く自分の臭いもとってしまいたい。


「あの――」


 声をかけようとしたところで、俺の腹の虫が鳴いた。

 そんな俺をきょとんとした顔で見つめた後、小さく笑ってから、俺をおしとどめるかのような身振りをしながらイティークは言った。


「ヤイウ・オ・ディウ」


 そうして奥に引っ込んだかと思うと、いくらもかからずにイティークが戻ってくる。

 手には湯気の立つ器が。


「ルニェーヴェ・ヤウ」


 言いながら俺に器を差し出すイティーク。


「ありがとう」


 俺はこの陳腐な言葉にありったけの感謝を込めながら、それを受け取った。

 中身はスープのようだ。

 具はよくわからないが、細かく刻んである。

 消化に気を使ってくれているのが解る。

 添えられているスプーンを使ってすくって、一口。

 率直に言って味が薄かった。

 日本ではもっとおいしいものは幾らでも食べてきただろう。

 それでも。

 それでも、日本で食べたどんな料理より美味しいんじゃないかと思った。

 だって、こんなに心があったまる。


「ありがとう、美味しいよ」


 俺がそういうと、言葉も通じてない筈なのになんだか驚いた顔をしていた。

 それから、ちょっと優しい表情をみせてくれた。


イティークさんはこのままメインヒロインとなるのか、それともサブヒロインとなってしまうのか……?そこまではまた決まってません。つまり、今後、第二、第三のヒロイン候補が……?

尚、イティークとはこの世界の言葉で「緑」を意味します

自然を愛し、自然に愛され、自然と調和する、そんな子であれという両親の願いが込められているとかいないとか

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