【幕間】罪の刻印
異世界言語のうしろに()をつけて日本語訳をつけるのは読みにくいと思っていたので、日本語にルビを振る形に出来ないかと思っていたのですが、ルビには10文字制限があるようで、断念しました(´・ω・`)
「ノッグ・アラト……(アラト様……)」
そうつぶやきながら、手の中にある方位磁針を見つめる少年がいた。
銀髪の少年、ヴァープローヴィク(罪の刻印)だ。
少年は何度も何度も思い出していた。
アラトの言葉をだ。
『うけて・いぶ・お……やぶ・えくぜく・いうこうー・じょぐ……(神様は居なくても……道はある……)』
その言葉を思い出すたびに、胸が熱く焼けるようだった。
少年はあの瞬間『天啓を得た』と思った。
毒の雨が降り注ぎ、大地には灰が降り積もり、死者の群れの中で死んだように生きているのだと思っていた。
だが、あの日、空は割れ、光が射し、雨はやみ、灰は吹き飛び肥沃な大地が顔を出し、地平線のその先から、これまで決して昇る事のなかった太陽が顔を出したのだ。
「ウケテ・イヴォ・ヤベクセク・ユィウコウー・ジョグ……(神など居なくとも道はある……)」
この言葉をつぶやく度に彼は勇気が湧いてくるようだった。
この世界にもいるのだ。
神様なんて居なくたって構わない、いや、居ない方がいいんだって人が。
そんなことを考えながら憧れに身を焦がしていた時、扉をノックもせずに開け放つ者がいた。
バタンッ!と大きな音が立ち、文字通り飛び上がるヴァープローヴィク。
「ヴァープローヴィクッ!!ユィケブ・カクセクォウ・アイ・ギヴファッゲギゥ・ベウー!?(罪の刻印!!あなたは何故まだソレを捨てていないのですか!?)」
ヒステリックな声を上げながらヴァープローヴィクに詰め寄るのは、教会のシスターであり、孤児院の経営者でもあるデンだった。
「ひぅっ!?」
その声に恐怖で体が竦んでしまう。
先ほどまで方位磁針の向こう側に見えていた道も見えなくなってしまう。
遥か地平線の向こうに見えた太陽は、見る間に雲に覆われて――
雨が降る。
灰が降る。
「ファクゥ・ヤイワクブポテ、カクゴクセッヲ・アレクォイ!(もう待てません、今すぐ渡しなさいッ!)」
叫ぶデン。
しかしその言葉の意味を理解した少年は、希望に縋りつくように、そのコンパスを決して離すものかと握りしめる。
デンは言った。
待てないと。
そう、彼女は少年に何度もコンパスを捨てるよう言い含めていた。
そして少年がコンパスを捨てるのを確認すれば、すぐさまそのコンパスを異端審問を生業とする審問教会へと引き渡すつもりだったのだ。
だが少年は決してコンパスを手放さなかった。
目印の一つもない海のただなかで、何処に行けばいいのかも解らなくなってしまった船乗りのように。
ただ一つの希望がこれなのだと握りしめ、離さなかった。
それは敬虔なる信徒であるデンには許しがたい姿であった。
彼女の希望はテニジォク聖教にこそあるのだから。
無理やり手から奪い取ろうとするデンに、少年も叫ぶ。
「クォ!ヴォーリゥ!(いやだ!やめてッ!)」
「ユィケブ・テデンネグォ・エイリス、アーウェタン・アイ・アテ・フュッヴェグ!(歯向かうだなんて、やはりあなたは呪われているのねッ!)」
言いながら、デンは少年の頬を思いっきりひっぱたいた。
「ッ!?」
声もあげられずに床へと身体を投げ出すことになった少年。
それでもコンパスを離すことは無かった。
だが――
「カクゴクセッ!(渡しなさいッ!!)」
握った手を踏みつけられ、無理やりむしり取られる。
ついに少年の手の中からコンパスは失われた。
「エンゲット・ディウェフケ!(糞ババア!)」
少年はついに暴言を吐いた。
それがろくなことにならないのは解っていた。
でも言わずにはいられなかった。
どうしても許せなかったのだ。
「イ、イカゥ・ヤヴーカゥ!?ウキヴ・フュッヴェグ・ゲウェヴーアドネ・フキングッ!!(な、なんですって!?この呪われし忌み子めッ!!)」
それからしばらく、少年は何度も平手打ちを受け、口元から血を流し、両頬を晴らしながら、大泣きすることとなった。
やがて気が済んだのか、
「ヒヌーケ、エイ・ウォウフケガル・フュッヴェグ・カイト・オ・ニウーネ。プヴー・デ・ルティヒエギッペギアウェンブ……(汚らわしい、呪われた髪に少し触れてしまったわ。すぐに浄化しなくては……)」
デンはそう言い残し、奪い取ったコンパスと共にヴァープローヴィクの隔離部屋を去って行った。
痛かった。
苦しかった。
でも、それ以上に――
悲しかった。
もう道を示してもらえない。
道を示してくれる道標を奪われた。
初めはそう思って悲嘆に暮れ、嘆き、再び絶望の海に閉ざされそうになった。
しかし、少年の胸には一つの言葉が残り続けていた。
「ウケテ・イヴォ・ヤベクセク・ユィウコウー・ジョグ……(神など居なくとも道はある……)」
その言葉と共に、一つのひらめきが降りてきた。
もしや、今のこの時こそが『来るべき時』であり、『奪い取られる』という形で道を示してくれたのではないか、と。
あいつは敵で、教会も敵なのだと。
『取り戻しにおいで、取り戻して見なよ、さあ、こっちだよ』
と。
指し示しめすように、導くように、奴らの手にあえて渡ったのだという風にすら思えた。
そうして取り戻すことができた暁には、また新たに自分を導いてくれるに違いないと。
「ウィペ・カヴ・フォペ……ウカクェムァイ・エクセッブ・プェフケ、ノッグ・アラト……(時は来た……ありがとうございます、アラト様……)」
誰も居ない屋根裏部でそうつぶやく少年の瞳には、決意のようなものが宿って見えた。
面白いと思っていただけた方は感想、評価、ブックマーク等いただけると、続きを書くためのモチベーションになります




