【幕間】希望
次回更新も幕間になります
「いい加減観念したらどうだ?」
下卑た笑みを浮かべる三人の男達。
今、私に傷をつけることは無いだろう。
それは依頼主に無傷で売り渡す為だ。
変態貴族にとっては、いずれ壊すものだとしても初めから壊れているのでは興ざめらしい。
私を壊せば金にならない。
だから彼らは私を傷つけない。
だが、それがどうしたというのだろう。
この国は銀髪の人間にとっては最低の地獄だ。
銀髪の人間の入国審査は非常に緩いが、入ってしまえば出る事は出来ない。
国内では酷い差別が行われており、まともに仕事に就くことも出来なければ、食料を買うこともままならない。
裏ルートでのやり取りでは当然足元を見られる。
それでも貯金を切り崩しながらなんとかやってきたが、もはや限界だった。
あとは尊厳を売り飛ばすか、犯罪に手を染めるか。
どちらにしても先は長くない。
逃げたところでどうしようもないのだ。
それが解っているから、こいつらも焦らない。
じっくりと、ゆっくりと、私を追い詰めていた。
「……」
私は彼らの言葉に応える気力もなかった。
「ヘヘッ、ようやく観念したらしい」
「まったく、何カ月かかったんだ?」
「てこずらせやがって。だがまぁ、これで大金が手に入るぜ、うひひっ」
「終わってみればいい仕事だったなァ」
犯罪者として追い詰められて、最期に拷問されて死ぬのと、変態貴族に尊厳をしゃぶりつくされるのと、どちらがマシな死に方だろうかという、ただその一点から行動を保留するだけの私に、しかして転機は訪れる。
「その子は、ダメだ……ッ!!」
一人の男性が飛び出してきた。
何か、私の知らない言語を使っている。
異国の旅人だろうか。
好意的に解釈するのなら、私が虐げられていることを知らず、助けに入ってくれたのかもしれない。
逆に悪意によって助けに入った可能性もある。
助けるべき女性ではなく、色々な事のはけ口用の雌として見られているか、或いは金貨袋に見えているか。
私は事の成り行きを見守りつつ、身の振り方を慎重に検討しようと思っていた。
その、数瞬後までは。
その青年は、容赦なくその男達を殺し始めた。
殺人は当然ご法度だ。
ただ人を殺すだけでも普通は抵抗を感じる、その上行政に目をつけられるリスクを背負うことになる。
絶対にばれないように殺せる自信があるのなら別だが、それだけの技量もないのに殺しを安易に行うなど愚の骨頂。
だというのに、彼にはそのような技量があるように見えなかった。
奇襲と運だけで一人殺し、二人目を殺した。
だが、そこまで。
彼は死の危機に直面していた。
幾ら金が欲しいからと、幾らはけ口が欲しいからと、自分の命を投げ出すバカがいるだろうか?
ならば彼は何故、ここへ?
まさか、本当に義憤に駆られて来てくれたというのだろうか?
自分にとって都合のいい妄想が膨れ上がる。
これまで散々この国に絶望させられてきた。
だからそんな事、あるはずがないと先ほどまでずっと心の警鐘が鳴りひびいていた。
しかし人は信じたいものを信じるものだ。
警鐘は壊れてしまったのかのように息を潜め、もう二度と抱くことは無いと思っていた希望を抱いてしまっていた。
ああ、もしかしたら。
私は本当に救われるのかもしれない。
私は彼に運命をゆだねようと思った。
彼が奇跡を起こすのなら、私の為に命を懸けてくれたこの人に、私も賭けてみようと思ったのだ。
だが――
最後の一人が剣を振り上げた。
彼は恐怖に顔をゆがませている。
ああ、これは死んだな、と再び私を絶望が覆いつくそうとしていた。
(やっぱり奇跡なんてなかった……)
その時――
「おああああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
彼は叫んだ。
恐怖を振り払うように。
その表情には、恐怖を何か別の感情で無理やり上書きしたような、決死の表情が浮かんでいる。
あの表情には見覚えがある。
狩人達が、自分たちよりもずっと強大な獲物に、それでも命を懸けて立ち向かう時の表情だった。
剣を振りかぶっていた男がその迫力に怯んでいた。
彼は生き残った。
男の股下を転がるように潜り抜ける。
(がんばれ――!)
いつの間にか、私は彼を応援していた。
自分で戦ったほうがきっと楽に勝てるはずだった。
二人で協力するほうがずっと私の生き残る確率は高いはずだ。
そもそも、この場を切り抜けたところで未来がないから絶望していたのであって、この程度の相手なら3対1でも余裕で返り討ちにできるだけの実力があったのだ。
でも、この結末を見届けたかった。
合理性の欠片もない、極めて感情的な判断だった。
私はずっと自分の力だけで生きてきたから。
だから、誰かに救ってほしかったのかもしれない。
彼はひるむことなく男につっこんでいった。
男は一瞬日和ったが、すぐに死んでたまるかと剣を振り下ろす。
しかし、覚悟の差が明確に勝負を別ける。
「ぎゃああああああああああぁぁぁぁ!?」
「あぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」
彼の剣が、男の陰茎を刺し貫いていた。
あれではすぐに出血多量で失血死するだろう。
一方、彼も左肩に一撃をもらっていた。
今は興奮で痛みを感じていないようだが、すぐに痛み出すだろう。
無理な体勢からの反撃で大して力が乗っていなかったとはいえ、刃がついている鉄の塊をたたきつけられたのだ。
きちんと処置しないと最悪肩が上がらなくなるかもしれない。
「あたってたのか……は、はは……守れたのか、俺は……うっ……!!」
知らない国の言葉を話す彼に、私は近寄っていく。
「ライクフン?(痛む?)」
痛いに決まっているが、何を話していいものかも解らずそう尋ねる。
「べぶ……(アア……)」
「ユィケブ?(なぜ?)」
私は彼にずっと気になっていたことを訊いてみることにした。
「えい、ごくー、むこい、うぉー……(ジブンモシラナイ……)」
知らない……?
自分でもわからないってことだろうか。
まともな理由もなく、助けてくれたっていうのだろうか。
思わず泣きそうになる。
でも、感傷に浸るのは後だ。
ここにいては危険だし、彼の手当てもしないといけない。
「ジョー(いく)」
私は彼を促した。
「いけーて?(ドコヘ?)」
「アイルコクェ(あなたの家)」
あまりこの国の言葉に習熟していないところを見ると持ち家はないだろう。
だが、街の中の何処かに拠点を持っているはずだ。
私だってそうだから。
出られなくなって、そうせざるを得ない人たちはみんなそうしている。
だが、もたらされた回答はまったく慮外のものであった。
「くぉ(ナイ)」
「!?」
自分の事に必死で他人を気に掛ける余裕などないはずの家を持たない人間が、わざわざ犯罪者となる危険性を冒してまで助けてくれたというのか。
この街は明確に敵を作り、街の中で飼う事で下層民のはけ口として利用しているところがある。
犯罪者として名を残せば当然、城壁に囲まれたこの街からの脱出は難しくなる。
その道の人間に、それなりの代償を支払わなければ無理だといっても構わない。
だからこそ私はここに閉じ込められたままなのだから。
なのにそれを飲み込んでまで、よりにもよって銀髪の自分を助けてくれたこの男性。
銀髪なんて助けたって誰から褒章が得られるわけでもない。
逆に異端の嫌疑すら欠けられかねない、百害あって一利なしの行為だというのに。
「……ユィケブ?(……なぜ?)」
安堵や感謝といった様々な感情がない交ぜになった、筆舌に尽くしがたいその心のままに、思わずそう口にしてしまったのも無理からぬ事だろう。
そんな私の問いに、彼は何も言わず、ただ私を安心させるためにか、不器用に笑って見せた。
他人を騙せるような人間にはあまり見えない。
どちらかというと、この人も何か昏い傷を負っているように見える。
その表情を見ながら思う。
私はこの人に全てを賭けてみようと。
どのみち、既に後は無い。
心の底から信用したわけではないが、信用できそうではあって、他に道がなく、わずかでも可能性があるのなら。
それに、この人は他の誰も私に与えてくれなかったものを与えてくれたのだ。
救いの手という、誰もが望み、そして多くのものが手に出来ないまま朽ちていくソレを。
だから。
――最後にもう一度だけ、希望を持ってみよう。
そう思った。
ただ、それでも不安はぬぐえない。
だから、
「……ユィケブ」
もう一度、彼の心の底を、このわずかな不安を拭うために覗いてみたいという暗い気持ちから、そう口に出してしまっていた。
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