【第二章】銀色の髪の少女8 指針
「イウィヴ・デゥウェト・ヲ・テジヴーエト・ユィウク・ククゥーエッヴ・ウクィオク(狩人組合に登録するべき)」
「くくぅーえっぶ・うきおく?(はんたーずゆにおん?)」
「ベヴ(そう)」
「てじぶーえと?(トウロク?)」
「ベヴ(そう)」
「ぼっぶ、ふぁーくーう、うくげっばーぐ(ゴメン、ワカラナイ)」
俺のその返答を受けて、少し目をぱちくりした後――
「あぁ……」
と、納得するようにうなずくあんず。
やがて剣に近づくと、器用に足を使って剣を跳ね上げた。
あんずは『カィーンッ!』と心地いい音を立てて顔あたりまで飛び上がった剣の柄を握る。
そのまま剣を構える姿はどう見ても素人ではないし、どう見ても俺より戦える。
(もしかして俺が助けになんて入らなくても一人で切り抜けれたんじゃ……?)
そう思うが、その現実を直視するのは少々つらかったのであんずの動きに集中する。
あんずは近くにあったぼろ布を放り投げ、それを切り刻んで見せた。
(やべぇ、普通にかっこいいぞ……)
思わず胸中でそうつぶやく。
「ククゥーエ(狩人)」
剣を使って何かを斬るのがククゥーエ……つまり、戦士ってことだろうか。
あんずを助けた時は無我夢中だったが、ああいう状況でもなければ臆病な俺が戦えるとはとても思えない。
不安にさいなまれる俺の手を握って、彼女はつづけた。
「ウクィオク(組合)」
手をつなぐという動作がウクィオクを指すわけではないだろう。
手を取り合うということを比喩として使うもの。
組織、あたりだろうか?
まとめると『戦士達が集まる組織にテジヴーエトするべき』……ってことかな?
ここまで情報が出そろってくればなんとなくわかる。
ヴュドッフティデは登録ってことだろう。
言いたいことは解った。
でもとても自分に務まるとは思えない。
それをどう言葉にすればいいのか解らず、エア格闘でぼこぼこにされる演技をした。
何もない場所へ向けてパンチを繰り出し、殴られたふりをして、そのままステーンと転んで見せた。
「ぷっ……くすくす……」
笑われた。
顔がカーッと熱を持ち、自分でも赤くなっているのが解る。
「く、くぉう!くくーえ!(は、はんたージャ、ナイ!)」
その姿までおかしかったのか、顔までそらしてくつくつと笑い続けられる。
(く、屈辱だ……)
これで通じていなかったらどうしようかと思ったが、どうやら解ってくれたようだ。
「ゴクォウ・ヨッブ。ルヴー・テジヴーエト・アヴォ・ヴュアロッウェト(大丈夫。サポーターとして登録すればいいよ)」
またよくわからない単語が出てきた。
「びゅあろっえと?(さぽーたー?)」
「ウクゲッヴァーグ・ペギフィクァン・ケッヴ?(薬草は解る?)」
「べぶ(ハイ)」
ヴェイータッブについてイティークに教えてもらった時にその単語は理解している。
俺は迷いなく頷いた。
「ウケ・レッヴォク・ユィコ・フォンネフーヴィウ(それを集める人)」
「ほんねふーびう?(ソレヲアツメル?)」
「ベブ(うん)」
そうすればいいの?というニュアンスに受け取られているようだが、単語が理解できていないと伝えるのがなんとなく申し訳ない気持ちになってくる。
しかしここで変な誤魔化しをしては今後どんどん苦しくなるだけだ。
俺は申し訳ない気持ちを抑え込んで、なんとかそのことを口にする。
「ぼっぶ……ふぁーくーう、うくげっばーぐ……(ゴメン……ワカラナイ……)」
「あぁ……」
アンズはその辺にちらばっているボロ布を集めながら言った。
「フォンネフーヴ(集める)」
なるほど、集めるってことかな。
薬草を集める……なるほど。
戦士達が必要とする薬草を採取して納品するのが仕事の裏方として登録すれば、戦わなくてすむ……というわけか。
「えいる・うくげっばーぐ(リカイデキタ)」
その言葉に驚いた表情で数回瞬きした後、あんずは言った。
「アイル・アイェヴォペ(君は凄いね)」
そう言って笑顔を見せてくれる。
こんな子が銀髪ってだけで酷い人生を送ってきたかもしれないと思うとまた胸が締め付けられる。
「うかくむぶ・を・あい(キミノオカゲダ)」
少し切ない気持ちでそう返すと、あんずはまたくすくすと笑うのだった。
そこからしばらく身振り手振りを交えて言葉の意味を教えてもらいながら話をしていて解ったのは、あんずはその銀髪が原因でこの町の狩人組合で仕事を得られないらしいということだ。
これまでは別の国にいて、そこでは恐らく普通に狩人をやっていたらしい。
どうして銀髪蔑視のこんな国にやってきたのかは疑問だが、もしかするとここよりはマシだっただけで、そこでも銀髪蔑視はあったのかもしれない。
そして逃げるようにここにきて、なのにもっとひどい目にあって……
想像するだけで胸が苦しくなる。
なんだって俺達底辺の人間は、どこまでも蔑まれ続けなければならないのか。
絶望ってやつは何処へ逃げたって追いかけてくる。
逃げ出した先に待ち構えている。
俺に関しては始まりが自業自得の努力不足にあったのかもしれないけれど。
でもこの子は違うはずだ。
それでも理不尽は降りかかる。
確かに誰にでも理不尽は訪れる。
でも、地を這う者にこそ、より多く降り注ぐ。
社会っていうのは、力あるものが力ないものへ理不尽をある程度肩代わりさせることで回っているのだ。
(この糞国家が、ふざけるなよ……ッ!あんずが、何をしたっていうんだ……!!)
この怒りは身勝手なものだ。
怒る資格は本人にしかない。
それでも許せなかった。
だが、そこに頼らなければ生きていけないのだろう。
だからこそあんずが俺に薦めてくれたはずだ。
一瞬、あんずが俺をだまそうとしていたら……という考えが過ったが、俺はその可能性をすぐに切り捨てた。
とてもそうは思えないし、もし仮にそうだったとしても別に構わない。
だまされるのも、裏切られるのも、元の世界で慣れている。
くそみたいな連中に騙されるくらいなら、あんずに騙された方がまだ納得できる。
そうしなければ生きていけない人生を歩んできている空気を感じるから。
根暗な事ばかりをいつまでも考えていても仕方がないので、決まったことを改めて整理する。
まず、俺は狩人組合に登録する必要がある。
あんずは狩人としての仕事もできるので、俺が代わりに受注する方法も考えたが、後々アンズの功績で上がっただけのランクに期待されて、厄介な仕事を回されて詰む可能性がある為やめておこうということになった。
代わりに、俺とあんずの二人がかりでサポーターとしての仕事をやろうという事になった。
肝心の薬草についてだが――
「やと?(センソウ?)」
「ベブ・ヤト(そう、戦争)」
どうやらこの国の西にある【ヴェアドネッヴィクィ】という国と、この国【フォトンナ】は戦争状態にあるらしい。
そのせいで前線で使う薬草を各地から大量に徴収しているらしい。
いまはどこも値あがっているそうだ。
だから薬草はかなり高騰している。
薬草を持って街に入ろうとすると、関所で半分は税としてとられるんだとか。
実際俺も半分を納税して街にはいった。
税としてとられた薬草は国お抱えの王宮薬師によって戦争に用いられる。
一方、街で買い取った薬草で街の薬師が回復薬を作った場合、そのうちの1割がさらに税として徴収されるらしい。
つまり、薬草が高騰している上に、さらに税としても持っていかれるため、回復薬の値段の跳ね上がり方は想像を絶するのだとか。
当然、薬草単価が高く実入りはいいが、そのせいで都会の周辺ではもう薬草があまりとれないらしい。
南部で俺が薬草をとれたのは、それより更に南の国である【エアトゥークィータゥク】との国境に近いかららしい。
つまり、薬草を採取するなら、西以外で、かつ余り他に採取者のいない……つまりはイティークのいる南部へ採取しにいくのが一番だということになる。
(あ、合わせる顔がないのにいかなきゃ生きていけないのか……これが生き恥を晒すってことか……)
とっくの昔に生き恥を晒しまくっていても恥ずかしいものは恥ずかしい。
俺は頭を抱えるが、このままではあんずも金を稼ぐことができず、何も食料を得られず、あの日、撃退する力だってあるのに絶望の表情を浮かべながら言われるがままに男達についていこうとしていたあのあんずに戻るということだ。
それは……耐えられない。
(イティークにばれないように、集落を迂回して森に向かおう……)
俺は心の中でひっそりと決意した。
この時の俺は知らなかった。
あんずが、銀髪以外の理由でも人々から忌避されていることを。
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それと、活動報告のほうで一応アンズのイメージ画像的なやつを公開しました
ユニコーンカラーじゃない?と思った方へ
光の加減でそうなるので、普段は銀髪という設定です
これで身長がかなり低いっていうのが解ってもらえる……かもしれません




