【第二章】銀色の髪の少女4 痕跡
『この文字を読めるものを待つ』
そう書かれていた。
しばらく頭がまっしろになったが、少しずつその内容が頭に染み込んでくる。
(同郷の者がいるかもしれない……)
ただ、その事を手放しで喜べるかと言えばそうでもない。
日本人なら誰あろうと信頼できるか?
答えはノーだろう。
だが、ここがどういった世界なのかを、或いは何故俺がここに来ることになったのか、そういった事を知る手がかりにはなるかもしれない。
情報は欲しい。
だが……
ふと、この日本語が詐欺だったり罠だったりした場合のリスクなどに注意が向かい、今いる場所が治安の悪い貧民街だという事に対する警戒心が失われていることに気づき、ハッとなる。
(やばい、気を付けないと……こんな場所で長考するなんて自殺行為だろう……)
改めてメッセージをみてみれば地図も添えられている。
壁に書いてあるから持ち歩けないのが難点だが、幸い複雑な道順でもない。
覚えるしかないだろう。
(来た道を引き返して、しばらくしたところにあるわき道を行けば、突き当たる……か)
場所をしっかりと頭にいれて俺は目的地を目指した。
そこは日中であるにもかかわらず、光が殆ど入り込まない薄暗い路地裏であった。
家を持たないであろう者達が、死んだような表情で何人か壁にもたれかかっている。
夢や希望はなく、絶望だけを抱えて生きているように見える。
そこに、同情ではなく、共感を覚える当たり、自分も大概だなと自嘲してしまう。
考えるまでもなく不衛生な場所であり、顔をしかめたくなるような臭気が漂ってくる。
しかし顔をしかめるのは我慢する。
それで連中の機嫌を損ねてはろくなことにならないに違いない。
(話しかけて情報を引き出したいけど、もの凄い抵抗感……)
普通の人間に話しかけるのも物凄い抵抗感だが、だからといって浮浪者になら話しかけやすいかと言えばそんなわけはない。
俺が浮浪者なら話しかけられたらだけで不機嫌になるだろう。
惨めな自分を嫌でも自覚するからだ。
それが解るからこそ話しかけるのを躊躇してしまう。
しかしそれを覆す理由と手土産があれば、話は違ってくるはずだ。
少なくとも俺ならば、だが。
頭の中で話す内容を何度も脳内シミュレートする。
(訊くべきことを訊くだけだ……なにも難しいことは無い……訊くべきことを訊くだけだ……なにも難しいことは無い……)
胸中で念仏のようにやるべきことを唱えて、なんとか気分を落ち着かせる。
逃げ出したい。
(あぁ、くそ!足さえ踏み出してしまえば、声をかけざるを得ない。追い込むんだ、そこまで、自分を……!)
そう自分に言い聞かせるが、目の前にやるべきことが立ちはだかっているのを見るとどうしても逃げ出したくなる。
胸が苦しい。
それでも――
鉛のように重い足を、自暴自棄にでもなったかのような心持で踏み出した。
座り込んで項垂れている男の元へと向かうと、不機嫌そうな顔でこちらを睨め付けてきた。
(うっ、臭い……)
と思うが、必死に我慢し、俺はポケットから銀貨を一枚取り出して言った。
「えっと、ふぃぐ、あい……べー、お、ほていぜくと……(イホウジン、ミタ?)」
男は銀貨を受け取ると如何にも『金のためだ、仕方がない』といった渋々な感じで受け答えに応じてくれた。
「ホテイジェクト?(異邦人?)」
「べぶ(ソウ)」
「ジェ・ギェグ(死んだよ)」
「…………?ぎぇぐ?(シンダ?)」
「ベヴ、ギェグ(そうだ、死んだ)」
ギェグ。
知らない単語だ。
イティークに教えてもらわないと――って、もうイティークには教われないんだった。
胸がまたチクリと痛む。
色んな意味で微妙な気分になるが、顔に出してはいけない。
質問を続けよう。
「……ゆいけぶ?(ナゼ?)」
「エイゴクゥ・ムクォイ(知らん)」
「いかう・みくぐ・おー・れつぼく・やぶ・け(ドンナヤツダッタ?)」
質問も多くなってきたし、おまけにだいぶ発音が怪しかったのか、めんどくさそうに顔をしかめられる。
「るにぇーべ……(タノムヨ)」
「チッ……ケゥ・ヤヴ・オ・ケンルネッヴ・レトゥヴォク……ニメアイ(どうしようもないやつだった……お前のようにな)。ケゥ・ユィンヌ・デ・エクォウジク、デアウィウ……(もういいだろう、失せろ……)」
だいぶイライラしているようだった。
それに――
(けんるねっぶ……えこうじく……?)
いくつかの単語が理解できない。
とにかく謝ろう。
えーっと、確か、だぐが悪いだったから、悪かった、っていうなら――
「けうやうだぐ……(タイヘンダッタネ)」
「ッ!?ケウィヴ・アイル・ハウヌゥ!フターライ、デアウィウ!!(お前のせいだよ!糞野郎が、失せろ!!)」
突然激昂した男に尻を蹴り飛ばされた。
どうやら言い方が不味かったらしい。
俺はその場からすぐに立ち去った。
「くそ、いてぇ……やっぱり国際交流って難しいんだな……」
イティークがどれほどの優しさをもって俺に接してくれていたのかを、解っていたつもりになっていたが解っていなかったらしい。
もしも彼女の元に帰ることがあれば、改めてイティークにお礼を言わないとな。
尤も、今の俺には彼女に合わせる顔などないのだが……
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