【第二章】銀色の髪の少女3 スリ
結局薬屋だったのかどうかイマイチ判然としなかったが、ともかく多少の金は手に入った。
これでどの程度生活できるのかは不明だが、あまり長く生活を続けることは難しいだろう。
ポケットの中の銀貨の感触を確かめながら、これからどうするかを考える。
路上で寝るのは危機管理意識がなさすぎると思うが、宿泊施設に泊まれるかとか、宿泊施設の相場とか、解らないことは多い。
できれば日本における警察機関のような存在に頼りたいところだが、住所不定無職という負い目もある。
日本においてそれがどれだけの否定材料だったかを身をもって体感してきた自分としては、この上言葉も解らずに誰かを頼るなんていうのはあまり考えたくない事だった。
金を毟れるだけ毟られて、出がらしになったとたん音信不通になって途方にくれる俺が目に浮かぶようだ。
最後は犯罪者になるしかなくなって、犯罪を犯し、そして殺されて終わる。
(俺みたいなクズの末路としては相応しいのかもな……)
思わず自嘲してしまう。
しかし、死にたくなどない。
(とにかく、安宿探さないと)
そう思う。
それに薬草をとってくれば買い取ってくれるというのは、仕事にありつけない人間にとってはかなり助かる話だ。
誰かとコミュニケーションを取らずにできる仕事というのは社会不適合者の俺にとっては非常に得難いものだ。
日本での生活ではこうはいかない。
他にも懸念点はある。
識字率が低いということは、店に商品の値段を書いた名札をおいても理解してもらえないということだ。
文字も数字もよめない人には、貨幣制度の理解も難しいだろう。
つまり、物々交換のほうが主流なのではないか、ということだ。
農家の納税も現物で、俺も街に入るのに薬草を税として支払えたことからも、物品で支払うというのが広く受け入れられている感じがあるしな。
ある程度以上の金銭的に裕福な人間は貨幣が主流なのだろうが……
(ま、案ずるより産むが易し、か。言うは易し、行うは難しともいうが……)
やはり人とコミュニケーションを取ることには大きな壁を感じる。
(イティークとならそういうものも無くなっていたんだが……)
そこまで考えて首を振る。
自分から逃げ出したのだ。
そんなことを考える資格はない。
しかし一人になってこうして改めてこの街を見回してみると、今いる下町のような場所の隙間から、更に金銭的に下層な人間が居そうな場所が垣間見える。
(あっちの治安は保証されてないんだろうな……)
そんな風にぼんやりと考えていると、後ろから誰かにぶつかられた。
「うわっ!?」
思わず声を上げる。
こういうぶつかられ方をすると持ち物を盗まれるのがテンプレだ。
俺は即座に金を確認する。
手が別のだれかの体にぶつかった。
見れば子供が俺の上着のポケットを探っていた。
俺に気づかれたのを悟った子供は一目散に逃げていった。
なぜ貧乏人の俺が狙われたのかと思ったが、まあ、この世界では目立つ格好だし仕方ない。
あの小さな手では銀貨をすべて掴めたわけではなさそうだが、それを笑って許せるほど俺は裕福ではない。
俺はすぐに追いかけた。
子供相手だ、すぐに追いつけるかと思っていたのだが――
「はぁ、くそっ!はぁ、はぁ……っ!」
どんどん離されていく。
方や生きるか死ぬかの毎日で盗みを繰り返してきたであろう強かな子供、方や運動不足の引きこもりゴミニート。
おまけに土地勘の差もある。
幾らもしないうちに見失ってしまった。
「はぁはぁ、はぁ、くそっ、はぁ、俺の、はぁ、はぁ……金がっ……はぁっ!」
息も絶え絶えで、がっくりと肩を落とす俺。
ふと気が付けばどこをどう歩いてきたのかも解らなくなっていた。
しかも貧民街に足を踏み入れてしまっているようだ。
これはまずい。
(こんなところに何時までも居たんじゃ残りの金も全部巻き上げられる……そんなことになったら死ぬしかないぞ……)
死にたくなったことも何度もあるが、痛そうだし、苦しそうだし、自分が消えてしまうのは恐ろしい。
生きる事から逃げ出したのに、結局、死ぬことからも逃げてきた俺だ。
死ぬのは御免だった。
(くそ、出口はどっちだ……?不用意な独り言は付け入られる隙に繋がりかねない。こんな場所で不安そうにしていたりするのだってリスクなんだと自覚しろ!)
自らに警戒心を強くもつよう言い聞かせる。
街の喧騒が聞こえる側が出口に違いないと、耳を澄ませながら歩いていると、ふと目に飛び込んできたものがあった。
「これ、は……!?」
その壁に描かれていたのは、まぎれもなく日本語だった。
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